耐える愛
シチュエーション


幼い頃、両親が流行病で死んでしまった少女は、運よく近所の人の世話で貴族の家の使用人になる仕事を紹介してもらえた。
紹介されたお屋敷は立派で、今まで見たことのない……絵本の中で見るような世界。
その屋敷の旦那様も奥様もお子様もとてもお美しくて、王様と女王様と王子様だと幼心に思うほどだった。
奥様はその美しさを反映するように冷たく厳しかったが、旦那様は目が合えば、使用人だろうと微笑みを交わしてくれ。
珍しいお菓子が手に入っては使用人にもくばってくれる、素敵なお兄さんのようで。
そして、アーネはそんな旦那様に年の近いリスティンさまをよろしく頼むねと、言われてお傍につくようになった。
初めて働くという事に、やはり戸惑いや失敗や、辛いことも多くあったが。
一つ年下のリスティンさまは優しくて姉のように慕ってくれ、使用人のみんなも優しく、メイド長はまるで母親のように少女を厳しくも優しく指導してくれた。
家族を亡くしてしまった幼い少女には、とても居心地がよく。他の家の使用人と話すと、自分が勤めている屋敷の待遇がいかに素晴らしいか彼女は知った。
そんな温かいお屋敷にしている旦那様を、雇主として尊敬していた。

季節は廻り、少女は大人になっていった。リスティンさまは寄宿学校に通うことになり、少しさびしかったが、手紙を書いた。
そんなリスティンさまの何度目の休暇で帰省した時の事だっただろうか。親友だと言って、紹介してもらった青年、ロルフさま。
初めは冷たい印象のする方だと思った。朗らかなリスティンさまの親友とは思えないぐらい寡黙でクールな方だった。
けれど、意外に甘いものが好きでいらっしゃるとか、ちょっとしたことで照れてしまうところとか、真顔でさらりと褒めてくれる所とか。
時折見せてくれる笑顔に――胸がときめいてしまうのを隠しきれなかった。二人でいるときの沈黙でさえも心地よかった。
何よりも、立派な医者になって貴賤の区別なく病気の人を直したいという情熱。それが幼い頃両親を失った少女にはまぶしくて。
季節の折に何かとカードのやり取りをし、それが手紙となって、定期的な文通となり。リスティンさまの帰省に合わせて必ず遊びに来てくれる。
そして一年後。スクールを卒業した彼に、恋人になってくれないかとさらりと言われた。首を縦に振るしかなくて、その時初めて触れるだけのキスをした。
リスティンさまにも「おめでとう、ロルフなら一安心だ」と笑顔で祝福をされて、人生で一番幸せだった。のに。

その数日後。私は旦那様に書斎に呼ばれ……愛していると囁かれながら犯された。

信じられない出来事に、体と心が付いて行かない。嘘だとただの戯れだと思っていたのに、旦那様はその日以来何度も何度も愛してると言って――。
何故自分なのかわからなかった。旦那様は魅力的な美丈夫で、年を重ねても幼い時の印象のままに素敵な方で。
相手が一介のメイドでなくても、戯れ相手は望めばいくらでも手に入るだろうに。尊敬していた旦那様の豹変と裏切りに、心が痛い。
ロルフさまに会いたい――でも会えない、こんな汚れた自分で会いたくない。
そんなジレンマと誰にも言えない秘密を抱えながら、恥ずべき事だとわかっていても、ロルフさまと会うことはやめられなかった。
そして抱きしめてもらうが、身勝手にもキスは拒否した。旦那様に口での行為も強要されていたから、キスなんてできなかった。
会う時は全力で笑顔を作って、そして彼と別れて一人になると自分を抱きしめながら泣いた。
重大な裏切り行為を働いている自分。こんなのは許されない。でも……彼に会う事だけが、支えだった。生きている理由だった。
本当なら、別れなければいけない。でも、その決心がつかなかった。臆病でずるい自分。
しかし、ロルフさまを愛しているからこそ、無理矢理開かれる体と心の均衡が取れなくなる。体は心を裏切って淫らに感じてしまう。
何度目かの旦那様の呼び出し。ベッドの上で組み敷かれながら、舌を噛み切ろうとした。
旦那様は強引に自分の腕で、それを阻む。肉を噛む嫌な感触と血の味が口の中に広がって、はっと我に返る。
自分がとんでもないことをしてしまったと気が付いた。しかし旦那様は腕の痛みを感じていないかのごとく、狂気と熱を孕んだ瞳で囁く。

「君が死んだら、私は何をしてしまうかわからない……」

そう言われると、もう自害は出来なかった。

旦那様ははっきりとは仰らないが、もし自害でもしたらロルフさまを……という事だろうと。愛する人を守りたいという直感で気づく。

――死ぬことも、許されない、の?
段々と、旦那様の要求はエスカレートしていき、そして最終的にロルフさまと別れるように言われた。
しかし、いいきっかけだったのかも知れない、自分は彼にふさわしくないのだから。

ある日とうとうリスティンさまに、この背徳の行為を知られてしまった。
旦那様を尊敬している彼には、本当の事など言えるはずもなく。しかし長い付き合いだからかすぐに見抜かれる。
父上を諌めてくるといって怒って部屋を飛び出した彼だったが――苦悩の表情で帰ってきた。
やはり息子であるリスティンさまが諌めても、旦那様は変わらない。あのおぞましい行為を、やめてくれない。
ロルフさまだけにはおっしゃらないでくださいとすがった。リスティンさまに知られただけでも、今すぐにでも消え去りたいのに。
彼に知られると言う想像だけで、どうにかなってしまいそうだった。
お優しいリスティンさまは泣きそうな顔で「何も出来なくてごめん」と謝り、それに頷いてくれた。

それからはロルフさまの事を考えながら抱かれ続けた。目を瞑り、耳を塞ぎ、この快楽は愛しい彼に与えられているものだと。そう思い込む。
嫌がっていた時は乱暴だった旦那様も最近は、まるで恋人同士のように優しく抱いてくるようになったので、その空想の中に逃げ込むのはたやすかった。
そんな中でも、ロルフさまからの手紙が届く――――愛していると。
破り捨てようとしても、その筆跡だけでも愛しくて、恋しくて、旦那様には見つからないように隠し持つ。

屋敷の人達に、旦那様と関係したと知られてしまうのはすぐだった。
リスティンさまに露見してからは、旦那様はもう恐れるものはないかというごとく。朝も、昼も、庭園や厩舎などの人目のつかない野外でさえも求めてきたからだ。
使用人達は段々とよそよそしくなり冷たくなった。旦那様を誑かす同僚とはどう接していいかわからなかかったからだろう。
母とも言えるかわいがってくれたメイド長は、冷たくはなかったのだけれど。本当のことがいえず旦那様との関係を正そうとはしない私に愛想をつかした。
好色な目で男使用人からは見られ、誘いをかけてくる男たちもいたが……そんな使用人は気が付くと屋敷に居なくなっていた。
その後に使用人達の悪意から守るためだ、メイドの仕事なんてしなくていいと言って、比較的通いやすい領地に、ヴィラを用意すると旦那様は言い出した。

「そんな私ごときにいけません」

拒否すると旦那様はとたんに不機嫌になって、乱暴に私を床に押し倒し、服を破るように脱がせる。
前戯もなくまだ十分に濡れそぼっていない蜜壺を無理矢理貫かれて、旦那様は自身で痛いほど乱暴に貫きながら、耳元でささやく。

「アレが会いに来るのを期待しているのだったら……無駄だよ」

確かにこの屋敷にいればどういう形であれロルフさまとお会いできるかもしれない。けれど、でも、もう会う期待はしていなかった。

「そうではなくぅ……あっ、はっ、そんな、ことっされてはぁっ……!奥様に、申し訳が……」
「そう言って、会いたいのだろうっ……?」

正常位から、繋がったまま足を持ち上げられ旦那様は肩にそれを掛けた。
斜めに旦那様のモノが入って違う角度で内壁を蹂躙し、無理矢理入れられたはずのそこはもう潤ってきている。
痛いのにむずかゆく、そしてもっとついてほしいと、中はねだって、そして自然と身体が旦那様のモノをもっとよく受け入れたいと動き出す。
冷たく硬い床に押し倒されているというのに、その痛みさえも熱を煽っていく。

