シチュエーション
沈黙の中を、雨音が滑る。 断続的にさぁさぁと、二人の間にたわむ距離を縫って、夜の寒々しさを強調してくる。 固形燃料の火を気にしながら、剣士は視界を奥へと向けた。 身じろぎもせずに身体を横たえているのは、この1年、彼と共に旅を続けた少女だった。 ――1年。よくも続いたものだと、彼は密かに嘆息を漏らす。 そもそも、この旅路自体、決して楽な物ではなかったのだ。 彼女の名は、セラフィーヌ・ケスウィル・デ・ラクシーディア。大陸の北西部一帯を 統治するラクシード王朝の世嗣だった王女だ。――2年前、魔物の大群に王都が襲撃され、 王国が無残にも責め滅ばされる前までは。 その際の戦闘で王と王妃は命を落とし、彼女はわずかな供に守られて王城を脱出した。 だが、そこで他所の大国に身を寄せ、力なく涙をこぼすような真似をセラフィーヌ姫は 為さなかった。 そもそもこの国は、太古より存在する【魔の軍勢】を異界へと追いやった英雄達によって 作り上げられた場所だ。仇敵たる【魔の軍勢】が再び現界し、攻め寄せてくる事は王家の者には 想定の事象であったのだ。――ただ、数百年の長きにわたる平和が、とっさの対応を怠らせる ほどに王家の者を堕していたのは事実だが。 一度の失態を雪ぐ事を誓った彼女は、全国土に駐屯する軍隊を東の副王都に終結させる。 ラクシード王家の名声と、戦後の十分な褒章を巧みにちらつかせ、この機に領土拡張を画策する 隣国を牽制し――およそ人智が尽くす限りの備えを施し、幾人かの有能な補佐役を容れながら、 このわずか16歳の少女は、完璧な王者としての資質を開花させて決戦に臨んだ。王都陥落から、 一年の日々が過ぎていた。 そして――ラクシード軍は再び魔族の軍勢に敗退した。 通常の戦争ならば、セラフィーヌ姫を旗頭に掲げる国家軍に非は無かった。統一された指揮系統と 有能な将軍を持ち、自領土の奪回を美しい主君に誓う兵士の士気は高かった。 それでもなお――力弱き人間の軍隊は、一騎当千の怪物を何万と召喚可能な魔王ルーファウス 率いる魔軍の敵ではなかったのである。 壊走する自軍を集結させ、再編を将軍たちに一任したセラフィーヌ姫は、最高神ラクサスと 軍神ティアルスの神殿に託宣を得るべく馬を走らせた。 過去に、彼女の先祖は彼奴ら魔軍に勝利していた。ならば、彼ら英雄にあって自分に 無い物は何か。――それは、人智を越えた魔道や神の領分であると彼女は考えたのだ。 そして、その推論は正しく報われる。両神殿の託宣と、密かに伝令を遣わせていた、俗世に 関わらぬ『七賢の魔導師』はまったく同じ回答をセラフィーヌ姫によこしたのだ。 『召喚される魔の数は膨大なれど、それを支えるのは魔王が御する龍脈の力である。末端を 叩いていても効果は無い。魔王を倒せ。そして、魔王を倒す事が出切る属性を持つのは、 ラクシード建国の祖が一人、剣王が所持していた『聖剣』のみである』――と。 ラクシード王国は二人の兄弟によって建国された。 剣士の兄と、魔導師の弟。共に偉大な力をもつ兄弟のうち、国土を統治したのは弟魔導師の 方だった。 兄剣士は、強大な力を有する『聖剣』を封印する為に王権近くから身を隠し、そのまま いずこかの歴史の隅に埋もれてしまっていた。 だが――弟魔導師の子孫であるセラフィーヌ姫は、王家に伝わる口伝により知っていた。 兄剣士の血筋を引く者は山間に幾つかの里を作り、剣士の後継を育て、危急の時には再び 『聖剣』を握る為にそれを守っているのだと――。 セラフィーヌ姫は兄剣士の血筋を引く「隠れ里」を探す決心を固めた。おおよその位置しか 判らぬ里を、人を使ってなんとか当たりをつけ――数人の従者だけと共に、セラフィーヌ姫は 自らその地に向かった。 ――確かに、うかつと言えばうかつであったと言える。自軍の勢力圏であるとはいえ、国内は 非常の時期にあり、治安の悪化は必至だった。同祖への敬意を表そうと、少数の随員で赴いた 彼女の誠意は裏目に出た。心無い山間民の略奪と、そこに追い討ちをかけるように襲ってき た魔軍の遊撃部隊によって、彼女の行為は踏みにじられようとしていたのだ。 王都が陥落してより、ただの一度も弱音を吐いた事の無い王女は、この時初めて心が挫けて いくのを感じた。幾ら心を砕こうと、乱世の空気は国民の意識を蝕み、そして情け容赦の無い 魔軍は今まさに彼女を絶対の危機に陥れていた。 ここまでか、と。結局、仇である魔王に一矢報いる事もできずに、自分はここで朽ちて しまうのか、と。 深窓の姫君でありながら、奇跡的なまでに聡明で不屈の人であったセラフィーヌ王女が 死を覚悟したのは、眼前の半人半獣が血錆に汚れた大鉈を振りかざした、まさにその瞬間だった。 後に、王女は彼に――剣士パデスタ・ルードフィールドにこう語った。 『おとぎ話に祖母から聞いた剣王が、目の前に現れたのかと思った』、と。 ――結果的に、振りかぶられた大鉈は、セラフィーヌ王女の頭蓋を西瓜のごとく叩き割る 事はできなかった。掲げる両の腕を一刀の元に切り捨て、群がる10を越えた半獣の群れを 瞬く間になぎ倒したのは『隠れ里』に住まう若者だった。 歳は王女より二つ上の18歳。剣士が数多く集うこの里の中で、一番の実力を持つ青年―― パデスタは、里長の命を受けて王女に協力する事になった。 だが、それで何もかも上手くいくようになった訳ではなかった。 肝心の『聖剣』が、数百年の時を経る内に、行方知れずになっていたのである。 状況が彼女たちの背を押し、王女と剣士はそのまま二人きりで聖剣探索の旅につく事に なってしまった。 理由の一つとして――魔王ルーファウスは『王女の身柄確保』にしつこく固執している事が 判明した所為でもある。彼の目をくらませ、逃げおおせる為には居を一つ所に構えない方が 有益だろうとセラフィーヌ姫は判断した。 だが、理由はそれだけではなかった。聖剣探索を彼女に志願させた最大の理由は、彼女が 持っていた使命感だった。王女は、自力で国家の騒乱を収める事の出来ない自分の無力を恥じ、 少しでもその現状を自らの手で打開する事を己に課していたのだった。 狼狽したのは、『聖剣士』として選ばれてしまったパデスタだった。確かに『聖剣』の探索に、 祖王魔道士の魔術を収めている王女の力は有益だった。しかし彼女はこの戦争の旗頭である。 最も守られるべき存在が、第一線で危険に晒されていいはずも無く――なにより、山野を 野宿する事も頻繁であろうこの過酷な旅に、王室育ちのひ弱な少女が耐えられるとは思えなかった。 だが、彼女は頑として引かなかった。そして――結局、この1年、ただの一度も弱音を 吐かなかったのだ。 ●○●○● 固形燃料の火が作る光が洞穴の奥に影を揺らしている。ほっそりとした少女がかすかな寝息を 立てているのが感じられて、剣士パデスタは表情をかすかに和らげた。 ――聖剣は見つかった。幾多の困難と、8ヶ月の月日をかけて。その聖なる力は疑い様も無く、 これならば恐らく、どんな『魔』の力をも打ち滅ぼす事ができるだろう。 密かに副王都へと連絡をつなぎ、王国軍は明後日を以って再び挙兵することが決まっていた。 だが、魔王軍打倒の主力は、剣士パデスタとセラフィーヌ王女の二人きりだった。王国軍は 『おとり』だ。魔王と魔王軍の意識をそちらに集中させ、その隙を突いて魔王の城――かつては ラクシード王国の王城であり、セラフィーヌ王女が生まれ育った場所でもあったそこに忍び込み、 魔王ルーファウスを打倒するのが目的だった。 明日になれば、彼らは終局の決戦地へ赴く。これは最後の休息だった。 最後、という言葉を脳裏に横切らせ、パデスタは軽く眉をしかめた。 言葉の不吉さに慄いたのではない。明日をも知れぬわが身を嘆いたのでもない。 ただ――胸によぎる寂寥感に気が付き、パデスタはその出所に思い至ってしまったのだ。 夜が明ければ、自分と王女は城へ向かう。そこで、魔王と対峙する。 それがこの旅の、当初からの目的だった。負けてしまえば、それでおしまい。恐らくパデスタは 四肢をもがれて無残に殺され、セラフィーヌ姫は彼女に執着する魔王の慰み者となってしまうだろう。 勝ったとしても――王女は国家の指導者だ。建国の剣士の血筋を引いているとはいえ、パデスタが 彼女の傍らに今後もありつづけるなど、できない相談にちがいない。 勝っても負けても、そこが二人の終着点なのだ。 それが、嫌だ――。 そう考える自分に、かなり前からパデスタは気がついていた。この旅を、終わらせるのが、 彼はとても惜しかった。 いつまでも、終わらなければいい。そう思うようになっていた自分が後ろめたかった。 勿論、言葉に出した事など一度も無いし、むしろ王女には『早くこの旅が終わればいい』 などと、本心とは反対の憎まれ口や――もしくは励ましを向けたことも片手の指では効かなかった。 すべてが、嘘っぱちだ。 同じ目的を持ち、寄り添い、そして――全幅の信頼がこもった眼差しを無向ける王女を いつまでも自分の傍らに置いておきたかった。 ――未練なのは、判っている。それでも、暗闇に揺れる焔の色を映しながら、パデスタは 妄想を脳裏にぼんやりと紡いでいた。 (――逃げてしまえばいい。) (彼女を連れて、山脈を越えて……海を越えて遠い国に逃げてしまえば) (俺は何をしてでも暮らしていける。彼女も、この1年の窮状に文句一つ言わなかった。 庶民の暮らしだって絶対にできる) (山で羊でも飼えばいい。炭焼きでもいい。人目につかないところで――二人で) (この国から遠く遠く離れて……子供を作って――そして) 自分勝手な、ひどい妄想。――パデスタには解っていた。何よりこの国の行く末を案じる この誇り高い王女が、国を見捨てて彼と共に逃亡する事などありえないのだという事を。 1年間、彼女を見てきた。当初は反発と義務感から。その後は――どうしようもなく 彼女に惹かれていく自分を気取られないよう、注意しながら。そして、今では彼が心の底から 崇拝する君主にして女主人となったセラフィーヌは、同時に彼の中で最愛の女性となっていた。 信義を重んじ、誠実で、生真面目で、自負心が強くて――だが少しだけ傲慢で、それでも かなりのお人よしで、一度心を許した相手には猫のように甘えてくるこの少女が、愛しくて ならなかった。 だからこそ、パデスタには解る。セラフィーヌは絶対に王女である事を止めない。 やめてしまえば、彼女は『彼女』でなくなってしまう。 それが解るから尚更、彼女のその強さが、信念が――愛しいと同時にどうにも恨めしかった。 その時――。 「パディ」 雨音を縫って空間に響く、彼の名前。 その涼やかな声で愛称をよびかけられ、パデスタはどきりとして伏せていた面を起こした。 姿勢は変えぬまま。寝ていたと思っていたセラフィーヌが、じっとこちらを見つめていた。 忘れな草色の瞳が固形燃料の焔に揺らめき、濡れているように見えてしまう。 オレンジ色に染まる頬と青銀の髪がかすかに揺れ、パデスタは彼女が吐息と共に小さく笑った のが判った。 「……どうした、眠れないのか」 「ええ。体を休めておかないといけないのは解っているのだけれど……でも、落ち着いて眠れと いう方が無理だと思うわ」 少し姿勢を変えながら、セラフィーヌはそれでもパデスタから視線を外そうとはしない。 彼女に穏やかな視線を返しつつ、パデスタは軽く肩をすくめた。 「気持ちはわかるが、それでも寝ておけよ。明日の朝からは強行軍だ。将軍たちが陣形を整える 前までに城の二番城壁までには忍び込んでおかないと、…って言ってたのはセラのほうだろ」 二人きりの時、パデスタもこうやって彼女を愛称の『セラ』とよぶ。 最初は、一般の町や村を通り抜ける際の偽装として使っていたのだが、今ではざっくばらんに なってしまって、周囲にセラフィーヌ王女の身分を知る者がいない時はこうして気安く 呼びかけてしまう。 王女がそれを好んでいる事を、今ではパデスタも知っていた。 「俺はともかく――セラは体力が無いんだしな」 いつものように紡いだ軽口に、セラフィーヌは舌を出して顔をしかめる。 ――…こんな、打ち解けたやり取りを交わすのもあと少し。 内心の焦燥を押し隠して、パデスタはからかうような表情を崩さなかった。彼女と自分の関係は、 表面上はずっとこうだった。世間知らずの高慢なお姫様と、生意気で不忠な守護剣士。だが、 少しずつ――本当に少しずつ、自分たちの関係は変わっていったのだ。 「……あのね、パディ。ひとつ、お願いがあるのだけど」 ――そんな彼の思惑を知ってか知らずか。セラフィーヌはするりと、彼の諾もなしに言葉を続けた。 「私を――抱いてほしいの」 何を言われたのか――その瞬間、わからなかった。高い所にある物を取って欲しいとでも 言わんばかりの平淡な調子で、セラフィーヌはその望みを口にした。 「何を――言って」 パデスタは肌が粟立つのを感じた。耳の裏から首筋にかけて、なにかがちりちりと彼を 苛んでいく。 幾分拗ねたような表情で、セラフィーヌは口早に彼の反論を封じた。 「だって――魔王ルーファウスが私の処女を狙っている事は知っているでしょう?いくら なんでも、国を滅ぼした魔族にそんな物をささげるなんてゴメンだわ。」 上気した頬はバラ色に染まり、湖面を思わせる碧水の瞳はじっと彼の所作を見つめていた。 その表情に驚愕と困惑しか見て取れなかったのか――拒絶や嫌悪が浮かんでいないことに 安堵したのか、セラフィーヌは口の中でもぐもぐと、理由を付け加えていく。 「そんな事をするのは、もう今の機会しか無いし――それに、私だって女だもの。初めての 交わりが、異界の魔物に陵辱されるなんて、そんなの絶対に嫌!」 声に弾かれたように、セラフィーヌは身を起こした。ちろちろと揺れる炎の向こう側で、 ほっそりとした彼女の肢体が、洞穴の奥に長い影を落としていく。 パデスタが声も無く彼女を見つめていると、セラフィーヌは思いつめたように、そっと 瞳をすがめた。 「それに、魔王もパディ達も勘違いしているようだけど、別に『祖王の魔道』を使うのに、 処女かどうかなんて関係無いのよ?私は巫女じゃないんだし。だから、心配しなくても 大丈夫よ」 そもそも、祖王は男性だったじゃない、とセラフィーヌはおどけた表情で続けた。 しかし、パデスタは見逃さなかった。強く抱けば折れてしまいそうな彼女の薄い肩が、 わずかに揺れている事を。だが――彼は言葉がでない。 そして、セラフィーヌは少しだけためらった後に、彼女らしからぬオドオドとした風情で ぽつりと呟いた。 「……パディなら、私は嫌じゃない。――だから」 視線は彼に向けたまま。だが、敷布代わりにしていたマントを掴む王女の指は、小刻みに 震えている。哀れなまでに痛々しい彼女の様子に、パデスタは胸奥がきつく締め付けられて いくのを感じた。 彼女が口にしているのは、嘘ではないが、本当の理由ではない。 『魔王や触手が初体験になるのは嫌だから、せめてパデスタに事前に抱いておいて欲しい』 というのは、単なる口実なのだと――そう言うことで、パデスタが彼女を抱くための 大義名分を無理やり掲げているのだという事を、彼は看破した。 そう、口実だ。彼女はそれ無しに、パデスタを篭絡する事が出来ない。生来の性格と 使命感の強さ、そして王族としての自負が、彼女の言葉を曲げさせてしまう。 恋情と、義務と――そして、彼女が引っかかっているもう一つのことを、パデスタは 完全に察していた。 応えに窮して、パデスタは口をつぐむ。しかし、その様子を誤解したのか、セラフィーヌは 諦観の光を瞳に浮かべながら、弱々しく言葉を紡いだ。 「……いいわ。ごめんなさい。馬鹿なことを言って」 「セラ」 あっさりと引き下がったのは、彼女の矜持がさせてしまった為だ。セラフィーヌは 拒絶を恐れている。何故なら――。 「パディには、故郷の里に許嫁がいるんですものね。身重の彼女を裏切れだなんて、 愚かな事を口走ってしまった。忘れてくれると嬉しい」 ――それが、二人の間に横たわる最大の亀裂だった。 セラフィーヌと知り合う前から、パデスタには恋人がいた。小さい頃からの幼馴染で、 里長の娘から思いを寄せられていた彼は、別段疑問に思う事も無くその立場を受け入れて いた。もとより、小さい頃に親を無くし、天涯孤独の身として『里』に育てられていた彼に、 選択の余地は無かったのだ。 幼馴染の事は嫌いではなかったし、むしろ愛していると言っても多分差し支えない。 だが、その感情に名をつけるのとしたら、「家族」や「姉」に対する『愛』なのだろうと、 今のパデスタは思う。 セラフィーヌに出会いさえしなければ、彼はそのまま幼馴染と婚姻を結び、大過なく その一生を終えた事だろう。しかし、パデスタは出会ってしまった。彼の運命の相手と。 ――だから、パデスタは楽観していた。彼女と出会う以前の女性関係自体は、恋愛成就の 障害とはなりえないし、特に負い目に感じる事も無いはずなのだと。 確かに、それは愁嘆場を生み出しはするが、真っ当な認識であっただろう。 恋人同士の健全な男女が営む行為の、結果さえ違っていたのなら。 2ヶ月前。未だ聖剣の探索行が終わっていない頃。彼の故郷である里に立ち寄った時。 幼馴染は、頬を染め、喜色を一杯に浮かべて彼と王女を出むかえた。 胎児を抱えて大きく膨らんだ腹を揺すりながら――。 「…セラ」 パデスタは寄りかかっていた洞内の壁に手をつき、四つんばいになると、火の奥にいる 彼女に近付いた。 「――パディ?」 セラフィーヌは、不思議そうに彼を見上げる。 その瞳が、今度は見紛えようも無く涙で潤んでいる事を、パデスタは視認した。 強情で、毅然とした態度は彼女の根幹を為す姿勢だった。