夜伽 番外2
シチュエーション


番外2

女が妻となり側にいてくれるようになってから気付いたことがある。
妻の普段の様子が寝台の上とは別人かと思えるほど違う時があるだ。
礼儀作法や立ち居振る舞いに問題はない。どこに出しても恥ずかしくない優雅な物腰だ。
それは以前からよく分かっていたことで驚きには値しない。

何かの拍子に手が触れたり、軽い抱擁や唇以外の口付けなど夫婦であれば当たり前で、別段見られて困るほどでも
ない行為にひどく照れるのだ。特に手をつないだり指を絡めたりすると頬を赤らめて目が泳いだりする。
その夜も帰宅した際に迎えてくれたその頬に手をすべらせると、あからさまな動揺を見せた。
内心首をかしげる。
夕食を済ませ軽く仕事をして入浴後に寝室へと入る。夜着に身を包んだ妻は既に部屋にいた。
その腹部はまろやかに張り出して丸みを帯びている。その手を取って長椅子に連れて行き膝の上にのせる。

「あ、あの」

そんな妻に口付ける。妻はそれをとまどいながら受け入れる。

「貴女は私が嫌いか?」

妻の目が丸くなる。

「嫌いなはずはありません。何故そのようなことをおっしゃるのですか?」

間近の妻からの甘い香りはいつも私の心をくすぐる。妻を腕の中に収めるたびに手放せなくなっているのを自覚する。

「私は貴女の弱みにつけこんで結婚した。私が触れると落ち着かないようなので、嫌なのかと」

嫌と言うよりは照れているように見えていることは伏せて尋ねる。


はたして妻は目にみえて動揺した後真っ赤になった。少しもじもじした後で顔をあげて私をまっすぐ見る。

「貴方を嫌いなど決してそんなことはありません。あの、私、前の結婚生活で寝室以外では夫と触れ合うことが儀礼以外に
なかったものですから。人目を気にしてしまったり、どうしていいか分からなくてつい……」

妻の死別した夫、伯爵のことか。
少し寂しそうに妻は続ける。

「夫は、私を妻としてより自分の手で丹精して作り上げる作品と思っているようでした。昼は淑女として、夜は……別人に
なるようにと。夫は厳しくて気安い親愛の情には乏しかったのです」

女道楽を極めた伯爵の、生きた人間を使った遊びというのか。好みの妻に仕立てるように仕込んでいったと。


「私が触れるのは嫌ではない?」

そっと首に手がまわり柔らかい体が押し付けられる。

「貴方が私に触ってくれると、心があたたまって嬉しいのです」

額同士をつけて妻に口付ける。背をなでてうなじに手をすべらせて口付けをさらに深いものにする。
舌を絡めて唾液ごとすすり上げる。それだけで私の下半身にずくりと熱が集まってくる。
妻は抱きつく力を強める。唇がはなれ私の耳元に小さな声が聞こえる。

「私、貴方が私を野放しにできないから側に置かれていると思って。だから触れられていると嬉しいのですが、どうして
そんなことをするのだろうと真意が分からなくて不安でもありました」

今度は私が驚く番だった。

「監視するだけなら結婚などしない。私は貴女を愛しているから側におきたいと思ったのだ」
「嬉しい。私も……愛しています」

妻が潤んだ瞳で見つめてくれただけで、私はどうしようもなく幸せだった。

私の膝の上の妻が何かに気付いたようだった。私の中心が張り詰めて妻に触れているのだ。

「あ、いや、すまない」

妻は首を横に振ると私の張り詰めたものをあらわにして床にひざまづいて顔を寄せる。

「そんなことはしなくていい」

妻の腹に子供がいることが分かっているのでこの手のことはしないできた。
そんな私に妻は少しかすれた声で応じる。

「私が、貴方に触れたいんです」

口に包まれ愛しげにしゃぶられると快感が背筋を走る。昼は淑女、夜は……娼婦として丹精された妻の舌技は格別で、
奥までくわえ込まれて刺激れされると長くは持たずに口の中に出してしまった。
こくん、とそれを飲んで妻が膝に身をもたせかける。

「床は冷える。腹の子に障る」

妻を寝台まで連れて行き共に横たわる。最近は上向きになるのが辛いようで、横向きになる妻の背後を覆うように
身を寄せて腕枕をする。髪をすいてその中に顔を埋める。


「いつから私を愛していた?」
「今まで私は親や夫に従順に生きてきました。でも夫の死後、初めて己で考えて生きるために動きました。
己の身を売るのは情けなくて辛かったのですが、それ以上に殿下への指導を貴方に報告するのが辛くて苦しくて。
どうしてそう思うのかよく分からなかったのですが、殿下のことが終わった後抱きしめられた腕の中がとても温かくて。
いつまでもそうしていたいと思ってしまいました。
側にと言われた時、監視の意味合いと分かっていても嬉しかったのです。その時自覚しました。貴方は?」
「一目見た時からだ」

妻は腕枕をしている私の手にそっと手を重ねてきた。

「殿下のことはどう思う?」

その言葉に妻は反転して私の方に顔を向ける。

「殿下は……お可愛らしくて、まっすぐなご気性は眩しいほどでした。あの方の恋としかいえない感情は分かっていました。
ただ、私にとって殿下とのことは一時だけの、夢のような出来事です。
私が殿下を好ましく思っているのは間違いありませんが、恋や愛とは違うように思います」

しいて言うなら教え子を好ましく思う家庭教師の心情だ、との妻の言葉に私は今まで胸にわだかまっていた黒く重い塊が
霧散するのを感じた。あのまま殿下の側にいればその感情は恋や愛に変化したのかもしれないとは思う。
だがそうはならず妻は私を愛してくれた。


愛しい女を腕にして一緒にいられる。この上ない幸せに、夢よりも甘美な現実に陶然としながら目を閉じる。

その後、人前で妻に触れても動揺することはなくなった。嬉しそうに微笑む姿に一層の愛しさをつのらせる。






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