お嬢と犬
シチュエーション


――ダメだ。

蓮は豪奢な造りの机、その上に広げたテキストに向かいながらも、心の中で
そう声をあげていた。
ダメだ。
自身で理解していながら、身体が熱く、顔は朱く。
どうにもならない感情、
どうしようにもない想い、
決して届かない/面と向かっては伝えられないそれらを、蓮は心という包装紙
でくるみ込み。
決して彼/あの背中に伝わらないようにする。

……だめ、
理解しながら/していながら/それでも抑えようと必死に抵抗しながらも。
いつもの如く蓮は感情に、想いに抵抗しきれず。
その細い指先を、堅牢な机の中――スカートの中へと滑り込ませ――そして、
白いレース模様のショーツの中へ潜らせ。その中で、更に奥へと指先を突き進ま
せる。
実戦経験のない、蓮の隠された部分は。
触れる指先に喜び、過敏な反応を見せてくれる。

――撫でるだけ。
そう決めながらも、指先は奥へと進んでいき、半分ほどまで入れて。
そこで

「…………ぅ」

第一関節を折り曲げた。
中が、少しだけ拡がったように感じ。
しかし、直ぐに指は抜いた――彼が蓮の方を視たのだ。
それでもいつもならば、表情を押し隠して、続けるのだが。

今日はそうもいかなかった。
彼が精悍な相好に怪訝な色合いを孕ませ、蓮へと歩み寄ってきたからだ。
蓮は慌てて、着ているワンピースで指先を拭いながら、

「な、なに、何かあったの?」

自分の顔を覆い隠したくなるほど動転して答えたが、烏色のスーツを着た青年
は。その様子に眉を僅かに動かした他は、気にした風もなく。蓮のような少女が
使うには豪奢過ぎる机の前に直立し。
そうしているだけで威圧感のある双眸を蓮へ向け、

「お嬢、御加減でもよろしくないのですか?」
「え?」

――蓮は林檎の様な顔のまま、彼が何を言っているのか理解できず。
反射的にそう返していた。
加減、具合という意味なら、今直ぐベッドの中でも、トイレでもいいから。
一人きりになりたくはあるが。
さすがにそんな事を言って。そこで何をするか、今何をしていたのか、感づか
れでもしたら――例え、彼が無口で何も言わなかったとしても。その場で死んだ
方がマシな恥ずかしさなのに変わりない。
ならば、しなければ良いのだろうが。
人間、一度知った蜜の味を忘れられる訳もなく。それが破滅への道筋であろう
と、進んでしまう。
しかも、ようやく中学校に入ったばかりの蓮。
知ったばかりの蜜の味を忘れる必要も感じず、むしろソレを肯定し、溺れてい
くように。ソレの頻度が増えていっているのに、気づくこともなかった。

「お嬢、お嬢」

彼が自分のことを呼びながら、一瞬の躊躇いの後。肩に触れ、軽く揺さぶり。
更に名前を呼ぶ。

――ふふ、そんなに呼ばなくても聞こえてるのに。……ああそうか。
そんなことを考えて、ようやく蓮は自分が彼との会話中に、気を失ったかの如
く。惚けていた事実に気づき。「なに」と、冷たく、いかにも私は落ち着いてい
ますと聞こえるような声音で言うと。
彼は小さく息を吐き、安心したように――けれど、その顔色は優れない。

「お嬢、本当にどこも悪くないんですね?」
「ええ。それより、言ったでしょ。二人きりの時は、名前で呼びなさい、って」

蓮が上目遣いに睨みつけて言うと、彼は少し困ったように身体を揺らし。

「お嬢――」
「名前で、呼びなさい」

彼は本当に困り果て、そして諦めたのかの如く。小さく

「蓮様」

妥協してくれるであろう呼び方で呼ぶ。
蓮は『様』は要らないと思ったが、自分の忠実な飼い犬をこれ以上困らせて、

蓮の父親である、彼の上役に「仕事を変えてください」などと嘆願に行かれては
困る。
彼は次期若頭筆頭であり、なにより蓮の父が今一番目をかけている。優秀な部
下であり。もしかすれば、後継となるかもしれない人なのだ。
それ故に「変えてくれ」と頼みに行けば、二つ返事まではいかなくとも。嘆願
通り異動となる可能性は十分だ。
だから気をつけなくてはいけない。
彼が離れないように。

「ですが。先程から進まれていないようですが」

一瞬なんのことか分からなかったが。
彼の視線が、机上のテキスト/学校の宿題類に注がれていることに気づいて、
納得し。いつものことながら、彼が自分に対し、細心の注意を向けてくれている
事へ。少しの気恥ずかしさを覚えながら、