パデスタが彼女の脇に手をつき、 覆い被さるようにしてセラフィーヌの顔を覗き込んだ時、初めて彼女はこの体勢の危険性を 察知したようだった。 「――あの」 「セラ」 拘束などしていない。それでも、王女は身じろぎ一つしなかった。 「頼みがある」 「――」 真摯な声音と、真っ直ぐに見下ろす琥珀色の瞳。いつでもまばゆいばかりに光をたたえる 彼の眼光に射抜かれ、セラフィーヌは身じろぎする事もままならなかった。 胸の奥が熱い何かで一杯にふさがれ、息をする事も忘れそうだ。 だから、言ってしまった。 「私でできることなら、なんでもどうぞ。パディには……その権利がある」 そう応えると、パデスタは明らかに不機嫌になって眉根をゆがめた。 「そんなの、俺には無いって何度も言った。王城に殴り込むことを決めたのは俺だ。」 この決戦を強いたのが自分だと、これまで何度も繰り返して己を責めてきた王女の言を、 パデスタは苛立たしそうに切って捨てる。 「確かに、【聖剣】を扱う事ができる剣王の血筋は、あの時の里には俺しかいなかったから、 選択の余地はなかったのかもしれないけど――」 その言葉に、つらそうな表情を浮かべたセラフィーヌの頬に手を添え、パデスタは幼子を 諭すようにゆっくりと優しい声音で話し掛けた。 「セラが、負い目を感じる事なんて、無い。」 「――パディ」 「俺が、そうしたかったんだ。たとえ【聖剣】を使えるのが俺じゃなくても、絶対にここまで ついてくるつもりだった。セラをたった一人であの糞魔王野郎のところに行かせるなんて、 死んでも嫌だった」 もはや、留める事は不可能だった。セラフィーヌの双眸から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ、 彼は優しく幾度もその雫を指で拭う。 「私――わたし……」 「さっきの、続き。頼みを聞いてくれ。『死地へ飛び込む為の見返り』とかじゃなくて。 セラへの、これは『お願い』だ。」 彼女のマントにその身体を押し倒し――彼は自嘲するように表情を歪めた。 「ルーデシア(幼馴染)との婚約を解消する気は無い。腹の子には父親が必要だ。 ――それはみなしごの俺が一番よく解ってる。」 「――…」 「だけど、俺は……セラが好きだ」 言ってしまった。一度口に出したら、もう感情が止まらない。 「もっと早く出会いたかった。セラともっと一緒にいたい。セラのことを助けてやりたい。 セラに――笑っていて欲しい。……セラを、抱きたい。」 彼女は、数度まばたいた。今度はセラフィーヌの方が、得心に数瞬の時間を要したのだ。 パデスタが――自分を望んでくれている? 考えても見なかった。彼には初めて会った当初から恋人がいて、この想いが成就する事など 欠片も期待していなかったはずなのに――。 だから、彼の言葉に驚いた。驚きすぎて、何も考えずに彼に抱きついた。 歓喜が罪の意識を押し流した。 「パディ、わたし……」 囁く彼女の唇に、パデスタはそっと指を当てる。 「勝手な事を言ってる。あれもこれも、なんて絶対無理な話だ。だから、この戦が終わったら 俺は里に帰る。帰って、ルーディ(ルーデシアの愛称)の側にいる」 「――パディ、パディ。それは……だけど」 「だから」 セラフィーヌの上衣をはだけ、パデスタは沈痛さを孕ませた笑顔で、卑怯な望みを低く告げた。 「今だけ――彼女の事は忘れていてくれ。セラの今夜一晩を、俺にくれ」 ゆっくりと、パデスタの唇が彼女のそれに覆い被さった。初めて重なるそれは、まるで 幾年も合わさっていたかのようにしっとりと互いに馴染んでいく。 唇の淵を彼の舌がなぞり、セラフィーヌの舌はパデスタの口腔に吸われていく。 「ん……ん、ふっ…」 甘えるような鼻息がこぼれ、パデスタは満足そうに目元だけで笑み崩れた。 彼女が愛しかった。背徳感は彼女の甘い唾液に溶かされてしまう。二人は意識的に里の 幼馴染を意識の外に追いやった。――批難を受けるのだとしても、この時の彼らには他に 道は存在し得なかった。 パデスタの舌が、唇を外れ、セラフィーヌの首筋を辿る。わずかに身をよじり、切なげな 吐息をこぼす事しか彼女にはできない。剣を握る節くれだった指が、下着の上から胸のまろい 双丘を揉み掴むと、セラフィーヌはびくりと背を弾けさせた。 「――あ……や、パディ…」 しかし、彼は無言のまま指を蠢かす。少し痛いくらいの、だが手馴れた動きはセラフィーヌの 身体を奥底にじわりと火を点していく。 なにか、甘い感覚が満ちていくのを感じ、セラフィーヌは当惑に首を軽く振った。 「な、なに……これ。パディ、私……なにか変…」 「変じゃない。ほら、ここが硬くなってるのが分かるか?」 下乳からすくい上げるようにしていた彼の指が、下着にもぐって両の乳首を指先で挟む。 感覚が鋭敏になっていたセラフィーヌは、鋭い快感が突き抜ける衝撃に、思わず悲鳴を上げた。 「あ……あぁっ!!やっ……パディ…っ!」 しかし彼女の制止にパデスタは動きを止めない。しこっていく胸の先端を押しつぶしたり ――捻り上げたりしながら、剣士は彼女の乳房を丹念に愛撫していく。 王女は初めての衝撃に為す術も無かった。彼の意に転がされ、自分でも信じられないような 媚びた嬌声がこぼれていくのを止められない。 だが、その羞恥は幸福味を帯びていた。彼の愛撫の一つ一つが、セラフィーヌには愛しく、 ――嬉しかった。 「パディ……」 「セラ。……脱がすから、手を上げて」 貫頭衣と下衣を脱がされ、完全に素裸になった上半身に、パデスタの舌が滑る。時折 きゅうっと痛みがはしり、セラフィーヌがその箇所に視線をやると、そこには赤い吸い跡が 花びらのように彼女の肌へ散らされていた。 「――あ、これ……」 「セラが、俺の物だっていう、しるし……」 視線を絡め、パデスタはふわりと柔らかく微笑んだ。その表情にセラフィーヌはうっとりと 見とれてしまう。そして、彼女は思わず頷いていた。 「もっと、つけて。