館の主人と使用人 雨の洋館
シチュエーション


雨の中を歩いていた。傘を持って、辺りを見回しながら。
少女は人を探していた。雨に濡れて寒い思いをしているに違いない人を。
そうして、自らの肌も常よりずっと低く下がりきった頃にようやく、彼女は探し人を見つけた。
うんと手を伸ばし、彼女は自分より背の高い相手に傘を差し掛ける。

「風邪をひきますよ」

緩慢な仕草で、相手は少女の方へ身体を向けた。

「もう、怒ってない?」

問われ、彼女は困り切った顔で青年を見上げた。

「あなたの機嫌が治るまで、私は頭を冷やすよ」

少女は嘆息した。
淡い色の髪は水を滴らせるほど濡れてその色を濃くし、シャツは肌に張り付いている。一体いつから雨の中に立ち尽くしていたのか、考えたくもない。

「旦那様が風邪をひかれたら、私はもっと怒ります」

青年は困惑し、探るように少女の表情を見つめた。その中に怒りの色がないことを悟り、青年は少女の手から傘を受け取る。

「帰りましょう。湯浴みの支度はできていますから、帰ったら身体を温めてください」
「うん。でも、あなたの身体も冷えてしまっているんじゃないかな」
「旦那様に比べれば熱いくらいです」

青年は苦笑し、彼女が濡れないように傘を傾けて歩きだした。

生い茂る木々の中をしばらく歩くと視界が開け、豪奢な洋館が姿を現す。青年は館の主であり、少女はそこで働く使用人だ。
屋根のある場所に着いたと同時に少女は青年の手から傘を受け取り、畳んで雫を払った。

「葛葉さん」

少女が傘立てに傘を仕舞う姿を眺めながら、青年は濡れた髪をかきあげて後ろへ撫で付ける。

「髪、あなたが洗って」

幼い頃から使用人に身の回りの世話を任せてきた青年は、当然のように湯浴みの供を要求する。従事したばかりの頃は躊躇していた少女も近頃はそんな主人の要求にも慣れてきていた。

「先に行ってるから」

振り向いた少女に微笑みかけ、青年は館の中へと消えていく。
少女は小さく吐息をつく。慣れたのは言動だけで、行為自体にはまだ慣れていない。それどころか、慣れる日なんてこないのではないかと彼女は思っていた。


青年の着替えなどを脱衣所に用意し、少女は浴室へ足を踏み入れた。もちろん、裸ではない。
しかし、青年は当然一矢纏わぬ姿でそこにいる。少女は全身に緊張を纏う。

湯舟に浸かっていた青年が、少女の姿を認めて立ち上がる。恥ずかしげもなく裸体を晒され、少女はほんのりと頬を染めた。
用意された椅子に腰を下ろした青年の背後に回り、少女は洗髪料を手にとった。

「葛葉さん、怒ってなくてよかった」

少し手で泡立ててから柔らかな髪を傷めないようにそっと洗い始める。地肌に触れるときは爪を立てないよう、より慎重に。

「あなたは怒っていると来てくれないから」
「旦那様を相手に怒ったりしません」
「そうかな。葛葉さんは結構怒りっぽいよ」

くつくつと喉を鳴らして青年は笑う。
青年が雨の中に立ち尽くしていたそもそもの原因を思い出すなり少女はいたたまれない気持ちで顔を赤くした。

「あなたの言う通り、私は情けないし、卑怯だね」

そう呟き、青年はいきなり身体を反転させて少女の手首を掴んだ。

「でも、仕方がないよ。あなたを前にすると、私は誰よりも愚かになってしまうんだから」

引き寄せられ、唇を重ねられる。
それは、掠めるように優しい口づけだった。

「葛葉さん」

少女は腹の辺りに違和感を感じて視線を落とし、すぐさま目を反らした。

「だ、だめです」
「どうしても?」
「だって、旦那様……ずるい、一度だけって……んっ」

青年の唇が少女の耳朶に触れる。

「うん、あの時はあの時だけ。今度はあの時とはまた別だよ」
「だ、旦那様……」
「今月の給金ははずむから。特別手当が必要ならそうするよ」
「そういう、問題じゃありません」

薄い唇が項を伝う。少女は唇を噛んで耐えた。

「じゃあ、どういう問題?」

少女は精一杯の力で青年の胸を押した。手首を捕まれたままでは上手くいかなかったが意志は伝わったようで青年は僅かに身体を離した。

「あなたが私に求めるものは金ではないの?」

幾度も求められた末に拒みきれず受け入れた夜のやりとりを思い出す。身体を差し出す代わりに、少女は両親の抱えた負債を青年に肩代わりしてもらった。一晩限りの逢瀬の代価にしては破格の額面を青年は惜しむことなく受け入れたのだ。
しかし、あれは一晩限りとの約束だった。青年があれからも少女を求めているのは言動や仕草で察していたが、少女に応じるつもりはなかった。

