大河エロ話っぽいの
シチュエーション


「巫女殿!何をしておられる!!」
「あ、おはよう重虎。」

入り組んだ城内の広い中庭にある巨木の下。
朝というにもまだ早いこの時間、人々の眠りを邪魔する怒声が響く。
眠りを邪魔するといっても、下働きの者はすでに仕事をしており、実際にこの怒声でおきるのはそこそこの位を持った者たちである。
しかし城内の人間にとってはもう慣れたもので、中にはこれを時刻番代わりにする強者もいる。

ちなみに当事者たちは迷惑だとはこれっぽっちも思ってはいない。
一方は何に対しても無頓着なため、もう一方は必死さ故。

「お前、朝から元気ね。父上朝弱いから羨ましがってるわよ。」
「そんなことより!!早く降りなさい!!!」

巫女殿と呼ばれる少女がいるのは巨木の上。
高さは大人2人分ほどの高さである。
渋々と降りてくる少女を不安げに見守る青年は毎度のとこながら酷い眩暈を感じていた。

少女はこの国の姫の身分にある。たとえ本人にその意識がかけてても毎日泥まみれになって遊んで勉学をサボっていても、腐っても鯛。姫である。
今まさに慣れた様子で木からスルスル降りていく様は猿そのものだが、それでも姫である。
巫女と呼ばれるのは少女の強運と感の強さが原因だ。
これまで同盟国の裏切り、敵軍の奇襲、密偵の城内侵入など様々なことを言い当てた。
下女に成りすまし、自軍の野戦の光景をこっそり見に行ったときは家臣に見破られ保護されたが、圧倒的に不利だった戦況が次の瞬間から一変した。
親馬鹿な主君は少女を咎めもしたが「危険の無い範囲ならよいだろう」と言い出し、ここ数年の戦では本陣にこの少女がちょこんと座って白湯をすすってる光景が常となっている。
ちなみに少女が付いて回った戦は全勝している。
そのことに気分を良くした主君は少女を「わが国の戦巫女だ」などとよく口にしているのがもっぱらの原因である。
親馬鹿っぷりは想像を絶する。

重虎と呼ばれる青年は、初め主君の小姓として働いていたがその武芸と誠実さと若さに似合わぬ頑固さを買われ、いまではこのお転婆のお目付け役兼護衛役として働いている。
なまじ「戦巫女」などと呼ばれ、胡散臭くはあるものの、少女がいるだけで自軍の士気が上がる。
敵国から見ると非常に厄介な存在である。特に心理戦を用いたい戦には。
少女の名が広まれば広まるほど少女を暗殺しようとする国が増えていく。
彼はそんな少女を守るよう、主君から命じられていた。

(なのに何故この御方は・・・ッ!!)

ほんの一月ほど前に城内で命を奪われかけている。

(女子が敵方に捕らえられたらどんな陵辱を受けるか分からぬ年でも無いだろうに!!!)

ちなみにその時は先々代が作った城の抜け道を通り、城下へ行こうとしていた時である。

(今日という今日はみっちり言って聞かせねば!!)

ひらり、と。
少女は目の前に飛び降りた。
重虎は躾のための第一声を放とうとした瞬間。

「ほら、降りたわよ。じゃあね。」

悪びれた様子も無い軽い言葉をかけ、父上を起こさなきゃ、とかなんとか言いつつ少女は小走りに駆けていった。

朝もまだ早いこの時間、呆気に取られた重虎は巨木の下で一人、取り残された。
声にならないほどの怒りがこみ上げるのにはまだ少し時間がかかる。

□□□


「やぶき、お前今日も重虎に告げ口したね?」

憮然とした様子で言い放つ。
しかしそこには威圧感はまったく無い。

「伊緒様が屋敷から飛び出すからでしょうに。」

やぶきはまるで自分の妹に言い聞かせる様に、柔らかい笑みで返す。
今でこそ侍女の格好をしているがやぶきはくのいちだ。
十年ほど前に伊緒に拾われて以来、彼女はこの小さな主君に忠誠を誓っている。
重虎が伊緒の護衛に任ぜられた際、一番に反対していたのはやぶきである。

彼女曰く、
未来ある姫君に男の護衛をつけるのは得心できませぬ。
せめて屋敷の中での護衛は私めにお任せ下さりませ。
だそうだ。

「かように重虎殿を疎ましく感じるのならば、護衛解任をお父上に仰いなさいな。」

「別に、重虎が嫌いなわけではないのよ。」

伊緒は一見暴君のようではあるが、気に入った者には好意を隠さない。
やぶきがいい例である。
重虎に我侭を繰り返し、突飛な行動に出て困らせたり、悪戯を仕掛けて怒られるのも、重虎に対して心を開いている証拠である。
だが、重虎はそんな伊緒の気持ちに気付いてはいない。
というか、常日頃の伊緒の行動を叱ることに一生懸命になっており、そこまで考えるほどの心のゆとりが重虎には無い。