「今日は体育があったから、少し疲れただけよ」

と空々しい言い訳をした。
彼は疑う理由がないと言うように、「なるほど」と頷き。

「失礼しました」

身体を直角に折って頭を下げた。
蓮は二呼吸ほどそのままにさせ、

「よし」

まるで犬を躾るように言うと、彼は頭を上げ。素早く元の定位置へと戻ってい
く。その背中を見ながら、蓮は満足げに口端を緩め……ふと、考えた。
僅かな思案の後。
その少し厚い口唇を濡らしてから、

「吾郎」

呼び止めていた。
彼は足を止め、その場でくるりと振り返り。

「はい」

謹厳な彼の顔つき、厳しくありながらも、どこか寂しそうに見えるその眼。
思わず胸を押さえたくなる程、鼓動がとくんとくんとテンポをあげていく。
できるだけ表情に出さないようにしながらも、顔が熱く、トマトのように赤く
なっていくのを理解しながら。

「今日は体育だったの」
「はい」
「だからね……」

言葉を切る、彼は何も言わず待ち続けている。
飼い主である蓮の言葉を。
20歳年下の/頭二つ分も背の低い/小さな少女の言葉、今の彼にとってはな
により重い至上の命令を、彼は待ちづける。
蓮はもう一度口唇を湿らせてから、

「マッサージして」

平然とした/少なくとも本人はそのつもりで/口調で言うと。
彼は僅かな間の後、

「はい」

いつもと変わらぬ声色で答えた。
蓮は革張りの椅子を回転させて、横を向く。
彼は静かな足取りで蓮の前に立ち、

「失礼します」

頭を下げ、今度は直ぐに上げ。背側へ廻ろうとしたが。
蓮はスーツの裾を掴み、それを止め。

「先に足を揉みなさい」

「……はい」

彼は蓮の前に膝をつくと。投げ出されている脚をゆっくりと持ち上げ、足裏か
ら揉み始めた。
体勢的に揉みにくいはずであろうに、彼はその分厚い手を器用に操り、優しく、
ゆっくりと。蓮の足を揉み、少しづつ上へと手を滑らせていく。
蓮はその様子を見下ろしながら、静かに。

「靴下脱がせて」
「はい……」

彼は揉む手を一旦止め、右足の靴下に手を掛け、いかにも馴れた手つきで紺の
ハイソックスを脱がしていく。
蓮の滑らかな肌に彼の指があたるのをかんじながら、揉まれていた時とは違う。
生の感触に、思わず身悶えそうになりながらも、それを押し隠し。
彼の太い指先により、靴下を脱がされていき、自身のモノながら細く白いソレ
が露出していく光景。
脱がされるという事実。
背側へ放り出している指先をもし自由にしても良いのなら――頭の中に邪な想
いが募っていく。
そのせいかは分からないが、視界がまるで、水彩画に水を垂らしたように滲ん
でいた。彼がブレて見える。
頭の中に降り積もる邪な陰の気。
まるで頭の中にある、蓮の淫らなものを解放していくように、降り積もってい
く。

――心を、解き放つように。
両脚の靴下が脱がせられ。
まるで大理石で創られた人形のような、きめ細かく、白い。細すぎる御脚。
それは蓮が護られてきた存在だということを、端的に示す清流だ。
血と闇に塗れてきた寡黙な男が、一心を捧げ続けてきた一点の濁りも傷もない
無垢の宝石。
彼の命では同じ秤に載せることすら赦されない、その身体に、

……一点の淀みができていた。

「これは……?」

思わずこぼれた言葉へ、蓮は濡れた瞳を向け。

「体育の時間に、ちょっと、ね」
「……ちょっと」

彼は蓮の指先を見つめたまま、呟く。
蓮はとろんとした瞳を細め、

「体育祭のね、練習。走ることになったの、400m。すごい?」
「……ええ、とても」

彼の言葉に、蓮はにへらっと頬を緩めた。

「痛いんだよ、マメって。潰れると」
「はい、見ているだけでも。とても」

白い肌に浮かぶその痕は。肌の白さ、きめの細やかさのせいで、余計痛々しく
見える。

「……私なら、倒れてしまいそうです」

蓮は笑いそうになったが。
その言葉通りに彼の顔が蒼白になっているのを見て、笑いを喉へと引っ込めた。
その代わりに、という訳でもなかったが、ある考えが蓮の頭によぎり。

