教授と助手3
シチュエーション


主要各科のローテーションが終了して、私は正式に教授の科に入局した。
その日も医局で手技の練習をしていた。録画した画像を見ながら同じように手を動かすのだ。
ここで持ち上げて、下を通して、視野を確保して……

「そこ、違う」

静かな声に振り向くとコーヒーを淹れに来た教授と目があった。
彼は画像を巻き戻してある所で停止した。

「ここで一呼吸。神経と脈管の確認をする。結構破格が多いから注意しないといけない」

もう一度最初から、と言われシャドーオペを始める。今は鈎ひきしかさせてもらえないというのに、執刀者の教授の
手技を真似しているのを彼は笑うでもなくじっと私の手の動きを見ている。画像が終わったとき

「君が執刀したら三回失敗だ」

と駄目駄目宣告を下されてしまった。二回は私も理解した。だがあともう一回が分からない。

「教えてください。どこが問題なんでしょうか」

彼はもう一度画像を再生した。私もまた手を動かす。

私の後ろに椅子を引きずる音がして彼が腰を下ろし背後から私の手に彼のそれを重ねる。どきん、と心臓がはねた。
彼は画像に合わせて手を動かしてゆく。彼の手のしなやかさと熱さと、肩越しに画像を見つめるために近づいている顔を
意識して目線は画像と手にいっているものの変な汗が出てくるのを感じる。

「ここ。もう少し丁寧に。癒着しているところはゆっくりじっくりと、ね」

画像を見ながら頷く。教えてもらえて理解できたのは有難いが、この状況は有難くない。早く離れてくれないだろうか。

「わ、かりました。どうもありがとうございます。あとは一人で練習しますから」

そう言って手を離そうとしたところを、重ねられた手ごときゅっと体の前で交差させられた。同時に

はむ

と彼の顔に近い方の耳を唇ではまれていた。何が起こっているのか分からず頭が真っ白になった。

彼に後ろから抱きこまれて耳を噛まれている?

「き、教授、あの、手と口を離して下さい、というより離れて下さい。何しているんですか」
「ん――?色づいてておいしそうだったから、つい」

耳元でしゃべらないで欲しい。というか息を吹きかけるな。
じたばたと動いて拘束を解こうとするががっちり抑えられている。その間にも彼の唇が、舌が耳を這っている。

「教授止めてください。嫌です」
「俺は嫌じゃない」

彼が頬に唇を寄せる。

「何考えているんですか。こんなの医局でやることじゃないでしょうに、セクハラです」

私の言葉に顔が離れる。ほっとしたのも束の間

「確かにここでは差し障りがあるか」

行為ではなく場所に問題があると言わんばかりの彼は私を後ろから抱いたままで立ち上がり、ドアへと向かう。
僕の部屋に行こう、と言う彼に抵抗する。けれど腕の力は緩まない。手に爪をたてるのは……憚られた。
この甘さが命取りになってしまった。彼は私を横抱きのような状態で鍵を開けて自室に連れ込んだのだ。

ソファに押し倒され抱き込まれ顔に唇が触れる。嫌がって横を向くと耳がさっきのような刺激にさらされる。

「教授、嫌です。止めてください」

心臓はどくどくしているし、顔は真っ赤に違いないが展開に頭が付いていかないせいか我ながら冷たい口調だった。
彼は私の眼鏡を外して机の上に置き、少し体を離し上から見下ろされる形になった。

「俺は嫌じゃない、って言っただろう。うんセクハラだね」

悪びれない彼をにらむ。

「君に欲情したから鎮めて欲しいな。上司命令だからパワハラでもあるし、抱かせてくれたら俺の知識とか技術とか直接
教えてあげるけどそうじゃなかったら、ってうん、アカハラもかな」

ハラスメント三重奏の脅しにくらくらする。
権力を手にしている大きな子供が前後の見境なく駄々っ子のように欲しがっているかのようだ。
だけど嫌がる部下に無理にしなくても、女に不自由はしないだろうに。男性の医師なんてもてる代表じゃないか。

