お嬢とへたれ
シチュエーション


投げつけられた花瓶がロヴィーウースの額に当たった。鋭い痛みに襲われたロヴィーウースが額に手をやると、赤い液体がべったりとついた。

「血――あんた、血は、一応赤かったのね、知らなかったわ」

そう吐き棄てるユーウィアの声は震えている。ユーウィアはロヴィーウースを化け物だと罵る。事実ロヴィーウースは『化け物』だ。けれど、傷つけば赤い血が流れる。それは人間と変わらない。

「自分の血じゃあ餓えは渇かないの?」
「……自分の血は、まるで水のようだ」
「そう」

ロヴィーウースは吸血鬼だ。およそ六十年ほど前は人間だったが、吸血鬼に襲われ死にかけたときからその体は人のものではなくなった。
彼はユーウィアとその祖母によって生き長らえてきた。死にかけたロヴィーウースを救ったのは、彼の乳兄弟であったユーウィアの祖母エイフィアだったからだ。
以来ロヴィーウースはエイフィアとその家族の血によって生きてきたが、今はユーウィアしか居ない。エイフィアもユーウィアの両親も、十年ほど前の大洪水で死んでいる。
ロヴィーウースはユーウィアを大事にしてきた。けれどユーウィアはロヴィーウースに反発するようになっていた。彼女のからだが弱くなりだしたころからだと、彼は認識している。

「ロヴィー。喉が渇いたわ」

ユーウィアが求めることには、なんでも応えるようにしている。彼女が本当はなにを求めているのか分からないから、せめて口に出すことだけでも応えようと思うのがロヴィーウースの精一杯であった。
ロヴィーウースはエイフィアに感謝している。化け物になった自分を受け入れてくれたのは彼女とその家族だけだったからだ。
彼女の親戚――このアンヴェ王国の名門・ティアシェロ家には見捨てられた。化け物に襲われ化け物に成り果てたロヴィーウースを、エイフィアに仕えさせるわけにはいかないと。
けれどエイフィアはこっそりロヴィーウースを保護し、彼が狂わないように血を分け与えた。
ロヴィーウースはユーウィアと守ると誓っている。彼女の祖母に、エイフィアにそう誓っている。

「なにが飲みたい?」
「レモネードをはやく持って来て。役立たず」

この思いが報われなくてもいい。ユーウィアが心底自分を嫌ってないといい――そう、思っていた。

ロヴィーウースは吸血鬼だ。
だからかなんなのか、彼はいつも一歩引いたところにいる。一歩引いたところの、すぐそばにいつもいる。
堂々とすれば良いのにできない彼を見ているといつもイライラする。だから私は彼にあたる。自分の癇癪を抑制できないというのもある。我慢ができない。
そうしてロヴィーウースにあたって、後悔するけれど、どうすることもできない。
ロヴィーウースが私に付き従うのは、お婆様が居たからだ。
お婆様はロヴィーウースを助けた。だから彼は私達家族を――今は私を守ろうとしてくれている。
きっとお婆様への恩義がなければ、私なんかとっくの昔に見捨てているだろう。
私はそのくらいわがままで、どうしようもなくて、ロヴィーウースに迷惑ばかりかけている。
でもだからって今更どうすることもできない。どうすればいいっていうの?もうこの状況を変えることはできない。今更変わるなんてできない。


――そう思っていただけだったと気づかされたのは16を迎えた秋の日。


「結婚?」

ユーウィアは自分が青ざめるのを自覚しながら、繰り返した。
今、目の前に立つこの男――一応は自分の保護者であるティアシェロ家の当主が放った言葉を、ユーウィアは一番恐れていたような気がする。

「わたくしが、ファスダインの当主と結婚と。そう、おっしゃいましたの?」

どういう返事が来るかなんて分かる。この男はそうだ、と答えるのだ。私は所詮この程度の駒。血の繋がりなど感じない。
ファスダインの当主はもう七十にもなる老人だ。好色だという噂を聞いたことだけある。その老人が私の夫になると。
冗談じゃない。でも私はここにいる以上逆らえないのだ……。
私は弱い。
ロヴィーウースに甘えティアシェロ家の恩恵に甘え、ここでこの男に反抗することすら出来ない。ロヴィーウースには子供のように癇癪をぶつけるばかり。
弱いと言うことを知りながら強くなれない。
耐えられない。くやしい。世界が崩壊してしまえばいいのに。
願うだけでは叶わないと知りながら私は願った。そして、顔を上げた。

ユーウィアは帰ってくるなり部屋に閉じこもった。声をかける者を全て退ける。応えたのは、ロヴィーウースにのみだった。

「ロヴィー?ロヴィーなの?なぜもっと早くに現れないの。入って」

遠慮がちなノックの主がロヴィーウースだと分かるなり、ユーウィアは彼を部屋に招きいれた。ロヴィーウースはわずかにいぶかしく思いながらも、部屋に足を踏み入れる。
部屋の中はカーテンが引かれて薄暗い。ユーウィアはベッドにもぐりこんでいた。