熱に絆された理性は、その――普段ならば絶対に採用しない――考えを、実行
に移していた。
実行と言っても、なんのことはない。
一言、命じるだけだ。

「いたいの」
「はい。今、手当を……」

立ち上がろうとした彼の肩に、長くしなやかな左脚を乗せ、止めると。
彼は僅かに眉をひそめ、口を開こうとした、

「だからね」

その口の前に、親指の側面にマメを潰した痕のある右足を差しだし。

「なめて」
「…………はい?」

蓮は挑発するように肩に乗せた左足を、彼の首にからませて近寄らせる。彼の
頬に親指があたり、僅かに痛んだが今の蓮にはどうでも良かった。

「いたいのいたいの飛んでけぇって、なめなめしてよ」

今はとにかくそうしてもらいたい/そうしてもらうこと以外何も考えられなか
った。
頭がくらくらしていたが、蓮は楽しそうに笑っていた。
彼は蓮のそんな様子をみながら、黙考した後。

「……それは命令でしょうか?」
「そうよ」
「…………はい」

彼はマメの潰れた痕を、舌でできるだけ痛まないように、そっと舐めようとし
たが。
舌先が傷跡に触れただけで、

「――ひッ……んぅ」

連は辛そうな声をだした。
触れる度に、蓮は身を竦ませ、声をあげる。
外の音から断絶された室内は、蓮の喘ぐ声だけが響く。
蓮は舐められる度に走る小さな痛みに、脚同様細い両腕で自分自身を抱きしめ
ていた。そうでもしていなければ。腕は、手は、彼の前で見せられない行いを犯
しそうで。自分を呪縛していなければ、まるで『そうしている時』のような声を
出してしまいそうになる。
彼は丁寧に舐めてくれている、なんとか痛まないようにとしてくれている。
それはまるで至極の宝石を扱うように、丁寧に、優しく、抱くように愛撫して
くれている。
愛撫されている。
彼が私の体を舐めている/舐めてくれている。
この姿を他人が見たらどう想うだろう?
私たちをどんな関係だと考えるだろう?
姫と騎士?
少女と変態男?
それとも変態少女と、それに付き合わされている男?
分かりやすく。飼い主と忠犬?

――違う。
私が、
蓮が真に望んでいるのは、もっと単純な――
恋人。

「いたっ」
「……申し訳ありません」

謝り、直ぐに再開する彼を見ながら、蓮は口端をむにっと曲げ。

「血が、」

いつのまにか、自分を抱き締める力が半分になっていた。

「そこ、血が溜まってるみたいね」
「…………」

そんな様子は無かった。
マメが潰れた痕に血が溜まるわけもない。
分かりやすい嘘をつきながら、蓮は笑みを深め。

「キスして」
「……はい?」
「私の指をね、口の中に入れて良いわ。だから、もっとしっかりやって。
手加減なんかしないで」
「……はい」

彼が親指を口の中に含むと、連は満足げに。

「うれしいでしょ、私のゆび舐めれて」

彼は口に含んだまま頷いてみせた、その様子に蓮は鼻息も荒く笑ってみせた。
いつの間にか抱いていた/自分を呪縛するための力が消えていた。
彼は、それが蓮の要望だろうと言うように。
強く、烈しく、まるで傷口を痛めつけるように。親指を口の中で弄んだ。
幼い頃、
今の蓮と同じくらいの年の頃、させられていたように。アレを舐める要領で、
親指を弄くり回していた。
傷口に滲む血を吸い、歯を立て、甘噛みする。
そうするだけで、寝乱れている女のように喘ぐ蓮。
かつて、彼の命を買い救ってくれたあの人の娘に対し、こうしていることへの
罪悪感。
二年前までは背中を流していた間柄だった少女が見せる、一人前――いや、そ
れ以上の。魅力的な女へと変化していく、その過渡期の少女を弄んでいる征服感。
それらがない交ぜになっていき。
危うい所に立っていた。
後、一押し。
背中を押されれば、侠も、義も、信も踏みにじり。越えてはならない一線を越
えてしまう。
それはしてはならない。
侵してはならない一線だ。

――だが、

親指をしゃぶりながら、頭の中ではその事で支配されていた。
細い、折れてしまいそうな身体を抱き。
侵されていない、いないと知っている、蓮の処女を犯し。血と精液で汚す姿が
頭の中で繰り返される。
無毛の、或いは、柔らかな陰毛に覆われた。割れ目へ、既にたぎっているソレ
をぶち込み。涙を流し、泣き叫び――今まで護衛として侍らせていた男の本性に、
喚き散らし、暴れ。そうしても止まらない事実に、怒り狂うまだ幼い蓮を。力で
押さえつけ、抵抗をやめるまで――

