シチュエーション
女教師から私的に呼び出され、悪戯を受ける事は幼い時分から度々あったが、それを生業にしようと思い立ったのは中学二年の夏だったか。 今では、教師やOL、主婦達の数人が雪のパトロンとなっている。 贅沢な十代だと、プレゼントされたジャケットを鏡の前で肩に当てながら雪は微笑んだ。 鏡の中の少年もまた、花弁に似た薄い唇を吊り上げる。どこか儚げなその笑みは造り物めいた程可憐に整っていた。 ――相手に従い、養われるペットの生活。 「美味しい生き方だね」 幸せそうに独りごち、貢ぎ物の山のにジャケットをはらりと放った。 それは、雪が年増の主婦とベッドを共にした日の帰りだった。 雪は、コートを着込んでもなお華奢な肩にブランドの大きな紙袋を提げ、閑静な住宅地を黙々と歩いていた。 本日贈られたのは細身のパンツとシンプルなシャツ。大概の客は自らの趣味で雪を着飾りたがり、次々と衣服をプレゼントしてくる。 そろそろ二つ目のクローゼットが必要になるかと思案していた矢先、携帯のバイブレーションが鞄を揺すった。 「何ーお母さん」 見た目通りのあどけない声で電話に出ると、母は随分と機嫌良さそうに笑っていた。 「今どこ?家にお客さんが来てるのよ」 「お客さん?誰?母さんの友達?」 「教授さんよ」 ――ああ、おっさんか。 雪はつまらなそうに唇をツンと突き出した。 教授は雪の父親と親交が深く、昔から家族ぐるみの付き合いをしている。 小洒落たスーツとシルバーの髪がトレードマークの老紳士で、雪にとっては実の叔父のように気安い人である。 (可愛いがってくれても小遣いはくれないんだよな。おっさんはよー) 心中で毒を吐く雪をよそに母親は楽しそうに話し続けた。 「ねえ、だから帰りにマドレーヌ買って来てもらいたいのよ」 近所の商店街にはかなり有名なケーキ屋がある。そこのマドレーヌが雪家のお茶受けの定番なのだ。 「僕もう家に着くから無理。寒いし直帰るからね」 「えー?しょうがないわねえ」 「切るよ、切からね」 雪は強引に通話を終わらせた。もう道の先に自宅が見えている。 ご近所からプチベルサイユ宮殿と囁かれる巨大な敷地の白亜の御殿だ。 我が家ながら、見る度にその派手な外観に「手狭な日本で何してんの。馬鹿じゃない」と脱力してしまう。 門をくぐってから玄関まで広い庭を歩く雪は、ふと視線を感じて屋敷を見上げた。 二階の窓に人影が見えたが、すぐにかき消えてしまう。 SS一覧に戻る メインページに戻る |