「私が重虎を嫌うとしたら理由はひとつしか無いけれどね。」

私を真っ直ぐに怒ってくれる。
それは私の身を案じての事だとすぐ分かる。
良いことをすれば優しい声でほめてくれる。
ただ、どうしても気に入らないことがある。

「頑固で融通の利かない性格も別にいいのよ。時々引っ叩いてやりたくなるけど。」

酷い言われようである。

「ねえやぶき、どうして重虎は私を名前で呼ばないのかしら。」

いつもいつも巫女殿巫女殿巫女殿と、正直うるさい。
そしてそれが一番気に食わない。

「それは、やはり頑固で融通の利かない性格だから・・・でしょうか。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・ちょっと引っ叩いてくるわ。」

「いってらっしゃいませ。」


伊緒がいなくなってしばらくしてから、やぶきの元までパツーーン!と小気味良い音が届いた。

□□□

重虎は伊緒の自室に呼び出されていた。
伊緒のやや後ろ斜めにはやぶきが控えている。
侍女の姿で何もせず主人の命を待っているように見えるが、そうでないことを重虎は知っている。
伊緒が屋敷にいる間は常に気を張って辺りを警戒している。
手には何も持ってないようにしているが、着物の下には様々な暗器が隠されている。
やぶきから伊緒へと目を移すといつも以上に怒りの感情を表していた。

「巫女殿が屋敷に私めを入れるとは、珍しいですね。」
「おだまり。」

これはますますもって機嫌が悪いらしい。

「・・・重虎、戦があるそうね。お前先鋒を任されてるんですって?」
「・・・随分と早耳ですね。」

重虎はそう言ってちらりとやぶきを見る。
相変わらず、やぶきは済ました顔でそこにいる。微動だにしない。
彼女は忍だ―――・・・己が主人のためになるなら味方を欺くことも・・・殺すことも厭わない。

「やぶきから聞いたのよ。二日も前には決まっていて、お前にも知らされていたそうね。」

やはり、と重虎は表情を変えずに腹の底で舌を鳴らした。

「は。大殿が軍師殿と決めたそうです。期待を裏切らぬよう――・・・」

「何故私に黙っていた?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「黙るな。私が納得いくようお話し。」

「巫女殿は、私がそれを伝えたら共に行くと、仰るでしょう?」

伊緒の腿の上に置かれた手が強く握り締められた。

「・・・・・・お前は、私に戦場にくるな、と、言いたいの?」

「・・・戦場は危険です。御身、大切にして頂きたく思い・・・」

「重虎は戦に出るのに私は駄目だというの?やぶきもいるのに?」

□□□

声が怒りで震えている。
握られた拳も真っ白になり震えだしている。
伊緒の目がうっすらと充血していた。

「巫女殿は戦を甘く見ておられる。
やぶき殿がいる?それだけで敵を防ぎきれるとお思いか?
巫女殿が戦場に出向いた時の、貴方の兵糧は誰が運ぶのです?それも数日分を。
兵が運ぶのをお分かりか?貴方が本陣にいるだけで護衛の兵を増やさねばならぬのはご存知か?」

「私が行けば戦は有利になるわ!!」

(本当のことを言えば)
貴方は怒る。そんなことで、と。
きっと。否。絶対に。
(だったら言わない。言わなければいい。)

「残念なことですが、私はそのような不確かなものを頼るつもりにはなれません。」
「お黙り!!」

伊緒が勢いをつけて立ち上がる。
殺気を放ち始めたのはやぶき。
そして重虎は淡々と言葉を放ちながら、心が暗く冷えていくのを感じていた。

重虎の横を通り抜け、襖の前で伊緒が立ち止まる。やぶきがそれに続く。

「・・・重虎、今日を持ってお前を私の護衛から外すわ。」

互いにそちらを見向きもせずに。

「・・・・・・承知しました。至らぬ点が多々ありました事、お許しください。」

襖を勢い良く開け、伊緒は飛び出していった。
重虎は小さくため息をつき、のっそりと立ち上がり部屋から出ようとした。
襖の前にやぶきが立っており、こちらを見据えていた。

「やぶき殿。私の代わりの護衛はすぐに任命されるだろう。
それまで一人で護衛をするのはつらいかと思うがご容赦願いたい。」

「呆れました。あなたは本当に何も分かっていないのですね。」

やぶきの言葉に重虎が眉を顰めると、やぶきはますます呆れた様な顔をした。
外は暖かい春の日差しが差して、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
外の陽気さとは反対に、室内は暗く、空気は冷たかった。