パディ――好きよ」 二人してくすくすと笑い、彼らはそのまま唇を重ねた。 ――言葉のとおり、パデスタは彼女の乳房や脇下や首筋にキスマークを散らしていく。 セラフィーヌが彼にねだり、パデスタは自らも上衣を脱いで彼女に身体を差し出した。 当初はおずおずと、だが次第に大胆になって、セラフィーヌもまた彼の肌に口付けを 落としていく。鍛え上げられた胸筋や、大剣を振るう鞭のような上腕を赤い舌がなぞり、 セラフィーヌも彼女の『しるし』をパデスタの肌に刻み付けていく。 パデスタは彼女の乳房を甘噛みし、歯形をつけてしまったが、彼女は小さく喘いだだけで 何も言わなかった。 「……あ、ぁああっ」 すでに痛いほどに尖りきった乳頭を啄ばまれ、セラフィーヌは喜悦の声を高く上げた。 口の中で転がされ、時折軽く歯を立てられ、ちゅうちゅうと吸い尽くされる感覚にセラフィーヌは 嫌嫌と何度か首を振った。だがそれは拒絶ではなく、未知の感覚に対する怯えに過ぎなかった。 その事を承知していたパデスタは、容赦なく口中の果実を堪能する。 交互に双方の尖りに吸い付く一方で、彼の手は徐々に下へと下がっていく。 滑らかな脇腹を経てヘソを弄り、長旅にくたびれた皮製のズボンと綿のタイツを、 パデスタは一気に引きずり下ろそうとした。 「きゃんっ!!や、だ、だめっ…」 「腰を上げて。…脱がせにくい」 恥じらいの言葉は苦笑と共に一蹴された。セラフィーヌは頬どころか全身を真っ赤に 染めて、だが彼の言葉に従ってパデスタの首にすがりつき、彼の言う通りにした。 まとわりつく皮地とブーツを無造作に放り、パデスタは最後に残る小さな布地の上に、 ひたりと指を添わせた。 「――あ、やだ、そこ……駄目」 「セラ」 くすりと、パデスタは笑った。胸への愛撫で感じすぎていたのか、そこはしっとりと 濡れていて、割れ目の形すらくっきりと判るようになっていた。 「初めてなのに……すごいな」 「――え…?」 言われている事の意味が解らずに、潤んだ瞳でセラフィーヌが彼を見つめる。その表情に 堪らなくそそられる自分を感じながら、パデスタは少し意地の悪い笑みをセラフィーヌに向けた。 「セラがえっちな身体をしてるって事さ。」 「パ、パディ!?」 驚いて目を見開きながら、セラフィーヌは思わず上体を起こした。しかしパデスタは彼女を そのまま押し倒し、下履きの上からゆっくりと溝をなぞっていく。 「ひど…私、そんな――あ、っ…」 愉悦に感じきった声を出す彼女の耳たぶを食みながら、パデスタはそっと笑いながら囁いた。 「俺は――嬉しいんだけどな。これなら、セラにあまり痛い思いをさせないで済むかもしれない」 布地の脇から指を差し入れ、パデスタは直に過敏な花びらを『つい』と撫でる。 王女はびくんと背を弾けさせ、未だ彼の首に絡んだままだった腕に力が入った。 そのまま、指が一本最奥へつぷりと沈む。セラフィーヌは眉をしかめ、ぎゅっと彼に しがみ付く。 「……痛いか?」 「少し、だけ。……でも、平気。パディの好きなようにして」 しがみ付く腕をやんわりと引き剥がし、パデスタは敷布のマントに力なく身を投げ出す セラフィーヌをまじまじと見つめた。 彼女は快楽に息が上がり、全身に汗の珠を浮かべていた。改めて王女の裸体を視界に入れ、 パデスタは己の中に残る自制が弾け飛びそうになっている事を自覚していた。 幼さの残るほっそりとした彼女の肢体は、青い妖艶さに満ちていた。 横たえられてもつんと上を向く、丸みを帯びた乳房。 細くくびれた腰と、無駄な肉の無いすべらかな腹。 膝を閉じても隙間の残る、しなやかな太腿。 我知らず息を呑み込み、パデスタは彼女に覆い被さると、そのままセラフィーヌの唇を 強く貪った。 「ん、んんっ……――パディ…?」 「セラ……セラ!好きだ…」 キスの合間に睦言をこぼし、パデスタの指は再び彼女の秘所へと潜り込んだ。 「んぁ、あああっ!!やぁっ…」 舌を絡められ、セラフィーヌが陶然とする中で指が彼の存在を認識させる。再び犯された 肉壷は、今度はすんなりと彼の指を受け入れた。膣襞を優しく擦り上げ、幾度も抜き差しが される中、唾液と愛蜜の湿った響きが洞穴の壁に反響して、彼女の羞恥を煽っていく。 「は……ふ、んんっ!や、パディ……熱ぅ…」 「お前の中が熱いんだ、セラ……指がとろけそうだ」 胸を愛撫する手も止めず、パデスタは幾度も彼女の唇を啄ばむ。蜜壷を手繰る指先は小さな 肉豆を探り当てる事に成功した。 「あっ…!?」 今までの快感とは圧倒的に異なる愉悦が、セラフィーヌの全身を強張らせる。パデスタの指は 繊細に彼女の肉芽を撫でていく。そのたび意識を蕩かす甘い感覚が背を走り、セラフィーヌの 自我を真っ白に染めていく。 「あ、う、ぁぁっ……いや、いやぁっ!駄目ぇ…パディ、私っ…」 「セラ。息を吐いて、力を抜け。俺の指を食いちぎる気か?」 生まれて初めてなぶられたクリトリスからの愉悦に硬直し、彼女のクレバスは差し入れられた 指をきゅうきゅうと締め付けていた。 幾分笑いが含まれていたものの、彼女を気遣うパデスタの声は優しさと愛しさに満ちている。 「パディ……わたし、私っ…」 「――うん。大丈夫だから。ちょっとだけ力を抜くんだ」 こくりと子供のように頷き、セラフィーヌはゆっくりと身体を弛緩させようと努めた。その タイミングを見計らって、彼の指がぐるりと内奥を擦りながら引き抜かれた。 「ああああぁっ!?やぁぁーーーーっ!!!」 背を痛々しいまでに反り返らせて、セラフィーヌは絶頂の悲鳴を高く上げた。何かが下腹の 奥から凄まじい勢いで駆け上がり――彼女はしばらく息も出来ないほどの悦楽に浸って 身動きが取れなかった。 「――……セラ。セラ?大丈夫か」 心配そうな声が、王女の意識を浮上させる。ようやく息がつけるようになり、セラフィーヌは しばらく肩を上下していた。そんな彼女を覗き込んでいた暗褐色の髪の青年に、 セラフィーヌは恨みがましい視線を向けた。 「パディったら……ひどい。私、あんなに乱れてしまって……恥かしい」 快感のあまりこぼれた涙をぬぐってやっていたパデスタは、彼女の言葉に頬を紅潮させた。 「その、ごめん」 「ごめんじゃないでしょうっ!私……」 「本当に、ごめん。セラがあんまり可愛かったから……つい」 臆面も無くそう言い切られて、セラフィーヌは自身も頬が火照っていくのを感じた。 それくらいパデスタの表情が穏やかで――嬉しそうだったのだ。 セラフィーヌはひとつため息をつくと、パデスタの背に腕を回した。 「セラ?」 無言のまま抱きつかれ、パデスタはおろおろと彼女をそのまま抱きしめる。腿の所に熱く 硬い物が当たっている事に気が付き、セラフィーヌは自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。 幾ら処女とはいえ、一般的な性知識くらいは持ち合わせてる。 だから、彼に言った。 「本当に悪いと思っているのなら――優しくしてくださいね」 そう言いながら、彼女は彼のズボンの前に手を添える。驚きのあまり目を見開くパデスタに 悪戯っぽく微笑みながら、王女は彼の腰紐をゆるめてしまった。 「…セラ。待て、ちょっと待て」 幾度か唇を舌で湿らせてから、パデスタは大胆な処女姫を制止した。 きょとんとした表情で彼を見上げておきながら、すでに彼女の手の中には見苦しいほどに 赤黒く膨張した彼のペニスがびくびくと脈打っている。 「……でも、こんなになっているし。男性の方はこうなるとつらいのでしょう?」 「どこからそんなことを……いや、まちがいじゃないが」 やわやわと竿の部分を擦られて、パデスタは思わず呻き声を上げそうになった。 セラフィーヌは先走りの液が滴るのも構わず、先端の亀頭や鈴口をゆっくりと撫でつける ように指を動かし始めた。 「セラ!駄目だ、やめろ……」 ひりつく興奮が喉を焼く。実際、その愛撫自体は決して上手いといえる物ではなかったが ――王女が、ラクシード王朝の世継ぎにして、偉大なる政治手腕をも発揮した美姫が、 パデスタの怒張をしごいている!それだけで射精してしまいそうだった。 ただでさえ、半年以上も恋焦がれていた――そして、決して成就しないだろうと思っていた 想い人を組み敷くことができて、急いているというのに!パデスタは懸命に奥歯を噛み締め、 湧き上がる解放の衝動を押さえ込むのに必至だった。 「セラ……頼む、俺は…」 「――やっぱり、駄目?」 おずおずと上目遣いに彼の顔を覗き見る王女の表情に、パデスタはほとんど泣きたい気分だった。 「駄目って、何が…」 「その……やっぱり、下手でした?気持ちよくなかった?」 ――などと、彼女は言ってのける。 思わず爆発してしまいそうな衝動を押さえつけて、パデスタは彼女を押さえ込み、無理やり 口づけた。肉棒に添えられた両の腕を押さえつける事も忘れずに――。 「…ん、んんっ!パディ、ちょ、……そんなに駄目だったのでしたら謝りますから…」 「そうじゃない、そうじゃないんだ。ああ、もう。おまえ、最高…!!」 そう言って、パデスタは貪るように彼女の口腔に舌を差し入れる。 「あ、ふぁ……パディっ!やぁ」 舌を上あごに擦り付け、歯茎を辿り、溢れる唾液を互いに飲み干してから、ようやく彼は王 女を解放した。 「セラ……好きだよ。本当はもっと慣らしてやるつもりだったけど、我慢できない」 「――パディ?」 パデスタは彼女の下肢を膝裏で抱え、大きく広げて、その中心で蕩ける秘所に猛りを押し当てた。 「あ……パディ、熱…」 「――うん。セラ、力を抜いて。……ごめん」 その言葉と同時に、灼熱の塊が王女の中心を一気に貫いた。引き裂かれる痛みと、押し広げられる 苦しさに、セラフィーヌは全身を硬直させ、絶叫した。 「あ、あああああああっ!!あ、くぅ……は、あぁ」 眉根をゆがめ、喉を反らして全身を揺らす王女はそれでも美しかった。彼女の処女を 奪い尽くした剣士は、己の猛りを包み込み、絞り、びくびくと脈打つ女陰の感触に恍惚と なりながらも、腕の中の少女を気遣う事は忘れなかった。 「……セラ。セラ。大丈夫か……」 「パディ……痛い、痛いの……あ、でも――これで、私…」 「うん。もう、処女じゃないな。」 先刻の『建前』をおどけた声に乗せ、パデスタは額に乱れかかる彼女の髪を梳いてやる。 「全部……入ったの?」 「――…一気にやった方が、痛みも一度で済むかと思ったから。うん、入った。セラの中は 凄く気持ちがいい。」 「あ……」 それまで激痛と圧迫感にさいなまれ、ぼろぼろと涙をこぼしていたセラフィーヌは、 そこで幸福そうな笑みを浮かべた。愛している男性から受ける賞賛の言葉は、どうして こんなにも胸の内を温かく満たしていくのだろう。 「嬉しい……」 セラフィーヌは潤んだ瞳をパデスタに向け、苦しい吐息の中から艶やかに微笑んだ。 その表情になお一層この王女に惹きつけられる自分を自覚し、パデスタは彼女の唇を 無言のまま貪った。 姿勢を変えると、わずかに収まっていた痛みが再び彼女を苛む。それは解っていたが、 びくりと背を弾けさせる彼女を押さえつけて、パデスタは彼女の咥内で舌を絡ませた。 くちゅくちゅと唾液を混ぜ、その動きに下肢奥の交わりも蜜音を響かせる。 荒くなった鼻息の音が、耳につく。身じろぐ彼女が破瓜の苦痛にこぼす呻き声が、 どうしようもなくパデスタの飢餓感を煽り立てた。 「は……あ、あぁっ…」 唇を放すと、セラフィーヌは背を反らして幾度か身を痙攣させた。だが、逃れるような 動きを押さえつけ、パデスタは再び彼女を抱きしめる。 「あ、パディ……私……」 「――少し、待つから。落ち着いたら言ってくれ。」 パデスタは彼女の両腕を自分の背中に誘導し、安心させるように彼女に微笑んでやる。 「痛いなら、爪を立てていいぞ。」 