「ユーウィア……どうしたんだ?お前が閉じこもっているから、みな心配している」
「そんなの分かってるわよ!いいから、ロヴィー、こっちに来て」

意図のつかめない、ユーウィアの行動に眉根を寄せながら、それでもユーウィアの言うとおりに動く。
彼はユーウィアの言葉に逆らったことは、ついぞ一度も無い。それが彼女のためになっているかは、ともかくとして、ロヴィーウースにはそれしかできない。

「……そこに座って」

ベッドの端を叩くユーウィアの言葉に従いロヴィーウースがベッドの上に座ると、ユーウィアは顔を覆った。普段とは違う態度のユーウィアに気付いて、ロヴィーウースは気遣わしげに彼女を覗き込む。

「ユーウィア?なにがあっ」

ロヴィーウースの言葉はそこで途切れる。封じられたのは彼の唇。封じたのはユーウィアのそれ。強引に押し付けられる彼女の柔らかな唇。驚きによって白く染められた思考は、一瞬で霧散した。

「う、」

力いっぱいユーウィアを引き剥がすと、真っ赤な顔をした彼女が潤んだ瞳で自分を見つめているのに出くわして、ロヴィーウースは心底当惑する。今まで――こんな目で見られたことが無かったから、とにかく困った。

「ロヴィー。私の言うことを聞くわね?」

その声は震えていた。よくよく見れば赤いのは顔だけではない。目元もだ――泣いたように。なにがあったのだ、と問う前に、彼の口は動いている。

「もちろん、聞く」

ユーウィアは熱い。彼女が自分の胸に伸ばしている手は柔らかく、熱を帯びている。彼女を掴む自分の手は、彼女の腕の熱で火照る。
ロヴィーウースは軽い酩酊を覚えた。

ユーウィアの、ぬれた唇が動く。

「じゃあ、私を抱きなさい。私を……」

会話が途絶える。言葉につまったユーウィアが、それを放棄してロヴィーウースに抱きついたのだった。

「ゆ、ウィア。なにがあったんだ?」

自分の胸に顔を押し付ける少女に囁く。彼女は答えず、ただ沈黙している。
ロヴィーウースは初めて見るユーウィアの扱いに困り、彼女を振り払えない。扱いに困って振り払えないだけではない――彼女のぬくもりが、手放しがたいからと言うのもあるが。
おそるおそる手を伸ばし、ユーウィアの頭を撫でてやる。するとユーウィアは彼の手をはじいた。

「子ども扱い、するんじゃないわよ!」

絶叫にも近い声を上げると、ユーウィアはおもむろに服を脱ぎ始めた。

「な、ユーウィア!」
「私は本気よ。冗談で抱いてなんていうもんですか」

脱ぎながらユーウィアは言い放つ。ロヴィーウースは呆然としつつも止めるが、勢いが上のユーウィアにはかなわない。彼女はあっという間に一糸まとわぬ姿になった。
ごくりと唾を飲み込む。やわらかそうできめ細やかな肌と、ぷっくりとした小ぶりな胸と、すらりとした身体と。すべらかな金髪が肩にかかるのすら扇情的で。
この柔肌にかぶりついて、あたたかな血をすすり、そのまま自分のものにしたい、貫きたいと言う欲望が、ロヴィーウースの胸中に芽生えた。だがそれはならない――かき集めた理性がロヴィーウースを抑制する。

「服を着」
「あぁ、もう、どうすればいいのよぉ……」

小さく呟きながらユーウィアはロヴィーウースの言葉をさえぎり、そして思いついたように身を乗り出した。そして赤く染めた顔のまま、ロヴィーウースの服を脱がし始める。さすがにここではすぐに動けた。

「ユーウィア!」
「私の言うこと聞くって言ったじゃない!」
「それとこれとは話が違う!」
「違わないわよ、逆らうんじゃない、役立たず!」

上に着る服は全て取り払われてしまった。そもそもロヴィーウースが着ていたのは簡易な作りのシャツだったから、脱がしやすくもあるだろう。
ロヴィーウースの胸板を見つめるユーウィアはしばらく逡巡していた。そしておもむろに、ロヴィーウースの胸に顔を埋め舌先で彼をなぶり始めた。

「ユーウィ……ア!」

力が抜けて、興奮で、声のかすれるロヴィーウースが名を呼ぶけれど、ユーウィアは動きを止めない。ズボンに手を伸ばし、脱がし始めてすらいる。
そして彼のものが空気にさらされた。今度は、張り詰めたそれを見たユーウィアが唾を飲み込んだ。

