青年と姫様 完結編(非エロ)
シチュエーション


花が降り注ぐ。
風にさらわれた白い花弁は祝福のシャワーのように青年に降り注いだ。
大木を背に、青年は王宮を眺める。
国中が喜びに溢れていた。
誕生した子は黒い巻き毛と蒼い瞳の男児であるという。
遠巻きにでも姿を目にしたいと思うが、僅かでも視界に入れば側へ駆け寄ってしまいそうだ。
せめて、幸せでいてくれたならと願う。
待望の男児を抱き、幸せに微笑む姿を思い描く。
城を離れて数ヶ月。
青年の心を占めるのは今なお麗しの姫君だけであった。
一度は国を離れようとした青年であったが、少女の側を離れることができず、城下で暮らす日々だ。
風の噂に王太子妃の名がのぼるだけでよかった。
安寧な生活を送っているならばそれでよかった。
幸せになってほしいと思う。
青年が側にいなければ少女も分を弁えぬ願いなど持つはずがない。
これでよかったのだと青年は自らに言い聞かせる。
花が降る。
ひらり、ひらりと舞い落ちる花が青年の頬に触れた。
不意に涙が頬を伝う。
この胸の痛みは何だろう。
狂おしいまでに自分をせき立てる、この痛みは何だろう。
青年はきつく拳を握り、王宮を見上げた。
いつか、時が経てばこの痛みも消えてなくなるのだろうか。
自嘲めいた笑みが口元に浮かぶ。
この痛みが消えてなくなる時がきたら、その時はきっと──……



悲哀も歓喜も憎悪も快楽も、揺りかごで眠る子は何も知らない。
罪深いまでに無垢な赤子は静かに夢を見る。
父譲りの黒髪と母譲りの蒼眸を持った赤子を見る度に少女は胸を痛めた。
独りになったのだと悟った朝、一度は死を決意したというのに赤子がそれを許さなかった。
子を孕んだのだと知った時には乾いた笑いがこみ上げ、ひとしきり笑った後は涙が涸れるまで泣いた。
愛した人の子と思えば、泣きたくなるほど愛おしく、殺してしまいたくなるほど疎ましい。
こうして少女は枷を負ったのだ。
自ら命を絶つことを許されぬ身となった。
これからは子を守らねばならない。
そっと赤子の頬に触れる。
柔らかな感触が指に伝わり、嗚咽がこぼれた。
望んでいたのはこんな結末だったのだろうか。
必死になって力を尽くした結果がこれか。
少女の頬を伝い落ちた涙が赤子の頬を濡らす。

愛おしい。
愛おしく憎らしい。

赤子の頬を少女は再び撫でる。
せめて立派に生きよう。
近隣諸国が恐れ敬うほどに立派な王に育て上げよう。
青年がどこにいようと、耳を塞いでも伝わるほどに、子とともに立派に生きていこう。
決意を秘めた眼差しで、少女は赤子の寝顔を眺める。
いつかこの子が立派な王になったなら、その時は、その時は自由になることが許されるはずなのだから。






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