「馬鹿…」 激しい痛みに蒼白になっていた彼女の顔色は赤味が差し、早くなっていた呼気も少し 収まっていた。セラフィーヌは一度大きく息を吸い込み、そのままゆっくりと身体を 弛緩させていった。 同時に、ぎゅうぎゅうと彼の男根を締め付けていた王女の内奥が硬直を解き、 緩やかに蠕動を繰り返し始めた。強張っていた当初とは違う、明らかな愉悦の締め付けに パデスタは息を呑み、心の奥底で狂喜した。 「大丈夫か?」 恐らく弾んでいるだろう声音で、男は組み敷く王女に問う。彼女は涙を目の端に丸く 溜めながら、喘ぐように頷いた。 「まだ、痛いけど……でも、いいの。パディの思う通りにして」 「――」 肩でゆるく息を継ぎながら、王女は強張った笑みを浮かべた。思わずパデスタが 息を呑むほどに、その表情は彼の劣情を強く揺さぶった。 十分に滑る蜜壷から、ゆるりと肉の杭をパデスタは引き抜く。そして、抜け落ちる ギリギリのところで、再び彼はそれを彼女の内へ突き上げていく。 「あ!く、うぅうんっ……!」 「――セラ」 「だい、じょ……ぶ。続けて、お願い…」 激痛に呻くセラフィーヌに彼は気遣わしげな声をだす。健気な王女はにこりと 微笑みかけてパデスタの心を奮い立たせる。 「俺につかまってろ。声を出した方が楽になるから。――どうしても我慢できなかったら、 必ず言うんだ」 「嫌です。絶対に……途中で止めたり、しないで…」 ふるふると首をふり、王女は彼の背に回した腕に力を込める。密着する腰と胸が、 ふたりの鼓動をシンクロさせていく。 意を決した剣士は、腰を動かし、抽送を再び始めた。ストロークは短く、彼女の中を 円を描いてかき回すように緩急をつける。 「あ、ああぁっ!ん、くっ……あ、あ、あっ」 苦痛の声をあげるセラフィーヌ。しかし、その中に甘美な響きが混じっているように 思えるのは希望的観測でしかないのだろうか。 少しでも彼女に快楽を与えてやりたくて、パデスタは彼女の胸を優しくまさぐってやる。 尖りきった乳首を口中に加えると、王女はびくりと肩を跳ね上げ、同時につながっている 箇所が甘い締め付けを返してきた。 「あ、やぁ、……え、なに……これ…」 完全に息の上がった王女の顔に当惑が浮かぶ。その変化に彼は目聡く気がついた。 「セラ」 「――パディ、私…」 「痛いだけではなくなってきた?」 少しためらった後、セラフィーヌはおずおずと首肯した。 「なんか、変なの。痛くて、大きくて苦しいのに……胸の奥が熱いの」 胸の頂きをつまみながら、パデスタは腰の動きを少しだけ早める。 「あ、きゃあ!あ、やっ!やだ、やだやだ!何……この感覚。いやぁ、パディ!私……怖い…」 びくびくと従順に快楽に反応し、王女は可愛らしく身悶える。 その様に、己の中で彼女への愛しさが膨れ上がるのをパデスタは感じた。 もっと、彼女をあえがせてやりたい――、もっと自分を感じさせたい。 もちろん、無理をさせては元も子もない。パデスタは彼女の膝を折り、より深く己の肉牙を セラフィーヌの最奥へと突きたてた。 「ああぁぁあああ!あ、や、深い……奥、おくに…」 最奥の天井――ざらついた部分が女の急所である事を、この男は知っていた。強く突きすぎれば 痛みを訴える。そのぎりぎりの所でパデスタは身を留め、ゆったりと膣全体をかき回した。 「あ――あ、あ、ああっ!パディ……イヤ、これ……あふ、ん、んぁ…!」 破瓜の傷口から漏れる血液と、感じきって白濁した彼女の愛液が混じりあい、パデスタの ペニスはどろどろになって滑りを良くしている。今や抽送はスムーズになり、彼女を 突き上げるたび、セラフィーヌは悩ましげな嬌声をあげて彼の耳を楽しませる。 苦痛が無い訳ではないだろう。しかし、それ以上の愉悦が彼女を包み、彼の剛直を嬉々として 受け入れる王女の感度の良さに、パデスタは深く感謝した。 「セラ……ホントに、お前、可愛いよ……愛してる」 「あ、あぁ、パディ、私も……わたしもっ…」 ぐちゅぐちゅと体液を粘膜で交わし、一つとなった所から快感が渦となって二人を 飲み込んでいく。 ピストンのスピードが速くなり、交わりの水音が更に高く響いて、彼らの焦燥を煽る。 彼に抱え込まれ、宙を掻いていたセラフィーヌの白い足が時折ぴんと爪先まで力がこもり、 パデスタの呼気音が王女の嬌声と交じり合って重奏曲を奏であげる。 「あん、あぁん!パディ、パディ……駄目、なにか、なにかが…くるのぉっ!」 「――セラ。いいよ。一緒に――逝こう」 絶頂の火柱が目前に佇んでいた。パデスタは彼女が特に感じて声を出すところをぐいぐいと 擦りつけてやり、応えて彼女の膣襞は最大級の官能を彼の肉棒へと還してきた。 「あ、あぁぁあああああん!やぁーーーーーーーーーっ!!」 「は……ぐ、あぁ、セラ…っ!!」 ちかちかと脳裏に火花が幾重にも散る。腹の奥から甘すぎる衝動が凄まじい勢いで 駆け上ってくる。 パデスタは半瞬もためらわなかった。欲望の証である白濁を、彼女の中に余す所無く注ぎ込み、 王女はその衝撃に愛らしく悶えながらなお一層高みへと上り詰めた。 ●○●○● 吐息が絡まり、永遠にも思われた時間がやがて儚く消えていく。 気だるい身体をむりやり覚醒させ、セラフィーヌ王女は拘束されてる台の上で、自分が気を 失っていた事をぼんやりと認識していた。 ――夢を、見ていた。3日前の、幸せだった、ただ一度の夜。 彼女は、剣王の子孫として選ばれた【聖剣】の担い手を、ずっと密かに想っていた。 出会った時の印象は最悪だったというのに――いつのまにか、誰よりも側にいて欲しいと 願うようになってしまった青年。 許嫁もいる彼に思いを寄せるのは無為な事だと、半ば諦めかけていたのに――玉砕を覚悟して 一夜の思い出を請うた彼女は、剣士も同じ思いである事を知った。 嬉しかった。彼に抱かれた時は、このまま死んでも良いとすら思った。 ――勿論、王族としての責務を放棄するつもりなどは爪の先ほどもありはしなかったのだけれど。 彼と二人、王師を囮にして魔王の城へ忍び込み、あと一歩の所まで魔王を追い詰めたところ まではよかったのだ。だが魔王ルーファウスは――いや、『魔軍の怨念』は狡猾だった。 まさか、ルーファウスがただの傀儡に過ぎなかったなどと、誰が思おうか? 哀れな【森の民】よ!彼のセラフィーヌ王女への隠された思慕と、身に備わった優れた 魔道資質が、不運にも異界の邪悪どもの目にとまり、彼を暗黒の闇へと引きずり込んでしまったなどと。 なんて真実は残酷なのだろう――。 対峙し、あと一歩の所まで魔王を追い詰めた王女と剣士は、ルーファウスもまた犠牲者で あった事を知り、躊躇した。ほんの少しだけ正気を取り戻した彼に気を許した瞬間、異界の 憑依者は今度こそ完全にルーファウスを支配し、彼らを撃破した。 パデスタが左腕をもがれてしまった瞬間が、セラフィーヌ姫の胸を今でも恐怖と共に 焦がしつづけている。王女は囚われの身となってしまい、パデスタはあの後どうなって しまったのか解らないのだ。 胸が張り裂けそうだ。パデスタは――王国軍はどうなってしまったのだろう。 それでも、泣く事だけは彼女の矜持が許さなかった。 たとえ今は、虜囚として触手の慰み者となっている身であろうとも。 必ず、パデスタが――王師の将軍たちが助けに来てくれる。今はそれを信じるしか彼女に 術は無かった。 ――そういえば。 ルーファウスは(便宜上魔王をこの名で呼ぶ事には、今では抵抗もあるのだが)、彼女が 処女でなかった事に大層衝撃を受けていた。魔道王の子孫が処女喪失の時にこぼす破瓜の血に、 絶大な魔力があったはずなのだと魔王は言った。それがルーファウスを介して彼女を執拗に 狙っていた理由なのだと。 あまりにもばかげていた。一国の王都を灰燼に変え、何万もの人々を殺し、苦しめておいて、 その目的が自分の処女の印だったというのか。 しかし、本気で異界の魔王はそれを信じていた。だからその魔界伝承は、あながち虚偽では ないのかもしれない。意図せず、彼奴らの目論見をくじいていた事を知り、それだけが王女の 自負心をかろうじて救っていた。 「――あ…」 びくりと、セラフィーヌ姫は身をよじる。拘束台も兼ねた触手の群れが、再び蠢くのに 気がついたからだ。触手はずっと彼女を陵辱しているのではなかったが、その動きはおぞましく、 いつまで彼女を弄るつもりなのかもわからない。底なしの沼に引きずり込まれたような絶望感が、 彼女の抵抗心を磨耗させていく。 「あ、ん……いや、あ、ぁぅ」 触手は彼女の乳房を形が変わるほど揉みしだき、彼女の秘所や不浄の菊穴にも粘液を散らして 入り込む。 「あ、あーーーーーっ!いや、いやぁぁ!」 生理的嫌悪感に身をよじろうと、拘束はびくとも揺るがず。彼女の口にも触手が幾本か ねじ込まれる。 「ん、んん!ふ、うーーーーー!ん、ぐっ…」 ちゅぐちゅぐと溢れる触手の分泌物。それに媚薬にも似た成分が混じっているらしい事を、 今の彼女は知っていた。膣奥で蠢く触手がもたらす快感が脳を焼き、王女は狂わんばかりに 身をよじる。その抵抗が無駄だと知りながらも、彼女にはそれしか道は残されていなかった。 (パディ――パディ、パディ!パデスタ・ルードフィールド!!助けて……助けて、パディ!!) 心の中でセラフィーヌ王女は絶叫した。 脳裏にめぐるのは、この一年間共に過ごした時の思い出。誰よりも強く、腕が立ち、 きさくで、優しくて、少しだけ意地悪で――彼女が愛した、最高の剣士。 そして、フラッシュバックするのは3日前の甘い夜。彼と結ばれた、人生で最良の一瞬。 そして彼女を打ちのめす、2日前の、あの悪夢。セラフィーヌを庇い、袈裟懸けに なぎ払われ、宙を舞った彼の左腕――…。 (いや、嫌、いやぁ!パディは死んでない!パディ!お願い、死なないで…… 死んでは嫌!パディ!パディ――!) 触手が彼女のクリトリスをなぶり、膣奥に潜り込んだ数本が一斉に蠕動を増す。セラフィーヌは 自身が望まぬ頂点に追いやられる事を悟り、きつく視界を閉ざしてその衝撃に備えた。 「――ふ、ぐ、ん、んーーーーーーーっ!!?」 びくびくと全身が快楽に揺れる。屈辱と無力感が彼女の気力を奪い、王女はこのまま 気絶できればいいのに、と霞む意識の中でぼんやりと思った。 永遠にも続くと思われる快楽の責め苦が、彼女の肉体を打ちのめす。 滴り、床に丸く溜まる愛蜜の白濁にも触手がたかり、まるで砂糖水であるかのように 群がって舐め取ろうとする様に、セラフィーヌは己の属性を自覚した。確かに、この身は 魔力にあふれ、体液すらも魔族の力となってしまうらしいと。 ――正気の欠片をつなぎ止めるのは難しかった、愉悦が霞となって彼女の理性を侵食し、 再び始まろうとする陵辱が、彼女の気力を萎えさせる。 その時。彼女は声を聞いた。 最初は幻聴なのだと思った。とうとう都合のいい、ありもしない声を恋しさ故に聞いて いるのだと。 しかし、遠くから響くそれは、近付いてきて鮮明さを増す。 その声が間違いなく現実なのだと気が付き、王女は歓喜に打ち震えた。施され、全身を 狂わす触手の愛撫すらも、この一瞬彼女の意識から追いやられた。 彼女は意識を集中する。膣奥でのたうつ触手達の狂楽に幾度も乱されながら、それでも 彼女は必死になって呪(しゅ)を紡いだ。 触手達によって、快楽と共に吸われ続けた魔力を何とかかき集め、一瞬だけの火花を作った。 ばちん、と鈍い音がして、彼女を戒める触手達が一瞬だけ怯みを見せる。王女は無理やり 咥内を犯す触手を吐き出し、最後の力を振り絞って絶叫した。 「パディーーーーーーーーー!!」 ――そして、剣閃が衝撃波となって、虜囚の戒めを解き放つ。 彼女は、懐かしい声が自分の名を連呼するのを、遠くなった意識の底で確かに聞いた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |