吸血鬼 主従契約編(非エロ)
シチュエーション


腕の中でくたりとなったユーリエをみやり、エドガルドは考えた。

(この小娘……このまま死ぬに任せるか。
それとも我が下僕(しもべ)として闇に甦らすか……)

先ほどまで自分を追い詰めていた魔物祓い達の姿を思い出す。
皆一様に生真面目そうな男たちばかりであった。

哀れにも闇の下僕にされた、元は人間であったはずの年若い娘。
そういった娘を相手にするとなれば彼らもさぞや狼狽し、娘を滅する時もさぞ迷うであろう。

ふと、唇をゆがめた。それはなかなか興を誘う思いつきであった。
エドガルドはユーリエを足元へと横たえると、少しばかり自分の中の魔力を高めた。

「――闇に沈みし人の子よ、我が下僕として蘇えらん……」

さっと左手を上げ、眼下に横たわる娘に闇の魔力を与えようとしたその時、
エドガルドはある事に気づき、雷を受けたような衝撃を覚えた。

左手の甲の中央に赤黒い染みが浮かんでいる。

染みはだんだんと大きくなり甲を全て覆うほどの円を描いた。
円の中央に複雑な文様が浮かび、それが沈み、あらたな模様が浮かび上がっていく。

「な……っ、そんな馬鹿な……!」

エドガルドの叫びもむなしく、円の周囲に次々と血文字のような赤い文字が刻まれていく。
その文字の意味するところは――

『隷属』 『忠誠』 『契約』

「ありえない!」

更に言葉をつなげ、呪詛を吐こうとしたエドガルドであったが、その言葉は最後まで放たれる事はなかった。
彼は額に、そして両の手足に突然杭を打ち込まれたような痛みを覚え、声を殺して呻いたからであった。

「…………ッ!!」

しゅうしゅうと焼けるような音をたてながらエドガルドの額と両手足に印が刻まれていった。
それらは一旦黒く沈むと、うっすらと消えていき遂には見えなくなる。
ただ、彼の左手の甲にだけ複雑な文様と文字が書かれた円状の印が赤黒く残っていた。

その円状の印こそは闇の下僕に刻まれる“従属の印”。
主の許し無き限り、塵に還るその時まで彼を永遠に縛る枷であった。

(何故だ何故だ何故だ……ッ!)

エドガルドは苦痛のために膝を折り、必死に思考をめぐらしていた。
闇の下僕というのは、相手が魔物であれ、人間であれ折伏させた相手を
その魔力なり霊力なりで魂を縛りつける事によって生まれる。

――何故自分はこの娘の血を吸っただけで印を科せられた?

その答えは一つ。ある種の魔物は自分の魔力を相手に与えることで魂を隷属させる。
下僕となる者は付き従う代わりに主の魔力を受け、力を増していく。
その代わり主に絶対服従を誓い、その力を受けることができなくなれば塵に還ることとなる。

大抵の場合、戦いにより勝利した者が、敗れた相手を塵に還す事が惜しい場合に行われる契約だ。
負けた者も塵に還るよりは、とその誓いを受け入れる。

そして吸血鬼の魔力の拠り所は、その血液。血を与えることで主従の誓いを結ぶのだ。
つまりエドガルドが契約に縛られたという事は目の前の少女が吸血鬼である事に他ならない。
しかも、彼よりも高い魔力を持った。

(まさか……、この娘からは確かに人のにおいがした……)

人でありながら、吸血鬼の魔力を持つ。その意味は。

(この娘、もしや“混じりもの”か――!?)

そう気がついた瞬間、エドガルドはあまりの屈辱に顔を紅潮させ額に筋を立てた。
自分は永き時に渡り、血と名を継いできた吸血鬼の名門、ブラドゥ家の純血の後継だ。
一族の者が衰退し、離散しようとも、自分だけはとその名をずっと守ってきた。

夜を駆け、人の血を啜り、天敵たる魔物祓い達を多く屠ってきたのだ。

その自分がまさか、下種たる人間の血が混じった混血の吸血鬼に従属するとは!!

