教授と助手4(非エロ)
シチュエーション


「失礼します」

教授室に入るときには緊張する。これは医局員ならそうだと思うが、私にはそれに加えての理由もある。
主は机の前で書類に目を通している。真面目な顔は仕事中の緊張感もあいまって格好良く見える。
きりのよいところまで机の前に立って待つ。書類から目を離した彼が私を見る。

「大学院の願書の印鑑をいただきに参りました」

用件を切り出し書類を差し出す。彼はそれを受け取りそれに目を走らせ机から印鑑と朱肉を出した。
名前を書いて横に押印する。不足がないか確認してそれを私に返してくれた。

「ありがとうございました」

用件が済んだのでとっとと退散しようときびすをかえす。そこを引き止められた。

「待ちなさい。話がある」

書類を手に机の前に戻る。彼はじっと私を見る。その視線は私を射抜くようで手術中のものに似ている。
と、その雰囲気が柔和なものになった。

「こっちに来て」

机の彼の方に手招きされる。そっちは彼だけの領分だ。そこに?
彼はなおも私を促す。幾分かためらいながら座る彼の横までいった。

「座って」

どこにだ?椅子はひとつきり、そこには彼が座っている。彼は私を見上げて自身の大腿をぽんぽんとたたく。
そこに座れ、と?彼の顔をまじまじと眺めてしまう。彼は真面目な顔だ。

「教授、お話ならここで」
「話ならここで」

私の言葉を繰り返して彼はなおも大腿をたたく。

「鍵をかけておいで」

ここでは彼が王様だ。私はのろのろと書類を机の上に置くと施錠して戻ってきた。
彼に近寄り覚悟を決めて大腿の上に横座りになる。
手が背中に回って逃げ腰になりそうなのを阻止された。

「……連絡してもなしのつぶて。君からは連絡もしてくれない」
「あの時、これっきりと言ったはずです」
「俺は続ける、と言った」

彼は私の腰を抱いている。そらした顔は頬に手があてがわれ彼の正面へと向かされる。

「気のすすまない相手にどうしてですか?」
「気にいったって言っただろう。それにこの手軽さが実にいい」

手軽。

「つまり、気が向いたときに手がだせるから、ということでしょうか」
「そう言うと身も蓋もないけど、否定はしない。俺の諸々の効率化を図り仕事への還元への貢献と捉えて欲しい」

私の意志は無視して勝手なことを言う。いけない、彼に丸め込まれてしまいそうだ。

「どうあっても続ける、とおっしゃるんですね」
「俺はそう望んでいる」
「受け入れられない、と言えば?」

瞬間彼との間に剣呑な空気が生じる。

「俺はわがままで、だから何をするか分からない。この間のことを吹聴して回るかもしれない」

ハラスメント三重奏で迫ったばかりかあの出来事も脅しの材料にするのか。
本当にこの人は大きな子供のようだ。
ここを辞めて他の科や他所の大学に行く選択肢はある。でも彼の知識と技術は吸収したい。なら答えは……


「絶対に秘密にしてください。……業務時間内には嫌です。休日や学外もです。この部屋で以外触らないで下さい」

こちらの条件を挙げてみる。彼はそれを検討しているようだ。
手軽に抱くのだから学内限定だし、仕事優先なのは当然だろう。
医局の人たちにばれたらお互い今後がやりにくい。

「他の女性と関係したら感染症のチェックを。というよりそちらに本気になってください」

彼は私のうなじに手を添える。そこに力がこめられ引き寄せられる。

「お互い他の人に本気になったら終えよう。その条件で結構だ。俺は時間を、君は技術と知識を手に入れる。
業務時間が終わって学内にいれば誘いを無視しないで応じて欲しい」

そう言って彼は口付けてきた。唇を甘噛みされ舌でなぞられる。
促されて少し開けた隙間から彼の舌が入り込む。口の中をゆっくりとうごめき私の舌を探り当てた。
舌をからめられて息が苦しくなってくる。いつの間にか背を撫でる手を受け入れていた。

彼の手が白衣のボタンにかかるのを感じ慌てて離れた。

「教授、駄目です。このあとも用事があります」

彼は不機嫌そうにむくれているがこっちの知ったことではない。

「いつ終わる?」

頭の中で計算する。あれとこれをやって、書類を出して……

「一時間くらいです」
「分かった。それが終わったらおいで。必ずだよ。逃げるのは許さない」

ようやく開放されて教授室を出た。
自己保身も働いた上で彼の欲望処理係ともいえる関係を了承してしまった。
どうしてそうなった。自分でも良く分からないままとりあえず書類を医局長に出すべく廊下を歩き出した。

終わり?


おまけ

「大学院に進学します」

どんなに嬉しかったか君は知らない。
これで四年間は俺の傍にいてくれる。嬉しくてその願書に必要以上の力をこめて押印したくらいだ。
おまけに今後まで約束できた。
全身全霊で君を育てよう。一人前の医師になるように。
一時間後に、と約束させた。
待ちきれないが仕事を済ませてしまおう。決して邪魔が入らぬように。






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