「ちがっ……!はぁっ!ん、ん!」
「アレは、外国に、援助して留学させたんだ、最近手紙が……こないだろう?」
「あんっ!!」

隠していた秘密を知られていた。その一瞬で彼を思い出し、ギュッと膣が締まり旦那様を締め付ける。

「図星か……」

旦那様は体の反応で、私の心を読み取ると、ロルフさまの事を忘れさせるかというように、さらに一段と激しく中を犯していく。

「愛している……君の全てが、欲しいんだよ、私は……っ」

胸を、心臓をわしづかみたい、心を奪いたいというかのごとく、乱暴につかまれる。度重なる行為の所為か、先もすぐに痛いほど硬くなる。
「旦那さ……まっ!あ、あ、私は旦那様のモノ、で……す」

――――心、以外は。
私は泣いた。でもそれは痛みの所為ではなく、どん底の中でも嬉しさを感じたからだ。

父親の跡を引き継いで、医者になるのが夢だと言っていたロルフさまが語っていた夢は、最先端の医療を学ぶための留学だった。
それがこんな形でかなうなんて、なんて皮肉。それは私が彼のお側にいても、叶えて差し上げることが出来なかった有意義な事。

それから間もなく、私は連れ去られるようにヴィラに連れてこられた。
使用人としての仕事、忙しくしていれば何もかも忘れられる唯一の手段も封じられたが、私はこの檻にとらわれる事を選んだ。

旦那様は、こんなに頻繁に通ってきてもいいのかと疑問視するほどに、私の下に訪れた。
できるだけお仕事をしてくださるように――ご家族を大事に優先してくださるように、使用人としての態度を取ると、また不機嫌になるがそれだけは譲れなかった。
流石にとても大事な夫人同伴の夜会をすっぽかしたことで、奥様がヴィラにやってきて罵られ、鞭で叩かれたが……それでも、私は出てゆくわけにはいかなかった。
もう守るべきものがあったから。
ここに私が居るだけで、旦那様はロルフさまには悪いことをしないとわかったから。
私と彼を引き離すためだろうが、留学という形をとってくださったから。だから、旦那様を裏切るわけにはいかない。
それにどんなに酷いことをされても旦那様を嫌いになれなかった。幼い頃どれだけ優しかったかと胸に刻みこまれている。

二人の息子というのに、時折訪れるリスティンさまはアーネに優しかった。
彼の父、彼の母、彼の親友。そして彼自身。
彼の周りの人の心をかき回すような忌まわしい女なのに。彼の態度は昔と変わらない。
信頼と尊敬をしていた旦那様に脅され、組み敷かれる――空想の中に逃げ込むしかない地獄のような日々の中、彼と話すことだけが安らぎで。
だからつい、心の底にしまって、二度と口にださないと誓った事をつい漏らしてしまう。

「ロルフさまに……会いたい」

――手紙はもう、来なくなっていた。

こんなことを言ってはリスティンさまを困らせてしまう。そうはっと気がついても後の祭り。あわてて嘘ですと言いつくろう。
そんな事がわかれば、旦那様に何をされるかわからない。そして今更、どんな顔をしてロルフさまに会わせる顔があるのだろうか。
もう二人は別れたのだ、しかも一方的に。こんな自分の事など忘れてしまっているに違いない、それでいい筈なのに、胸が苦しくなる。
忘れてほしい、けど……忘れて欲しくない。そんな矛盾した、身勝手な心。
そんな自分に、苦しいからといって現実から逃避していたつけがまわってくる。
私は体調不良で倒れ、自分が懐妊したことを知った。






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