無償の愛
シチュエーション


「旦那様っ……おやめ……くださいっ……!!」

豪華な屋敷の一室。その施錠をしっかりされた書斎の年代物のカウチの上で、服を着たまま絡み合う親子ほど年の離れた男女。
男は女を逃がさないというかのように後ろから抱きしめ、メイド服のスカートをめくり上げて女の熟れた蜜壺を指で蹂躙していた。

「ここは、そうは言ってないようだね」
「あっ……んっ!」

そう嬉しそうに言って、男は女の蜜壺をかき回していた指をもったいぶって引き抜くと、女の前に持ってきて見せつける。
その指に絡みついている蜜はすでに粘着を帯びていた。女が感じているという動かぬ証拠。

「お願いですからっ……言いつけどおりあの方とは、別れたのに、止めてください」
「だから私は、君の望み通りに、リスティンには言わなかっただろう?」

リスティンとは男の息子。彼女はそのお付メイド。
男は悪びれた様子もなく、また蜜壺を味わうように、指で蹂躙する。そこはもうとろけそうに惚けていた。
いつまでも触っていたいという気持ちにさせるほどの柔らかさに、男はそこに別のモノが入れたくなる。
女の中は……指ではなく男の本物が欲しいというかのように、中がひくつく。

「まぁ、私もリスティンと親子げんかするつもりはないからね」

耳元でそう舐めながら囁かれると、ビクンと女の体がはねた。

「んんっ!!」
「リスティンはいい息子に育ったから、君が親友のロルフ君と別れた理由を知ったら……きっと私を嫌うだろうな、それだけは避けたい」
「んはぁ、はっ!!あぁ、だめぇ……だめですっ……あぁだめ、なのに」
「そうだよね、駄目だよね、でも私は君が欲しい、欲しくて欲しくて……君を脅迫するぐらいに」

彼女と男は初めは使用人と雇主という間柄だった。
なのに息子に献身的に尽くしてくれる彼女を見て、自分が尽くされたい、優しくしてもらいたいと思ったのは、なぜなのか。
小さいころから貴族としての両親の冷え切った夫婦関係を見て、そして自分も政略結婚で同じ轍を送ってきた。
幸いにも子供たちとは友好的な関係だったが、そんな男だったからこそ、家族的な温かいまなざしを向ける女につい目がいってしまったのだと思ったのだが。

――――違った。

ある日、彼女と息子の友人ロルフが淡い恋心をお互い抱き、交際を始めたことを知った。
息子の友人とはいえ、ロルフの家は代々続く医者の家系。名家ではあるが貴族ではなく……二人の間には障害もない。
そう理解した時、男は彼女を犯した。何度も何度も、調教するように。そして今では彼女は、嫌でも男の愛撫に応えてしまう。

――――男は、彼女を愛してしまったのだ。

ぎくしゃくしだした彼女とロルフの関係に、もうひと押し。

「別れなければ彼に自分との関係をばらす、それとも私としている所を彼にみせるかい?」

という一言で、彼女は涙ながらに彼と別れた。
こんな汚い――――私を彼には、彼にだけには知られたくないと涙ながらに語る。
一度は行為中に舌を噛み切ろうとされ、あわてて猿轡の代わりに、男は惜しみなく自分の腕を差し出した。
血が出るほどの深い傷に、女は我に返り。それからは、自害する気力も削がれたらしく、彼女はメイドの仕事をする以外はただの男の玩具に成り下がっていた。

「どう、したら……やめてくれ、ますか?」

涙ながらに、そう言い続ける彼女に、どうしたら彼女を愛することを止められるのか……それは私の方が知りたいと。
猛る自身を彼女に押し当て、貫き、これ以上拒否の言葉を聞きたくないと、彼女の理性を失わせる。
溶けそうに濡れそして絡みついてくる彼女の中。
男も理性を無くし、ただ男が動くたびに敏感に反応を返す、彼女の体に耽る。
その先に、暗澹とした未来しか見えないとしても、彼女を手放すことなんて男にはできない相談だった。

「どういう事なんだ、アーネ……」

青年は自分が見た光景が信じられなかった。
今でも夢でも見たのではないかと、幼馴染であり姉のようでもあるメイドに詰め寄った。
しかし、アーネはこの質問をするまで笑顔だった顔を、真っ青にし背けるだけで何も答えない。

