双子従者と人外お嬢(非エロ)
シチュエーション


「お嬢様、お迎えに上がりました」

毎日、時間ぴったりに現れる男は、その几帳面な性格を絵に描いたようで、
まだ20代前半の若さだというのに執事服を完璧に着こなしている。
そこそこ裕福とされる子女が通う学校なので、こうした送り迎えの者が参上するのは珍しい事ではないが、
『若くて格好良くてキナ臭さを感じさせない』召使いとなると、それだけで紅子は羨望の的となる。

「それでは皆様、お先に失礼致します。ご機嫌よう」

級友達に挨拶をして教室を出て行く紅子と、
彼女の鞄を小脇に抱えて半歩後ろにつき従う執事風の男。
毎日定時刻に下校する2人の姿はいつの間にか学校の名物になっていた。
だが、当の本人達はそんな噂など露知らず、正門までの道のりを振り向きもしないで歩いていく。
正門前に停まっているのは4つの環がきらめくエンブレムが眩しい、いわゆる『高級輸入車』。
だが、現行よりもひとつ古い型式である処に上流階級者のこだわりを感じさせている。
後ろを歩いていた筈の執事がいつの間にか開けた後部座席に乗り込む紅子。
それを見届けると執事は助手席に着いた。
運転席にあるのは執事と全く同じ顔。
ただし、こちらはいかにも大学生といった装いで、ジーンズに重ね着したシャツ。足元はスニーカー。
だが、運転席の彼の方が『現実的』と言える格好をしているとも言える。
大学生風の運転手は後ろの主を気にするでも無く、大あくびをしながらエンジンキーを回す。

「……ったく、こっちは糞つまらん講義受けて、速攻迎えに来てやってるっつーのに、イイ身分だな」

ルームミラーに写った少女の姿に愚痴をこぼす。
そこには器用に体を丸めて、横になっている少女がひとり。

「家帰ったら好きなだけ寝かしてやるから、つっつと車出せよ、葵」

助手席の執事は、その格好にしてはやや砕けた調子で隣の男に声をかけた。

渋々、葵と呼ばれた男は発車させたが、直ぐに道路脇に車を寄せると運転席を降りた。

「碧、悪ィ。今日はまじで眠いから代われ。うっかり居眠り運転して事故ったりでもしたらヤバイだろ?」

頼み文句なんだか脅迫なんだか分からない口調で言いながら、運転手の筈の葵は後部座席に乗り込む。
気持ち良さそうに寝息を立てて座席を占領している紅子の頭を、
まるで荷物みたいにぞんざいな手つきで持ち上げて自分の膝の上に下ろす。

「あぁっ!!ばっか、テメ!お嬢様が起きたらどーすんだよ!!」

その葵の一連の動作をミラーで見ていた碧が、丁寧な言葉使いも忘れて激昂する。

「………お前のその声の大きさの方がよっぽど、目ェ覚ますと思うぞ………」

冷静に突っ込みを入れながら、葵は膝の上の紅子の黒髪を撫で、その感触を楽しみながら目を閉じる。
愛しのお嬢様に無礼な真似を働く輩を視界に入れながらも、
心の中でキリキリ爪を噛みながら碧は黙って車を走らせる。
葵がそういうポーズを取った以上、最早何を言っても聞く耳を持たない事が分かっていたから。
そういった意味では、性格は正反対に違っても碧と葵はどこまでも限りなく双子だった。

「よく寝た〜v」

っとご満悦な主には「それは大変よろしゅうございました」と心底喜び、
同じ科白を吐いた弟には手加減なしのゲンコツをお見舞いしながら、碧は夕食の準備に取り掛かる。
山手の閑静な一等地に建つマンションの最上階が彼らの居城だが、
そこに3人以外の人間は住んでいない。ヘルパーすら雇っていない。
だから、家事はほとんど碧が担当している。
執事服もエプロンも着こなす、ある意味、大変器用な男である。
一方、その弟の葵はリビングのソファに横になってダラダラしている。
その様はまるで休日の中年サラリーマンである。

そして『お嬢様』である紅子はというと、つつっとキッチンで台所仕事している碧の元に寄り、

「ちょっとお腹空いちゃった」

と可愛らしくおねだりしてみる。
これが葵相手ならすげなく断られるのだが、紅子に甘々な碧だと効果てき面、
『困ったお嬢様ですね』とはにかみながら左手の人差し指を差し出す。

…………かぷっ。

そんな擬態音を感じさせる勢いで、紅子はその人差し指にかぶりつき。

ちゅーちゅーちゅー。

ある程度、満足して紅子が口を離した碧の指には小さな牙の痕が2つ。

「ご馳走様でしたv」

紅子は人の血を吸って生きる物の怪の末裔だった。
とはいえ、長い歴史の中でその血は薄れ、日常生活は一般の人間と変わりないし、
食生活にしても年相応の娘にしてはやや細めといった程度である。
ただ、薄れたと言え、腐っても昔は名を馳せた吸血鬼の末裔。
たまに人の血を補給せねばならない時がある。
そして、その供給先となったのが、碧・葵兄弟。
最初はたまたまその矛先を向けられたが、今ではすっかり(少なくとも碧は)紅子に
限りない敬愛と忠誠を誓っている。
元々、裕福だったのは紅子の家庭ではなく、双子兄弟の家の資産で
16になった年に『修行』と称して家を出された紅子に目を付けられたのが運の尽き、
『家来のものは主人のもの』と言う唯我独尊的な古語?に従って、奇妙な生活を過ごしている。
ちなみに1年近く一緒に暮らしているが、未だに碧も葵も『吸血鬼の修行』とは何か詳しく聞いた事はない。

とりあえず、細かい問題はあるけれど特に今の生活に不満がある訳でもないから、
まぁいいかというのが3人の現状である。






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