「やめ、ろ、ユーウィア……」
「こんな風になってるくせに、なに言ってんのよ。興奮してるんでしょ?私に。だったら思うようにすれば良いじゃない」

吐き捨て、ユーウィアは身を屈めた。同時にロヴィーウースのものは彼女の手に包まれる。――つたない動きでいじられて、とうとう彼の理性は決壊した。

強引にユーウィアの体を仰向けに押し倒し、深く口付ける。舌を相手のそれに絡ませ貪る。

「ん、う、ううん」

ユーウィアが苦しそうに小さくうめくのも今のロヴィーウースには構えない。
今やロヴィーウースの中に彼女に尽くし彼女を思いやる心はほとんどないといっていい――彼の中の、吸血鬼としての性が、自分の悦楽と彼女を女として悦ばせることしか望んでいないからだ。

「ぁ……ロヴィー、」

ロヴィーウースの手がユーウィアの胸をいじる。つねり、撫で回し、次第に下腹部に伸びていく。
彼の指がユーウィアの秘部に伸びると、ユーウィアはぴくりと震えた。しっとりと濡れたそこに指を滑らせると、彼女の表情が歪み出す。眉根がしかめられた。

「い、う、ぅ……」

初めて、だ。そう気づいた瞬間、ロヴィーウースの胸に溢れたのは、歓喜。自分をユーウィアの中に刻みつけられるという
唇を胸をそこそこに、彼の舌はユーウィアの秘部をなぶり出す。

「やぁ、だ、ロヴィー……はぁ、ん」

水音とユーウィアの小さなあえぎばかりが、薄暗い室内に響く。ユーウィアは手で口を覆った。

「ん……ん、ぅ、んっ」

その声を聞きながらロヴィーウースは舌先を秘部から離し、指で再び触れる。差し込むとするりと入った。

「ユーウィア……もう、挿れて、いい?」

そこは十分濡れていた。ロヴィーウースがかすれた声で尋ねるとユーウィアは、

「わざわざ、聞かないでよ……ばか!」

と呟いた。
ロヴィーウースはユーウィアに覆い被さる。目の前にユーウィアの真っ赤な顔がある。
彼女に口付けると、今度は相手から舌が絡められ、再び歓喜する。そして、空いた手で自身を彼女の秘部にあてがった。期待と羨望をないまぜにしたなにかがロヴィーウースを通り過ぎていった。

「あ、ぁやぁああ、いたぁいっ……いっ!!」

ユーウィアの悲鳴を聞きながら、ロヴィーウースはゆっくりゆっくりと己を押し進めていく。
苦痛に歪んだユーウィアの顔に、うっすらとした汗が浮かんでいるのは苦痛か快感か。ロヴィーウースは口付けの雨を降らせる。
己がすべて彼女の中におさめられ、ロヴィーウースはホッと息を吐いた。動きを止める。

「……ロ、ヴィー」
「ユーウィア……大丈夫か?」

吐息のような問いに、ユーウィアは小さく頷いた。破瓜の痛みを散らせるようにロヴィーウースは彼女の体の至る部分をなで始める。
そして彼女の呼吸が整い出すと、彼はまたゆっくりと、動き出した。

「あぁ……」

眉根をしかめるユーウィアの、熱い息がロヴィーウースの耳に掛かる。それがまたたまらなくて、腰の動きが早まった。

「んっ、ひゃ……は、う、ロヴィー、ロヴィー……ッ」

次第に腰の動きが早まっていくにつれ、ユーウィアはロヴィーウースに強くしがみ付き、より密着していく。
ぐちゅ、ずっちゅという水音。お互いの肉のぶつかり合う乾いた音。消えていく理性。獣の本能が表出していく。

「あっ、あぁっん、ロヴィー、も、っだめえ……ロヴィー、んっんっあぁっ」

もはやなんの遠慮もなくロヴィーはユーウィアを攻め立てる。激しすぎる動きにユーウィアの絶頂も、ロヴィーのそれもまた近い。

「ユーウィア、っは、……っ」
「だめ、ひ、くっ……いぃ、っちゃう、もう、ロヴィー、あっ……は、あぁぁっ……!」

ユーウィアの秘部がきつくしまる。イったのだと分かったのと、きついそのしまりに目の前がくらんだ。

「ユ、ウィア……!」
「あぁっぁぁぁ……」

どくどくん、という衝撃。己の欲望をユーウィアの中に吐き出す。
後悔と、達成感がないまぜになりロヴィーウースは複雑な気持ちになるが、それ以上に今はユーウィアへの愛おしさが勝っていた。

――長い間夢見つづけたこの状況。けれどそれはロヴィーウースにとって、見てはいけない夢だった。






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