日溜まりの笑顔
シチュエーション


肌にまとわりつく熱と湿度と啜り泣きと、そこにけして紛れることのない熱い吐息と。

「もぅ……もう、いやです……………」

割開かれる手が離れても、彼女はしどけなく足を開いたまま横たわる。
言葉で拒絶を口にしても、あくまで睦言の延長としか判別できない従順な態度。
恥じらうように逸らせる色付いた目元は、更なる狂宴の呼び水でしかなく。
そこに嫌悪を少しでも見出せたのなら、
もしかしたら気紛れは起こらなかったのかもしれないけれど。

「そうか、私に可愛がられるのはもう飽きてしまったのだね」

優しく微笑みながら、すべらかな頬を一撫でして身体を離す。
それは思わぬ行動だったようで、素直な瞳が怪訝な表情を浮かべて見返してくる。
もう一度慈しむように頬を撫でられて安堵するように笑った彼女は、
しかし身を委ねる男が卓上の呼び鈴を手にしたことに目を見開いた。

「旦那様…?」
「怯える必要はない。ただ、新しい喜びを教えてあげるだけだよ」
「ぇ、でも……」

それは、彼に仕える別の従順なる人物を呼び出す為のものであるはずだ。
何が起こるのか、起こってしまうのか、まだまだ無垢の殻を破ったばかりの彼女が知るはずもなく。
無情な響きの余韻を残して、鈴の音は鳴らされてしまったのだ。

それは、恐らくこの少女が生まれる前に繰り広げられた宴の繰り返し。

「いやっ!いやですっ、見ないでっっ!」

まさか、と思ったのだ。まさか部屋の扉が開けられるわけがあるものか、と。

「旦那様、こんなのはいやです!離してっ……………ぁっ!」

背後から少女の身体を容易く捕らえた男はその細い足首を掴むと、
扉の前で変わらぬ無表情を続ける青年に見せつけるように、その左右を大きく割開いた。

「あぁっ!」

強く顔を背ける少女は、何故こんなことが起こっているのか理解できるはずもなく、
ただ羞恥で体中を染め上げて震えるだけだ。

「ウィル、こちらに。さあ、可愛いリィナ。顔をあげて。私を見なさい」

嗚咽を漏らしはじめた少女は、それでも従順だった。
涙に濡れる瞳で、必死に優しいはずの彼女の伴侶を見上げる。
果たして返された微笑みは、極上の砂糖菓子を前にした子供のように
無邪気な甘さを湛えたものではあったけれど。

「ウィル、私の大切な奥方に最高の快楽を与えてあげたいのだよ」

はっと振り仰いだ視界に、青年の姿はなかった。
しかし気配を感じて下げた目線の先、寝台の傍らに跪いて、
少女の全てを見詰める青年がそこにいたのだ。

「ぃ、いやぁっ……………ぁあっ」

上がる悲鳴は、途中で息を詰めた少女自身が飲み込んでしまう。
項を優しくたどる唇と、微かに胸のとがりを爪弾いた指先と。
そんな僅かな刺激だけで、少女の抵抗など封じられてしまうのだ。

「失礼を」

そんな囁きが、寝台に乗り上げてきた青年からもたらされたかもしれない。
ぎくりと、少女は息を詰めた。
恐る恐る、開かれた自身の身体を見下ろす。
その足の間に今まさに顔を埋めようとしているのは、彼女に仕えるはずの、
この広大な邸宅を纏め上げる優秀な執事の一人である青年。
そして今となっては彼女の幼い頃を知るただ一人の幼馴染み、その人であった。

「あぅっ……くっ…ん、んんっ、ひぁっ、ぁあっん!」

こらえようとして、こらえられるものであるはずもなく。
とどまることなく溢れてくる少女の蜜を啜る水音が、彼女を追い詰め、
更なる快楽をもたらしてやまない。

「やっぁ、ぃや、だっめぇ……あぁっ」
「ああ、やはり思った通りだ。とても綺麗だよ、リィナ」

熱に浮かされたような囁きが耳許に落とされても、最早少女には聞こえない。
だが、ぴくりと、青年の物言わぬ背が引きつったのを主は見逃さなかった。

「ウィル、君もそう思うだろう?」

問いかけに、少女の秘裂に埋められた舌が、透明な糸を引きながら引き抜かれた。

「……僭越ながら」

やや高めのテノールが、平坦に答えた。

「ふふ、君のそういう正直なところはとても好ましい。さあ、続きを」

促され、青年に否やがあるはずもなく。
再び下肢に埋まっていく表情のない横顔を、顔色を失った少女はただ呆然と眺めた。

「ところでウィル、舌だけではなく指も使ってあげなさい。遠慮はいらない」

それをどんな表情で青年が聞いたのか、知る者はいない。
すぐに、拷問のような快楽が少女の全身を包んでゆく。
舌先だけでも強烈な刺激は、繊細に扱う指が増やされたことで、
更に少女の神経をむき出しにして追い詰めていく。

「ひっぅ……んぁあっん……ああっ、ああぁっんっ!」

びくりと大きく跳ねた少女の身体を包み込むように抱き締め、
男は断続的に震える身体を宥めるように、その華奢な肩や背中に掌をあてる。
労りに満ちた、慈しむようなその温かな掌の持ち主を、少女は泣き濡れた瞳で見上げた。

「旦那様、……どうして……………」

快楽に堕ちても、少女の瞳はとても素直だ。
常と変わらぬ優しい笑顔で、男は最愛の妻を見下ろしていた。

流行病で身寄りを失った少女を伯爵家の下働きとして招き入れたのは、
執事となるべく幼い頃に伯爵家へと引き取られた幼馴染みの青年だった。
広大な領地を治め、温厚な人柄が人格者としても知られていた伯爵は、
ゆくゆくは執事頭となるだろう有能な青年のそんな行動に、少しだけ注目してしまったのだ。
果たして青年が雇い入れただけあって、少女は学はないものの、よく気の付く働き者で、
そしてどこの貴族の子弟かと時に間違われることのある青年の端正な容貌と並んでも、
全く遜色のない器量の持ち主でもあったのだ。

「ウィルとリィナの村は、皆そんな整った容姿の持ち主ばかりなのかな」

ほどなく明るく聡い少女を近くに置くようになっていた伯爵は、
少女が煎れてくれた紅茶に口を付けながら、傍に控える青年を振り返った。

「どうでしょうか。先日村に戻った時は、目と耳が三つ以上の者も、
鼻と口が二つ以上の者もおりませんでしたが」
「……またそんなことを言って、煙に巻こうとする。

ところでここはせめて自分のことくらい、謙遜するところではないのかね」

「事実を客観的に認められなければ、執事として務まりませんもので」

茶器を扱っていた少女は、思わず吹き出す口許を止められなかった。

「ほら、リィナに笑われた」
「も、申し訳ありません!」
「ああ、リィナは素直でとても可愛いね。どこかの鉄面皮とは大違いだ」
「本当に。笑いながら本日の仕事はこれで終わりだと言い張るどなたかとは大違いです」

片や眉一つ動かさず、片や笑顔で無言の視線を交わし合う二人に、ほんの少し少女は目を見張った。

「全く、可愛げのない!」

そう言って大きく嘆息した直後には笑い出した主の姿に許されて、
少女と青年もたまらず笑顔を零す。
それは、そう遠くない日常であったはずの光景だった。

きっかけは、強いてあげれば『傍にいた』。
今の少女よりも尚若い時分に伴侶を得ていた伯爵は、
しかし今の青年よりも少しだけ年を重ねた頃には最愛の相手を失っていた。
それから今尚降るようにもたらされる再婚話に全く耳を貸すことなく、
独り身を通し続けている。
その理由が語られることはなかったものの、次代の後継が決まらぬ中、
不思議と伯爵の身近に仕える者がそれに異を唱えることもなく、
様々な憶測が飛び交うもののそこは伯爵の人徳か、さほどの騒動とはならなかったのだ。
そして、幾度目の伴侶の命日を迎えた、その翌日であっただろうか。
良く晴れた青空に誘われて、庭の一画に設けられた東屋に置かれた寝椅子の上で、
男は微睡みの中にいた。
そして、夢を見た。
夢の中で、皆、笑っていたのだ。


