教授と助手17(非エロ)
シチュエーション


事後の濃密な空気の中で彼女に尋ねたことがある。
優秀な医局員として、助手として細々と働いてくれる彼女は、少し上気した頬と潤んだ瞳だけを情交の名残に、さっさと
服を着て俺の部屋から出て行こうとしていた。眼鏡をかけようとしたその手を止める。

「君はあの研究に夢中だね。あまり根をつめると体を壊すよ」

彼女は眼鏡のよく似合う怜悧な美貌でこちらを見やる。その視線はいつも俺の心臓に悪い、気がする。

「自分の体調は自分で分かります。大詰めでもう少しで良い結果が得られそうなのでつい」

研究熱心なのはよいことだ。けれどそのために俺の所へ来るのを渋られる。
元からあまり来てくれはしなかったのに、それが一層減っているのだ。
面白くない。
互いに多忙であまり顔も合わせないし、学外での誘いには乗ってもらえない。
以前誘ってみたことはあったが一刀両断だった。

「そんな気力体力は残っていません。そもそも休日や学外は約束には入っていないはずです」

連日午前様なのでこれは仕方ないかもしれない。俺の雑用もやってもらっているので文句も言えない、が。

「その研究成果でどこぞの大学の講師にでも転身するか?外の病院の常勤の打診も知っているよ」

優秀な彼女だからその手の誘いは多い。時間や報酬など俺の下にいるよりも待遇も良くなるだろう。
俺もそうやって来た訳だし、彼女にもチャンスは生かしてほしいとは思う。

手放したくないのは俺の我侭だ。
抱いても自制して素直に声は上げてくれないし、終わるとすぐにいなくなる。するりと俺の手をすり抜ける。

アカハラ、パワハラ、セクハラ。

そう称される形で彼女と強引に関係を結んだので、彼女の心など望むべくもない。
この行為だって俺が迫って続けさせている。
上下関係にかこつけて彼女に付け入っている状態だ。
彼女は俺の言葉に少し困ったように笑う。

「考えたことはありません。ここで一人前になりたいんです。私の望みはあの研究が認められることです。
あれを応用した治療法で教授が後進の医師から尊敬の念を、そして患者さんから感謝の念を持たれれば、と」

思いがけない言葉に呆気にとられる。彼女も照れたのだろう常になく顔を赤くして出て行った。
仕事に関しては彼女は俺を尊敬して、立ててくれているのだ。
それは嬉しいがそれだけではもう満足できない。

そして。
彼女はもてる。それには歯がゆいくらい自覚がない。いや、あっても困るが。

「また患者さんから見合い話持ち込まれたんだって?今度は誰?」

仲のよさそうな同僚を話をしているのを小耳に挟んだ。

「県議の息子さん、だったかな?真面目に聞いてないからよく覚えてない」

彼女は気のないそぶりで答えている。

「私はどこかの社長って聞いたけど?」
「どこからそんな話になるんだろうね」

患者さんルートか。ぬかった。医師と学生ルートは根絶したつもりだったのに、思わぬ伏兵だ。
そんな俺の心情にも気付かず、彼女は同僚と会話している。

「でもそれより鬱陶しいのが、医師会とか開業医からの話でね」

しみじみ言う彼女に耳をそばだたせる。
同僚もその話に食いついている。いいぞ、もっと聞き出せ。

「開業医の先生とか、その跡継ぎとかからの、ね。父の知り合いとか今、医院を手伝っていて医師会と関わりがあるから、
そっちからとか。直接言い寄られているわけではないけれど」

父親の残した医院を手伝っている彼女は、必然的に地元の開業医ネットワークと深い関わりを持つ。
志望者が年々少なくなっている科でもあり、優秀なら引く手はあまた。
博士号もあり、しかも優秀で美人って世間的に見ても優良物件だ。

「悪い話じゃないと思うけど、その気はないの?」

彼女が苦笑している。

「結婚とか、そんなの考えられないし。もっとちゃんと出来るようにならないと、そっちの方で頭がいっぱい」

それに、世間的にはもういい年なんだけどね、と言いながら続ける。

「ここにいると下手に目が肥えてしまって」
「……ああ、最先端の技術と治療法の集約されている場所だし、医師は多いもんね」

同僚は同意しているが、彼女はもう何も言わなかった。
ややあって彼女達は移動した。

「教授がこんな場に出られるのは珍しいですね」

地元医師会主催の講演会、ずっと断っていたそれに講演したのだから不審に思われても当然か。
会の後の懇親会は大学と顔つなぎしたい開業医の先生方がひっきりなしにこちらに来る。彼女は大学関係者だが、医師会
とも馴染みがあっていろんな人から声をかけられている。
俺への仲介も頼まれているらしいので、結局彼女と一緒にいる形になった。
白衣じゃない彼女はスーツを着ていて、その姿もいいなと内心見惚れている。そして彼女に注目する人間を密かにチェック
している。もらった名刺とからめて頭に叩き込む。『教授』の観察力と記憶力を舐めるな。
会もそろそろ終わりそうだ、このままだとお偉いさんから接待と称されてどこかの店に連れて行かれる。

「そろそろ出たいけど付き合ってくれる?」

彼女に囁くと流れに気付いたのかこっそり耳打ちされる。耳に吐息が、ああ、全く。

「よろしいんですか?きっと綺麗なお姉さんのいる店だと思いますけど」

彼女の言葉に内心がっくりくる。それって俺が女好きでそういう店に行きたいと思っているって認識だな。

「もう、そういうのは十分だから、あんまり食べた気もしないし明日は手術だろう?」

俺の手術にかける真摯な態度は理解している彼女は分かりました、と会場の中でもお偉いさんと思われる人のところに
行って何か話しをしている。綺麗に笑って頭を下げ、俺に目線をよこす。
俺も彼女のところに行ってお偉いさんと言葉を交わして、人目を引かないように時間差でそっと抜け出した。
会場をでて、ほっと息をつく。

「お疲れ様でした」
「うん。やっぱり面倒くさいね、こういうのは」

俺の口癖のような『面倒くさい』に彼女は苦笑する。

「なにか、食べにいかないか?」
「約束には入っていませんが、業務関連の範疇ですか。――いいですよ、いきましょうか」

まさか彼女から承諾がもらえるとは思わなかったからつかの間固まってしまった。

「本当に?好き嫌いは?和洋中どれが好き?」

つい勢いこんでしまう俺に彼女はふわりと笑う。

「今の時間だとあまり重くない、小皿ででるようなところがいいのでは」

隠れ家のような創作料理店を念頭において、彼女の気が変わる前にとタクシーを拾う。

「酒が入っても大丈夫?」

調子にのりすぎかもしれないが尋ねる。一緒に外食も一緒に酒を飲むことも今までしたことがない。
俺は彼女の食の好き嫌いを知らない。彼女も同様だ。体は重ねているのにそんなところが欠落している。

「少しなら」

それから俺にとっては楽しい時間を過ごした。明日が手術だからと早めに切り上げられはしたが、幸せだった。
とりあえず敵も認識した。彼女を狙うやつは蹴散らしてやる。
彼女の注意をそらさないように手術には全力で望む。俺以外に目をやらないように。

終わり?


おまけ

彼はもてる。それを十二分に自覚している。
本当にここにいると下手に目が肥えてしまう。彼以上の知識と技量の持ち主など……
見合いの話はあるけれど、私というより私の条件が目当てなのが分かる。言いよる人はいない。
医局で症例検討用の画像を保存していると、彼もコーヒーを淹れに来た。
カップを片手に手近の椅子に座って指導をしてくれる。そこに。

「――教授?」

可愛らしい声に受付を振り返る。書類袋を持った他科の秘書さんが立っていた。

「ああ、お久しぶりです。今日はどうしました?」

珍しい彼の敬語につい聞き耳をたててしまう。秘書さんの顔を見て、ああと納得する。彼女は――

「父から書類をことづかってきました。また家においでください、父が喜びます」

彼女は学長の『お嬢さん』だ。白衣は着ているが医局秘書をしている。
白衣の下の服装から髪型も愛らしい顔に映える化粧も、女らしく手をかけているのが見て取れる。
微笑みながら彼に差し出す書類を持った手もすべすべで爪が控えめながらもネイルが施されている。
思わず、消毒薬や手術のたびにブラシでこすって荒れがちになる自分の手を意識してしまった。

「わざわざありがとう、今度うかがうとお伝えください」

彼がにこやかに書類を受け取り、彼女が頬を染めている。

ああ、そういうことか。
その後の二人の会話を意識から締め出して、目の前のモニターに集中する。
私よりずっとずっと年下の、感情を素直に表せる素直なお嬢さん。
ああいう人が、可愛い人、だ。――私とは違う。






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