教授と助手23(最終話)
シチュエーション


時期はずれで急な話でもあったので送別会などは辞退して、大急ぎで諸々の引継ぎや手続きを済ませてあっさりと大学から離れた。
彼とはあの時以来個人的な接触はしなかった。それでよかったと思う。
医院で外来や往診に追われ、そして他の病院への紹介状を書く毎日。
忙しくしていると気がまぎれた。
時折医局の元同僚からの近況伺いのメールが届く。それに医局の空気を感じていた。
あっという間の一年後、予定通り医院を閉鎖した。
忙しくしていたときはあれもしたい、あそこに行きたいと思っていたのに、いざその時間ができると何故かぽっかりと心に穴が
開いてしまって何もする気になれない。
燃え尽き症候群かなど思いながら無為に日々を過ごした。だけど貧乏性なのかそれにも飽きてきた。
仲の良かった医局の元同僚にそろそろ就職しようかと思う、と話をして情報を集めていた。
医局長に相談する気はなかった。幸いにも就職先には困らない。すっぱり医局と縁を切って就職するのがいいかと思えた。

――どこでもそれなりにやれる。彼の指導のおかげなのは少々皮肉だが。
冗談めかした元同僚からの『彼氏はできた?』のメールには『いない、いい人がいたら紹介して』と適当に返信した。
私の方に継ぐものがなくなったと知った開業医ネットワークからの、見合いのすすめがうるさい話もしていた。


そんな週末のある日思いがけない客が来た。――彼だ。

「職場といい人を紹介したいんだ。契約書も作ってきた。これが認証」

薄い紙とビロード張りの小箱。世間一般からしてそれは契約書や認証と呼ばれるものではない。

「なんの冗談ですか?」
「俺は本気。君を好きだし愛している。君を手に入れるのは合法的に縛るのが最善だから」

親の位牌に線香をあげてくれた後に訳のわからない言葉が飛び出した。合法的に縛る……って。

「学長のお嬢さんは」
「ああ、俺、他科のやつらと兄弟になる気ないから、断った」

テーブルの上に置かれたそれ、を彼の前に押しやる。情けないけれど手が震えた。

「君は俺が嫌いか?」

私は何も言えずに黙り込んだ。

「俺を好きか?」

ますます何も言えなくなってしまった。のどがひりついて言葉にできない。
彼はそんな私をじっと見ていた。そのうちに私のよく知る表情が浮かんでくる。にんまりと笑う、あれだ。
立ち上がって私の腕を引っ張り、彼は寝室のドアを開けた。

「ちょっ、教授、何を」
「ん?実力行使」

ベッドに押し倒されて彼が覆いかぶさってきた。間近に見る久しぶりの彼の顔に動悸がする。
大学の外でこんな風になったことはない。いつも人目と時間を気にした慌しい情交だった。
彼の真面目な顔が降りてくる。私は反射的に目を閉じた。
一年ぶりなのに彼の唇と舌はすぐに私に馴染み、舌をからめて吸い上げられる。その熱と感触に息が苦しくなる。
幾度も角度を変え、彼に口付けられようやく唇が離れた時には私の力は抜けていた。


「なんで今頃、それもこんなに突然。訳が分かりません」

腕を目を上におく。自分の声はうめくようで低い。なぜ彼に振り回されなければいけないんだろう。
今の私の年を考えると気が重くなる。いい年をして、いまどきの高校生の方がずっと恋愛上手だろう。
彼が私を好きとか、愛しているとか唐突すぎて本当のこととは思えない。
私のことは手軽な相手だと、彼自身が言っていたのに。学内限定の欲望処理係として契約したはずなのに。

――別れた女がいつまでも自分を好きでいるとでも?元彼の時には呆れていた理論なのに彼相手では……
実際好きでいる自分が悔しくて情けない。
彼は私の頬を両手で挟み、正面に向けさせる。

「君が落ち着くのを待ってゆっくり話を進めようかと思ったけど、俺待つの嫌いだしその気になったから」

見合いなんてとんでもない、彼はそう言ってまた口付ける。
待つの嫌いって子供か。その気って相変わらずの俺様理論だ。

彼は私のまとめた髪を解き、ゆっくりと服をはいでゆく。一糸まとわね姿にされてしまい羞恥心がつのる。
彼も全裸になった。互いに見る初めての姿に目が泳いでしまう。

「ずっとこうして君を抱きたいと思っていた。君は手軽な処理係じゃない。俺の可愛い、大切な人だ」

熱っぽい告白に目を見張る。

「教授なら女性に不自由しないでしょう。それに私はいい年で可愛くは……」

彼は耳を食む。首筋から鎖骨に唇を落とす。

「俺が可愛いと言えば可愛いの。いい加減受け入れろ。俺は君がよくて君しか要らない。――本気だ。
それを否定したり疑ったりするのは許さない。君より年上の俺はおじさんか、おじいさんか?」

どうしてそこまで偉そうなんだ。俺様か?でも、本気?

