姫君の所有物
シチュエーション


ジャスミンにとって男とは概ねすべて自分にかしずく従僕に過ぎなかった。
そもそも国王と第一夫人の間に唯一生まれた子として幼い頃より甘やかされてきたのだ。異母兄や異母弟、他国の王や王子。ジャスミンの機嫌を損ねるような真似をする者は誰一人としていなかった。
そうした幼少からの環境が影響してか、年頃だというのに未だに嫁ぎ先も決まらず、父王は頭を悩ませていたのだった。
条件のよい夫候補を見繕ってもジャスミンは頑として首を縦に振らない。一度強く言って聞かせたところ、望まぬ相手に嫁ぐくらいならと短剣を胸に押し当てる始末だ。
だからといって、ジャスミンに意中の相手がいるのかと訊ねれば首を振るのだからお手上げだ。
とうのジャスミンはというと知己である姫君の元に数日前から滞在中である。
宮殿の一角、煌びやかな衣装をはためかせジャスミンは憤懣やるかたない様子で歩を進めていた。
蜜色の肌に金に近い茶の瞳。瞳と同色の髪は緩くウェーブがかかったように波打っており、腰まで伸びている。派手な顔立ちの麗しい女性である。
ジャスミンはふと足を止め、傍らの扉を勢いよく開いた。

「サーリム!!」

書棚に手をかけていた青年が一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐさま笑顔でジャスミンを振り返った。
白い肌に黒い髪。ターバンは巻いておらず、衣装もずいぶんとくつろいだものだ。僅かに開いた胸元からは引き締まった胸がのぞいている。
ジャスミンはつかつかとサーリムに近づき、彼女より頭三つ分は背が高いのではないかと思われる彼を睨みつけた。

「やあ、ジャスミン。今日もお元気そうでなによりですね」
「黙りなさい。サーリム、今日という今日は許しません」
「許さない?おや、私は姫の気に障ることをしましたか?」
「今のその態度が気に入らないわ。私との約束を破っておいてどうして平然としていられるの!?」

サーリムの国はジャスミンの父の国といっていい。なぜなら、サーリムの父はジャスミンの父に忠誠を誓っているからだ。
ならば、サーリムはジャスミンの臣下といってもおかしくない立場だ。もっと自分を敬うべきだとジャスミンはサーリムに再三申しつけている。
ジャスミンの意を汲み、サーリムは臣下のようにジャスミンに尽くしているのだがなぜだかいつも不興をかってしまう。今日もまた理不尽な怒りをぶつけるジャスミンをサーリムは困りきった顔で見下ろした。

「そう言われましても私はあなたと約束をした覚えは……」

そこまで口にしてはたと気づく。そう言えば、夕べジャスミンが何か言っていた気がする。

(もしかして……。いや、しかし、私は約束した覚えはないが)

サーリムは難しい顔をして考え込む。一方、ジャスミンは腹立たしげに腰に手を当てサーリムの答えを待っている。気まずい沈黙が数秒続いた。

「こんなことをいうのは大変心苦しいのですが、やはり私はあなたと約束をした覚えがございません」

かあっとジャスミンの頬が紅潮していく。

「すみません」

深々と頭を下げるサーリム。しかし、ジャスミンの顔から怒りの色が抜けることはない。

「嘘つき」

ぽつりとジャスミンが口を開く。

「だって、あなたは夕べ言ったじゃない。興味があるのならいつでもお教えいたしますよって」
「はあ、確かに」
「だから私は言ったわ。とても興味があるって」

その会話には覚えがあった。
夕食を終え、夜風にあたりながらサーリムは紅玉や碧玉、金剛石などの宝石を眺めていた。
サーリムは石の輝きが好きだった。それは時に意志を持つように人々を魅了する。特別な力を持った石も存在する。サーリムはジンの宿る紅玉の指輪を見たことだってあった。
そうして就寝前の時間を趣味に費やしていた時にジャスミンは現れた。相変わらず機嫌が悪そうな彼女の表情を見て、サーリムは苦く思ったものだ。
何をしているのかと問うジャスミンに説明し、先ほどの台詞を口にしたのだ。ジャスミンが興味があるのなら宝石のことを教える、と。
だが、具体的な日取りについてジャスミンと予定を組んだ覚えはない。ただの社交辞令にすぎないものとサーリムは判断していた。

