ラウドとユナ(非エロ)
シチュエーション


「ユナ様、どこにおられるのですか?」

低く、けれども良く通る声が響く。

ラウドだわ。
読みかけの本を閉じて、わたくしはぱっと顔を上げる。

……あら?どうしたのかしら。
急に胸がとく、とく、と鳴り始めた。
足音が近づいてくるにつれて、鼓動は早くなってくる。

「ラ……」

ラウド、わたくしはここよ。
なぜことばにならないの。
簡単なことじゃない。

「ユナ様、こんなところにおられましたか。私はてっきり自室の方にいるのかと」
「ひゃあ!」
「!どうされました?」

だって突然目の前にいるんですもの、びっくりするじゃない……考え込んでいて気づかなかった、わたくしが悪いのだけれど。
―――そう言えばいいのに、最近のわたくしはなぜかうつむくことしかできないの。

……ほら、またラウドがなんにも言わないわたくしを心配そうに見つめているわ。

「あ……」
「はい?」

胸がきゅう、と締め付けられる。
見つめられていると思うと、やっぱり顔を上げることなんか到底むりよ。
それに、顔をあげたらラウドはきっと笑うのでしょう?
『ユナ様、御顔が真っ赤ですよ』って。
いえ、心配するのかしら。
『ユナ様、御顔が真っ赤ですがお風邪を召されたのでは…』とか言って。
そして、わたくしの幼い頃にしてくれたように額と額をくっつけて熱をはかってくれるのかしら…。
……な、なにを考えているのかしらわたくしったら。
そんなことをされたら、きっといまのわたくしならこの胸のくるしさで死んでしまえるわ……

「ユナ様、御顔が真っ赤ですよ?…もしやお風邪を召されたのでは」

びっくりしてはっと顔を上げる。
途端、わたくしを気遣うその真摯な瞳から目をそらせなくなってしまう。

「………」

え、ど、どうしたのかしら。
ふと、先ほど考えていたことが頭の中をよぎる。
いや、でも、そんな、まさか。
そんなことが、あ、あるわけないわ。
こくり、と唾を嚥下する。

「……やはり、様子がおかしいようですよ。今すぐメイド……シュシュあたりを呼び
ますからお待ち下さいね」
「えー?」

言ってしまってはっと口を押さえる。
な、なんなのかしら今の声。
まるで期待でもしていたかのような……。
それに、シュシュって。
なぜかしら、ちくり、と胸が痛む。

「ユナ様?」
「だ、だいじょうぶよ。風邪でも何でもないと思うわ」

そう、風邪なんかじゃないの。
……それなのに、最近のわたくしはラウドをみるとへんなきもちがするの。
これは……病気なのかしら?

「ラウド……わたくし病気なのかしら」
「……え?」

思ったことをそのまま口にしてみる。
それに、ラウドならきっと分かるかもしれないもの。

「わたくしなんだかおかしいの。その人の姿を見るだけで胸がくるしくなったり、話しかけようとしてものどがカラカラになってうまく声が出なかったり、目が合うと顔が火のように熱くなったり……わたくしどうしてしまったのかしら」

『ラウド』ではなく『その人』とぼかしてしまった。
だって、素直に言ってしまうのはなぜだか気恥ずかしい気がしたんだもの。
おそるおそるラウドの表情を見遣ると、少し険しい顔をしていた。
どうしたのかしら。

「……分かりかねますが…しかし、病気では、ないと思います」

一言一言になにか力をこめるように、ラウドはそう答えた。

「そう……でもわたくし、こんなことはじめてなの」
「………」
「本当に胸がすごくくるしくて、それで…」
「……ユナ様、私は旦那様からのことづてを伝えにやってまいりました」

わたくしの言葉をさえぎるようにラウドは口を開いた。

「すぐに旦那様の御部屋に向かうように、とのことです」
「え…はあ…」
「では、私はこれにて失礼致します」

ラウドは突然身をくるり、とひるがえして、しかしわたくしには無礼のないような慇懃な態度で挨拶をして去っていった。
わたくしの話をさえぎって去っていくなど、普段ならめったにしないようなラウドのその行動にわたくしは少々面食らってしまった。


……まったく、どうしたのかしら。






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