教授と助手14
シチュエーション


「じゃあ、改めて。卒業と助手の就任おめでとう」

元彼とのことがあってからだいぶ経っていた。新年度からの毎日はやはり私も彼も忙しかった。
春の学会を終え、病棟業務や手術のペースに体を慣らし、と私もあちこちを動き回る。
気付けば四月も終わろうかとしている頃だった。

その夜の彼はいつも以上に機嫌がよさそうだった。
やあ、来たねと背中に手をあてられエスコートのような形でソファのところまで移動する。
並んで腰を下ろしたところで、彼が包みを私に差し出した。

「形に残るものはどうしようかと思ったけれど、受け取ってほしい」

あまりに思いがけなかったので、手の中を包みと彼を交互に見てしまった。

この関係が始まったときに二人の間には何のやりとりもしない、と取り決めてあった。
実際には彼から本をもらったりはあったけれど、それは指導の意味合いもあって許容範囲内と思う。
私から彼にはチョコレートをあげたくらいか。形に残るものはあげていない。
だから彼からのプレゼントに驚きと、とまどいも感じた。受け取っていいのだろうかと迷いながらも礼を述べる。

「ありがとうございます」

どうしよう、この場で開けてもいいのだろうか。私に彼が笑いかける。

「開けてみて」

頷いてリボンをほどく。包装紙を取って中の箱を開けた。

そこにはシンプルな女性用の腕時計がおさめられていた。
デジタルではなくアナログで、脈を測定するために秒針がついたもの。
医師として必要な要素をおさえていて、私の好みのものだった。彼は私の表情をうかがっている。

「ちゃんと防水仕様になっている。気に入った?」
「教授、ありがとうございます。本当に頂いても?」

頷きながら、それでも彼に問う。

「良かった。もちろん。サイズを調節しようか。手を出して」

彼は私の手首に時計をはめる。器具を使わずにサイズ直しができるタイプのようだ。
男性のように手背側にフェイスがくる様に時計をはめる私の癖を知っていて迷うことなくその形で調整してくれた。

「これでよし、と。時刻をあわせようか」

彼は自分の時計を見ながら時刻あわせをして、もう一度私の手首にはめた。その手を持ち上げて検分する。

「よく似合う」

いつまでも見つめているので気恥ずかしくなってくる。ずっと彼に手をとられているのにも緊張してしまう。
満足したのか、彼は時計をはずし余った部品とともに箱に戻した。

そして引き寄せられ祝いの言葉を耳元で聞いた。

「ありがとうございます」

体勢は恥ずかしいが、祝いの言葉は嬉しい。
彼が柔らかく笑って唇を塞いでくる。眼鏡をはずされ密着すると体温が上がってくる。
彼は雰囲気をつくるのが上手だ。柔らかく啄ばむように何度も唇で触れて、徐々に時間が長くなってくる。
指先で耳をゆるゆると弄ばれて段々と力が抜けていく。

――彼に夢中になる人が多いというのが分かるかも。
学生の頃から、研修医の時も彼がもてていた話は聞いている。それも納得できる気がする。
こんな抱きしめ方をされて口付けられたら。
とても大事にされている気がしてしまうから。錯覚だと分かっていてもだ。
口付けが深くなって彼の舌が入り込む頃には、全身に熱がまわっていた。

彼の服をつかむと満足そうな顔になる。
彼の唇が首筋をおりて鎖骨をすべり、その間に器用に服が乱された。
首を痕をつけないように吸われて甘噛みされるといつも切ない、疼くような不思議な感覚にとらわれる。
彼の舌は胸をたどり乳首に吸い付く。下からすくうようにもまれて、乳首は吸われてちろちろと舐め転がされる。
かり、とそこを噛まれるとのけぞるような、電流のような快感が背をはしる。

その夜の彼の愛撫は執拗だった。

「んっ、教授……どう、されたんですか。今日、は、いつもより……」

たまらず尋ねると彼は胸から顔をあげ笑みを浮かべる。

「今日は君のお祝いだ。だから、ね」

そして胸への刺激が再開された。指も使って反応して尖りきった乳首を攻められ甘やかな感覚に支配される。
両方の乳首を口と指で嬲られ快感がある点まで引き絞られる。
口を両手で押さえて声を殺しながら、達してしまった。

「胸で一回」

ソファに横向きに沈んだ私に満足そうに告げて彼は私の足元に腰掛ける。
足首からなで上げられて、絶妙な力加減に体の中にさざなみが立つ気がする。
彼の指は危険だ。触れられるとその感触が私に浸透して、私を変質させる。私の奥深くが揺らいでしまう。

「いった君が、どんなに俺を誘惑するか知ってる?」

愛しげにさえ思える口調と視線で、彼は私の足を撫でさする。

「ぐったりしているくせに、目で俺を誘う。乱れた息で俺を誘う。君は本当に……」

その後の言葉は途切れた。

するりと下着を脱がされ足を開かされる。
そこにいきなり彼の息がかかり、あっと思った時には彼が顔を埋めていた。
熱くぬめる感触がすぐに襲ってきて達したばかりの私はすぐに追い上げられてしまう。
陰核を舐められすすられたかと思うと、尖らせた舌で嬲られる。中にまで舌が入り込み溢れた粘液をすくわれて、
ざらついた舌でまた陰核を舐めあげられる。
いやらしい水音が響く。それすらも脳が快感として捉えている。
舌をねじ込まれてすすられ、たまりかねて腰が浮く。

「あっ、やぁ、あぁ……」

手で押さえていてもくぐもる声は完全には抑えられず、体の中に孕んだ熱を逃がそうと捩ろうとする腰はがっちりと
彼の手で押さえられ、与えられる強烈すぎる刺激に喘ぐしかなかった。
陰核を吸われ笑ってしまうほど早く二度目の絶頂が訪れた。

