シチュエーション
「だんなさま、おかえりは遅くなりますの?」 舌っ足らずな声が玄関に響いた。 片足立ちでローファーを履いていた雪は青い血管が透ける白い首を声の方へ捻った。 二階に続く階段に幼い少女の影が有る。少女の服装を見た途端雪は眉をひそめて両足を着いた。 姿を誇示するように大袈裟に膨らんだスカートと胸元や袖口の豪華を極めたフリル装飾――。 足元から墨を刷けたようなグラデーションが美しい菫色の18世紀風ドレス。 目の上で揃えた前髪を囲う、黒薔薇を並べたデザインの幅広のカチューシャと合わせ、全て初見だ。 「シァンリー、また服買ったの?」と咎めれば、名を呼ばれた少女は煩わしそうに雪を睨み返す。 「いまわたくしが聞いているのはだんなさまのおかえりの時間。質問で返さないでくださる?」 くるんとした丸い目をスゥと細めて雪をたしなめた。 透明な薄紅色の瞳は桜花を封じ込めた水晶のように甘く、どこか人間離れした酷薄な色をしている。 ツンと上がった目尻とアイラインのように濃い睫に縁取られ、シァンリーの紅い視線は雪に突き立った。 ――女王様気質の彼女に気弱な自分が勝てる筈はない。 雪は口をつぐみ、犬のような黒い目を伏せた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |