秘密の逢瀬
シチュエーション


供物を納めにいく者、神への祈りを捧げにいく者、日々の神殿へ向かう人々の数は少なくない。
ローランもまたその中の一人だった。
敬虔な信徒とは到底言えないが、年に数回は神殿で神に祈りを捧げている。年に数回が多いか少ないかと問われれば、それは言わずもがなというところ。
しかし、ローランはここ数ヶ月足繁く神殿へ通っていた。
淡い鳶色の瞳に厳かな神殿を映し、ローランは小さく息を吐く。
どうして急に敬虔な信徒のように神殿へ通う気になったのか。原因は一つしか思いつかない。
ローランよりいくつも年上だというのに、少女といってもよいほどに無邪気な女性。それでいて匂いたつような美しさはまさに熟した果実のようで、その不思議な魅力がローランをとらえて離さない。
初めて会ったのは弟のように可愛がっていた元同僚──セシルに連れられて神殿へ赴いた時だった。まさか神官長に引き合わせられるとは思っておらず、あの時はセシルの世間知らずぶりを心の底から呪ったものだ。
ローランはいつものように神殿の裏へ回り、泉のほとりに腰掛けた。こうしていれば、姿を見かけた神官長が嬉々として現れるのだ。
初めの内こそ正装で行くべきなのではと悩みはしたが、今のローランは休日に街に出かける姿と何ら変わりない。さすがにくたびれたシャツを着るほど礼は失していないが、畏まった様子は微塵もない。

「ローラン!」

ふわりと甘い香りが風にのり、ローランの鼻をくすぐる。
香りの先を見やれば、神殿の窓から身を乗り出した絶世の美女と謳われる神官長の姿があった。
ローランが軽く手をあげてみせれば、花開くような笑みを見せる。

「今からそちらへ参ります」

言うが早いか窓から体を引っ込める。
ローランは苦笑を浮かべて手をおろした。

──秘密の逢瀬とはこのことですのね。
先日訪ねた際の彼女の言葉を思い出したからだ。あのように大きな声で名を呼び、人目などまるで気にしない逢瀬が果たして秘密と言えるのかどうか。
甘い香りが近づいてきたことに気づき、ローランは表情を和らげる。走ってははしたないと教えられているせいか、彼女はゆっくりと──それでも彼女にしては早足なのだろう──ローランの元へ近づいてきた。

「リズが不機嫌な顔をしていましたから急いでこちらへ参りましたのよ。あなたがいるとリズは不機嫌になるのだもの」
「それはそれは。神官長を急がせるなど恐れ多い」
「ローラン。神官長は嫌と申したでしょう。それから、姫様も嫌ですわ。私はあの子にするように接してほしいのです。何度も申したのに意地の悪い人ですのね」
「そういうわけには参りませんと私も何度も申し上げているでしょう」

黒く艶のある長い髪が白い肌と同じく白一色の衣装によく映える。足の爪先まで隠す長いスカートをちょんとつまみ、彼女はローランの隣に腰掛けた。
桜色をした頬が彼女が彼女の言葉を裏付ける。確かに急いできたようだ。
彼女に近しい女神官の苦々しい顔を思い出し、ローランはなんともいえずにただ笑んだ。国王と正妃の間にもうけられたただ一人の姫御子であり神官長まで務めるディアナが、どこの馬の骨ともしれない男の訪問を心待ちにしているのだ。リズの立場ならばさぞ頭が痛かろう。

「わかりました。でも、私はあなたが改めるまで何度もお願いしますから覚悟していなさい」

拗ねた顔が愛らしく、ローランは困ったようでいて楽しげな複雑な表情を浮かべた。

「今日は私、あなたにお願いがありますの」
「お願い、ですか?」
「ええ。今日はここで夜を明かしていただきたいのです。よろしくて?」

たっぷり三十秒は経ってからローランは唐突に立ち上がった。

「あら、どうしましたの?」

あまりの驚きに声さえ出ないようで、ぱくぱくと口を開閉させてディアナを見下ろす。
きょとんと首を傾げてローランを見上げるディアナ。

「ローラン?」

ローランは落ち着かない様子で口元に手をあて、ディアナから目をそらした。

「夜を明かすといいますと……あー、なんといいますか……いや、嫌ではないですが、その、俺にも一応立場というかなんというか」
「心配せずともあなたの部屋は用意させます」
「え?」
「私、あなたに見せたいものがあるのです。次にあなたがきたら部屋を用意するようにリズにも話してありますの」

屈託なく笑うディアナの顔をローランは脱力して見下ろした。

「そうですか。……そりゃそうだよな。当たり前か」
「何を一人で話しているのですか」
「いえ、何も。あなたの箱入りぶりを失念していただけです」

不思議そうに瞬きをするディアナの隣にローランは再び腰掛ける。
それからの数時間、ローランはねだられるままに俗世間の話をディアナに語ったのだった。

用意された部屋は目立った家具は寝台だけという実に簡素なものだった。しかし、真新しいシーツは陽の香りがして心地よい。
食事を終えて部屋へ案内されたローランは特にすることもないので寝台に転がり目を閉じた。
眠くはなかったが、起きているとあらぬ欲望に突き動かされてしまいそうで怖かった。
一度だけ訪れたことのあるディアナの私室へ忍び込んでしまいそうだ。
ふっとローランは自嘲気味に笑う。

