シチュエーション
![]() 宮殿内の華美な装飾は帰らぬ日々を思い起こさせ、少年の心に鬱蒼としたものを残していく。 武人でない少年に騎士になる資格がないと知った少女は騎士がだめなら側仕えの従者にすると言い切った。 妻の忘れ形見である少女の我が儘を父たる国王は聞き入れた。 少年の義父が隊長職に就いており、身元が明確であったためかもしれない。 晴れて宮仕えとなった少年の主な仕事は幼い少女の遊び相手になることであった。 初めは王宮に足を運ぶことが忌まわしい記憶を思い起こすきっかけとなって気乗りしなかった少年だったが、訪ねていく度に顔を輝かせる少女の姿を見ていくにつれて苦痛は薄れていった。 今でも不意に記憶がよみがえり苦痛を感じることはあれど初めの頃ほどではない。 いつしか少年も少女の笑顔に触れることを心待ちにするようになっていたのだ。 「私も民をすべる王になりたい」 ぱたんと分厚い本を閉じ、少女はそう言った。 「ほしいものがたくさんあるわ」 少女は小さな手を広げてじっと眺める。 「だけど、いまの私では何もてにはいらない。このてのひらにつかめるものは何もない。王になればいまの私にたりないものがてにはいるわ」 「そうでしょうか?」 「いまの私にはたいせつな人をまもる力もないわ」 眉根をよせ、少年はきつく拳を握る。 「それは違います。姫様、王位につくためには非常に強い覚悟が必要です。 国の命運を左右する責任を常に背負っていかねばならない。いつなんとき玉座から引きずり下ろされるとも限らず、頂点に立つが故の孤独を常に感じておらねばならない。 国王ともあらば肉親でさえも敵となりうる」 少年の瞳が暗く陰る。 「私は姫様にそのような思いをしてほしくありません」 少女の手が少年の頬に触れた。 「お前はやさしい。私はお前が好きよ」 少女は背伸びをして少年の頬を両手で挟む。 「だけれど、いまのお前はきらい」 少年は少女の前に膝をつき、目線を同じ高さに持っていく。 「私は民をあいしている。国をあいしている。私にはまもりたい人がいる」 少年の髪を少女は優しく撫でる。 「お母さまはひとりでないていらした。あいした人をなくしたのだとじじょがいっていたわ。私はあんなふうにないていたくない」 「姫様……」 「お母さまはとても好きだったけれど、お母さまのようにはなりたくないの」 少女の顔に確かな決意を見つけだし、少年は眩しいものを見るように目を細めた。 幼いながらに強い志を持っておられるのだと思えば、心がひどく揺さぶられる。 「お前は私がまもってあげる」 少女には兄と姉がいる。 腹違いの兄弟姉妹がいる。 正妃の娘とはいえ、王位につくなど夢のまた夢だ。 それがわかっていても少女は夢を語るのだ。 「お前をひとりにしないとやくそくしたのだもの」 少女をきつく抱きしめたい衝動に駆られ、少年は抱きしめる代わりに少女の右手の甲に唇をよせた。 「ちゅうせいをちかうの?」 からかうようにかけられた少女の声には答えず、少年は衝動がおさまるまで微動だにせず少女の右手から唇を離さなかった。 守ると約束してくれるなら、同じ約束を自分も交わそうと思った。 孤独など感じぬように側にいよう。 生命の危機にさらされたならば命を賭して守り抜こう。 幼い主への忠誠を少年は静かに誓うのであった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |