夜伽 宰相の味見編
シチュエーション


番外

年甲斐もなく、初めて見たときに欲しいと思った。

没落した伯爵家の未亡人が伝手を頼って現れた時、正直迷惑だった。自業自得としか思えない浪費での没落だったからだ。
だがその騒動の最中に当主の伯爵は突然死去し、後に残された若い未亡人は哀れではあった。

喪服に身を包んだその女は、深くうつむいてなかなかその顔を上げようとしなかった。

「このたびはお気の毒なことでした。今後どうされるおつもりか?」

婚家から実家に戻ってはと言外に匂わせたが、女はそれにはかむりを振った。

「もとより実家はないに等しい身にございます。私一人なら修道院へと思っておりますが。
亡き夫の一族の方の暮らしを算段せねばなりません。夫の妹君にはとても良くして頂きましたので、報いたいのです」

親子ほども、いや祖父と孫ほど年の離れた妻をめとったと当時噂になった伯爵だ。妹といってももうかなりの年だろう。
修道院の質素な暮らしは寒さなど厳しく、酷であろうとは想像できた。

目の前の女に興味を引かれる。婚家の者のためにすがりにきたか。殊勝なことだ。
だが、その身に何ができる?女が働くといってもたかがしれている。
ましてや伯爵夫人としてきた貴族の女が何もできまい。
城内の仕事の推薦でも期待したか?一人ならともかくそれでは他の人間は養えない。
住み込みの家庭教師?悪くはないが……やはり賃金面では厳しいだろう。それに教えられる技量がないと話にならない。
侍女としては年と身分が邪魔をするだろう。あれは若ければ若いほど需要がある。
であれば、腐ってもの貴族をありがたがる成金や爵位の低い貴族に嫁ぐか。

――そうでなければ愛人になるか、娼婦になるか――己を売ることしかないと、この女は理解しているようだ。
まあ、その需要があれば、の話だが。

「顔を上げて」

うつむけた顔を上げ、だが黒いベールが女の顔を隠している。

「ベールもあげて。このままでは話がしにくい」

ほっそりとした手でベールがあがり、現れた顔に瞠目する。美しい女だった。
伯爵は浪費で没落するだけあって、美しいものには目がなかった。趣味も悪くはなかった。
妻もその審美眼で選んだようだ。

「夫の甥につきましては学校に入れることができ、どうにかなります。妹君にも小さな家は用意できました。でも……」

世に出すために甥の学費に有り金を使ったか。妹とやらの生活費が問題だと。
簡潔に要領よく話す女に知性を感じる。聞けば実家も格式は高かったようだ。
とはいえ相当に年の離れたところに縁組させるような実家だ。経済力などは推して知るべしなのだろう。

そこにふとある考えが浮かぶ。世継ぎの殿下のことだ。十四歳になり縁談もあがってきている。
男女のことを指南する必要性があると判断してはいたが、人選がなかなか難しかった。

――口がかたく、身分は卑しからず、教養があり、そして慣れている女。
口のかたさについては判断しかねるがその他は条件を満たしているかもしれない。
女の体つきを含め全身を検分するかのように見てしまう。

「秘密は守れるかな?」

唐突な質問にいぶかしげな視線を向けたが、すぐに反応する。

「必要でしたら」

答えに満足する。どうせ売るしかない身なら最高のところに売りつけるがよかろう。

「貴女に仕事を頼みたい。秘密を守ることが重要だが、夜の仕事だ。相手は特定の高貴な方になる」

覚悟はしていたようだ。少しだけ手が震え、そしてそれを押し殺しまっすぐ私を見る。

「――承知いたしました。この身がお役にたつのであれば、何でもいたします」

「承知してくれて嬉しく思う。では早速確認をとりたい」

近づいて女を立たせ手の甲に口付けをし、指先を口に含む。
女の頬に血の気がさしたが、体は後ろには下がらず手も振り払われなかった。肝も据わっているようだ。
商談成立。
殿下の側近くにあげるのだ。不具合があってはならない。確かめておく必要がある。

――いや、そんな口実をつけて私はこの女を抱きたいのだ。
女が来たことは案内をした忠実な使用人一人しか知らない。夜陰にまぎれて来たので他の使用人は皆もう休んでいる。
知られる恐れはなかった。


寝室にいざなう。喪服を脱がせると肌はきめ細かく極上の手触りだった。

「全部脱いで。私の服も脱がせて」

ためらいがちに身につけた全てを取り去るのを眺めるのは楽しかった。
羞恥と戦っているのだろう、頬がうす赤くなっている。
全裸になった女に再度感心する。優美さと色香を合わせもつ見事な体だった。
女が近づいてきて、ゆっくりと服を脱がせていく様は刺激的だ、
伏せた目元やかがめたことで複雑な陰影をつくる体の線はこの後を期待させるには十分だった。

女を抱きしめる。身を強張らせているが拒絶はしない。

「貴女は教える立場になる。私を誘惑してみてくれ」

ゆれる瞳をあげ女は両手で私の頬をはさんで顔を近づける。啄ばむように唇が重ねられそれが深くなる。
軽く開いた口からするりと舌が入り込んでためらいがちに私の舌に触れた後は、絡めて舌先で口内をなぞる。
片手は首の後ろに、もう片手は背をはっている。少女めいた外見とは裏腹の濃厚さに伯爵の丹精を思う。
さぞ、可愛がられたようだ。
女の後頭部に手を差し入れてより口付けを深くする。女は唾液を嚥下し、なおも舌を絡ませる。
手をまろやかな臀部におろしてもみしだくと軽く背をしならせる。
後ろから秘所へと手を伸ばすと、女は腰を私に押し付けた。
寝台に横たわらせると女の横についた腕に唇を這わせてくる。手は肩から脇にすべり腰をさすっている。
思った以上に巧い。
女の胸をやんわりもむと、熱いため息がもれる。先端に交互に口をつけてねっとりと舐めあげると身を震わせた。

――感度はよいようだ。

女の秘所はもう濡れそぼっていた。指を入れて慣らしてゆくと腰が揺れる。
甘い声と女から立ち上る甘い香りにめまいにも似た感覚を覚える。女は指を受け入れながら体をねじる。
中がうねって淫らな水音を立てる。襞は指に吸い付くようで締まりも悪くない。
敏感な突起の反応もよい。指でもいいようだが口でされるのが好きなようだ。
切なげに眉根をよせて体をひくつかせている。あともう少しの刺激で女は果てそうだった。
ここで果てさせてもよいが、目的は殿下の指南役として適格かだ。もう少し我慢して己を保ってもらおう。
再び指での愛撫にきりかえて中に指をいれつつ親指で突起をさする。

「ふ、あぁ……」

女の抑えた声から感じているのを知り、中の指を増やす。胸の先端もここも綺麗な色をしている。
指に絡む粘液が白くなってきた。相当に感じ入っている。
指を抜いて女の口元にもっていくとすぐにくわえ込まれて舐め吸われる。
唇と舌の使い方が巧く、そっと両手で包み込んでしゃぶる女の伏せた目元の長いまつげが隠微だった。

その目が私を見る。濡れたその目に女の望みが宿っていると思った。

「別のものをくわえたいのか?」

場所をいれかえ私が横たわる。華奢な手の平が胸から腹へと下がり、女の痴態で既に反応している私自身を包む。

「貴女の男性経験は?」
「夫だけです」
「……随分仕込まれたようだ」

それだけで通じたのだろう。羞恥に顔を赤らめて女は手の中のものを舐める。
柔らかく熱い感触に、この女の清楚な外見とグロテスクな行為の落差になんともいえない愉悦を感じる。
ここまでの女の行為は高級娼婦もかくやと言わんばかりだった。
無垢な女をここまで仕上げるのには随分と時間と労力を使ったことだろう。
そしてそれば己ただ一人のために費やした努力だ。
亡き伯爵とやらのこの方面への情熱には感心してしまう。突然の死も案外、女の上でのことかもしれない。

「ん、んう、ふっ」

鼻に抜けるような小さな声を出しながら女は私に奉仕している。
指をしゃぶったときのように口全体、手も使って快感を与えるべく頭を動かしている。
口全体で吸い上げられて腰に戦慄が走る。
腹筋に力をいれて女の口に出してしまいそうになるのをどうにかこらえる。
この女が花街にあれば、身分を隠した王侯貴族が夜毎通う売れっ子になるだろう。
いまや女は夢中で口を使っている。これ以上されればもうもたない。
女の脇に手を入れ上体をこちらに寄せる。

「挿れて見せてくれ」

口の端の唾液を拭い、女は私の腰を挟むように膝立ちになる。
腰を浮かせてさっきまで口で大きく硬くしたものを手で支えて秘所にあてがう。そして自身の体重で中へと沈ませる。
ぐ、と女の中へと入っていくとき壁にこすれ、少しきついところに包みこまれる快感に息を詰める。

――よい。私を包んでうごめく襞や肉は快感を吸い上げ搾り取ろうとするかのようだ。

「貴女の中の具合はよいようだ」

細い腰を支えて腰を押し付けると赤くした目元が艶な風情を一層たたえている女が、微笑んだ。

「それは、嬉しゅうございます」

腰をわずかにくねらせ同時に締め付けてきた。これはよいようだどころではない、よすぎる。
そろりと腰を浮かせて半分ほど抜き、またおさめる。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が聞こえてくる。
女の中に出入りする私自身の濡れ光った眺めは随分と刺激的だった。女が腰を落とすタイミングで下から突き上げる。

「あああっ、おく、まで」

強い刺激だったのだろう、女は声を上げ身をよじる。その拍子にぎゅっと締め付けられ背筋があわ立つ。
後は我慢比べのように私の上で繰り広げられる淫らな踊りに耐えながら、女を屈服させるべく腰を使う。
女の全身を細かい震えが襲い肌が上気してきた。もう余裕をなくして女は涙目になっている。

「あぁ、あ、んん、や……だめ、もう」
「では、果てろ」

ひときわ強く突き上げると腰ががくがく揺れて女は喉を見せるほどのけぞった。
きゅうきゅうと締め上げられて私も女に精を放った。がくりと力を失い、私の胸にもたれかかったその体を抱きとめる。

女を知らない十四歳の子供に抱かせるのが惜しいほどだ。だがこれ以上の逸材はそうはいないだろう。

「私の体は、使いものになるでしょうか」

しばらくしてからぽつりと漏れたその言葉の中に女の不安と緊張を感じる。

「ああ、予想以上に貴女は素晴らしい」

本心からの言葉に女はほっとしたように微笑んで、だがその笑みは途中で消えて涙が浮かんだ。
夫に先立たれ、婚家の人間を抱え、途方にくれたまだ若い女の、貴族の身で己を売る羽目になった女の誇りを傷つけた。
更に弱みに付け込んで無体な振る舞いをした。

――だが、一目見たときから、私は。
涙を舐めとり耳に舌を這わせながら熱い息を吹き込む。

「報酬は十分に支払う。今から一ヶ月ほど私の領地の家で過ごして欲しい。その後に仕事をしてもらう。
妹君とやらに適当な手紙を書きなさい。金子とともに届けよう」

きちんと月のものが訪れて私の子供を孕んでいないのを確認した後、城に連れて行き当初の目的を果たした。

「せいぜい年若いあの方を可愛がって、貴女の全てを教え込んでやって欲しい」

女は最初の日、緊張のあまり顔色も悪く倒れそうな様子だったが、気丈にも踏みとどまり責務を果たした。
殿下の側から下がった後は私のところでその日何を教えたか、何をしたかされたか事細かに確認をとった。
そのたび身内にわく嫉妬としかいいようのない感情に支配される。
私が一夜しか抱いていないこの女を夜毎抱き、技巧の全てを教えられる十四歳の子供に対しての嫉妬だった。

「殿下に……」

男として一人前に振舞えるようになったとの女からの報告で、ようやくこの夜伽を終えることができた。
城から遠ざけ、最初に女を隠した家に再び住まわせる。
落ち着いたら報酬を亡き夫の妹と甥に届け修道院に入る、と言っていた女に変化があったのはしばらく後だった。
世話をさせていた侍女から報告を受けその家を訪れる。久しぶりに見る女は少しやせてはいたが変わらず美しく見えた。

「体調が悪いとか」
「ただの風邪のようです。ご心配いただくほどでは」

無理に笑おうとするその体を引き寄せ抱きしめる。最初の夜以来はじめて女に触れた。

「ごまかさなくていい。体の変化は知っている」

私の言葉に女は身をすくませる。

「どうされるつもりか」
「……どこか遠くへ行って」
「赤子を抱えては仕事もできぬ、生きてはいけない」

万が一の可能性を考慮して目的を果たした後も、監視のきくところに留め置いたのだ。

「公にはできない。その子供は貴女だけの子供だ」
「もとより承知しております。決して大それたことなど」

女はやはり理知的だった。けして父親に関わろうとしない、してはいけないと自覚している。

「女性が一人で子供を抱えては大変だ。――私のところで産んではくれないか」

胸元で女が顔を上げる。何故私がそんなことを言い出したのか分からない、といった表情だ。

「私に子供と、貴女をくれないだろうか」
「どうして」

腕の中の女に口付ける。目の届くところに女と子供を置いておく必要がある、建前はそうだ、だが、本音は

「貴女を私のものにしたい、それだけだ」

これも弱みにつけこむ行為だろうか。だが初めて見たときから欲しいと思った。だから。

「私の側にいて欲しい」


ふと意識が戻る、昔の夢を見ていたようだ。
この身は病に倒れ妻は手を尽くして看病してくれてはいるが、体調は私がよく分かっている。
陛下が見舞いに来てくれたのに、いささか慌てる。私が守り育てた殿下は立派な陛下になっている。
今も病床の私を案じて来てくれた。陛下なら残してゆく妻と子供も悪いようにはすまい。

「くれぐれも、よろしくお願いいたします。陛下」

ああ、きっと驚くだろう。だが私の家にも王家の血は流れている。先祖の血が濃くでたのだとごまかせると思う。
よろしく頼みます。
私の最愛の妻と子供を。
二人によってもたらされた幸福な日々を走馬灯のように思いながら私は目を閉じる。そこにはあでやかな妻の姿。
私を愛していると言ってくれた、愛しい女の姿を思い浮かべながら。






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