――それもそのはずだ。

青年が質しているのは、妻も子供もいる男とアーネの不義。しかも、相手は青年の父親だった。
そして一昨日までは確かに、アーネは青年の親友ロルフと付き合っていたのだ。
だがアーネからソレを一方的に解消してくれと言われたと、ロルフから本当の訳を知りたいと詰め寄られた。
信じられなかった。二人は青年から見ても愛し合っていて、彼は真面目に結婚まできちんと見据えていたからだ。
それで、あまり知られたくない会話をしなくてはならなかったので、人目につかないようにと、夜分にアーネの部屋を訪れるようとすると。
アーネの部屋から人目を避けるように父親が出てきた……。
なにかあったのだろうかと、不安になり。そしてノックの音にも反応しない部屋の主に心配になり。
紳士としての禁をやぶり、ドアを恐る恐る少し開けるとそこには――誤解しようもなく、情事の後が色濃く残っていた。
使用人用の粗末なベッドに、放心しながら寝そべっているアーネの衣服は乱れ、普段は見る事ができない部分の肌をあらわにしている。
その肌は色香が香るように上気し……。目が奪われた。
しかし、すぐに我に返り、彼女に気付かれる前に、青年は自分の部屋に帰る。自分が動揺しすぎているので冷静になって改めて問い正す事にした。

今、目の前にいる彼女は清楚なメイド。あのベッドの上の艶めかしさとは別人で……。
そう考えてしまって、彼女に失礼だと青年は慌ててその想像を打ち消す。

「もしかして……父上との関係が先で、父上を忘れるためにロルフの気持ちを受け入れたの?」

考えられる筋書はこうだった。
父はもう四十近いが息子の目から見ても年を感じさせない魅力的な男で、親子ほど歳が離れていようとアーネが好きになってもおかしくはない。
父親の事は公私ともに尊敬するほど子供にはいい父だったが、母との関係は冷え切っていたのでいままで遊び相手が何人かいた事は知っている。
前に母の嫌いな婦人に手を出してしまい、怒らせてからは女性関係には最近はおとなしくしていたようだったが……。
父はアーネの気持ちを知って、母に知られないように手短な所で済ませたのだろうか。
メイドとの軽い火遊びは上流階級ではよく聞くことだった。
しかし二人の未来がある訳でもなく、アーネがロルフの気持ちを受け入れたのは、父を好きでも諦めようとしたという事だろうか。
でもそう推理しながらも、何かがおかしいと青年は引っかかっていたけれど。

「…………っ……そうです。私がすべて悪いんです。私が……」

長い間があってようやくアーネは肯定した。しかしアーネの様子はかなりおかしい。
青年は家族よりも長い時間一緒にいるのである、彼女の嘘を見抜いた。何かにおびえているような――その相手は一人しかいない。

「もしかして、無理矢理なのか?」
「……っ」

答えることが出来ないといって、顔をそらす様子が無言の肯定だった。
違和感の正体。それは彼女は本当にロルフに恋をしているようにしか見えなかったから。

「何時からなんだ」
「三月ほど前から……です」

それは忘れるわけもない。ロルフと彼女が付き合った頃で、彼女がそんな時にそんなことを持ちかけるわけがない。
父親の非道さを、再確認する。彼女はいつの間にか泣き出していた。

「戯れにしても度がすぎる……」

父の事は好きだ、好きだけれど……だからと言ってそれを肯定してしまえるほど、彼は父親に恭順しているわけではない。
彼女を抱きしめてその涙を止めてあげたい、しかしそれは自分の役割ではないとこらえて、青年は父に抗議しに行こうと思った。

「父に直接、質しに行く!!」
「おやめくださいっ……!」
「心配するな、僕が勝手に気づいたことにして、君には迷惑を掛けない。君とロルフに僕は幸せになってほしいんだ!」

そう言い捨てると、青年は父親が今時分ならいるであろう書斎に向かう。その足取りは青年の怒りの気持ちのままに乱暴だった。

「無理だ……と、思います」

取り残された部屋で、消え入るようにようにアーネがそう呟いているのも知らず。
彼はまだこの時は、自分の父親は"父"だと信じていた。

「父上、アーネと別れてください!」

言い辛い事は、遠回しな事をせず一気に行ってしまう方がいい。青年は父親に簡潔に用件のみを言った。
書斎の主は、書類から顔をあげると、顔をこわばらせる。

「なぜ知った?」
「偶然にも見ました」
「…………お前は、アーネを愛しているのか?」
「はい、勿論です。大事な幼馴染であり、姉でもあり、使用人以上に大事にしています。それは父上も承知でしょう?」
「……」
「雇いはじめた使用人ならともかく、アーネは大事な……家族にも近しい存在です。
だから先の見えない戯れで、彼女をこれ以上振り回さずに、私の親友のロルフとの結婚を認め――」
「先の見えない?戯れ?」