「伊緒様が戦場に出るようになる前、重虎殿は既に戦に出たことが幾度かありましたわよね」

「それが如何した。」

「その間、伊緒様が城で何をしていたか、どんなお顔をしていたか、考えもしなかったのですか?」

「・・・・・・・・・・。」

「伊緒様が何故戦に行きたがるか、それも考えたことは無いのでしょうね。」

「・・・何が言いたい。」

「甘えないで頂きたいですね。ご自分で考えてください。」

では、と一言残しやぶきは伊緒を追った。

重虎は冷たい部屋の中から動き出せずにいた。


□□□


戦場の空気はいつまでたっても嫌なものだ。
重虎が先ほど同輩にそう言ったら飯を食うのと同じくらいに慣れねばなるまい、と返された。
此度は野戦。
飯を炊く匂いに様々な不快な異臭が混ざり合う。
己の汗、民家や草木が燃える匂い、負傷したものからは血の臭い、死体からは腐乱の臭い。
春先の雨が降り、足元は泥に奪われ常より兵は疲弊していた。

ふと見渡すと、桜の木が数本並んでいた。
大部分が焼かれてしまい、一番隅にある枝のみが本来の姿をかろうじて保っていた。

―――重虎!満開になったら城内の者すべて集めて宴会を開くわよ!!

そんな事、無理だと分かっていても無理やり交わされた、約束。

―――そうしたら、そうね。お前、芸のひとつでも習得して皆にお披露目なさいよ。

しかし、その桜も、戦が長引いているうちに季節を過ぎていた。
今目の前にあるこの小枝も、少し華をつけているだけで、それ以外は既に萎れていた。

(約束は守れなかったな)
あの方は約束を破ると酷く癇癪を起こすから。
いや、それ以前に、私はもうあの方と間接的な主従関係でしか、無い。

最後に見た伊緒の顔には涙の気配がした。
目を真っ赤にし、頬は怒りで紅潮させ、声が震えていた。

(あんな顔、させるつもりは無かった)

戦巫女の異名を裏付けるかのように、戦況は思わしくなかった。
戦場に戦巫女がいない。それだけで士気は下がりつつあった。

(帰ったら、詫びを入れよう)
何をわびればいいのか。
なんと謝ればよいのか。
未だ分からないが、それでも。

気持ちを奮い立たせるように、重治は愛槍を握り締めた。
その時、休ませていた自分の兵に動揺が走った。

味方本陣から黒煙が立ち上っていた。


□□□


山頂近くにある本陣には主君が憂鬱そうな顔をして地図を睨んでいた。
軍師がそれを見やり、ため息をついた。

「殿、そのような顔をしておられると兵たちが不安がります。」

「しかしだなぁ、やはり重治と伊緒の間に何があったのかと思うとなぁ。」

そっちか。
今の戦況を憂いている訳ではないのか。

「ここは戦場ですぞ、殿。伊緒様と重虎のことは城に帰還してからお考えなさりますよう。」

「しかし気になるもんは気になるんだ。あぁ・・・伊緒・・・・・・ん?」

主君が目を瞬かせて見る方角に軍師も目をやる。
僅かにではあったが黒煙が上がっていた。
数日前に敵が火を放ち、昨夜大雨の助けもあって消火活動が終わったばかりである。
まさかと思い、軍師は布陣図を確認する。
本陣のある山の麓には大きな河。火事はその対岸の近く。
そしてその一直線上の先には重虎を先鋒とした軍が三つ。
幸い火が本陣の山に届くことは無い。
しかし。

「のう、軍師殿。これは先鋒の退路が絶たれたのではないか?」

ざわめきはじめた中、重鎮の一人が言う。
河は昨日の大雨で流れを増し、人馬共に渡れぬ程になっている。

「・・・いえ、おそらくそれだけではありますまい。
先鋒から見れば本陣麓に火を放たれたように見えるでしょう。
彼らはきっとこちらに来る。なれば・・・・・・・。」

河の向こう側。火の放たれた場所の近く。
布陣図を指し、軍師が言い放った言葉は、その場に重い空気を招いた。

「・・・伏兵がいるはずです。先鋒三軍に伝達を。
遊軍には救援に回る様に伝えなさい!!」


事態は急変した。

□□□

伊緒はいつもの巨木に登り、呆けていた。
何十年もこの城を見守っているこの巨木は高さもあるが、枝の一本一本が太い。
伊緒の見つめる先は戦場になるであろう他国の地。

(あの、大馬鹿者。)

