教授と助手9(非エロ)
シチュエーション


「俺に頂戴」

義理チョコならぬ強要チョコ。
この時期になると赤いハートがやたら目につく。製菓業界の陰謀でもこの時期は美味しいチョコレートが一気に
でそろうので好きだ。人にはあげなくても自分用に生チョコを買ったりしていた。
今年は彼からチョコレートをねだられた。珍しく当日の夜に時間も指定された。

「俺、チョコレートは好きなんだ、あんまり甘くないのにして」

そうか、好きなのか。初めて知った。


バレンタイン前の休日に買い物に出かける。特設会場は女性の熱気にあふれチョコレートも溶けそうな感じだ。
誰もが真剣な顔でチョコレートを品定めしている。
沢山の種類のチョコレートが形やラッピングに凝った状態で展示されていて、見ているだけで楽しくなってくる。
義理用の個数の少ないのから大人数用のもの、そして本命用とされる値段も高いが見てくれも良いもの。
試食用のチョコレートをつまんでみる。苦味と甘みが舌の上で溶け出す。

彼は本命ではない。でも義理というのも違う気がする。どれにしようとなかなか決められずに色々悩む様子は、
傍目からは恋するなんとやらなのだろうか。
うろうろと会場をさまよって、結局最初の頃に気に入ったものにする。試食して美味しかったのもあるけれど、
落ち着いた色調のラッピングとリボンが彼のイメージに、あくまでも業務中の彼のイメージにあったせいもある。
ついでに自分用にも購入したのはお約束だ。
当日は医局内や病棟でもカラフルな包みがやり取りされる。
忙しくて食事が不規則だったりするので手軽に食べられるチョコレートや甘いものは人気だ。
なぜか私も結構な数をもらってしまった。友チョコのはずなのに大好きですと書かれていると複雑だ。

仕事を済ませて指定の時間に部屋に行く。ノックをして鍵の開く音の後、彼が顔をのぞかせる。

「今日は忙しかった?」

取りとめのない話をしながら二人分のコーヒーがソファテーブルに置かれる。ここでコーヒーを飲むのは好きだ。
忙しさや、人の命や健康をやり取りする緊張からつかの間でも解放されるような気がするからだろう。
落ち着いたところで彼に袋に入れた包みを渡す。期待に目を輝かせているように見えるのはうがちすぎだろうか。
でもありがとう、と嬉しそうで開けていい?とすぐに言われたので間違いではないようだ。

しなやかな指がリボンを解き、包装紙を開けてゆく。その手は大きく指はきれいで見とれてしまう。

――手は女性の目が向く男性のパーツだったっけ。男性的でセクシーで、彼の手は魅力的だ。
ぼんやり見ていると彼は箱を開け、中にきちんと並べられたチョコレートを眺めている。

「美味しそうだ。食べても?」

もちろん、頷く私に嬉しそうに笑って彼は一つつまんで口に入れる。試食したときの味が思い出される。
ココアパウダーの苦味と、程よい甘みですうっと口の中にとけてゆくなめらかな食感。

「……美味しい。どうもありがとう」

彼も気に入ったようで安心する。

「教授は沢山もらったんじゃないですか?」

聞くとまあね、とかえってくる。医局の女性スタッフや病院スタッフ、講義をする学年の学生さんなどから毎年
結構な数のチョコレートをもらうという話は聞いている。
実際に学生さんたちが連れ立って医局まで持ってきたのを目撃したこともある。
スタッフからは義理半分かもしれないが、学生さんは純粋に彼に憧れて好意を表すために持ってくるので、
その様子はほほえましくて少し眩しい。汚れた自分、が余計そう思わせるのかもしれない。
恋人ではなく、お互い独身なのだが愛人としかいいようのない状況に身をおく私は純粋になれない。
愛人ですらないか。ただの暇つぶしの処理係。

「君も食べたら?」

彼の言葉に我に返りチョコレートを眺める。敷石状に並べられたそれをつまもうとすると、その前に彼がそれをつまんで
目の前に持ってくる。口を開け入ってくるチョコレートを味わう。何故か試食したときよりも苦く感じる。

彼は指についたココアパウダーを舐めとろうとする。その手を両手で握り指先を口に含む。
ココアパウダーの苦味が舌にざらつく。
そのままソファに押し倒され彼がかぶさってきた。
背中に手を回して彼の首筋に指を這わせる。口の中に広がるのは熱い舌の感触とチョコレートの風味。

――彼はチョコレートのようだ。甘くて、苦くて。口当たりはいいが、溶けてなくなってしまう。
彼に乱されながら、ぼんやりと取りとめなくそんな考えが浮かんでいた。






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