未亡人
シチュエーション


窓枠を掴んだ腕に知らず力がこもる。
庭の手入れを終え一休みといったところだろう。汗に濡れたシャツを脱ぎ、男は身を屈めてホースの水で頭を濡らしていた。
短めの黒髪が水に濡れ、日に焼けた蜜色の肌が煌めく。
はしたないと理解しながらもエレインは彼から目が離せなかった。
犬のように身震いし、顔を上げた彼が不意にエレインの方を向いた。
エレインは慌てて壁に身を隠す。

(大丈夫。ここは二階ですもの。私の姿なんて目に入るわけがないわ)

胸を押さえ、エレインは深い呼吸を繰り返す。
嫁いでからの年数は片手で足りるとはいえないが、エレインは年より若く見えるし体も張りを失ってはいない。しかし、それを証明できるような相手はどこにもいない。エレインが肌を晒せる唯一の相手は数年前に亡くなってしまったからだ。
エレインは再び窓に近づくと少しだけ顔を傾けて外の様子をうかがった。
以前勤めていた執事が病に倒れ、その代わりにと甥を紹介された。長年勤めた執事の紹介ならばと顔も知らずに採用を決めたのが数日前。そして、彼が訪れて以来、エレインに心休まる日はない。
先ほどまで彼のいた場所は既に無人と化しており、彼の姿は見えなかった。
エレインは安堵と不満を混ぜ合わせた吐息をつく。

(私、どうしてしまったのかしら)

いつも穏やかな笑みをたたえた夫とは対照的に、彼は無愛想といってもいいほどに表情に乏しい。体つきも夫とはまるで違う。
それなのに、気がつけば彼のことを考え、自然と姿を探してしまう。
夫を亡くしてから不自由を感じたことなどなかった。他の夫人のするように若い愛人を作る必要性を感じたことも、再婚を考えたこともない。愛する夫と過ごしたかけがえのない日々の思い出があればそれでよかった。
それなのに──

「……アルフレッド、私、あなたを愛してるわ。愛してるの」

熱を持ち始めた体を抱きしめ、エレインは今は亡き夫へと思いを馳せた。






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