遠い地を睨みつけ、心の中で一人愚痴る。
その時、やぶきが隣の枝に現れた。

「伊緒様。」

「・・・どうもお前が忍だと言う事を失念してしまうわね。」

伊緒は一瞬驚いた表情になり、やぶきの姿を確認すると苦笑した。
普段それらしいそぶりを見せない所為か―忍びとはそういうものだとやぶきは言うが―つい、忘れてしまっている。

「驚かせてしまった様ですね。申し訳ございません。」

「いいのよ。それより、戦況はどうだったの?」

「放った『草』によりますと、どうも思わしくないようですね。
敵軍は今回忍を雇ったようです。本陣奇襲や大殿暗殺を恐れ、本陣に兵が集中しています。
二日程前に敵軍が近くの集落や草木に火を放ったようで、消火活動もしていたようです。
昨夜の大雨で火は消えましたが、足場の悪化、兵糧も三分の一程やられてます。
士気は下がる一方ですね。」

そう、と伊緒が呟く。
視線は未だ遠い戦場にある。

「ありがとう。お前にも『草』にも迷惑をかけたわね。」

「いいえ、これしきの事なれば。」

(本当、馬鹿ね。)
行けたらいいのに。
見栄も立場も外聞も何もかも打ち捨てて、あの地に駆けつけられたらいいのに。
素直に、心配だからついていくと言えたらいいのに。
(・・・大馬鹿者は、私のほうだわ。)

やぶきは押し黙ってしまった主君の顔を、無礼と知りつつ盗み見る。
その表情は数年前、伊緒がまだ戦場に赴いた事の無い頃の。
大切な人を案じる、そして何も出来ない自分に腹を立てている、その頃の表情で。

今まさに戦場にいる重虎に怒りをぶつけられたらどんなに清々するだろう。
そんなどうしようもないことを考えながら、やぶきは伊緒の手を取る。

「・・・やぶき?」

「正直申しますと、伊緒様の御心が重虎殿で占められているのは不満ですが。」

やぶきはご無礼を、と言うと素早く伊緒を抱きかかえると巨木を飛び降りた。
静かに着地し、そっと伊緒を地に立たせ、伊緒の柔らかな頬に手を添えた。
常ではありえないやぶきの行動に、伊緒は頭一つ分程高いその表情を伺うが、読み取れるものは無かった。

「私は、貴女にそんな顔をさせたくはありません。
私には、伊緒様が何故戦に出たがるのか、存じております。
今私に出来ることは、伊緒様をかの戦場へお連れすることだけです。」

やぶきは無表情ではあったが、しかしその目は常より深く、暖かかった。
伊緒は戸惑うように顔を俯け呟く。

「でも、重虎の言う通りだもの。戦で私は足手まといだわ。」

「私は貴女に教えられる忍の武術をすべてお教えいたしました。身を守る術も。
基本、武士は忍術には免疫がありません。
貴女は戦に出ても誰にも迷惑をかける事はありません。」

「、私、には、戦に出る資格も理由も無いわ・・・。」

やぶきがもう片方の手も伊緒の頬に添え、視線を上げさせる。
今にも幼子が泣き出してしまいそうな表情になった伊緒の目を、やぶきが捉える。

「御自分に嘘を仰るのはおやめなさい。
己につく嘘は己を追い詰め、その身を滅ぼします。
伊緒様には伊緒様の、きちんとした資格も理由も御座います。
それでも理由が足らぬと仰るのなら、私をお使いなさい。」

「やぶきを?」

「・・・『草』の話を聞くと、敵軍が雇った忍は私があなたに使える前に属していた里でしょう。
彼の者たちの手段は私が良く知っております。
私の情報をうまく使えれば、今の戦況を覆すことも可能でしょう。」

同郷の者を陥れる、そう言ったやぶきに伊緒は驚く。

「お前は、それでいいの?」

「私が守るべきは貴女と、その御心です。
十年前に、私はそう己に誓いました。
今害を成してくる過去の同輩など、何故気にかける必要がありましょう。」

伊緒の両頬から手を離し、やぶきはその場に片膝を付いた。
強すぎる決意の視線を伊緒に向けたまま、主従の形を取る。

「・・・十年前もお前はそうやって私に忠義を誓ったわね。」

「・・・十年経てど、その気持ちに変わりはありません。
伊緒様、理由も資格も全て揃いました。
ご決断を。」

(私は・・・。)

何も出来ず、踏ん切りが付かずに立ち止まっていた。
けれど、やぶきに背を押してもらった。
ならば、この勢いのまま走り出せばいい。

「・・・いくわよ、やぶき。あの大馬鹿者の面、引っ叩いてやるわよ!準備なさい!!」

「承知いたしました。」


重虎の護衛解任以来、伊緒は本来の気の強そうな笑みで高らかに宣言した。
普段然程表情に変化の無いやぶきの顔にも、柔らかな微笑があった。


□□□






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