青年と姫様
シチュエーション


「遅い! 貴様は使い一つ満足にできんのか」

温室育ちの令嬢といった可憐な姿からは想像もつかない気丈な語り口調に恭しく頭を垂れるのは彼女付きの従者。

「申し訳ございません」
「それで、持ってきたのか」
「はい。こちらでよろしゅうございますか」

一回りも年下の主人に促され、青年は手にしたものを差し出した。
柔らかな巻き毛を指に絡め、少女は満足げな笑みを浮かべた。

「いいだろう。お前、そこにお座り」

少女が指差したのは背もたれの高い椅子。
少女の意図をはかりかねて訝しみつつも青年は素直に従う。
少女は青年へと近づき、手にしていた長いリボンを奪い取る。

「何をなさるのですか」
「質問を許した覚えはない。お前は黙って私に従えばよいのだ」

自らの手が少女によって椅子の肘掛けに固定されていくのを青年は黙って見つめていた。

「できた」

青年の両手を固定して少女はにんまりと笑う。
何を企んでいるのだろうかと青年は思考をフル稼働させて考える。
少女は首に巻いていたスカーフを外し、青年の目を覆った。
両手を縛られ、目隠しまでされ、さすがに青年は焦りを覚える。
頭に林檎を乗せろと弓を片手に命じられた時と同じような不安を覚える。
あの時は見かねた姉に諭されて諦めた少女であったが、今は少女を止める者はどこにもいない。

「姫様」
「その呼び方はやめろと言った」
「では、殿下」

頬に何かが触れる。
柔らかな感触に意識を集中させれば、それが羽根であると気づく。

「訊いてもよろしいでしょうか」
「いいだろう。何だ」

羽根は頬を離れ、首筋を辿る。

「何をされているのです」
「姉上が嫁いで気づいたのだが」

シャツに手がかかったかと思うと少女はそれを思い切り引き、ボタンのすべてを一気に引きちぎった。
露わになった胸を羽根が滑る。

「私もいつかは嫁がねばならんのだな」
「それとこれとどう関係するのです?」
「あの忌々しい兄上が消えてくれれば女王となることも夢ではないが、あれは早々簡単にはくたばらんだろうからな」

舌打ちをして、少女は呻く。

「口惜しいが私は女だ。王位につくには障害が多すぎる。ならば、どうする? 先達の知恵に従うしかない。女の武器を最大限に磨いて、男を陰で操るのだ。私は夫となる男を操り、陰の支配者となればよい」

くつくつと少女は喉の奥で笑う。

「殿下の野望は承知いたしましたが……なぜ私がこのような仕打ちを受けねばならぬのです? 解せません」

少女の手がベルトにかかり、青年はほどなくして下半身を晒すこととなった。

「わからんのか? だから貴様は莫迦だというのだ。女の武器を磨くというたろう。男も知らずに夫が手玉に取れるか」

全身の血の気が引いていくのを青年は感じた。
羽根が青年の陰茎をそっと撫でた。

「まずは男の体の仕組みを覚えねばな。書物で読んだが、ここに触れるとよいのだろう?」
「姫様、お考え直し下さい。私は」
「黙れ! 私の処女をくれてやるというのだ。貴様に拒む権利はない。大人しく練習台になればよいのだ」

羽根が離れ、少女の細い指が絡む。
意志に反して全身の熱がそこへ集中していく。
青年はどうすることもできずに、喘ぐようにして少女の名を呼んだ。

「もしも夫を上手く傀儡に仕立てあげることができたらば、その時はお前を宰相にしてやろう。私の一番近くに置いてやる」
「……姫様」
「だから、しっかり協力しろよ。貴様にかかっているのだからな」

羽根とは違う柔らかなものが唇に触れ、青年は体を強ばらせた。
おそるおそる触れてくる舌が、強がっていても不安なのだと伝えてくる。
少女の不安と恐れを感じ取り、なおかつ優しく応えてほしがっていることにも気づきながら、青年は反応を返さぬよう努力する。
唇を離した少女は憮然として口を開いた。

「お前は嫌か」
「嫌です」

途端に頬に衝撃が走る。

「私では駄目だというのか!」

「…………そういうわけではありません」
「では、どういうわけだ」

涙目で睨みつける少女の姿が脳裏に浮かぶ。
青年は深々と溜め息をこぼした。

「駄目だといってもきかぬのであれば、せめて戒めを解いて下さい。協力しようにもできません」
「だ、駄目だ」

弱々しく少女が呟く。

「お前に見られるのは嫌だ。上手くなるまでは見られたくない」
「上手くなるまでですか」
「そうだ。だから、しばらくはそのままでいろ。不自由だろうが我慢しろ」
「では、目隠しだけは我慢します。両手は自由にさせて下さい」

暫し黙り込んでいた少女だったが青年が再度頼むと観念したようにリボンを解いた。

「逃げるなよ」
「逃げたくともとうの昔に私はあなたにとらわれていますから。ついてこいと命じられたなら地獄の果てまでお供いたします」

青年は諦めの苦笑を浮かべて少女に応える。
少女は青年の膝に座り、口づけをねだる。
今度は差し出された少女の舌に自らの舌を絡め、青年は堕落の道へ我が身を落とすのであった。