「あなたでなければだめだ。他の女では楽しめない」

愛人になるのを少女は厭う。ずるずると青年と身体の関係を結ぶのは愛人になるということだ。一度は金を対価に身体を許しはしたが、これから先ずっと金で囲われる女に彼女はなりたくなかった。

「葛葉さん……」

しかし、少女には拒みつづける自信がなかった。
それは、少女が青年に好意を抱いているからだ。好きな相手に強引に迫られれば拒みきれるものではない。
このままでは流されて肌を重ねてしまう。逃げ切れないかもしれないと少女が身を強張らせた、その時、青年が素っ頓狂な声を上げて少女から手を離した。
いきなりの解放に気が抜け、ぽかんとした顔で少女は青年を見つめ、次いでくすくすと笑い出す。

「大人しくなさらないからそうなるんです。ほら、そのまま目を閉じていてください」

蛇口を捻って、青年の頭に湯をかける。
洗髪途中で放ったらかしたせいで、流れた洗髪料が青年の目に入ったようだった。
悶える青年の為に頭を流してやりながら、少女は安堵の息を吐く。
すっかり洗髪料を流し終えると青年は赤い目で少女を見上げた。

「旦那様……」

縋るような目をされると胸がきゅんと締め付けられる。

「あなたが欲しいんだ、葛葉さん」

右手首はまたしても青年の手の中。少女はとくとくと脈打つ心臓を強く感じていた。

「……す、少しだけですよ」

少女は青年の正面にぺたりと座り込み、彼の欲望をこれでもかというほど現す屹立と向かい合う。

「これで、我慢してください」

囁くように語りかけ、少女はそれにそっと手を添えた。
元より経験は一度きり。その時は触れさえしなかったものだ。触れ方も力加減もわからない。
それでも、女同士の噂話程度でなら知識はある。少女は意を決して、青年への奉仕を開始した。
青年が手を離したおかげで自由になった両手を使い、優しく上下に扱いてみる。芯の固い不思議な感触に触れている内に、少女の胸がどきどきと速まる。

「葛葉、さん」

躊躇いがちに少女はそれの先端を舐めた。独特の味と匂いに、少女は驚いたように顔を離す。
あまり好ましいとは言えないが青年のものならば大丈夫だと彼女は自らを鼓舞し、再度舌を這わせる。

扱いて、舐める。ただそれだけの稚拙な奉仕。けれど、青年はそれだけで十分すぎるほどの快楽を得ることができる。なにせ、初めて少女を抱いた日から今まで禁欲的な生活を送ってきたのだ。ともすれば口づけだけでも果ててしまいそうなほどに。
そういった事情から、青年は情けないほど短時間で絶頂に達した。

「きゃっ……!」

一生懸命舌を這わせていた少女は、握ったものが膨張したかと思った瞬間に視界に現れた白濁に驚き、小さく声をあげた。
粘り気のあるそれは勢いよく飛び出し、少女の髪や肌にも落ちた。
先端から滲み出るそれを指で掬いとる。先端を刺激された青年が小さく呻いたが、少女の耳には届かない。

「旦那様……」

まじまじと見つめ、その白く濁ったものに既視感を覚える。初めて抱かれた夜に見たものと同じものに見えた――というより、同じものなのだろうと彼女は悟る。
つまり。

「達してくださったのですね」

少女の口から安堵の吐息が漏れる。青年が自分の拙い愛撫で達してくれた事実を少女は嬉しいような恥ずかしいような気持ちで受け止めた。
見上げた青年の顔に浮かぶ表情は複雑なものであったが、少女はおっとりと笑んだ。

「次は私があなたを喜ばせるよ」
「いえ、それは結構です」
「でもね、あなたにだけ奉仕させるのは忍びない」
「旦那様は主人なのですから、私のような使用人に奉仕させるのは当然のことでしょう?」

伸びてきた手から逃れるよう身を引き、憮然とし始める青年から少女は距離を置いた。

「このまま大人しくして私に湯浴みを手伝わせるか、駄々をこねながら一人で湯浴みをすませるか。どちらがよろしいですか?」

青年は無言で少女を見つめ、やがて観念したように肩を落とした。

「あなたに手伝ってもらう」
「では、大人しくなさってください」
「努力するよ」
「約束してください」
「……約束する」

ここまで言わせれば青年が大人しくなることは経験上彼女も理解しており、少女は再び青年へと近付く。
まずは先程の後始末からと決め、少女は自身に纏わり付く性臭を服を脱がずに落としてしまう方法を考えようと頭を悩ませはじめるのであった。






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