「あっ……う、…………ぁ」

そこまで頭の中に浮かべて、ようやく我に帰れた。
馬鹿なことだ、そんなことはあり得ない、してはならない。

彼は頭の中で繰り返した。
そうしないように。
そう、これは、ただの遊びだ。他愛のない遊びだ――と。
一旦眼を瞑り、舌の蠢きを止め、速まっていた心臓の鼓動を整える。
頭の中に張り付いた、乱れる蓮の幼い肢体を消し、蓮を襲いたくなった自分を
殺し。
そうしている間も、短く声を漏らしている蓮に気づいて。
彼は十分に心を落ち着けてから、眼を開き、視線をあげていき。
思わず自分の目と頭、ついでに世界を疑った。
僅かに視線をあげた先に、ショーツがずりおろされ、スカートがまくられ。
そこへ、ちょっとした力で折れてしまいそうな腕が、細い手が当てられ。
蓮がしているとは思えぬほど淫らに、指先が蠢いていた。
口から指がこぼれ落ちる。

「……お嬢」

驚きを隠せぬまま、顔をあげ、思わず眼を抉りたくなった。
こんなのは嘘だ、質の悪い冗談だ、と。念じてみても、なにも変わらない。自
分も、そして蓮の正気を疑いたくなった。
蓮の秘部にあてられている手、その反対の空いている手がワンピースの上から、
揉み潰すように。まだ未発達な乳房をまさぐっていた。
そして、蓮はまるでヤバい薬でもキマっているように。
気だるげで、とろけていながら。ヒドくハイに、愉しんでいた。快感を、

「ひぃ……ぃぃ……ぅっん…………ひあ……」

まるでそうしていなければ、狂しいというように、自分を犯し。
肌は赤く、眼や口からは涙と涎がこぼれ続け、息は荒く、ぐらぐらと身体を揺
らし続けている。
蓮と眼があった。
彼は、思わず唾を飲み込み。
蓮は にたり と口元を歪ませ、荒い息と涎にまみれて

「ごろー」

彼の名を呼び。
両脚を彼の頭に絡ませ、引き寄せ、秘部に押しつけた。
鼻一杯に臭いが広がる。
蓮は、

「ごろー、私の、まんまんなめな……ちゃい…………」

それだけ言うと、椅子にもたれるようにして気を失っていた。

「…………む」

「……ぅろっくあっぷぅ――ふに?」

蓮が眼を覚ますと、見慣れた天井がそこにあり、額が少しひんやりしていた。
なんだろう?と身体を起こすと、それがずり落ち。掛け布団の上に、濡れタ
オルが落ち――首を傾げ。
先ほどまでしていたことを思いだし、部屋の中には他に誰もいないと言うのに。
布団を被って隠れると。
徐々に鮮明になっていく記憶に、顔が赤くなるのを理解し、それにより更に顔
が赤くなる。
穴があったら入りたい。その言葉通りだと思い、「穴」という言葉にハッとし。

「ああぁぁあぁ〜〜っ!!」

なんであんな事をしてしまったんだろうと、蓮は自責の念に狩られていると。
それ以前に思い出さねばならない事を思い出し、布団の中から顔を出し。
彼の姿を探したが、広い室内には蓮の他には誰も居なかった――

「……吾郎、吾郎…………吾郎っ、出てきなさい。吾郎!!」


「――呼びましたか」

扉が僅かに開かれ、喋った。扉が――ではなく、

「吾郎っ」

蓮は、犬ならばしっぽをばたばたと振っていたであろう、
喜びようで扉に走り、開けようとしたが。
開かなかった。

「あ、あれ?なんでー」

1cmほど開かれたまま、そこからピクリとして動かなかった。
蓮が困っていると、扉は更に困ったように。

「風邪をひいてしまいまして、奥様からお嬢の部屋へは入らぬよう、言いつけら
れておりますので」
「カゼ?ふーん」
「……はい」

蓮は少しの間、

「…………お嬢?」

黙り続け、それからようやく。

「昨日の夜さ、私たち――」

蓮が言い切る前に、彼は言葉を遮った。

「なにもありませんでした」
「でも……」
「なにも、ありませんでした」
「だけど……」
「なにも、ありませんでした」
「…………」

蓮は小さくため息をついた、そういうことにしておこう。
その方が今後には良く働くに違いない、

「ま、いいか」






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