父親は青年の言葉がとても可笑しいようで、言葉を遮った。

「私は、彼女を愛しているよ」
「だったらっ……」

父親の様子がおかしい。しかしそんなことは構ってられない。アーネとロルフの未来のためにはここは引けなかった。しかし――。

「私は息子のお前も、自分でも驚くぐらい愛している」
「……?ありがとうございます、父上」

この期に及んで、突然父親は何を言い出すのかと青年はいぶかしんだが、次の言葉と冷たい声音に背筋が凍る。

「けれど、アーネと私の仲を邪魔するというのなら、その愛は揺らいでしまうよ?」
「ち、父上……?」
「もう一度言う、私は彼女を愛している。お前にも、誰だろうが邪魔はさせない。邪魔をするというのなら……分かるね?」
「父上!」

その顔はすでに父親ではなく、恋に狂った男の顔だった。
狂気さえも孕んだそれは、男だろうが、親だろうが……ゾッとするように危険な魅力が漂っている。
それに魅入られるのは破滅だとわかっていてもなお、引きつけてやまない抗いがたい引力。
そしてその魅力を引き出したのはアーネ。

「愛しい人と抱き合うことがこんなに幸せな心地になるということを、私は初めて知ったんだよ」

――抱き合ってなどいない。
あのアーネの様子を見れば父上のは一方的な愛だ。そう言いかけたが、ある間違った意味でひたむきな父親に口を挟むのは躊躇う。
目の前にいるのは、誰だ。先ほどまで自分が秘密を暴き出すまでは確かに、父親だったのに。この歪な幸せを甘受している男は……。

「私はお前が可愛いんだよ、我が息子よ。だから、判るね?」

二度目の念を押す笑顔はとても昏い。壮絶な重圧を感じる。彼は聡かったのでその言葉に、隠された意味を読み取った。
自分は息子だから警告だけで済んだが――ロルフは違う、と言われているようなものだ。
父親は、ロルフの身さえも脅かそうとしている、だからアーネは逃げられない。やっとの事でこう頼む。

「お願いですからアーネに酷いことだけは……しないでください……」
「私が、まさか?」

何を言うんだ、と自分がしている事を全くわかっていない。その表情だけでこの目の前のただ恋する男に何を言っても、通じない事を青年は悟った。
父親の書斎を出て、盛大なため息をつく。

――――こんな事になる為に、思いをあきらめた訳じゃないのに。

青年はアーネが好きだった。幼い頃の淡い初恋。父親は使用人と親しくなることに、貴族としての自覚と公私を使い分ければ特に垣根を設けなかった。
しかし、母親は違った。貴族として当たり前だが使用人は道具で、必要以上に頼ることなんてしない。いくらでも替えの利く代替え品。
身分の違いは人としての尊厳さえも許されないというタイプだった。
だから、青年は幼いながらも自分が「好き」というとアーネを困らせることがわかっていたので……彼女への気持ちをあきらめたつもりだった。
そう、ロルフと彼女が出会うまでは。そして正式に付き合うと聞くまでは。胸が張り裂けそうに痛んだが、彼女を愛していたから、だからあきらめた。
万が一思いが通じ合おうと、自分では彼女を幸せにできないとわかっていたから。
それなのに、父親は愛の名のもとにあっさりとその垣根を破壊し――――ロルフを盾に無理やり彼女を。
気が付けばいつの間にか、こぶしを壁に叩きつけていた。どうすれば彼女が救われるんだ――連れて逃げるか。いいや、無理だ。
例え他国へ渡ったとしても、あの父親ならば狂気に駆られて地の果てでも追ってくるだろう。青年の手の内などすべて見通されてしまう。
それにしてもまずは、青年の答えを待っている親友に……何と説明していいのだろうか。
どう親友に伝えればアーネの心が少しでも軽くなるのか考えて、青年は打ち沈んだ心地で、約束の場所へと向かうのだった。






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