サーリムは改めてジャスミンの顔を見下ろした。どうやら本気で怒っているようである。

「それでは、あなたは本日教わるつもりでいたのですね」
「当たり前でしょう。私はいつかは国に帰らねばならないのだから。時間は限られているのよ」
「それは申し訳ないことをしました。では、明日改めてあなたのための時間をもうけましょう」

サーリムにしてみればこれ以上ない譲歩だ。ジャスミンのわがままの為に一日予定をあけるのだから。

「それだけなの?」

しかし、ジャスミンの機嫌はそんなものでは直らない。

「困りましたね。私はどうすればよいのでしょうか」

一つ大きな溜め息をついて、サーリムは肩をすくめてみせる。

「あなたが私の所有物だって証明して」

「ジャスミン、それは……」

ジャスミンが言い出したら聞かないことはわかっている。以前にも根負けしてジャスミンの言うとおりにしてしまった経験がある。しかし、二度とあんな真似はするまいとサーリムは心に決めているのだ。

「あなたは私のものよ。違うの?」

サーリムはジャスミンが好きだ。昔から妹のように可愛がってきたし、ジャスミンが女王のように振る舞い始めてからも──少々呆れはしたが──大切に思う気持ちは変わらない。

「いいかい、ジャスミン。体を支配すれば精神まで支配できるなんて下卑た悪党の思考だ。もっとよく考えて行動した方がいい。君は聡い娘だと私は信じているよ」
「黙って!あなたは私の言うとおりにしていればいいの」

ぐいっとシャツを引かれ、唇を奪われる。ふんわりと甘やかな香りと柔らかな肌に包まれる。

「ジャスミン!」

力任せに引き離し、サーリムはきつくジャスミンを睨みつけた。

「サーリム、私に逆らうのね」

サーリムは首を振って否定する。呼吸を整えて冷静さを保とうと必死だ。

「そうではありません。ジャスミン、頼むから聞き分けて下さい」
「あの頃の忠誠は消えてしまったの?」

ジャスミンのいうあの頃の忠誠とはおそらくサーリムが犯した若さ故の過ちのことに違いない。サーリムは盛大に溜め息をつく。

「ジャスミン、あなたは私のすべてです。それは変わりません。あなたへの忠誠を誓えというなら何度でも誓いましょう。しかし、あなたの体を欲望で汚すような真似は二度としたくないのです」

一年と少し前。ジャスミンの命令と自らの欲望に屈して彼女を抱いた日。幸福の絶頂と奈落の底を一度に経験した日。あんな思いは二度としたくないとサーリムは断固拒否する。

「見くびらないで。私は汚れたりしません。何人たりとも私を汚すような真似ができるはずがありません。……それに、私を汚すにはあなたの指は優しすぎるじゃない。唇も、吐息も」

ジャスミンの左手がサーリムの右手を握り、右手は唇に触れる。

「サーリム、あなたは何もかも優しい」
「ジャスミン、お願いですから離れて下さい。私は……」
「あなたが私を大事に思っている証がほしいの。あなたのすべてが私のものだと実感させて。忠誠を誓うなら私の命令には従いなさい」

ごくりとサーリムは唾を飲み込む。

(後悔するのは目に見えているというのに……)

サーリムの腕を引き、ジャスミンは背伸びする。

「サーリム、キスして」

引き寄せられるようにサーリムはジャスミンの赤い唇に唇を重ねた。触れるだけの口づけ。そっと唇を離し、けれども再びサーリムはジャスミンの唇を奪う。
若さ故か、欲望に支配されるのはあっという間だ。求めてやまないものがそこにはあった。
サーリムは口づけを交わしながら、ジャスミンの体に触れていく。一年前よりも少し肉付きのよくなった体。女性らしい丸みの増した体。

