明るい主従2
シチュエーション


どうしてこうなったのか、私は呆然としてしまいました。次いで後ろで聞こえる寝息に非常な腹立たしさを感じました。

私、若宮真由は高杉家での勤めを無事に終えました。旦那様や奥様に可愛がっていただき、同僚にも恵まれて楽しく過ごせたと心から
感謝しています。最後の夜は私のために主が一緒に食事をしてくださることになっていました。
本来ならそれは旦那様と奥様だったのですが、急用が入られたからとお鉢が若旦那様である悟様に回ってきました。
悟様は高杉家の跡継ぎとして、現在旦那様のもとで仕事を覚えていらっしゃいます。
ご本人は頑張っているのですが、生来の人のよさやあまり強く言えない性格などが災いしてやや軽く見られる節があり、旦那様からは
頼りない、と一喝されるような状況です。
でものびのびとお育ちになった悟様のかもし出す明るい雰囲気は、得がたいものと思っています。
ですから悟様をお嫌い、という方はごく少ないのではないかと思われます。
そんな悟様が、私のために夕食に付き合ってくださったのです。勤務の労をねぎらわれて、緊張と感謝や別離の寂寥などで胸がいっぱいに
なった私に優しく接してくださいました。

「真由、これとても美味しいよ、食べてごらんよ。料理人が随分と腕を振るったみたいだ。手間隙かかっているよ」

笑顔で勧められるとついこちらもその気になってしまいます。
本当に料理は美味しくて、悟様が話しかけてくださったこともありいつの間にか私の緊張は解けていました。
食事の終わり頃には私がここに来た当時のことや、数年過ごした中で起こった出来事などの思い出話になりしんみりしてしまいました。
明日には故郷に戻ることになっています。

私の父は高杉家の所有する山林の管理を任されています。木々の手入れや伐採、見回り、松茸の採取など山を知り尽くした父の仕事ぶりは
旦那様が全面的に信頼を寄せられるほどで、先代の旦那様が趣味で作られた窯をつかって陶芸にまで手を出していました。
小難しい物を作る気はない、と用の美を追求した実用品を作っている父ですが、その父の気質は私にも受け継がれていて私もどちらかといえば
実用品を好む傾向がありました。
まだ高杉家に来てそんなに経っていないころ、帰宅された悟様からいきなり花束を差し出されたことがありました。
思わず受け取ってしまい、悟様のお顔をまじまじと見つめたことを思い出します。

「これをお部屋に飾ればよいのでしょうか、若旦那様」

そう尋ねた私に悟様はにっこり笑われて、

「それは真由の部屋に飾ればいい、店で見かけて真由の顔が浮かんだんだ」

花束をもらうなど初めてで、しかもこんな綺麗な花を見て私を連想したなどと言われ、真っ赤になってしまいました。
花は実用からは遠いものです。
でも私は初めて実用でないものでも心を和ませ嬉しい気持ちにさせてくれるものがあるのだ、と気付かされました。
それからちょくちょく悟様は出先で買ったからと大げさでない花や、美味しいお菓子などくださるようになりました。

「皆の分はないから内緒だよ」

と言われましたが悟様の内緒など使用人にはばればれです。ですのでいただいたものは使用人の詰め所に置くようになりました。
悟様はまた、私が若旦那様と呼ぶのをひどく嫌がりました。
何度もしつこく言われてようやく二人の時には悟様、と呼ぶようになりました。
そう呼びかけると悟様は目を細めて、お笑いになるのです。心底嬉しそうに。
それがひどく眩しくて、妙に胸がどきどきするのです。胸が苦しくなるのです。
こんなに動悸がしてはとても仕事が果たせないと本気で怯えたこともありました。

私が仕事に慣れどうにか高杉家を見る余裕がでると、こんなに素敵な家はないのではないかと自慢したくなるほど魅力的な方々でした。
ちっとも偉ぶったところがなく、それなのに自然と敬う気持ちを起こさせるような旦那様と、優しくて、でもお茶目な奥様、
ぼんくらなどと言われながらも持ち前の明るさで人を惹きつける悟様。
本当にこの家に勤めることができて幸せでした。
これを悟様に申しあげた時の私は、少し涙ぐんでいたかもしれません。
悟様は笑顔を引っ込められて。真面目な顔つきをされました。