目覚めると、見下ろす少女の顔があった。

「こんなところで休まれては、風邪を引いてしまいます」

そう言って、向けられた笑顔。

日溜まりの中、少女が笑う。

『兄様、こんなところでお休みしては、お風邪を召されてよ?』

それは、遠い昔に失ってしまったはずのもの。

「旦那様?どうか……ぇっ?」

どうして、その手を引いてしまったのか。
引いて堕としてしまったのか。
そして一つの新たな命が生まれ、少女は逃れるべくもなく。
男の腕の中に捕らえられてしまったのだ。

「本当に、リィナは可愛いね」

変わらぬ笑顔を見上げる少女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
力無く嗚咽を漏らす細い身体を、あやすように抱き締める。

「昔話をしてあげようか、リィナ」

そう唐突に言い出した男は、そうと悟らせぬ静かさで寝台を降り、
退室しようとしていた青年を目線だけで引き留めた。

「……………っ?」
「昔、それはとても可愛らしい少女がこの屋敷にやってきた」

溢れる涙を優しい仕草で拭いながら、何かを懐かしむように男は目元を和らげる。

「私の五つ下で、もっと幼かった頃には私のことを『兄様』と呼んで、
どこにでも嬉しそうに付いてくる少女だったんだけどね」

あんまり何処でも付いてきて、何でもやることを真似しようとするものだから、
色々手を焼くこともあったけれど。

「とても、とても可愛い少女だった。
でもこの屋敷で暮らす為にここへやって来た時、彼女は一人ではなかったんだ」

喜びと共に少女を迎えた自分に向けられたその笑顔は、初めて目にするものだった。
それはまるで硝子一枚を隔てたような、どうにも空虚な作られた笑顔。

「私と顔を合わせる前には、もう彼女の傍にいたのだそうだ。
年は……覚えていないな。ふふ、年はとりたくないものだな。
絶対に、忘れないと思ったはずだったのにね……」

彼女付きの執事だったという男は、婚家でもそうでなければいけないと、
どうしても少女が譲らずに連れてきたのだと言われた。
それは別段、不自然なものではなくて。
なのに必死にいいでしょうと、縋るように見上げてきた瞳。

……頷いてしまった自分に向けられた視線は、もしかしたら哀れみのそれだったのかもしれない。

ふとした瞬間に交わる、二つの視線。
一つは何事もなかったように逸らされ、もう一つは諦めたように伏せられて終わる。
そうしてふり返った時には、何事もなかったかのように少女は笑うのだ。
それがどれだけこの心を塞ぐ笑顔であるのか、知ろうともせず。

「君達を見ていると、どうしてだろうね。昔のことばかり思い出すよ。
……ある日、彼女を捜して庭を見回っていたことがあった。
東屋の方で涼んでいると聞いて、追いかけたんだったかな」

いつか、その時がやってくると解っていたはずだ。
解っていてその時を早めたいと、自分は望んだのだろうか。

「一人じゃなかったよ。それはいつもの、当たり前のことだったけれどね。
でも、驚いた。とても驚いたんだ。
声をかけることもできずに、ついやってきた道を戻ってしまった位に、ただ驚いた」

解っていても、信じていたのだと。
どうしようもなく、信じたかったのだと。
その時やっと、やっとやっとやっと自分の心を知ったのだ。

「跪いて、こうしてこの小さな手を取って。
ただ見つめ合っていただけだった……………君達のように」
「っ!」

息を飲んだのは、少女だけだった。
そうだろう、青年に、何を恥じることがあるだろう。
この青年こそが、自分に憎悪を向けてしかるべきなのだから。

混乱した私は、とても愚かなことを口走っていたのだろうね。
良く覚えていないのだけれど、許されてはいけないことを願ってしまった。
でも何故だろう、今でもそれが間違いだったとは思えないんだ」
涙を振り絞りながら、縋り付いてきた少女。
どうか許してと、それだけは許して欲しいと額ずいた。
罰を受けるのならば自分こそだと、その嘆きは今も耳に木霊する。
けれど、今度こそ頷かなかった自分。
昔はそういう習慣だったと、また今でもそれを存続する家もあるのだと、その時知った。

「野蛮な因習だと思うのだけれど、ね。
……私の代で終わりにするから、許して欲しい」

向けた視線を、青年が逸らすことはなかった。
その上目顔で頷かれて、それ以上を告げることが、男にはできなくなる。
ああ、本当に、どうしようもなくこの青年達は似ている。
何も語らず、理不尽な境遇への嘆きを表に出すこともなく、その努めを完璧にやり遂げる。

「昔話は終わりだよ。さあ、リィナ。召使いを呼ぶから、湯を使うといい」

果たしてどれだけを、少女は理解できたのだろう。
そしてこの青年は、どこまでを知っていたのだろう。

――考えるまでもない。全て、知っていたに決まっている。

執事とは、そういう存在なのだから。
そして肉体に刻まれた、けして取り返しの付かない刻印と。

「ああ、そうだウィル」

召使いを呼ぶ為の呼び鈴を手にとった男は、思い出したというように青年を呼び止めた。

「何でございましょう」

寝台に座り込んだまま、未だ茫然自失の体で少女が男を見遣り、青年を見る。
そこでいつも一瞬でも視線がとまってしまうことを、気付いているのだろうか。

「お前に暇を出す。荷物がまとまり次第、出て行きなさい」
「旦那様っ!?」

叫んだのは少女だけ。
静かに、ただ静かに青年は一礼すると、かしこまりましたと口にする。

「お前の顔など、もう見たくないのだよ。
……………そしてリィナ、君の、諦めた笑顔も」
「旦那様っ!」

初めて、青年の仮面が外れた瞬間だった。

「…っ旦那、様……?」

言われた言葉の意味を、少女は正しく理解したのだろう。
傷付いた表情で、男を見上げる。それもまた、初めて向けられる眼差し。

「もう、いいんだ。君には残酷なことをした。もう、私を愛そうとしなくてもいいんだ」

そうだ、本当は、一番そうしたかったのだ。
そうすることができずに縋り付いたのは、過去の自分。
状況が許さないと言い訳して、手放すべき手をそうせずに、縛り付けて、傷付けて。
そして、本当に大切にしたかったものを失った。
それをもう一度、繰り返してはいけない。

「君を自由にして、私はやっと解放される……」
「旦那様、奥様は旦那様のことをっ」
「知っている。だが、お前がそれを言うのは許さない」
「……………っ、差し出たことを申しました」

どうあってももう、時は戻せないのだから。

その少年が引き取られてきたのは、まだ十歳にも満たない時分だった。
抜きん出たその利発さを買われて、そのまま生家で生きていては
決して知らなかった世界を与えられ、期待された通りに知識を吸収していった。
だが、たどらされた運命は、果たして幸せなものだったのだろうか。
一生を仕える家に捧げる為にと、本来伴侶へと与えることのできるはずだった
喜びの全てを奪われたことは、どれだけの苦痛を伴うものであったのだろうか。

全てはもう、微睡みの彼方にある。


「……………ま、とーさまっ、父様っ!」
「……ぅん?」

眩しすぎる日差しを遮る為に、目の上に置いていた右腕で軽く顔をこすりながら、
男は自分を呼ぶ幼い声に視線を巡らせた。

「ああ、お早う、リチャード」
「お早うじゃありません!もう、太陽が西に傾きはじめています」

呆れたように肩を怒らせたと思ったら、すぐに表情を弛めた少年は、労るような笑顔を浮かべ。

「こんなところでお休みしては、風邪を引いてしまわれるでしょう?
……………え、ぇ、と、父様っ!?」

それはまるで日溜まりのように、温かい笑顔だった。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