保守ネタ3(非エロ)
シチュエーション


眩暈がする。
触れたいと願ったことはあれど、それは叶うことなどないと思っていたからこその戯れに過ぎない。いつかそうすることができればと叶わぬ願いを抱くことで自らを慰めていただけだ。

「妾に触れるがどういう意味をもつか、そなたほどの男であれば理解しておろう。どういうつもりじゃ」

髪を一房。ただそれだけだ。床に広がる艶やかな黒髪を一房。目の前の男がそれを手に取りおもむろに口づけた。それだけで娘の心臓は壊れたように早鐘を打つ。
髪に感覚などない。触れられたからとこんなにも動揺することなどない。
しかし、この甘美な感覚はなんだろう。ずっと御簾越しに見つめてきた繊細そうな、それでいて武人らしさを損なわぬ指。少し薄めの形のよい唇。それらが髪に触れただけでどうしようもないほどに心をかき乱される。
男は顔を上げ、娘の顔をじっと見つめた。
頬に影を落とすほど長く濃い睫を瞬かせ、娘は微かに震えているようだった。声にもいつもの毅然とした響きはない。

「私をここに招き入れたのはあなただ」
「……触れてよいと言った覚えはない」
「この状況で触れぬとはかえってあなたに失礼かと思いましたが」
「戯れ言を。……もうよい。そなたの役目はしまいじゃ」

下がれと言われても男は身動き一つとらない。それどころか逆に娘との距離を狭めた。
娘の頬が朱に染まる。それが怒りからではないと確信している男はそっと唇に指を触れた。
ゆっくりと撫でて離す。娘の手が唇に添えられ、ほとんど無意識に男の指の感触を追う。
娘の鼓動が微かに聞こえる。男はおっとりと笑んだ。

「初めての恋に心の臓を焼き付くされ、哀れな男が黄泉路へ発つ前に」

拒絶しなければならない。臣下風情がといつものように一蹴すればよい。
頭では理解しているものの娘の体はぴくりとも動かない。男の顔が徐々に近づいていることに気づいていながら、きつく手を握りしめることしかできない。

「どうか一夜限りの情けをかけては下さらぬか。その思い出があれば私はこれからも生きていけましょう」

いつか願ったように男の唇が微かに唇をかすめた。かすめただけだというのに眩暈がするほどに甘美な口づけ。
再度近づく唇から逃れるように娘は傍らの扇子で男の唇を押さえた。
ゆっくりと体が離れる。

「そなたは阿呆じゃ」
「あなたをこの腕に抱けるなら命すら厭いません」
「成嗣……」
「あなたの気持ちを聞かせていただきたい。本気で拒まれるのであれば私も潔く退きましょう」

娘は大きく吐息をつく。深く深く、諦めに似た色を混ぜて。
そして、小さく呟いた。

──保守。






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