姫と騎士(非エロ)
シチュエーション


「そなたは馬鹿よ…」

窓辺の椅子に座ったまま遠くを眺めながら呟く姫の声に、傍に控える騎士はその横顔を見つめた。

「愚か者め」
「馬鹿で愚かで構いません」
「愚か者めが」
「はい」

愚か者め、そう吐き捨てるように呟き、姫は両手で顔を覆った。
あぁ、と嘆く声が騎士の耳に届く。

「姫……」

嘆きが止み、長い沈黙の後、姫は囁くように呟いた。

「………我が騎士よ」

「はい」
「あの、幼い約束は…まだ有効か?」
「はい、勿論です」
「私があの男の妻となり、王妃となった今でも、か」
「はい」

あの、遠い日の約束は今も騎士の胸にある。
姫が国を守るために嫁ぎ、この国の王妃となった今でも。
たとえ約束が果たされることが永久になくとも。

「だからそなたは馬鹿なのだ。…国へ戻れば、条件は満たされよう?」
「そうですね」
「ならば!何故戻らぬ!?」
「我が姫のお傍を離れてまで、条件を満たそうとは思いません。何より、姫を一人にしたくありません」
はらはらと頬を伝う涙を拭い、騎士は微笑む。
「私はいつまでも、姫の傍に。どうぞ、私から、姫を護る栄誉を奪わないでください。……さもなくば、今この場で、私の命を絶ってください」

す、と跪き、静かに笑みを浮かべて見つめる騎士を、姫は抱き締めた。

「愚か者!」

詰る言葉とは裏腹に、姫は騎士をきつく抱き締める。
騎士は抱き締めたいと思う気持ちを必死に御し、されるがまま。

「どこへなりともお供します。私の全ては、御身のものです」

「………姫?」

問う騎士の声は、困惑に揺れる。
それを聞き流し、座らせた騎士の膝に座った姫は擦り寄り、その肩口に顔を寄せた。

「大人しくせよ。そなたはただ、椅子になっておればよい」
「王に見つかれば、ただではすみません」

焦がれる姫に擦り寄られ、吐息すらも感じられる距離に眩暈を起こしそうになりながらも、騎士は努めて平静な声で窘める。

「王?……あの男がここに来るものか。婚儀の後、訪うたことが一度でもあるか?」

くつくつと、姫は哂う。

「気に入りの寵姫の元におろうよ。……あの男は私に世継ぎを望んでなどおらぬ」
「姫…」
「だが、それでよい。あの男の子など産みとうもないわ」

怖気が走るわ、と言いつつ姫はさらに擦り寄る。

「教えてやろう、婚儀の儀式としての行為のおり、あの男は言ったのだ。
―――――其の方が我が元に大人しくしていれば、其の方の国には手を出さないでいてやろう――、とな」

くつくつ、くつくつ、と哂う姫に騎士の心は痛む。
先程姫が告げた王の言葉も相俟って、王に対する憎悪は弥増す。
間違ってもこんな風に哂う方ではなかった。
綻ぶ花のように、麗しく笑む方だったのだ。


「……帰りたい、ですか?」
「そうだな………帰れるものならば」

かえりたい…と小さく小さく呟き、擦り寄ったまま眠りに落ちてしまった姫を騎士は抱き締める。
それはそれは優しく姫の髪を梳き、その髪に口付け、力の抜けてしまった姫の手を取ると恭しく、愛おしそうにその手に口付けを落とした。


「――赦し難い」

表情すらも消し去り、呟く騎士の声は、聞く者を須く凍て付かせることができるだろう声音だった。






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