「ああ、そうよ。サーリム、それでいいの」

サーリムが項に唇を寄せ、ジャスミンの胸を包み込むように優しく愛撫していく。ジャスミンは満足げに呻いた。
書棚にジャスミンを押し付け、サーリムは夢中で彼女の体を貪った。

「ん、ぁ…きゃっ」

つんと上を向いた胸の頂をサーリムが口に含むとジャスミンが驚いたような声を上げて彼の髪に指を差し入れて掴んだ。

「あっ、ぁ…ん」

ぎゅっと握った左拳を口元に当て、ジャスミンはサーリムの与える刺激に耐える。サーリムの手が腿を撫でる度、舌が乳房を這う度、ジャスミンの口からは甘い声が漏れた。

「ジャスミン、気持ちいいですか?」

両の乳房はサーリムに舐めまわされてぬらぬらと光り、瞳には快楽で靄がかかる。すっかり快楽の虜になっているジャスミンの表情に気をよくしたサーリムは膝をついて臍に舌を這わせた。びくりとジャスミンの体が跳ねる。

「はぁ……あっ、あん!サーリム、そこはっ」

うっすらと生い茂る茂みの奥。既に蜜を沸き上がらせている泉へサーリムは唇を寄せた。ジャスミンは思わず、足を閉じようとサーリムの頭を腿で挟み込む。
けれども、そんなことは意に介さず、サーリムは舌を使ってジャスミンの秘所をゆっくりと解していった。強い快楽を与えながら。

「あっ、サーリム!!ああっ、いや……んう、はぁ…」

ジャスミンの嬌声がサーリムの愛撫に熱を込めていく。もっと声を出せと言わんばかりにサーリムの行為は激しさを増す。

「あ、あ、ああああああっ!」

ぶるぶると体を震わせ、ジャスミンは甲高い悲鳴を上げた。差し込んでいた指を襞がきつく締め上げ、蜜が止めどもなく溢れる。
サーリムの体が離れるとジャスミンは床に崩れるように座り込んだ。

「ジャスミン」

抱き寄せて宥めるように背を撫で、サーリムはそのこめかみに口づける。

「サーリム、サーリム、私のものよ」

息も絶え絶えといった様子だというのに、ジャスミンはサーリムの背に手を回してそう呟く。
サーリムはジャスミンの体を横たえ、覆い被さった。ジャスミンの中にゆっくりと熱く滾った欲望を沈めていく。

「ふ、あぁ……」

ジャスミンに軽く口づけ、サーリムは緩やかに腰を揺らし始めた。襞がきゅっと吸い付き、サーリムを強く締め付ける。

「愛してるよ、ジャスミン。君は私のすべてだ」

絶えず嬌声を上げ続け、サーリムの声など耳に入っていない様子のジャスミンに、サーリムは何度も愛を囁き続けたのだった。





「ああ、私は愚かだ。誓ったばかりだというのに」

身支度を整え、髪を手櫛で梳いていたジャスミンは不満たっぷりにサーリムを振り返る。書棚に背をもたせて座り込んでいるサーリムは不幸のどん底と言わんばかりの表情だ。

「サーリム!あなたって何て無礼な人なの!?」

先ほどまであんなに熱く体を繋げていたというのにこの仕打ち。ジャスミンはぎゅっと胸が締め付けられるような痛みを覚える。

「そう、わかったわ。あなたは私のことなんて本当はどうでもいいのね」

サーリムは驚いた顔で立ち上がる。

「違う。私は欲望に容易く支配されるような自分の精神の弱さを」
「言い訳はいいの。違うならいって。私が世界で一番大切だって。それから、そんな世界の終わりみたいな顔するのもやめて」

目を閉じ、サーリムは深呼吸を二度繰り返す。再び目を開いた彼の表情は僅かに恥ずかしそうなものに変わっていた。

「私は世界の終わりみたいな顔をしていましたか。すみません、ジャスミン」
「それから?」
「…………あなたは私のすべてだ。あなたのためならば私は命すら厭わない。私は、ジャスミン……あなただけのものです」

恭しくサーリムが頭を下げるとジャスミンは嫣然と微笑んだ。

「よろしい。それでこそ私のサーリムだわ」






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