アンドロイドとお嬢さま(非エロ)
シチュエーション


「ヴィーヴィー!あなた、なんてことをっ」

青ざめてずるずると床に座り込む少年に駆け寄り、オーガスタは傍らに膝をついた。わなわなと震える様に同情を感じながら、オーガスタはヴィヴィアンをきつく睨みつける。

「失礼いたしました。手が滑りました」

恭しく頭を下げるヴィヴィアンにオーガスタは憤然と言い放つ。

「手が滑った?どういう滑り方をしたらバターナイフが壁に刺さるのよ」
「バターのせいでしょう」
「ヴィヴィアン!」

オーガスタは立ち上がり、両手を腰に当ててヴィヴィアンを見上げる。片や怒りの熱さで刺し貫き、片や常と変わらぬ静かさで受け止める。大きな温度差を持った視線を絡ませたまま、二人は沈黙の内に会話する。
ほうっておけば日が暮れるまで続くであろう無言の攻防を中断させたのは座り込んでいた少年だった。

「か、帰る!」

怯えた表情でヴィヴィアンを見上げ、オーガスタが口を開くよりも早く少年は出口である扉へと駆けだした。

「……まただわ」

ぽつりとオーガスタは溜め息を落とす。

「あなたったらどうしていつもそうなの?」

オーガスタが少年の背を眺めている間に移動していたヴィヴィアンは壁からバターナイフを引き抜いていた。

「どうしてお行儀よくできないの?」

バターナイフを机に置き、ヴィヴィアンはオーガスタをまじまじと眺める。
机の上には先ほどヴィヴィアンが用意していたティーセットがそのまま置かれている。

「お言葉ですが、マスター。私は行儀よくしているつもりです。行儀が悪いのは彼の方でしょう」

ヴィヴィアンの手がオーガスタの髪に触れ、淡い色のそれを一房手にとる。

「あなたの髪に触れました」
「ちょっと触っただけじゃない」
「いいえ、マスター。それは許し難い行為です」

ゆっくりとヴィヴィアンの顔がオーガスタに近づき、手にした髪に口づける。

「あなたに触れてよいのはいつかあなたを娶る幸運な男性のみ。それ以外の男性が触れようとしたならば私は全力でそれを阻止します」

くらり。
軽い眩暈がオーガスタを襲う。前半はともかく、後半の台詞はオーガスタの体温を上げるには十分すぎるほど効果的だ。

「あなただって触れるじゃない。同じだわ」
「はい」

髪から手を離し、ヴィヴィアンはおっとりと微笑む。

「いいえ、マスター。私はあなたのもの。あなたの一部といっても過言ではありません。例えば、あなたの手があなたの髪に触れたところで取り立てて騒ぐほどの問題はない。私があなたに触れるのは、それと同じです。違いますか?」

それは詭弁というものではないだろうか。
決定的に何かが違うと感じながらも、頬を撫でるヴィヴィアンの手の心地よさがオーガスタに考えることをやめさせる。

「それとも、私に触れられるのはお嫌ですか?」

首を傾げるヴィヴィアンからオーガスタは視線を逸らす。

「嫌なわけないじゃない。……性悪アンドロイド」

オーガスタが拒絶を口にしないことに満足し、ヴィヴィアンは真っ赤な顔から手を離した。

「さあ、紅茶をいただきましょう。冷めてしまっては台無しです」

改めてカップに紅茶を注ぎ始めるヴィヴィアンをオーガスタは少し恨めしげに見つめるのだった。






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