シチュエーション
![]() 優しい日差しが降り注ぐ午後のひと時。 「アナタが入れてくれるお茶は本当においしいわ」 「ありがとうございます」 あなたと過ごす、残り少ない至福の時。 「よくぞここまで、というくらい私の好みの味なんですもの」 「…お嬢様には幼少の頃からお仕えさせていただいておりますから」 「……そう、ね」 距離をとる。 立場など気にせず接していた幼き日々。そこには主従などなかった。 けれど、それは無かった事にしなければならない。 あなたを傷つけると分っていても。 「本当にいいお天気。気持ちがいいわ」 「ええ、本当に。この天気が明後日の婚儀まで続いてくれればいいのですが」 そう、あなたはもうすぐここを去る。望む望まざるに関わらず。 自分の見知らぬ誰かのもとへ行く。 僅かに落ちた沈黙。 ふと空を仰いでみる。 どこまでも澄んでいて、明後日までいい天気になりそうだと、そう思った。 しばらくそうしていると、あなたが呟いた。 「……ねぇ…ずっと、このまま………一緒にいられるといいわね」 「…そうですね」 あなたに触れる事はない。 けれど触れようとしてもあなたは拒まない、そう思う。 最後に少し話しがしたい。 そんな想いに囚われて自分は今、彼女の部屋の前にいる。 時刻は夜。しかも、婚儀を祝う前夜祭のような晩餐会の最中だ。 仕事を放り出して、しかも彼女の部屋の前にいると分ればただでは済まない。 それでも、彼女に会いたい。 「失礼します、お嬢様」 有無を言わさず、部屋に入る。 普段ならば絶対にやらない行為。そしてその勢いに任せて彼女に何かを言おうとした。 けれど… 「っ!…ど、どうかしたの?急に入ってくるから驚いちゃったわ」 ベッドの縁に座っていた彼女の頬にある涙の跡に気付いて勢いはなくなった。 しかし、無意識に呟いていた。 「……どうして、泣いてるんですか」 理由など分っている。彼女はこの婚儀を望んでいない。 私がそれを分っていることも彼女は気付いているはずだ。 けれどその言葉に彼女は儚く微笑みながら答えた。 「…そうね。彼は本当にいい人だわ。会ったのは今日が初めてだけれど、『この人は私を幸せにしてくれる』そう思えたもの」 その言葉に胸が疼く。なんとなく彼女の方を向いていられなくて視線を床に落す。 しかし、自分もそう思ったのだ。彼女の夫になる人は彼女を幸せにしてくれる、と。 「……だけど、ね。それでも彼は私が願う人ではないから」 その言葉に顔を上げて彼女を見る。彼女の頬を再び涙が伝っていた。 「私が願う人は…生涯共にありたいと願う人は…アナタだから」 そう言って、今度は彼女が顔を伏せる。 鼓動がうるさい。なのに体は金縛りにあったように動かない。 そんな中、頭の中で何かが警告を出す。 自分は何も聞かなかったことにしてこの部屋を去る、その方が彼女は幸せになれる。 それが彼女のためだ、と。 その声が聞こえた時、今まで動かなかった体が動いた。いや、勝手に動いていく。 体に染み込んだ従者としてあるべき動き。その動きで離れていく。 部屋の扉から。 そして顔を伏せる彼女の前に立つ。頭の中ではまだ止めようとする声がする。 けれど私は、いや俺はそれを無視する。この声は臆病な俺の遠吠えだから。 俺が近くに来たことに気付いた彼女が顔を上げる。 手を伸ばしその頬を伝う涙を手で拭ってやる。昔そうしていたように。 「ん……ふふっ、なんだか昔に戻ったみたい…」 彼女も、いや、コイツもそう思ったらしい。 「そうだな。…けど、お前は昔より綺麗になったぞ」 「え…?」 俺の口調が変った、いや昔に戻った事に驚いたのかきょとんとしてる。 ああ、こういう顔は昔とおんなじで可愛いな、なんて思う俺は終わってる。 まぁそれは置いといて、今だに呆けてるコイツに手を差し出し、声をかける。 「行くか?」 それは2人で屋敷を抜け出す時のいつもの儀式。 断られた事なんてない。コイツはいつだってこう答えたから。 「うん!アナタと一緒なら何処だって!」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |