男妖魔主人&魔法使い従者(非エロ)
シチュエーション


出でよ出でよと泣き叫びながら召喚したら、突然家が吹っ飛んだ。


「…………は、……え?」


もうもうと立ち込める粉塵、ぱらぱらと落ちてくる家の残骸。
呆然、唖然、絶句。

コレハイッタイナニゴトカ。

狂瀾怒濤の瓦礫の山を前に、ずびびっとすすった鼻水の音がやたら間抜けに響いた。
全く事態が把握できぬまま、ぱちぱちと瞬きをする。
その拍子に溜まっていた涙が頬の上をぽろぽろと転がり落ちていった。
先ほどまで嵐のように見苦しく渦巻いていた負の感情は、家と共にきれいさっぱり吹っ飛んでいってしまっていた。
残ったのは、ただただ純粋な驚愕のみ。
この涙はただ単に号泣していたその名残だ。
ああ、両の瞼がまだ熱い。

不意にすい、と長く優雅な指が伸びてくる。
恐ろしく鋭利な爪が両目に接近し、とっさに「目玉を刳り抜かれる……っ」と本能的に固く瞼を閉じた。
果たして、尖った爪が無残にも薄い瞼を食い破り目玉を捕え、滝の如く吹きだす血によって視界が真紅に染まりあまりの激痛に絶叫が喉を引き裂き……。

などということは全く起きなかった。
代わりに予期せぬところに衝撃は来た。

ぶに

「!?い、いひゃい……なな、なんれすか」
「ほう、良く伸びる。頬袋かこれは」
「ち、ちがいまふ。やめへくらはい」
「くっ……なんとも間抜けなツラだ。斯様に下等な人間に喚ばれるとは、我も堕ちたものよ」

ぶにぶに

「ひっぱらないへくらはい、ちぎれまふ」
「ふむ。魔力はほぼ皆無、美貌も無い、冴えぬローブを見るからに財も地位も無かろうなあ」

突然両の頬を遠慮容赦なく引っ張ったあげく、何やらとんでもなく失礼千万な言葉を吐き散らかした妖魔は、その秀麗な顔をついと傾けた。
目の前で形の良い唇がにぃと釣り上がる。
悪寒がする果てしなく嫌な予感がする不幸が駆け足でやってくる気配がする、とアイビーは心の中で呪文の詠唱のごとく呟いた。
だがいくら呪文を唱えようともことごとく失敗するのが悲しいかなアイビーの常である。
なるほど、召喚は成功した。
しかし明らかに喚び出したものに失敗したようだ。
見るからに魔力に溢れ、信じられないほどの美貌を持ち、貴族の様な衣服を身に付けた王者の如き態度の妖魔はそうして彼女に愉快気に言い放った。

「さて、身の程知らずの愚かな魔法使いよ。無いものばかりの人間よ。よもや覚悟と代償すら無いとは言わせぬぞ?」

……崩壊した家と共にどうやら日常も崩壊したようだった。






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