Il mio augurio(間章)(非エロ)
シチュエーション


療養もそろそろ良いだろうという頃、由貴は書類を持ち、一人の少年を連れて再び暁良の元を訪れた。

「気分はどうかな?」
「だいぶいい」
「そうか、それはなにより。これを見てもらえるかな?君を引き取っていい、と言っている者たちだ」

そう言いつつ差し出された何組かの夫婦の書類を受け取り、暁良は目を通す。

「この人たちが?」
「そうとも」
「でも……僕……」

暁香の傍にいたい、とは言えず、困ったように由貴を見上げる。
由貴はふむ…、と顎に手をやり、考え込むとしばらくの後に口を開いた。

「暁香の傍を離れたくない、のかな?」

問われた暁良は恥じる様に俯く。
しかしそれは明確な答えで。

「ふむ…なるほど?ならば……この者たちが良かろうな」

そういって、一組の夫婦を選び出す。

「夫は執事、妻は私の妻の薔薇園の世話をしている。人柄は私が保証しよう」

こく、と頷き、了承の意を示す。
暁香の傍にいられるようにしてくれるなら、他はどうでもいい、と思ったのだ。

「では、そのように手配しよう」

にこりとしつつ、由貴は書類になにやら書き足していく。
由貴は書き足した書類を小脇に抱え、ああ、そうだ、と言って背後に控える少年に目配せした。
す、と由貴の背後に控えていた少年が進み出る。

「これは暁香の兄の側仕えでな。これについて学ぶと良かろう、と思って連れて来たのだよ」
「お初にお目にかかります。私は暁香お嬢様の兄君、瑶葵(たまき)様の側仕えをさせて頂いております、薫野 氷雨(しげの ひさめ)と申します。
こちらのお屋敷には代々仕えさせて頂いておりますので、私のことは氷雨、とお呼びください」

にこり、と人好きのする微笑を浮かべ、氷雨は柔らかな声音で告げる。

「あ、えと…よろしく、お願いします?」

氷雨にとても優しそうな印象を受けた暁良は、戸惑いながら頭を下げた。

では後を頼む、と言い置いて由貴が出て行くと、氷雨は暁良に告げた。

「まず、早急にその言葉遣いを改めなくてはいけませんね。貴方の養い親になる夫妻は泊瀬家の使用人です。
使用人は、主人に無礼な口を利いてはなりません」

こくり、と頷くと、氷雨の目が細められる。

「それもいけません。理解できたら、はい、と言いなさい」
「は、はい」
「いいでしょう。…貴方には、様々なことを学んでもらいます。一般教養は言うに及ばず、私達の業務を。
なかには、およそ一般常識から外れるようなこともあります。ですが、暁香お嬢様のお傍にいたいなら…それは必須です」
「は、はい」
「私は厳しいですからね、心しなさい」
「はい」


初顔合わせから、しばらく過ぎた。

最初のうちは一般教養、使用人の業務を詰め込まれ、覚えることの多さに混乱したこともある。
しかし、それが必須なのだと言われるなら、それを全て覚えなければならない。
なかでも暁良が一番梃子摺っているのは、紅茶の淹れ方。
なかなか暁香の好む紅茶にならないのだ。
暁香は「いいこでまってるー」と言っていてくれるのでその期待に応えたい、と暁良は思うのだが。
如何せん、そんな事などしたことはなく…むしろさせてもらった記憶などないので戸惑いが先に来てしまう。
これではいけない、せめて飲める紅茶を淹れられるようにならなくちゃ…そう思い、何度も紅茶を淹れる練習をする。

ぱしん!

「……お話になりませんね」
「っ!」

鞭による容赦ない一撃をその身に受け、暁良は苦痛に顔を歪めた。
それを目を細めつつ見つめ、冷たい声音で氷雨は告げる。

「暁香お嬢様の御為に、貴方は強くならねばなりません。貴方に求められているのは、高い教養と、戦闘能力です」

氷雨が戦闘能力、と告げたところで、暁良は氷雨を見上げる。

「名門泊瀬……その直系であらせられる暁香お嬢様の御身に不逞を働く者がいないとも限りません。何時如何なる時も主を護れる様になることが必要なのです」
「でも…じゃなくて、ですが…」

そこまでせずとも、護衛がいるのでは?…という疑問が暁良の顔に出たのだろう。
その疑問に答えるように氷雨は言う。

「無論、護衛はいます。でも、その護衛が常時暁香お嬢様の護衛を出来るか、といえば、答えはノーです」

それはそうだろう。
どちらかと言えば強面の護衛が常に張り付いていたら、息苦しいだろう。
それに、その護衛が付いていけないところも出てくる。
いずれ暁香が通う学校など、その最たる場所。

「う…じゃなくて、はい」
「なにも私のようになれ、とは言いません。少なくとも、暁香お嬢様の盾になれるようにはなりなさい」

さすがに氷雨のように、は無理だ、と暁良は思う。
先日、大人相手に氷雨が鍛錬しているところを見学させてもらったが。
鍛錬を始めたばかりの暁良には無理としか言いようがない。
氷雨は主に仕えるために幼い頃より鍛錬を重ね、すでに大の大人にすら引けを取らないのだ。

「は、はい」
「暁香お嬢様が大切なら、強くおなりなさい」

そうだ、と暁良は思う。
暁香に何かあれば、自分の存在意義が失われてしまう、と。
これはそうならないための鍛錬なのだ。

「はい」
「よろしい。では、続けますよ。……どこからでもかかっておいでなさい」






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