執事×奥様2(非エロ)
シチュエーション


昼食以降姿の見えない主を探してスティングは屋敷をうろついていた。
子どもではないのだからと思う半面、世間ずれした彼女の動向を思うと少し不安にもなった。
彼女の夫が遺した遺産は世間一般的な基準に照らせばそれが莫大な額であるとわかるのに、彼女はそういったことに疎く自分の立場を理解していない。
今まではスティングの叔父がすべてを取り仕切っていた。
彼の執事としての手腕には感服する。
金と魅惑的な未亡人に寄ってくる虫をことごとく排除してきたのだから。
同じことを自分も行っていかねばならぬのだと思うと気分が高揚する。
スティングは困難に立ち向かうのは好きだ。
だがしかし、彼女の世間知らずっぷりはスティングの想像を越えていた。
執事に就任して三日。早くもスティングは眉間の皺を増やしつつあった。

「マダム。いらっしゃいますか?」

屋敷はほぼすべて回った。
スティングは最後の部屋の前に立つ。
絶対に入らないようにときつく注意を受けた、今は亡き屋敷の主が使用していた書斎。
ここにいないとなると彼女の身に危険が迫っている確立が大幅に上がる。
スティングは再度扉を叩いた。
室内からの返事はない。
一瞬の躊躇の後、ドアノブに手をかけた。
部屋の中は思いの外綺麗だった。
彼が亡くなって数年、使用人は誰一人として入室していないというのに。

「……マダム」

椅子に腰掛け、机に突っ伏してエレインは眠っていた。
傍らに置かれた籠の中には毛糸玉が入っている。
どうやら編み物に熱中してそのまま眠ってしまったようだ。

(本当に子どもだな。俺よりいくつも年上のくせに)

そっと顔にかかっていた髪を脇によせると彼女が僅かに身じろいだ。
起きてしまうかとスティングは身構えたが目を覚ましはしなかった。
安らかな寝顔を見ていると、なぜだか胸の奥が温かくなる。
スティングは桜色をした柔らかな唇をそっと指でなぞる。

「マダム……」

自分でも驚くほどに掠れた声がもれた。
スティングは動揺も露わに彼女から一歩離れた。
再びエレインが身じろぎ、スティングが部屋を後にしようとしたその時、彼女の唇がゆっくりと動いた。

譫言のように呟かれた名を聞いた瞬間、スティングの中を激情が駆け巡った。

(そんなに……)

スティングの中の攻撃的な部分が目を覚ます。

(あなたはまだそんなに旦那様のことを)

スティングの知っている上流階級の人間とは違う。
彼らはもっと簡単に伴侶や恋人への貞節を捨てる。
恋や愛をゲームの一つだと思っている。
夫を亡くして数年も経っていれば新しい愛人の一人や二人囲っていておかしくない。
それなのに、エレインは未だに夫に操をたてている。
初めて見た日の、花嫁姿の幸せそうな顔のままで。
夫の部屋には自分以外の誰も入れず、慣れぬ掃除も自ら行い、生前のままに保っている。
彼女がここで亡き夫に思いを馳せている場面を想像し、スティングは吐き気を催すほどの感情の高ぶりを覚えた。
壊してしまいたい。
彼女の心に一生消せない傷をつけてしまいたい。
嫌でも忘れられないようにしたい。
スティングはその感情の名を何と呼ぶかには気づかず、溢れる激情を理性で抑えつけようと躍起になっていた。
あと一つでもスティングの感情を刺激する要素があれば迷うことなく彼女を傷つけてしまっていただろう。
しかし、スティングはなんとか激情を抑えこむことに成功した。
無垢な寝顔のエレインに再度近づき、優しく髪を撫でる。
不意に胸が締め付けられ、スティングは首を振って彼女から離れた。
これ以上側にいることは彼女のためにも自分のためにもよくない。
そう判断したスティングは部屋を後にすることに決めた。

「おやすみなさい、マダム。よい夢を」

パタンと後ろ手に扉を閉め、スティングは深々と溜め息をついた。






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