「私は欲情していません。他の人をあたってください。このことは他所に漏らしませんから……」

体をどけてくれ。
そう言外ににおわせた私をまじまじと見て、彼はにんまりと笑う。ご馳走を前にした猫を連想させた。

「加えて、口封じ。他言できない関係になろう」

一気に体重をかけてのしかかってきた。その思考回路をなんとかしろ、滅茶苦茶じゃないか。
乱暴に唇を合わせてきたがさすがに噛まれるのを恐れてか舌は入れてこない。手首を押さえながら白衣のボタンを外す。
ブラウスをスカートから引っ張り出して下から手を這わせてくる。

「嫌だ、教授、止めて」

そう言いながら嫌でも体をすべる手を指を意識してしまう。彼の手はしなやかで軽く指を曲げて掠めるように
引っかくようにしながら上へと移動してくる。胸を包まれやわ、ともまれると瞬間息が止まる。
大きさと感触を確かめるように手全体で胸を覆う。ほんの少し指先に力が入る。――触診、されている。
ブラの横から手が差し入れられる。直接の感触に身じろいでしまった。

「温かい、な」
「嫌、やめて……」

さっきと同じせりふなのに語尾が不明瞭になっていて弱気になっていると気付かされる。
手首を捕らえていた彼の手がはずれ両手で触れてくる。
肩に手をやり押しやろうとするのに、上からの圧力は私の抵抗などまるで頓着しない。
顔を横にそむけたせいで彼にさらした首筋を舐め上げられる。
手は胸をやわやわと揉んでいて手の平や指先で乳首を掠められる。
そのたびに鋭い感覚が体を走る。彼の手が、神の手と称されるその手指が自分の恥ずかしい部分に触れている状態に混乱する。
乳首をつままれて背中がソファから浮いた。

「痛かった?それとも気持ちいい?……君は、可愛いね」

瞬間頭に上った血がすっと下がるような気がした。

お前は可愛くないんだよ。

言葉がよみがえる。学生時代の彼。一足先に医師になって女性にもてて、浮気して、妊娠した相手と結婚すると告げられた。

――男は自分を尊敬して頼ってくれる可愛げのある女が好きなんだ。守ってやりたくなる。
――お前はいつも冷静で俺が何しても涼しい顔で、俺がいなくても大丈夫だろ。
――彼女はそうじゃない。俺が守ってやらないと駄目なんだ。

私は可愛くなんかない。可愛げもない、手を離しても平気と思われている、そんな女だ。
男性の庇護欲をそそる存在じゃない。――だから

彼に抵抗するのが急に馬鹿馬鹿しくなった。
ゴールが同じならせめて早く終わらせてしまう方がいいかもしれない。
彼の欲望を満たすために突発的に抱かれている、いや、やられているこの現状は長引くほど惨めになる。

「そう見えるのは、間違いです」

私の言葉に彼は何かを感じたのだろうがそれを口にはしなかった。
ブラウスのボタンとブラのホックも外して、乳首を口に含まれた。熱く濡れた感触と刺激に、肩に当てた手に力が入ってしまい
とっさに声を殺す。外に漏れ聞こえるのを恐れたせいもあるけれど、彼の前であられもない声をあげたくなかった。
彼の手は腰と膝下から大腿を撫でさすっている。乳首を甘噛みされて体が震える。

「止めて、と言っても無駄ですか?」
「もう、止められない」

足を広げられ下着越しに彼の指が触れてくる。上下にそしてその周囲をゆっくり掻かれる。

「んっ」

食いしばった口の間からそれでも声が飛び出す。胸と恥ずかしい場所を口と指で同時に刺激されて体のひくつきが止められない。
ストッキングを脱がされて下着の隙間から彼の指が直接入ってくる。
陰核を指の腹で撫でられ押されて体に電流のような衝撃を感じる。

「あっ、やっ」

胸とはまた違う感覚に目を見開く。彼の手が下着を下ろしてそこが晒されてしまう。

「濡れてる、ごめん、我慢できない」

いきなり中に指が入れられ腰が引けてしまう。彼の指を受け入れて膣が収縮するのが分かる。彼の指が私の中に――
その状況はひどく私を混乱させた。あのしなやかな、信じられないくらいの動きを見せる神の指が中に入り内壁をこすっている。
快感を引き出すべく中を探っている。その指使いは的確で状況に流されてしまいそうになる。

「君の胸は温かかったけど、ここは熱い」

低い声で熱っぽく告げられた後指が引き抜かれ、下をくつろげた彼が指の代わりに彼自身をあてがった。
何度か先端をこすり付けられ

――彼が入ってきた。

熱い、そして圧迫感。緊張で体に力が入って苦痛を感じる。処女ではないのに。
彼も眉根を寄せている。ゆっくりと腰を進めながら突起を指で撫でさする方に意識が集中して力が幾分かぬけていった。
奥まで挿入された時に気付く。

「教授、避妊は?」
「あ――今からやってももう遅い、か」

緊急避難のピルを飲まなければ。もうひとつの問題、感染症についてはどうだろうか。
一般的な項目は定期的に検査している。前の彼に浮気されていたと分かった時に性行為感染症の検査もやってそちらも陰性だった。

「教授、感染症は私は問題ありませんが、教授は?」
「多分、大丈夫」

多分、だと?呆れと怒りが顔に出たのだろう、初めて攻守が逆転したようだった。

「あ、ええと多分じゃなく大丈夫、うん大丈夫」

終わったら即検査をしてもらおう。

彼は中でじっとしているのが辛いらしく動き始めた。ず、と内壁がこすられる。そこからくちゅりと音がして唇をかむ。
嫌だと言いながらしっかり反応しているのを思い知らされ、その浅ましさに恥ずかしさがつのってしまう。

「初めて、ではないな。だがきついな」

足を抱えられ奥に突き入れられると息が止まりそうになる。

「辛かったら俺に爪でも歯でもたてろ」

彼は気遣いを見せてくれるが、とにかくもう早く終わって欲しい一心でひたすら刺激に耐える。

突かれるたびに上がりそうになる声をかみ殺す。
最後にしたのはもう随分前のことだ。それも最後は嫌な思い出として終わってしまった。
まさかこんな風に誰かに抱かれるなんて思ってもいなかった。それも一方的に欲情されて。
行為の最中にも色々と考えてしまうのは私の悪い癖だ、そこが可愛くないと思われる原因とも分かっている。
しかし与えられる刺激に体は熱くなっているが、気持ちはついていかないのでどうしてもそこに乖離を生じてしまう。
彼の動きが大きくなり奥に彼を感じたときに、彼は動きを止めて呻いた。中で彼の脈動を感じる。

――彼が達したのだ。

小刻みに震えたかれの体が弛緩し私の上にかぶさってきた。
耳元で彼の荒い息を、熱い息を感じる。

終わった。
それにほっとする。ようやく彼が体を起こして私の中から出て行った。
久しぶりの行為で体が重だるい。後始末をして身を起こす。服の乱れを直してソファに深く座った。
服を着た彼も少し離れて隣に座る。少し前かがみで腿の上に肘を置き両手を組み合わせている。

「鎮まりました?」

彼を見ないで質問すると

「あぁ、うん」

少しあやふやな返事が返ってくる。だが弱気な彼はそこまでだった。

「いや、すごく良かった。気に入った。だからこれからも君を誘いたい」

きっぱり言われて呆れとも怒りともつかない思いが生じる。

「冗談ではありません。これっきりにしてください。失礼します。感染症は検査してください。問題があれば連絡を。
私は今から外の病院でピルを処方してもらいます」

立ち上がり彼に早口で告げて部屋を出ようとする。

「待ちなさい」

短いが逆らえない重みを持つ一言に足が止まる。

「俺は続ける。分かったね」

理不尽だ。横暴だ。勝手すぎる。罵詈雑言が頭の中を渦巻く、が。

「……失礼します」

それだけ言って部屋を後にした。どうしてこんなことになってしまったんだろう。
混乱したまま一刻も早くここから離れたくて大学をあとにした。


後日、私のボックスに本が一冊入っていた。添えられたメモには『参考になるから』とだけ書かれていた。
表紙をめくるともう一枚のメモ。彼の個人的な連絡先が記載してあった。
私から連絡を取ることはないだろう、そう思いながらぼんやりとそれをながめた。






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