「……寂しくなるな」

そうおっしゃっていただいただけで私は果報者です。幸せで、でもすこし寂しい気持ちで夕食が終わろうとしていました。

「俺の部屋で軽く飲まないか? 真由に飲ませたいと思って買っていたものがあるんだ」

私のお馬鹿。この時誘いを辞して自室に戻るべきだったのです。
今の私が過去の私と話ができるなら、全力で止めたでしょうに。
でも別れの感傷に目がくらんでいた私はうかつにもその誘いに乗ってしまったのです。
悟様の出してくれたお酒は本当に、ええ本当に美味しかったです。
ここでも最初は思い出話でした。雲行きが怪しくなってきたのは悟様の飲酒のペースが随分はやくなってからでした。

「真由は明日出て行くんだよな」

なんとなく据わったような目で言われ、本当のことですので頷きました。
途端悟様の顔がくしゃり、と歪んだのです。普段笑顔か、真面目なお顔しかなされない悟様の表情に私は慌てました。

「悟様。どうされたのですか。ご気分でもお悪いのですか?」

水を、とグラスに注ぎかけた手は悟様によってとどめられました。

「何で俺を置いていくんだ。俺が都会っ子だからか?」

はあ? と悟様が何を言っているのか本気で分からずに私は首をかしげてしまいました。

「都会もなにも、悟様は高杉家の方で、ここで生きていかれる方です」

それを聞いた悟様は今度は泣き出したのです。悟様が泣くなんて。明日は雪か嵐かもしれません。
故郷に戻るのに悪天候は勘弁してもらいたいものです。

「真由は俺と会えなくなって平気なのか?」

つきり、と胸が痛みました。会えなくなって平気なわけはありません。寂しいに決まっています。泣きそうな気分です。
私も寂しいです、と言おうとした時、悟様が私の足にすがりつかれました。

高杉家の跡取りである悟様が私の足にすがっている? あまりなことに私は硬直してしまいました。
これは現実だと分かっているのに、なんだか脳が認識するのを拒否しているようです。
悟様は膝をあたりを抱きしめながら、腿のあたりに顎をおいて私を見上げています。目尻には涙がたまり、なんということでしょう
としか言えない状況です。
大の大人に、しかも主に泣きすがられて、私の方が情けなさに泣きたい気分でした。
そんな私の気持ちには気付かず悟様は繰言を述べられます。

「真由は俺を捨てるのか? 故郷で誰かと結婚するのか?」
「捨てるって、悟様。私は悟様を拾った覚えもなければ捨てた覚えもありません」
「俺を拾ってはくれないんだな。何故だ」

何故と言われてもどこの世界に主を拾う使用人がおりましょうか。
鼻をすすって悟様はテーブルに戻られましたが、おもむろに酒を注いで一気に飲まれています。
気付いた時には既に二本目でした。

「悟様、飲みすぎですよ。明日に響きます。これくらいでおよしになってくださいませ」

いくらお酒には強い悟様といえども飲みすぎのような気がしましたので、私は止めました。
悟様はグラスを片手に私を見ます。なんとなく目が血走って、いえ充血しているようです。

「明日に響く? ろくでもない明日など来なくていい」

こんなに酒癖の悪い方だったのでしょうか? 私は自分の酔いなどとうに醒めて悟様をいさめました。

「悟様」
「真由が行ってしまうのが悪い。悪い子にはお仕置きだ。どこにも行かせてなどやらん」

一体どんな思考回路なのでしょうか。もう私には理解できません。
空にした二本目のボトルがテーブルの上で横倒しになりました。
ゆらり、と立ち上がった悟様の目が据わっています。
何か得体の知れない恐怖を感じました。じりじりとドアの方へと下がる私を見据えながら悟様は近づいていらっしゃいます。
これ以上は耐えられなくて背中を悟様に見せて、ドアへと急ぎました。
もう少し、というところで急に後ろに引っ張られ倒れそうになりました。
でもそうはならず、悟様にすっぽりと抱きしめられていたのです。

「真由、逃げるな、行くな、ここにいろ」

頭一つ背が高い悟様の声が耳元で聞こえます。すこし語尾が震えています。

「悟様……それは」

手をはずそうとしましたが、さすがに男の人の力にはかないません。むしろ更にぎゅっと抱きしめられてしまいました。

「婚約者がいるのか?」
「そんな人は、いません」

これは本当です。しばらく親子水入らずでのんびりする予定でした。

「じゃあ俺が立候補する」
「はい? 今なんて……」
「真由の相手に立候補する、と言ったんだ」

私の肩に顔を埋めて悟様はおっしゃいました。吐く息は明らかに酒臭いです。私はため息をつきました。

「酔っていらっしゃいますね。冗談はやめましょう」

私の言葉に悟様はがばっと顔をあげました。前に回された腕に力が入ります。これは、苦しいです。窒息しそうです。
悟様の手が震えたと思うと私の服をぎゅっと握りました。

「どこにも行かせない。――これならどこにも行けないだろう」

え、と思うまもなく、悟様の両手が両脇に広がりました。私の服を握ったままで、です。
布の裂ける音とともに私のブラウスはボタンがはじけ前を広げられてしまいました。
私は頭が真っ白です。
ブラウスの前を開いて、悟様は私のスカートのファスナーに手をかけました。
ここまでくればさすがに私にも危機意識が生まれます。これはまずいです。非常にまずいです。
ファスナーを下ろされたら負けです。私は必死に抗いました。
それなのに、この酔っ払いの馬鹿力はまたしてもファスナーのところを力まかせに引っ張って破壊してくださいました。
スカートは重力に忠実にその場にふわりと落ちました。
そのまますごい力で引きずられます。この先にあるものはベッドです。

「さ、悟様。正気に戻ってください。冷静に、いいですか興奮するのはよくありません。速やかに私を解放してください」
「い、や、だ」

一言一言を区切って悟様はおっしゃいました。駄々っ子のようです。
子供の口からでれば可愛らしいと思いますが、いい大人でしかも酔っ払いの口から出ればただのたわ言です。
抵抗も空しくベッドに押し倒されました。酔っ払いの癖に逃げられないようにかしりませんが器用に体重をかけて、私の動きを
封じています。一体どこで覚えたんでしょうか。
その上で私のブラウスを剥ぎ取ります。ぽい、と投げ捨てられました。軽く殺意がわきます。お気に入りでしたのに。

「まゆ――」

甘えるように名前をよばれて、下着も取られてしまいました。
いよいよ危機です。
悟様は上からじいいっと私を眺めます。その視線怖いです。なんだか肉食獣のようです。
思わずごくり、と唾を飲み込んでしまいました。悟様はなおも見つめたかと思うと、

「真由ばっかり裸はずるい、俺も裸になる」

……ああ、酔っ払い。

「さとる、さまっ止めてください。酔っ払っていらっしゃいます」
「嫌だ、やめない。真由に触る。ずっとずっとずうううっと触りたかったんだから」

悟様にキスされて、ぼんっと私の体温が上がりました。何度か唇がくっついたと思ったら舌でつうっと唇をなぞられます。
その後でやんわりと唇を噛まれました。悟様の熱い指が耳たぶをなでています。
くすぐったい、でも嫌じゃない、変な感じです。
息が苦しくてぷはっと口を開けた途端何かが入り込みました。何これ? 熱くてぬるりとして……
悟様の舌でした。
目を見開いて悟様の肩を押しますが、がっちりと後頭部に差し入れられた手が離れずにむしろ密着しています。
舌が、悟様の舌が、口のなかに。それは探るように動いて私の口を混乱に陥れます。
ただでさえ悟様の体温を直に感じて身のおきどころがないのに。
悟様の手は私のいろんなところに触れました。首筋をなでおろされ、鎖骨に沿ってと思うと大きな手が胸を覆いました。
男の人の手、でした。はじめは置かれただけの手がむに、と胸をもみます。
親指と人差し指で先端をつままれて思わず体がはねてしまいました。
やんわりもまれているのに、指先で擦りあわされるようにされると先端がずきんとするんです。

「真由、ここ、かたくなった、可愛い、食べたい」

悟様の声に、ぞくりとしてしまいました。声に含まれる感情は今まで知らないものでした。
そして宣言通りに先端をぱくり、と口に含まれてしまいました。途端生じたものに私は身をよじりました。

「あっ、さ、とるさま、っあ」

あめを舐めるようにしゃぶられて、泣きたくなるような気分です。でも悲しいわけではなく、未知の感覚が怖いという方でした。
悟様に舐められるとどんどん力が抜けていくのです。それでなくても体格差や体力差があるのに、これ以上非力になったらもう
逃げられません。
片方は口で、もう片方は手でくりくりとされてそれだけでもいっぱいいっぱいなのに、悟様は私の片足をまげて足の間を触りました。

「ひゃっ」

我ながら間抜けな声です。でも人間、驚きすぎると変な声が出てしまっても仕方ありません。
悟様の指がつうっと上下しています。割れ目上のところで指が止まりました。胸の先端と同じようにくりくり、とされました。
途端はねた体は先程の比ではありません。そこは痙攣スイッチですか?

「真由。ここも食べるよ」

胸を含んでいた悟様の口が、舌がそこに触れます。さっきまで悟様に舐められた胸の先端はつん、ととがって濡れています。
でも胸を舐められたよりも今、悟様が水音を響かせながら口をつけている所への刺激の方が私には大問題です。

「綺麗な色だ、美味しそう」

食べ物ではありません。悟様、お気を確かに。そう言いたいのに、私の口からは甘い、甘ったるい声しか出ません。
そこは言語中枢も破壊するのでしょうか。

「……ん、あぁ、ん、さとる、さまぁ」

これでは悟様のことを非難できません。私の言い方も子供のようです。
悟様は飽かずに口で刺激しています。そして、指が、とんでもないところに入りました。

「いっ、っつう、」

男の人の指が私の中に、入ってます。ゆっくり入った指は少し動いては止まり、また進んでととうとう根元まで埋まってしまいました。

「すごい、真由の中、きつい、熱い」

ゆるり、と指が抜かれ瞬間私の中が指を追うようにざわめきました。指はひねられて中の側面をこすっています。
ぞわり、と背筋をはいのぼる何かがあります。悟様の指の動きにあわせてそのぞわぞわが強弱をつけたり、間隔を変えて襲っています。

「ま、ゆ、真由。どこにも行かせない」

熱に浮かされたように悟様が繰り返します。指が私の中をこすります。浅いところで指を曲げられ上側を擦られた途端に高い声が
出てしまいました。悟様は嬉しそうです。

「――見つけた。真由のいいところ」

それからは執拗にそこを擦られました。悟様がこんなにしつこい方とは知りませんでした。

「あぁっ、あぁ、ひ、さ、とる、さ……」

なんだかそこから漏らしたような感じのぬるついたものが出ています。ぬるん、と指がすべりまたさっきの場所に戻ってと私の中は
今や大変なことになっています。相変わらずぞわぞわは消えてくれません。

「指、増やすよ」

一本でも私には大問題だったのに悟様は二本入れてきました。また痛いです。悟様は意地悪です。
何で痛いことをしてくるのでしょう。そう言うと

「俺は悪くない。これは俺達の今後のためなんだ」

俺達の今後とは。悟様のベッドに引きずり込まれてから人が変わられたようです。
さっきまで泣いて絡んですがっていたのに、何だか強引で、でも子供っぽくて。
ようやく指が引き抜かれてほっとしていたのに、三度目に私の中に入ってきたのはとんでもないものでした。
痛い! イタイイタイ、痛い。それしか頭に浮かびません。
悟様の、その、あれが入っていました。

「……やっぱり、きつい。でも、すごく嬉しい、真由、真由」

すごく嬉しそうに、そして大事そうに名前を呼んでくださったので少し痛みが薄まった気がしました。

「俺のところにいてくれるか? どこにも、行かないで」

切なそうに言われて私の胸がまたつきん、と痛みました。
一度ぎゅっと抱きしめられた後で悟様がゆっくり動き始めました。……やっぱり痛い、です。
泣きたくないのに勝手に涙がでます。悟様は泣き顔を見ても嬉しそうです。やっぱり意地悪です。

「好きだ、真由、だいす」

私の顔の横に突っ伏した悟様が囁きました。私を好き? かぶさるように悟様がじっとしています。
溢れる感情で胸がいっぱいになりました。私にとってもいつからか悟様の笑顔は特別なものになっていました。
私の動悸だって悟様限定です。他の人にはあんなに胸が苦しくなるなど決してないのです。
気持ちを告げるなら今しかありません。

「わ、私も悟様のことをお慕いして……聞いていらっしゃいます?」

悟様は何もおっしゃいません。姿勢もそのままです。

「悟、様?」

返事のかわりにすう――という音が聞こえました。いわゆる、寝息、です。
この状況で寝るんですか。いやあれだけ飲めば酔って眠くなるでしょう。それは分かります。でも、でも
なんで今寝るんですか?
中に入ったままの悟様のものも眠ったのか、小さくなりました。それを引き剥がしました。
ずっとこのままだと重いので、体をずらしてどうにか下からは抜け出しました。
服は、ひどい有様です。悟様のシャツか上着でも借りて部屋に戻るしかありません。
そろそろとベッドからおりようとした私はまたすごい力で引かれました。本日二度目です。
悟様が起きたのかと首をめぐらせると、悟様は私を前に抱いて私ごと横向きになりました。
ご丁寧にも腕が、片方は腕枕をしてもう片方は腰に回されています。悟様は寝たままです。さっきのは寝ぼけての行動でしょう。
今や格闘技の固め技のような状態で拘束されています。寝ているくせに離してはくれません。
本気でどこにも行かせない気でしょうか。
こうして私は悟様の腕の中で眠れぬ夜をすごしました。
背後に聞こえる実に能天気な寝息や寝言にむかむかしながらです。
そして翌朝、悟様は覚えてはいらっしゃいませんでした。好きだとおっしゃったことも、私の返事も。
昨夜のことは全部、きっと酔った上での冗談だったのでしょう。
それを私は真に受けて振り回されたのです。
私は怒りもありましたがとても悲しくてやるせない気分でした。
ですのでつい言ってしまいました。途中までは――けだものでした、と。

それなのに、それなのに。
開き直ったかのような悟様は、私が結婚を承諾するまでと散々とベッドで……
今度は途中で眠ることもなく中をかき回されて、痛みよりも気持ちよさを覚えてしまい、何よりずっと耳元で名前を呼ばれ愛している、
どこにも行かないでくれと言われたら……ええ、私はほだされてしまいました。
疲れ果てた私がドアを開けるとそこには満面の笑みの旦那様と、少々複雑そうなお顔をした奥様がいらっしゃいました。
あの、まさか、ずっと聞いていらしたんですか? 呆然とする私の手を取って旦那様が

「真由、いいやもう使用人じゃないから真由さん、どうか、どうかうちの馬鹿息子と一緒になってほしい」

私、昨日まで使用人ですよ。そう言ってもお旦那様の耳には届いていないようです。
悟様が後ろから顔を出して、駄目押しをされます。二日酔いのくせして異様に満ち足りた表情です。

「真由は承諾してくれたよ。近いうちにご両親に話をするつもりだ」

旦那様の舞い上がり様ははっきり言って怖いほどでした。
それでいいのですか? 本当にいいんですか?
ただ、奥様は悟様の前に立たれると思いっきり頬を張り飛ばしました。叩かれた頬を押さえて呆然とする悟様と、奥様の暴力を
目撃してやはり呆然とする旦那様と私をよそに、奥様はおっしゃいました。

「真由がお前と結婚してくれるのは嬉しいけれど、若宮から預かった大事なお嬢さんに無体なことをした、己の所業は反省しなさい」

奥様が怒ると怖いと知りました。反抗する気は失せました。
主から包囲されて撥ね付ける気力はもうありません。
私はこうして高杉真由になりました。

そして気付いたことがあります。悟様が馬鹿旦那様であればその妻の私は馬鹿奥様なのだ、と。
仕事の上で悟様をそう呼ばせるわけにはまいりません。私生活で、特に二人きりの時にはその呼称はぴったりと思わざるをえない状況は
多々ありましたが。
私は発奮しました。その努力は旦那様と奥様を喜ばせる結果に終わりそうです。

……結局私はうまく転がされてしまったような気がします。高杉家の方々に。






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