(忍んでどうする?身分が違う。あの女は俺の手におえない)

とはいえ、欲望というのは厄介なものでローランは今まで何度となくディアナを組み敷く夢を見た。白い肌に口づけの痕を散らしてみたいと何度となく思った。なかせてみたい、と。
ローランは目を開いて、深々と息を吐いた。
やり場のない欲求を持て余すローランの耳に戸を叩く音が届いた。
リズが小言でも言いにきたのかとローランは黙ったまま人の気配が去るのを待つ。
しかし、ローランの意に反して戸は開いた。

「あら、起きていましたの」
「なっ!」
「返事がありませんから眠っているのかと思いましたわ」

昼間の肌は全く晒さないとばかりの衣装とは違い、薄い夜着を纏っただけのディアナが後ろ手に戸を閉めてローランへ近づいてくる。
ローランは上半身を起こし、ディアナを呆然と見つめる。これは夢かと疑いながら。

「何をしているんですか」
「あなたに見せたいものがあると申したではありませんか」
「それはそうですが、しかし」
「夜でなければ駄目なのです。さあ、参りましょう」

なるべくディアナを視界に入れないようにと顔を背けたローランの傍らに立ち、ディアナはその腕をぎゅっと掴んだ。

「ローラン」

先ほど押さえたばかりの欲望がまたしても頭を擡げる。

息をする度にディアナの甘やかな香りを吸い込んでしまう。まるで媚香のようにそれはローランの思考を麻痺させる。
ぐいぐいと腕を引かれ、ローランは深々と息を吐く。一体これは何の拷問なのだ。

「ディアナ様」
「はい。何ですの?」
「体調が優れません。また次回というわけには」

ローランの言葉が終わるよりも早くディアナの手がローランの額に添えられる。そして、顔が至近距離に現れた。

「熱があるのかしら?」

ディアナに他意はない。ローランは自信に必死でそう言い聞かせる。
しかし、間近で動く赤い唇が目に入った瞬間、欲望が理性に勝った。

「んっ、ローラ……」

逃げられぬよう細い首に手を回し、ディアナの唇を塞いだ。思っていたよりもずっと甘く柔らかな唇の感触をローランは貪る。
ディアナはローランのシャツを強く握り、乱暴ともいえるローランの口づけを受け止めた。

「……ローラン」

唇が離れるやいな、ディアナの背にはシーツに押しつけられていた。
ディアナはぱちぱちと瞬きを繰り返してローランを見上げた。
覆い被さるローランはディアナの知らない顔でディアナを見下ろす。

「あ、あなたが何をしようとしているかわからぬほど無知ではありません」
「では、どうなさいます?逃げますか?」
「逃がしてくれるのですか?」
「さあ」

ローランはそう言うが、おそらく逃げようとすればあっさりと離してくれるのだろうとディアナは思う。

「逃げたいのならそうなさればいい」

手首を掴まれ、シーツに縫い止められる。ローランの唇が耳に触れ、項を辿る。
ディアナはびくりと震え、きつく目を閉じた。
ローランはディアナが目立った抵抗を起こさないことを不審に思いながらも、自身の欲望に正直に動いた。

一目見た時から触れたいと願っていたディアナの体。夜着を剥ぎ取り、露わにしたディアナの肢体の美しさに息を飲む。

「綺麗だ」

感嘆の吐息とともに呟けば、ディアナの睫毛が恥じらいに震えた。

「待って」

たわわな乳房に触れかけたローランの手をディアナが制止する。

「一つ、一つ尋ねたいことがあります」

微かに潤んだ漆黒の瞳がローランを見つめる。

「あなたは何故私にこのようなことをなさいますの?て、手近なところにいたから?」

不安な面もちでディアナはそう問う。
ローランは身を屈めてディアナの額に口づけた。

「私は一目見た時からあなたに魅せられていましたから」
「そう、なのですか」
「ええ。無邪気なあなたの人柄にも惹かれていますしね」

腕を押さえるディアナの手から力が抜けたのを感じ、ローランはディアナの乳房に触れた。
手のひらから溢れでるほど豊かな乳房の感触を確かめるように揉みしだく。

「ふっ…ぁ、ん」

ディアナの唇から艶めかしい声が漏れ、ローランは再びディアナの唇を塞いだ。
赤く染まった胸の頂を指の付け根で挟むようにして刺激しつつ、乳房の形が変わるほどこねまわす。
甘く吸っていた舌を解放し、唇の端に漏れた唾液を舐めとる。
かたくそそり立った乳房の先端を舌でつつき、唇に含んだ。唇で挟み込み、強弱をつけて吸い上げれば、ディアナの甲高い喘ぎが耳に入る。
ローランは夢中になって彼女の乳房を愛撫した。

「あ…ぅん……ひあっ、ローラン!」
「感じやすい体だ」
「いやっ、わ…たくし、あっ、ああっ!ぁ…そんなっ」

ローランの腕がディアナのすらりとした腿に触れた。撫であげるように触れ、腿の間に消えていく。

「ぁ…あん、い、ぃや!ああっ」

溢れ出る蜜を指に絡ませ、ローランはゆっくりと中へ侵入させる。しっとりと濡れた女の肉が指にまとわりつく。

「あ…あぁ……」

ローランの首に腕を回し、ディアナは胡乱な目で彼を見上げる。唇をよせれば、彼女の方から吸いついてきた。
触れ合った唇から時折ディアナの呻きが漏れ、ローランはその呻きさえ吸い取ろうと口づけを深めていく。

「ぅん……っふ、あっ」

唇を離すのとほとんど同時にローランはディアナの足を広げて体を割り入れた。限界まで勃ち上がったものを取り出し、こすりつけて蜜を絡める。

「少し早いかもしれませんが、俺はもう我慢できそうにない」

ぐっと押し当てると先端は意外なほどあっさりと潜り込んだ。しかし、そこから先はさすがにきつく、ローランはなるべく苦痛を与えぬように慎重に腰を進める。
たっぷり時間をかけて奥まで押し入った時には、思わず大きな溜め息を吐いていた。

「ディアナ様、平気ですか」
「え、ええ…ん、平気、です」

目に涙を溜め、吐息を震わせ、ディアナは健気にもそう答える。
実際はつらいのではないかとローランは思うが、だからといって今更止めることもできないのだから彼女の言葉を信じるしかない。
男根を包み込んだ襞はディアナの意志とは無関係に蠢いてローランの動きを誘う。その動きだけで高みへと追いつめられてしまいそうで、ローランはたまらずにディアナの腰を掴んだ。
ディアナに啄む口づけを落とし、ゆるゆると腰を動かしはじめる。

「はぁ…あっ、ああん」

蜜で潤っているおかげで抽送はわりあいスムーズだ。しかし、襞や肉壁が複雑に絡みつき男根を逃すまいと離れないために得る快感は強い。
なによりも痛みだけではないディアナの喘ぎやとろんとした表情が否応なしにローランを興奮させる。

ローランは欲望のままに何度も何度も強く腰を叩きつけた。遠慮などいつの間にか消えていた。

「あっ、だめ…ああ……いやっ、あっ!ああっ、ローラ、ン」

桜色の爪のほぼすべてをローランの背に立て、ディアナは頭を振ってローランの与える感覚から逃がれようとする。
けれども、ローランはそれを許さずにどんどんディアナを追いつめていく。ローラン自身ももう限界に近い。

「ああ、だめだ」
「いや、んんっ…あっ、ロー、ラン…はげし……っ」
「ディアナ!ディアナ、愛してる」

快感が一番高まった瞬間を逃さず、ローランは最奥へと叩きつけて精を放った。全身が空っぽになるほどの強い射精感に体が震える。
どさりとディアナの顔の横に突っ伏してローランは深々と息を吐いた。
荒々しいディアナの息づかいが耳に入り、ローランは無意識にディアナの腿を撫でさする。
あまりの心地よさに身動きがとれなかった。ディアナもまた動けぬようで肩で息をしている。
ローランは胸や腕に触れる柔らかな感触を楽しみながら、互いの呼吸が整うのを待った。

***

大変なことをしでかしてしまったが、今更後悔しても遅い。ローランは胸にすりついて微睡むディアナの髪を梳いてやりながら先のことを考えるのを止めた。
ぴったりと寄り添った胸に触れる弾力も絡みついた足の滑らかさも、どうしようもないほどに魅力的だ。どうせなら朝がくるまでにできる限り堪能しておきたい。

「ローラン」

そろそろ再試合を申し込もうかと思い始めた矢先、ディアナが不意に顔を上げた。

「今夜は無理な気がしてきましたから次回にしますわ」
「何がです?」
「まあ、忘れてしまいましたの?みせたいもの、ですわ」

二回目の話かとローランは思ったが、そうではなく昼間のお願いのことらしい。そう言われればディアナは見せたいものを見せるためにこの部屋へきたのだ。

「結局何だったのですか」
「秘密といいたいところですけれど運が悪ければ次の機会は来年になるかもしれませんもの、話してしまいますわね」

少し残念そうにディアナは吐息を漏らした。

「ミテアが咲いたのです」
「ミテア?」
「年に一度六日間しか花をつけない植物です。夜には淡く光るという珍しい花ですからあなたに見せたかったのです」

花が咲いてからローランが訪ねてくるのを心待ちにしていたのだと語るディアナが愛らしく、ローランはだらしなく口元を緩める。

「では、明日も泊めていただきましょう」

やんわりとディアナの腕を掴んでローランはその体に覆い被さる。

「今宵はもう一つの花を心行くまで愛でるつもりですから」

何か言いかけたディアナの唇をローランは塞ぎ、指と指を絡めてしっかりと手を握りしめた。






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