「俺がわがままで欲張りなのは知っているだろう?俺は君の一生が欲しいんだ」

その言葉に涙が滲む。私が憧れ心を奪われた彼の手指が慈しむように私の体をすべり刺激を加える。
もう何も考えられなくなる。時間をかけて丁寧に執拗にうごめく彼の指に惑わされて腰が浮き声が出てしまう。

「あぁ、き、教授」
「声、我慢しないで、俺に聞かせて」

耳元で囁かれてそれだけで感じる。彼の指で抜き差しされ、舐められて吸われると呆気なく達してしまった。

「んあぁ、や、あああっ!」
「ごめん、我慢できない」

そう言われて膝を抱えられ彼に一気に貫かれそこでまた軽く達する。熱くて太い彼のものに息が詰まる。
引き抜かれまた打ち込まれ、壁をこすられる。
胸に腰に足に直接触れる彼の肌が熱くて、のしかかる重みすら愛おしくて。
結合部からの粘液はいやらしく絶え間ない音を響かせ、途中では潮まで吹いたようでもうぐちゃぐちゃだ。
このままずっと溶け合ってしまいたい。その思いは双方ともの絶頂で割とあっさりと終了してしまった。


「こんなに早いのなんて、ガキみたい」

彼が呻くように言葉を紡ぐ。達した疲労感でぐったりしていると、中でまた彼が大きくなるのが感じられた。

「今度はこっちで」

うつぶせにされて体を起こされ後ろから貫かれた。
恥ずかしい体勢なのに感じて大腿に粘液が伝う。彼が背中にかぶさってきた。

「君の裸、背中も腰もすごく綺麗だ。もったいなかった。ずっとこれを見ないでしていたなんて」

言葉で嬲る趣味もあったのか。もう彼に翻弄されてしまうばかりだった。
結局彼が満足するまで何度もせめられ、私は精魂尽き果ててベッドに沈んだ。

「それで返事は?まあ承諾以外は聞かないけど」

腕枕をして髪を梳きながら彼が問う。自信たっぷりの物言いなのに少し瞳が揺れている気がする。

「弱気になったり、怖かったりしないんですか?」
「……内心はそういう時もある。でも人生楽しんだもの勝ち、と思っているから」
「他の女性は」
「君と関係するようになってから疎遠に、いやきっぱり手を切っている。もうずっと君しかいなかった」

俺の手術への情熱にかけて誓ってといわれると嘘ではないようだ。
そして私は一世一代の勇気を振り絞る。

「私でよければ。愛しています」

私の言葉に彼がぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
幸せに目を閉じる私に彼は上機嫌で恐ろしいことを言ってきた。

「君の論文の治療法を試験申請した。名を残せるように頑張ろうね。嬉しいな……これで一生君といられる」

公私ともにサポートをよろしく。
きっとこれからも私を振り回すであろう彼の言葉に、大きな子供を伴侶にすることへの不安をちょっぴり、いや、かなり感じていた。

終わり?


おまけ

彼が契約書と言い張る薄っぺらい紙には、既に私以外の記入欄が埋まっていた。
証人欄に目を走らせ、そこに准教授と医局長の名を見出す。

「あの、お二人に証人になってもらったんですか?」
「ん?ああ君のに使うから書いて、って頼んだ。二人の顔面白かったよ」

こともなげに言う彼のけろりとした表情に頭痛を覚える。ペンは持ったもののそこで手が止まってしまった。
なぜ私の意思を確認する前に名前を出すんだ。

「私が断ったらどうするおつもりだったんですか」
「断られたとしても俺が恥かくだけだ。振られちゃったよって言えば済む」

今頃医局内には噂が渦巻いているだろう。

「でも断られたらきっと仕事なんか手につかないだろうからどこかに行ってしまおうか、とは考えた」

教授が、医局を放り出すだと?呆れを含んだ視線を彼にあて、久々の感覚だと懐かしく思う。

彼はなにやら指折り数えている。

「認証を購入して、契約書を取りに行って、面倒くさい書式の通りに記入して、証人欄に書いてもらって、
一応二通用意して、仕事の都合を付けて、君の家にきた。そして全力で、本気で口説いた。
面倒くさがりは知っているだろう?未だかつて俺が女性にここまで手間隙かけたことはない。
付け加えるなら一人の女性とこんなに長く付き合ったこともない。待つの嫌いなのに、一年も待った。
君に断られてもう一度初めからなんて面倒くさいことは考えるだけでごめんだ。
記入する様子が見受けられないけれど……よもや断るとかしないよね?」

脅迫が半分混じっているような気がしないでもないが、これこそ彼らしい話の持って行き方だ。
外堀を埋められたのか丸め込まれたのか。これからも彼には勝てる気はしない。

でも今、私は幸せだ。
――だから『契約書』に自分の名前を書き入れる。






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