微睡みの中で目が覚めた。
緩やかに頬や耳を撫でていく指先。
その指先が自分に与えてくれる至上の悦びを思い出し、少女は甘い吐息をついた。
青年の膝は心地よく、ともすれば再び夢に落ちていきそうになる。
しかし、青年の優しい愛撫をもっと感じていたいと眠りに入ることを思考の一部が強く拒絶する。
少女はゆっくりと上体を起こした。

「よく眠っておられました」
「夕餉には間に合わなかったな」
「先ほど侍女に申しつけましたから、殿下が望まれるならすぐに夜食をお持ちしますが」
「よい。腹は減っておらん」

長い髪をかきあげ、少女は欠伸を噛み殺す。
青年の手には分厚い書物が握られており、少女は銀の栞を掴んで書物の間に挟んだ。
書物を奪い取り、絨毯の敷かれた床に放る。

「退屈だ」

青年の膝を跨いで座り、肩に手を置いて顔を近づける。

「姫様、自重なさいませ」
「ふん。この一月、馬鹿王子の相手しかしていない。あの男がどれだけつまらないか教えてやっただろう」

少女の唇が青年の顎に触れ、舌が輪郭をなぞるように這う。
少し伸びてきた髭がざらりと少女の舌を刺す。

「お前が悪いのだぞ。私に触れるからだ」

ふっくらとした形のよい唇が押しつけられ、青年は素直に唇を開いた。
少女の衣装の合わせを解き、膨らみを押しつぶすようにこねる。
どろりとした熱が下腹部に溜まっていくのを少女は感じていた。
青年に触れられるといつもそうだ。
夫に触れられた時とは比べものにならないほどに体に火がつくのが早い。

「悩ましげな寝息をつかれるものだと思っておりましたが」
「貴様のせいだといっているだろう。責任をとれ」

青年の指が内壁を擦る。
少女は青年の愛撫に身悶え、まるでそうしなければ息ができないとばかりに青年の唇を何度も吸った。
青年の指がある地点に触れた瞬間、浮かび上がった泡がふつりと弾けるのに似た感覚を覚える。
びくりと少女の体が強ばり、小さく啼いた。

「我慢できませんか?」

淡々と問う青年に少女はこくりと頷いた。
その瞳は蕩け、涙の膜に覆われている。
指を抜き去り、青年は少女を横たわらせようとする。
しかし、少女はそれを制止して青年の首にしがみついた。

「このままが、いい」

青年は頷き、少女の腰を上げさせる。
衣装をくつろげて膨張した陰茎を取り出すと少女が小さく息を飲んだ。
青年の肩に片手を置き、もう片方で陰茎を支え、少女はゆっくりと腰を落としていく。

「ん……ふっ」

ぴたりと腰が合わさり、少女は馴染ませるように腰を前後に二度揺らした。
そのまま青年にしがみつき、再び口づけをねだる。
唇が離れると青年がおもむろに下からの突き上げを開始した。

「あっ、あっ、んんっ……あッ」

甘い声で啼き、少女も青年に合わせて腰を振りたてる。
淫らな水音が響き、少女の興奮が増していく。

「もっと、あっ…あっ! もっ……ん、ああッ」

夢を見ていた。
愛おしい人に愛される夢。
幼い頃によく見た夢。
近頃はめっきり影を潜めていたくせに、どうして今更こんな夢を見るのだろう。
幼い頃の漠然とした愛され方ではなく、夢は少女の心と体を刺激した。
あんな風に腕に抱かれることができたならと、なぜ今更思ってしまうのだろう。
すべてはもう遅いというのに。

「姫様……」

青年の切なげな表情から限界が近いことを悟り、少女は青年の首にしがみついて体を密着させた。
彼が少女の中に精を放ったことは一度もない。
それが彼なりのけじめなのだろうと少女は思っていた。

「姫様、そろそろ……っ! いけません」

朦朧とする意識の中で少女は下腹部に力を込める。
精を搾り取ろうと襞が絡みつき、青年を追いつめる。
困惑の表情を浮かべた青年が堪えきれずに精を吐き出すまで少女は巧みに腰を揺らし続けた。

「…………申し訳ございません」

深く息をつき、青年が少女の肩に額を乗せる。
細く柔らかな髪が少女の項を撫でる。

「どうして謝る?」

青年は答えない。
少女は苛立たしげに唇を噛み、青年の腕に爪を立てた。

「私がこうしたいと思ったのだ。お前が謝ることではない」

少しでも気を抜けば声が震えてしまったに違いない。

「私は私の子にすべてを捧げたい。あやつに嫁いだのも、あやつがいずれはこの国の王位を継ぐとわかっているからだ。私の子は王になる。
そのためには私はどんなことでもする」

「それは、存じております」
「だが、あの下らない男の子は産みとうない。お前は……お前は私のものだろう?」

少女は青年の腕から手を離し、未だ肩に伏せたままの頭を撫でた。

「お前の子ならよい。宿してもよいと思えた」
「王子殿下を謀ると申されますか」
「髪も瞳も、よく似た色をしている」
「姫様」

青年が顔を上げ、二人の眼差しが絡む。

「地獄の果てまでついてくるのではなかったか?」

気丈に語りながらも少女の瞳に不安が揺れたのを青年は見逃さなかった。

「あれは嘘か?」

この瞳が悲しみにとらわれてしまわぬように、必要とされるならばどこまでも側にいようと、少女の幼い頃に誓ったことを青年は思い出す。
「いいえ。私はあなたに嘘は申しません」

少女の不安を取り除こうと青年はその眦に唇をよせるのであった。






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