激しい怒りが身のうちを駆け巡る。エドガルドは目の前の少女が憎くて憎くて仕方がなかった。

(真に契約がなされる前に、この娘を殺してしまえばいい)

ゆらり、とエドガルドは立ち上がり地面に横たわるユーリエを冷たく見下ろした。
その目は憎悪と怒りで赤く輝いている。
エドガルドは金属的な音を立てながら自らの爪を伸ばした。
細剣ほどの長さになった爪をしゅっと振り下ろすと、気を失った少女の喉元へと突きつける。

「く…………っ」

エドガルドは小さく呻いた。もはや目の前の少女は彼の魂を縛る主人なのだ。
主を殺すことはおろか、傷つけることすらできはしない。

魂に刻まれた枷と、自らの怒りの間で揺れながら苦しみ、エドガルドは脂汗を浮かべた。
しばらくの間そのまま留まると、エドガルドは諦めたように爪を納めると少女の傍に腰を下ろした。

*******

「う……」

ゆるゆると頭を振りながらユーリエはゆっくりと目を覚ました。
そして自分はどうしたのかと、先ほどまでのことは夢だったのかと辺りを見渡し、そして凍りついた。
すぐ傍に彼女の血を吸った魔物が座っているのを見たからだ。

「な……あなた……」

新たな恐怖に囚われながらそう呟くと、彼女の傍に座った男は軽く舌打ちをした。

「目が覚めたか」

つっけんどんに言われたその言葉には嫌悪感がにじみ出ている。
ユーリエは自分に向けられる負の感情に当惑し、怖れていた。

「何なんですか……いったい」

言葉に嫌悪感はあるものの、男はユーリエに何かする気はなさそうだった。
それが余計にユーリエを当惑させる。
気を失う前に自分を襲った魔物は本当に彼だったのか? と。

だが男がしばし唇をかみ締めた後、自分の前に片膝をつき、そのまま頭をたれたのを
見ると当惑は吹き飛び、変わりに今度は驚愕がやって来た。

「ちょちょちょ、ちょっと何してるんですか!?」
「……我が主よ(マイマスター)」

苦いものでも飲み込むかのように一言、呼ばわれたその言葉はどこか重く、
ユーリエは身体の奥を深くつかれたような不思議な心持ちがした。

「我が名はエドガルド・ブラドゥ」

エドガルドの名乗りにようやくはっとユーリエは我に返った。

「エドガルド……さん?」
「“さん”はいらん。俺はお前の下僕だ。心ならずもそう誓いが我が身に刻まれている」

その言葉はユーリエの理解を超えており、彼女はどう反応すべきか迷っていた。
だから彼女はぽつりと自分の疑問を口にした。

「あなたは何なんですか?」

「俺は吸血鬼だ。……吸血鬼の血はお前にも流れているだろう。
お前の中の血は、自分の同族くらい見分けられないのか」

あきれたように言われたその答えにユーリエは怪訝そうに眉を寄せた。

「私は、吸血鬼なんかじゃありません……」
「ならばどうして俺はお前に囚われている!?」

かっとなったエドガルドにそう怒鳴られて、ユーリエは思わずびくりと身を震わせた。

「だ、だって私、血なんか吸ったこともないし……わたし、そんな……」

おろおろと泣き出しそうなユーリエの様子をエドガルドは苛々と見ていたが
ふんと鼻をならすと、手をひらひらとさせて言葉を打ち切らせた。

「もういい。契約は最後までなさねば俺自身もお前から魔力を上手く供受できない。
さっさとやってしまおう」
「契約……?」

エドガルドはユーリエの前で更に深く頭を下げ、地に額をつけるほどに叩頭すると
はっきりとした口調で誓いの言葉を口にした。

「我は御身の影となり、塵と還るその時までとこしえの忠誠を誓約申し上げる。
……マスター、許諾を。」

だが、ユーリエは困ったような表情をして口元に手を当てると
途方にくれたような風情を見せていた。

「……俺に触れて一言『許す』と言え」

不機嫌そうにそう言われ、ユーリエはためらいながら目の前の男の肩に触れ
自身なさげな小さな声で呟いた。

「許す……」

瞬間触れたその場所から身を灼くような痛みが走り、ユーリエの髪が
風もないのにふわりと浮かび上がった。

「きゃ……っ」

エドガルドは痛みをこらえるためか瞳をつぶり眉根を深く寄せている。
どちらの魔力か、魔力の層が可視できるほどに浮かび上がり、
ユーリエとエドガルドを包むと蒼く輝かせた。

しばらくしてその光がおさまると跪いていたエドガルドが顔を上げ、主の顔を見た。
そしてぶっきらぼうに伝える。

「契約はなされた。必要な時には俺の名を呼べ。どこにいてもお前の命には従う」
「は、はい……」

どちらが主か分からぬほどに、ユーリエは控えめな返事を返した。
それが気に入らないのかエドガルドは剣呑な目でユーリエを睨みつけた。

紺色の夜空に浮かぶ満月が、一対の主従を照らしていた。
彼らの主従としての物語はここから始まる。






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