胸とは違う、その余韻は長く続く。びくりびくりと止められない動きが我ながら淫らと思う。
彼が顔を上げた。口元が濡れていて私の羞恥心を煽る。

「口で一回」

指でもいくかい?彼の言葉に顔が引きつるのを感じる。前戯でこれ以上達したら自分がどうなるか分からない。
そんな私を彼は不思議な表情で見つめる。

「これからも、ここにいてくれ」

助手になるのだから、数年は大学を拠点に仕事をする。だからここにいるのは当然なのだが。
意図が分からず首をかしげた私を見てまた彼が微笑する。
頬に手を当て唇に触れるだけの口付けを落とした彼はベルトを緩める。
私の片足を肩に上げ、まだ力の抜けている私の中に入ってきた。


今日の彼は反則だ。私が彼の欲望を処理するはずなのに、私ばかりを気持ち良くするなんて。
でもこれが彼の言う『お祝い』なのだろうか。

貫かれる刺激に軽く達する。
彼の質量と熱が私の中に埋められ、その摩擦が私を支配する。
愛情も、生殖目的もなくただ刹那の快楽のためだけになされる行為。それに溺れてしまう。

「あぁ、くっ……そ、こぉ」
「感じる?もっと?」

いつもよりも執拗に感じるところを擦られ、閉じた目蓋に光が踊る。肩にあげられた足を下ろされ、大腿の裏に
手をかけられて体が折りこまれた。その体勢で深く突かれ、頂点へと押し上げられる。
背中が反るのを自覚した次にはもう、彼をのみ込んだまま痙攣していた。

「……中で一回」

彼はちゅっと口付けながら、律儀にカウントしている。一度彼が離れて体をひっくり返される。
息も整わないうちに体勢を変えられ大腿がまだ震えている。
スカートを腰までめくりあげられて臀部を晒される。腰だけを突き出す形になって、後ろから彼に挿入された。
最初から奥を突かれ目の前が真っ白になってしまう。
ただでさえ恥ずかしい体勢なのに、時々臀部をなでられ背筋に何かが走る。

「んうう……はぁ、あ、んっ」

繋がっている場所からの音と、彼が打ちつけるたびに体が触れてたてる音が理性を浸食していく。
下からまわした手で胸をもまれ、その後で陰核にも指が這わされて、もうどうしていいか、どこで感じているのか
分からない程彼から与えられる快感で乱れきってしまう。

ソファのクッションに口をあてて声を押さえるけれど、これがなかったらさぞはしたない嬌声を上げているだろう。
なのに彼は背後からかぶさって顎に手をかけて顔を上向かせる。

「いく時の顔、見せて」
「や、こえ、でる」

必死で声を殺しながら言葉を紡ぐ私のなけなしの理性を封じるように、ずくりと奥に突きたてられる。

「きょうじゅ、だ、め、いっちゃ、う……」
「いけ、何回でもいっていい。俺で――溺れろ」

中の彼を感じまた達してしまった。その時は彼に口を塞がれていた。ひくつく中に彼から注ぎ込まれるのを感じる。

「――二回目」
「もう、数えないで……」

ソファに脱力して沈んだ私に彼は、さすがに少し乱れた息で笑いかける。

「お祝いだって言っただろう。どこまで君に奉仕できるかな。本気でいかせてもらうよ」

その後も……もう数えたくなかった。彼の本気は私には……どこまで体力があるんだ。
翌日が祝日でよかった。そうでなければ私は情けない理由で遅刻だったかもしれない。

終わり?


おまけ

起き上がることができずに彼女はソファで俺に抱かれながら眠り込んだ。無理をさせすぎたか。
大人二人が眠るには狭いソファで横向きになって抱き込んだ彼女を見つめる。

――ここにいてくれ。

想いをこめた言葉だったが、わざと意味はぼかした。俺の側に、いつまでも。

好きだ、とも愛している、とも言えない。言えば上司と部下の関係が崩れてしまう。
彼女はそれを望んでいない。手軽な処理係としてこの関係を捉えているのを混乱させてしまう。
俺が好意を示したときの彼女の反応が恐ろしい。応えてくれるとは思えない。楽観するほど能天気ではない。
今だって彼女に俺の技術と知識を教えているからいてくれるのであって、教えるものがなくなったらその時には
彼女は俺から離れるだろう。
それが恐ろしいから必死に最新の知見を吸収している。新しい機器も率先して技術の習得に努めている。
彼女の前を走り続ける。傍目には余裕でこなしているらしいがとんでもない。
彼女の吸収力は素晴らしいからどんどん腕を上げている。おそらく同期の中でも出世頭にしても異論はないだろう。

彼女との関係が俺自身をも磨いて高めてくれる。今まで俺にこんな影響を及ぼした女性はいない。
いつまでも側には置いておけないかもしれない。彼女の自立は早いかもしれない。
それを一日でも遅くしたい。
一日でも長くこうして彼女を腕の中に留めておきたい。
せめて今だけでもと初めて見せてくれた寝顔と、無防備な温かさと柔らかさを堪能する。
仮眠用の毛布を二人でかぶり幸せな気分に浸る。

机の中には彼女に贈ったものの男性用の時計が入っている。人前ではつけられない。
ただ持っていたかった。
普段も時計しか見につけない彼女の手首を、俺の贈ったもので飾りたかった。
彼女に俺の物をつけさせることで密かな所有欲を味わいたかった。
彼女と同じ時を刻みたいだなんて、俺はたいがい彼女に囚われてしまっている。






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