島津組5/涙雨恋歌 第2章 村雨
シチュエーション


島津が治めているS街は、都内有数の歓楽街だ。
元々は違う組のシマだったが、その組が解散する際に、島津の親分である三代目木崎組組長が譲り受けた。
木崎組は、関東から北に勢力を置く誠道連合東征会の中で有数の名門として名を馳せていた。
「木崎」という名前を受け継ぐことを重んじて、二代目も三代目も親分となると、木崎の姓を名乗っていた。
親分である三代目組長が東征会会長になり、跡目を島津の兄貴分であった男に譲った時、同時に島津は島津組を立ち上げた。
それにより、誠道連合東征会四代目木崎組内島津組と名乗るようになった。
しかし四代目は長く続かなかった。
チャイニーズマフィアとトラブルを起こして凶弾に四代目が倒れた後、バラバラになりかけた木崎組を強引にとりまとめ、マフィアと互角に戦い抗争を勝利で終えたのが、島津だった。
東征会はその功績を認め、木崎組を解体、組員を島津組に吸収させて三次団体とした。
関東に若いがたいした極道がいると、「暴れ竜」のふたつ名とともに島津の名を知らしめた事件であった。


島津の戦闘能力を支えるのは豊富な経済力だ。
幅広い人脈を元に、バブルの残り香があった頃に株や不動産、投資で堅実に稼いだ。
その稼いだ金で宗教法人と病院を買収した。それらをマネーロンダリングに使い、綺麗になった金を資金としてあらゆる業界に手を広げていく。
経済活動を担っているのが、辻井とともに島津の片腕として知られる伊達という男だ。元々は弁護士資格を持つ企業コンサルだった伊達は、島津の配下に入ってからその手腕を発揮する。
いまや日本経済を代表する大企業にもその影響力を及ぼし、島津は小さな国の国家予算よりも資金を持っているのではと裏では囁かれているのは、伊達の功績だ。
伊達は辻井とともに島津の舎弟として三代目木崎組組長に盃を下ろしてもらい、この業界に入った。
島津が組を立ち上げた時、辻井以下全舎弟分が島津を親とする盃直しをしたが、伊達だけは島津の舎弟に留まった。
島津組顧問という島津と並列に近い役職につき、島津の抑止力としても機能している。


表の経済活動を支えるのが伊達ならば、裏の稼業を一手に引き受けるのが辻井だ。
木崎組を吸収したとはいえ、島津組の子分の数は多くない。少数精鋭を狙った島津が、必要ない組員を体よく分家して本家に預けたり、次々と引退させたりしたからだ。
残したのはイキのいい根性の座った男たちばかり。その男たちをまとめあげるのが、若頭である辻井の責務だ。
組結成後、島津に惹かれて島津組の門を叩く若い衆のうち、下積みの苦労に耐え、かつ辻井の眼鏡にかなって構成員となれる者はごく僅か。
だが、その僅かな男たちが島津を「オヤジ」として慕い、島津のために手足となって動くのだ。
辻井の仕事は彼らをまとめることのほかに、他組織との外交や組内のシノギのとりまとめ、義理事での島津の名代などと広範囲にわたる。
みかじめ料や用心棒代として金銭を貰っている店からの相談事は、今はほとんどが辻井よりも下の若い衆にいくのだが、たまに辻井に連絡がくることがある。
そんな中でも辻井以外で問題解決ができそうなものであれば彼らに回してやる。
時間が取れないという物理的な理由もあるが、問題解決時に支払われる相談料や解決料を若い衆に回してやり、顔をつないでやるためだった。
だが中にはどうしても辻井が対応しないとまずい場合もある。
相談者が街の実力者である場合や、島津組として長く世話になってきた人であったり、問題が複雑で対外要素が含まれそうな場合がそれだ。
そして瀬里奈が島津に電話をしている頃、事務所にかかってきた電話はそのうちの「長く世話になってきた人」からだった。

風呂に入り、ベッドに横になった瞬間に辻井の携帯電話が鳴った。事務所詰めの若い衆からの電話だった。

『明日のご予定に入れていただきたいことができましたので、今日中にご連絡いたしました』
「どうした」
『「ラグジュアリー」の麻衣さんから電話がありまして。相談したいことがあるから明日の夜、店に来て欲しいとのことです』

『ラクジュアリー』はS街にあるソープランドの中でも高級店として有名な店のひとつで、島津組がケツモチ(面倒を見ている)している店である。
麻衣はソープ嬢としてはベテランであり、店の看板娘として顧客には役人や政治家などそうそうたる面々を抱えていることで知られている。
まだ麻衣が新人として店に入ってきた5年前に、見込みがあるということで店長から島津とともに紹介された。
最初のうちは島津が可愛がり指名を入れて若い衆に相手をさせていたが、入店1年目を境にぐんと指名数が増えてきた。
そのため、それ以降は彼女から顧客の情報を引き出す時だけ、辻井が相手をしている。
だがそんな時はだいたい辻井に直接、電話をかけてくる。
そうではなく事務所へわざわざ電話をしてきたということは、情報提供ではなく本当に相談があるということであろう。

「わかった。22時頃に行くと伝えておけ」
『わかりました』

頭の中で明日のスケジュールの最後に予定を加え、辻井は眠りについた。


翌朝、辻井は迎えに来た若い衆の運転する車で静岡へ向かった。
島津組と友好関係を結んでいる組の顧問職にいた男の葬儀に参列するためだった。
都内を出た時には晴れていた空も、葬儀中に雲が垂れ込めてきて、精進落としで顔をあわせた同業者と話をしている間に雨に変わっていた。
「葬儀中に降らなくて良かった」などと言いあいながら、参列したヤクザたちはおのおの帰宅の途についた。


強い雨の中を事務所に戻ると、事務所では伊達が応接セットでくつろいでいた。

「叔父貴、ご無沙汰してます」
「今夜の商工会議所での寄り合い、悪いが俺も参加させてくれや」
「わかりました。オヤジに伝えておきましょう。ここから直接向かわれますか?」

伝えておきましょう、と言った瞬間に、若い衆のうちのひとりが島津付の男の携帯電話へ電話をかけている。

「そうだな。7時からだったか」
「ええ。7時から1時間程度です。その後、食事の席が用意されてます」
「あんまり長く俺がここにいると若いのが可哀相だからな。6時半前に戻ってくるさ」
「はい。お気をつけて。おい、北田。お供しろ」

北田と呼ばれた男がへい、と返事をして伊達の後を着いていった。
その後辻井は事務所宛に来ている手紙や回状、各種案内状を処理し、時間通りに戻ってきた伊達を見送った。

事務所番が食事の準備をし始めているのを見て、静岡で買い求めてきたお茶と海産物を思い出す。

「悪いな、忘れてたよ。これ、みんなで食え」
「カシラも召し上がりませんか?」

事務所の端にある厨房からは、炊き立ての米のいい匂いがしていた。
今日の食事当番は元は板前をしていた和田なので期待できますよ、と薦められ、久しぶりに一緒に食卓を囲むことにした。


普段は剣呑としている事務所だが、食事の時は和やかな雰囲気が漂う。
そこにたとえ若頭がいたとしても、同じことだ。むしろ尊敬する若頭と親しく話すチャンスだと、若い衆は目を輝かせる。
駆け出しだった昔を思い出しながら辻井は食卓を囲み、島津から預かっている男たちと話をする。

「カシラ、オレこの間女に振られたんです」
「カシラ、今度こんなシノギしようと思ってるんです」
「カシラ、来月、両親が東京来るんです」

ヤクザだ極道だと肩肘張っている彼らも、一皮剥けばただの若者と同じだ。むしろ家庭環境に難があった者が多いためか、島津を父親、辻井を兄貴代わりに慕っている姿は、まるで子供のようでもある。
そんな男たちの他愛のない話を聞く。時には笑い、時には厳しく叱り、時には慰めるように。
若い衆が食事を交代し、辻井は自分のデスクに戻った。更に仕事をこなし時計を見ると8時近くだ。一杯酒を飲んでから『ラグジュアリー』へ向かうのに、ちょうどいい時間だった。
出る支度をしていると、ひとりの若い衆が戻ってきた。

「お疲れ様ッす、カシラ」

その男、青山は島津のシノギの中でポルノを専門にしている。裏ビデオのショップを経営し、裏ビデオを撮影し、売り込みをチェックする。数人の舎弟を使って、薄利多売になってきているこのシノギをよく回している。
青山は辻井ににこやかに挨拶をする。

「もう終わりか、青山」
「はい。後は来月のラインナップのDVDをチェックするだけです」

ショップに並べる作品を青山は全て見ている。怪しげなところから売り込みにくるものの中には、見るに耐えないものもある。ヤラセならともかく、正真正銘の強姦モノや盗撮モノがよく持ち込まれるのだと、青山は笑って言う。
今はインターネットの動画配信サイトに押されて、なかなかビデオが売れないので大変だ、と他の組の男が話していたのを思い出し、青山にそのことを訊ねる。

「うちもそういうのを作ったらどうだ。初期投資と人材確保はなんとかしてやる」
「本当ですか。よかった、企画書書きますよ?」

元は営業マンだった青山が冗談半分で言った。

「何が必要かをまとめたもんは欲しいな。人材は伊達の叔父貴に頼むから、案外ちゃんとした企画書がいるかもな」

任せてください、すぐに初期投資分もお返ししますよ、と張り切った青山を誘って、辻井は飲みに出た。
雨はもうすっかり止んでいて、空気がひんやりと秋の気配を漂わせていた。

青山と別れ、涼しい空気で酔いを冷ましながら、辻井は約束より少し早い時間に『ラグジュアリー』の裏口を叩いた。
裏口からは店長の坂上が顔を出し、辻井を応接ルームに通した。

「辻井さん、ご足労おかけして申し訳ありません。麻衣はもうすぐ空きますので、そうしたらお部屋へご案内します」

辻井と坂上の前にコーヒーが運ばれてくる。男性従業員の質がいいことでも『ラグジュアリー』は有名だ。

「いや、麻衣と話す前に坂上さんとも話がしたくて、お忙しいだろうとは思いつつも、早い時間に来たんだ」

近況を話し合いながらコーヒーを飲んでいると、従業員が麻衣の準備ができたと声をかけた。

「麻衣と、この間入った新人のひな子ってのがいます。ひな子についての相談なんです。申し訳ないですが、聞いてやってください」
「ふたりを占有するのか。じゃあ、ふたり分だ。クローズまで貸切にしておいてくれ」

ぽん、とスーツの内ポケットから分厚い札束を取り出してテーブルに置く。

「よろしくお願いします」

坂上が頭を下げた。


ボーイに案内されて麻衣の専用ルームへ向かう。扉の前で辻井はボーイの手に一万円札を数枚握らせてやった。
ぺこりとお辞儀をしてズボンのポケットにしまってから、ボーイは扉をノックした。

「麻衣さん、お連れしました」
「ありがとう」

扉が開き、薄いスリップドレスを着た麻衣が現れた。大きな胸でドレスの布がはちきれそうだ。何かドリンクを買ってきて、とボーイに金を渡す。

「久しぶりね、辻井さん」

にっこりと微笑みながら、辻井のスーツの上着を脱がせる。
それをもうひとりの女の子がハンガーにかけた。その子の顔にはひどい痣ができており、辻井は目を疑った。

「相変わらずわたし好みの身体だわ」

言いながら辻井の胸板を人差し指でなぞる。その手を払って、辻井は部屋の中のベッドに腰掛けた。

「今日は仕事の話なんだろう、真由子」

公称25歳の麻衣の本名は真由子。麻衣は島津と辻井には自分を本名で呼ばせている。ふたりはお客じゃないから、というのがその理由だ。
そんな小さなことで恋人気分を味わい、こちらの手の内にいてくれるのなら安いものだ、と島津も辻井もいつも本名で呼んでいる。

「で、その子の痣のことか」

ボーイがドリンクを届けにきたのを、もうひとりの女の子が受け取った。ベッドの前の小さなテーブルにグラスとペットボトルを載せ、辻井には缶ビールが差し出された。

「この子、ひな子っていって、最近入ってきて、結構人気あるわけよ。で、あたしも可愛がってるんだけどさ。
昨日、出勤してきたらこの子がこんな痣作ってて店長に怒られてるから、びっくりしてどうしたのか聞いたわけ」

恋人に殴られたんです、とひな子は痣のある顔を覆って泣きながら話し出した。

もともとその恋人に貢ぐためにソープで働き出したのだが、欲しいと言われた金額を出せなくて殴られたのだと言う。
それまでは愛されていると思っていたが、殴られたことでやっと目が覚めた。彼はわたしを愛しているのではなく、金づるとしか見ていないのだ、と。

「顔だけじゃないんだ、この子」

麻衣が、脱ぐようにひな子に促す。
ひな子は立ち上がり、カーディガンを床に落とした。腕には強く掴まれた痕があり、手首は紐で縛られた青黒い線状の痕がある。
更にひな子はキャミソールとスカートを脱ぎ捨て、下着だけになった。

「ひでェなこりゃ」

明らかに蹴られ、殴られたのであろう傷と痣がそこここに残っている。
医者によれば傷自体は大したものではなく、ひどい痕が残っているだけなのだそうだ。

「これじゃあ仕事にならないだろ」
「仕事どころか、もうこの子男が怖いって泣いて大変だったんだから。だからここにいるのも辛いくらいなんだよね、ひな子」

こくりと頷き、大きな目に涙を一杯ためてひな子は立ちすくんでいた。

「別れさせるだけなら簡単だが、それでいいんだな」
「取り返したいものがあるんです」

もういいから服を着ろ、と辻井が言い、麻衣がカーディガンを肩からかけてやっているとひな子が恐る恐る言った。


「ここに来る前、わたし彼と恋人同士だと思ってた頃にしてたセックス、ビデオに撮られてるんです」

恋人同士だから恥ずかしがることないよ、とふたりの間では道具を使ったり野外や車でのセックスが日常茶飯事だったという。
それらを全部ビデオに撮られているのだと、ひな子は言った。
殴られたおとといの夜、別れると告げると男はおもむろにテレビをつけ、DVDを再生した。そこには自分が彼に道具を使われているシーンが映っていた。

「別れてもいいが、これをお前の家や親戚たちに送りつけてやる」と脅され、何も言えなくなってしまった。
ひな子はそもそも大学生で、田舎の両親から仕送りを受けて学校に通っている。
両親はまさか娘がソープで働いているとは知らないし、ましてやそんなDVDを送りつけられたらどうなるかわからない。

「やりくちが俺たちみてえだな。警察行く気はないのか。立派な脅迫と暴行だ」
「脅迫だの暴行だのなんて大した罪になんないでしょうが。また戻ってきて殴ったらどうすんのよ」

麻衣のいうことを聞いていると、ヒモに殴られた情婦全部を守らなくてはならない理屈になってしまう。今回だけだと麻衣を言い含めた。

「わかった、いいだろう。マスターとコピーを全部回収することと、その男と別れられるようにすればいいんだな。
どうせ明日は店に出られないだろう。明日、うちの若い者をよこすからそいつに詳しいことを話してくれないか」

横から麻衣が、この子、男恐怖症になっちゃってるって言ったのに、男、しかもヤクザと会わせるの?と言った。

「俺も男だしヤクザだぞ」
「まあそうだけど。若い者って誰よ」
「うちで調査担当してる男と、高瀬だよ」
「もういいです、大丈夫です。わかりました」

麻衣が辻井に絡んでいる間に、ひな子が顔を引きつらせて辻井に頷いた。
身体に触れられなければ大丈夫ですから、と言うひな子に、それはないから安心するようにと辻井はなだめた。

「明日の10時、大通りにある『リリィ』って喫茶店に来てくれ。俺も最初はいるが、途中で抜けなきゃならん。詳細はうちの若いのに伝えてくれ」

喫茶店の場所を簡単に教え、ひな子が頷いたのを見て、上着から財布を取り出して金を麻衣に渡した。そのまま上着を着ようとすると、麻衣のしなやかな手がそれを制した。

「帰ろうとしてる?もしかして」
「まだ何かあるのか?」
「ひな子、男が怖いんだって」

ね、とひな子に笑顔を向ける。ひな子は麻衣に答えて頷く。

「バンス(前借り)もあるからさ、まだしばらく抜けられないんだよこの店」
「それが俺に何の関係があるんだ」
「男が怖いのに、この店で働けるわけないじゃないの。辻井さんなら、優しくしてくれるんじゃないかと思って」

辻井は眉をひそめて麻衣の顔を見た。

「俺はリハビリまで請け負った覚えはないぞ」

するりと麻衣は辻井のネクタイを抜き取り、シャツのボタンを外していく。
途中でひな子を目で呼び、ひな子が震える両手で麻衣の後を引き継いでボタンを外し始めた。

「リハビリの後はあたしがたっぷりサービスするって」

ふふと笑った麻衣に、そっちが目的だったんじゃないのかとうっかり口にしそうになり、麻衣を睨むことでそれをかろうじて防いだ。


帰ることを諦めて、ひな子の頬に手を添えて顔の痣を指で触った。商品を慰めるのも仕事のうちか、と独り言ちる。

「可哀相にな。こんなに殴られて。痛かったろう」

ひな子の身体の痣や傷の痕を優しく指で撫でていく。

「怯えてもいいんだ。恋人に暴力振るわれたら、怖いわな。なあ、ひな子。ちゃんと泣いたか?泣いてないなら、俺でよきゃ泣いていいんだぞ」

うわあ、とひな子が泣き出して辻井の胸に飛び込んだ。
その頭を撫でてやりながら、いつの間にかバスタブに湯を溜め始めている麻衣を手招きした。

「今日は悪いが時間がない。真由子、お前もまとめて相手してやるから、来い」

麻衣が満面の笑顔でバスルームから戻ってきた。

泣いているひな子が辻井のシャツを脱がす。
麻衣が背後から辻井の腰に手を回して、ベルトを外しファスナーを下ろして下着ごとスーツのパンツを脱がせた。
なかなか泣き止まないひな子を抱きしめると、震えの治まらない身体を何度もさすってやる。
唇ではなく、髪の毛や耳たぶ、首筋にそっと口づけ、綺麗だと囁き続けた。

「綺麗だ、ひな子。大丈夫。俺もここの客も、お前を傷つけることはしない。みんな綺麗で可愛いひな子に会いたくて来るんだ」

な、とひな子に微笑みかけると、ようやくひな子が泣き止んだ。
にこりと笑えばまだあどけない少女のような笑顔で、辻井はふと瀬里奈のことを思い出す。
最近は泣いてる女を慰めることが多いな、と声に出さずに笑い、ひな子の唇にゆっくり唇を重ねた。
すぼめた舌先で辻井の口の中をまさぐり始めたひな子から、唇を離した。

「今日は仕事じゃないから、そんなことはしなくていい。俺が大切に抱いてやるから、お前は何もするな」

もう一度口づけながら、器用に片手でひな子のブラジャーを外す。肩紐を落とすと、ひな子の豊満な乳房が辻井の裸の胸に当たった。

「ああ、綺麗な胸だ。大きくて、柔らかくて、真ん中で硬くなってるのも赤くて堪らなく綺麗だ」

屈んでその胸に舌を這わせる。唇で乳房を吸い、舌で乳輪をなぞった。もう片方の乳房を手でゆっくりと揉み、指で乳首を転がす。
ひな子が小さく喘ぎ声を上げ始め、その声を聞いて麻衣の手の中の辻井の男根もぎりぎりまで張り詰めた。


ひな子と麻衣を全裸にして、辻井はベッドに横たわった。
おいで、とひな子に向かって腕を広げ、腹の上に乗せた。ひな子の股間はすでに濡れていて、腹の上に彼女の愛液が垂れる。

「俺のキスで感じてくれてるのか。可愛いなひな子は」

辻井の上に覆いかぶさって恥ずかしがっているひな子の頭を撫で、顔の前にあるひな子の胸をもう一度愛撫する。
愛撫しながら、ひな子を膝立ちさせて、胸に舌を這わせながら時折ひな子を見上げる。
気持ちよさに口を半開きにしているひな子が更に恥ずかしがり、白い太腿に汁が垂れ出してくる。
次第に下へうつり、へそから下がる小さなハートのピアスを口に含み、ピアスに隠れていた下の肌を吸う。汗がじんわりと滲んでいて、金属の味に混ざって塩の味がした。
片手では執拗に胸を揉み、もう片手は指先で舐めるように身体のラインに沿って下へ下へと撫で、尻のふくらみを掴んで割れ目へとねじ込ませた。

「はぁ……ん……んふ」

揉んでいる胸が反り返り、桜色の乳首が更に硬く尖る。尖った先端を人差し指でこりこりとねぶり続けた。
尻の割れ目から指は段々と前に進む。
辻井の舌はゆっくりと時間をかけて茂みの上まで到達し、ひな子の蜜でベトベトに光っている太腿へ伝っていく。
その間に麻衣が辻井の股間に顔を埋めていた。舌と手と唇を使った麻衣のフェラチオはさすがトップコンパニオンの技で、辻井の射精感も高まってくる。

「ひな子、俺の顔の上に来るんだ。お前のあそこも見せてくれよ」

ためらいがちに辻井の顔の上に身体を置いたひな子の腰を抱え、辻井はひな子の赤い花芯を舌先でつつき、弾いた。
同時に、腰から下りてきていた指をすでに濡れてぐしょぐしょになっている蜜壷に入れる。

「あぁん……ッ……う……んッ」

ひな子が気持ちよさそうな声をあげる。
たっぷりと唾液を含ませた舌で、ひな子の蜜を舐め取りながら花芯をつつき花弁をすくい上げる。
無理やり入れられたのか傷ができていて、舌が当たるとひな子は痛がった。可哀相にな、と言いながら、その傷跡に唾液をたっぷりと含ませた唇を寄せてキスをした。

辻井の下半身では、麻衣が自ら硬くさせた男根を持ち、亀頭で自分の秘裂を行き来させて喘いでいる。
すでに麻衣からも大量の蜜が溢れていて、辻井の亀頭から出ている透明な汁と混ざってぐちょりと音を立てていた。
先端だけでなく竿の部分も麻衣はさすり、その入り口の襞が辻井をまさぐっていた。
時折亀頭を中に入れて、カリの部分を縁に引っ掛けるようにして出し入れし、腰を回して麻衣は自分の欲情を高めている。
麻衣の喘く声とひな子のか細い泣くような声と、ふたりの立てる水音が部屋の中で混ざり合い、響いていた。
ふたりの快感が高まるに従い、辻井自身も高まっていき、麻衣が握る手の中で血管を浮き立たせて硬く、大きく、反り返っていった。

「ね……ねぇ辻井さん、入れて、いい?」

とうとう麻衣が上ずった声で辻井に訊いた。いいぞと答えたときには、もう麻衣は辻井のそそり立つものを手で支えて自ら腰を落としていた。

「あぁん……やっぱり一番好きよ、辻井さんのが、一番大きくて好き……」

辻井を咥えこんで歓喜の声を上げた麻衣が、自分の前で感じているひな子の胸に手を伸ばす。

「ひなちゃん、あなたのおっぱい、柔らかくて気持ちいいわ」

麻衣がひな子の胸を揉み、辻井が秘裂をかき分けて中の襞を舌で責める。

「わたし、あいつにひどいことされて……汚いです」
「そんなことないさ。赤くてあったかくて、甘いいい味がする。綺麗だ、ひな子。もっと感じて、いい声聞かせてくれ」

ふたりの上下からの責めにひな子は背中を仰け反らせて達し、辻井の顔に温かい液を雨のように降らした。


ベッドに倒れこんだひな子を優しく撫でながら、辻井は麻衣の身体を突き上げ、腰を回し、荒々しく胸を掴む。
麻衣の腰を高く持ち上げて叩きつけるようにして落とす。落とす瞬間腰をひねって突き上げ、麻衣の最奥を突く。何度も繰り返しているうちに麻衣の締めつけが一瞬強くなった。

「んんッ――ああ……あああぁぁッ!」

麻衣が絶頂に達して大きく叫ぶ。ふっと締めつけが緩くなった時を狙って、再び辻井は自らの腰をひねりながら麻衣を突き上げた。
麻衣の一番奥に当たった瞬間にその一番奥へ精液を放つことで、麻衣の快感を更に高みへ引き上げて、辻井自身も果てた。
辻井の精を受けた麻衣が崩れ落ち、荒い息の中で辻井の唇を塞ぐ。客とは絶対にキスをしない、と公言している麻衣のキスを受けられるのは、彼女の恋人以外では島津と辻井だけだ。
その特権をゆっくりと辻井は味わい、起き上がると軽くシャワーで身体を流し、バスタブに身を沈めた。
するとひな子と麻衣もバスタブに入ってきて、両脇に寄り添った。

「もう大丈夫か、ひな子」
「はい。ありがとうございます。でも……あの、わたしにも――ください」

いいぜ好きにしな、とひな子の耳元で囁く。両手に抱く双方の女の額に軽くキスをした。お湯の中で、ひな子が辻井のペニスを、麻衣が陰嚢を優しく撫で始めた。


再び立ち上がってきたのを見計らってひな子が辻井を自分の中へ導いた。麻衣のこなれた膣とは違う若い膣が辻井をぎちぎちと締め付ける。
「お客さんも沢山いるし、彼氏も何人もいたけど、辻井さんのが一番大きくてステキよ」

太い首筋に唇を這わせて麻衣が言った。ひな子が横で腰を動かしているとは思えない、のんびりとした会話だった。

「そんなことあんまり言うなよ。オヤジが拗ねるぞ」

笑いながら辻井は返した。時折ひな子の動きに合わせて腰を突き上げてやる。その度にひな子の鼻にかかった甘い声がバスルームに響いていく。

「島津さん?島津さんはアレの形が最高にいいのよ……イヤだ、思い出しちゃったじゃない」

今度は島津の身体を思い出しているのか、麻衣はうっとりと天井を見ている。

「島津さんと辻井さんとどっちがどうなんて言えないわ。良さが違うの。どっちも最高で、どっちも好きよ」
「真由子が誉めてたって言っとくよ」

苦笑して、もう一度ふたりを強く抱きしめ、ひな子の腰を掴んで立ち上がった。そのままバスタブを出てマットにひな子を横たえる。

「気持ちいいか」

ガクガク首を縦に振って答えたひな子の胸をしゃぶりながら、腰を動かしてひな子を責めたてる。既に達して感じやすくなっていたひな子はすぐにまた頂点へ上った。
それを見て辻井は中からまだ屹立したままの自身を抜いた。マットの上で放心状態のひな子と、バスタブに寄りかかっている麻衣のふたりにキスをしてバスルームを出る。

「本当に時間がないんだ。悪いな」

不服そうなふたりの女を置いて、辻井は服を着る。ひな子に明日の約束の時間を念押しして部屋を出た。

帰り際、店長室にいる坂上に声をかける。

「随分ひどい痣になってるな、あの子。どれくらいかかるんだ?」
「元通り綺麗になるまでは1ヶ月くらいだとか。まあ、目立たなくなって仕事に復帰できるまでには3週間くらいですかね」

辻井が取り出した煙草に、坂上がすかさず火を点けながら答える。

「あれでも麻衣の次かその次くらいには人気があるんで、うちとしても困ってるんですよ」
「もし男が来たら、連絡をくれないか」
「わかりました。面倒なことに、ひな子に訊いたら写真一枚、携帯の写真ひとつ持ってないってんですよ。本人に面通ししないとわからないってのが、やっかいでして」

面倒なことになりそうだな、と辻井は頭を振って店を出た。
家に帰る途中の車の中で、辻井は夏目と高瀬に電話をかけた。


翌日、辻井は9時過ぎに待ち合わせの『リリィ』へ向かった。一番奥の4人掛けボックス席に、既に夏目と高瀬が座ってコーヒーを飲んでいた。

「おはようございます、カシラ」
「ああ、急で悪いな。他のシノギのほうは大丈夫か」
「そちらは大丈夫です」

そして辻井が事情をざっと説明する。

「しばらく義理事で都内を離れるから、夏目、お前が主導で頼む」
「わかりました。あと、青山さんにも協力をお願いしようと思ってます」

すでにふたりで簡単な打ち合わせはしていたようだ。
DVDを見せられたと言っていたことから、もしかしてその映像が出回っていないかどうかを調べてもらうのだろう。
待ち合わせの10時を少しすぎた頃、店にひな子が入ってくる。キョロキョロと店の中を見回し、辻井の姿を見つけると頬を染めて近寄ってきた。
ブラウンの花柄プリントチュニックにスキニーデニムをあわせて、トートバックからテキストやノートを覗かせているひな子は、どこからどう見ても普通の女子大生だった。
薄いサングラスをかけて、顔の痣をごまかしているのが痛々しい。

「ひな子、隠し事はするなよ。全部洗いざらい話すんだ、いいな」

ひな子が頷いたのを見届けて、ふたりに後を任せ、辻井は『リリィ』を後にした。


その後東征会本部へ寄り、島津とスケジュールの打ち合わせをしてから、旅支度をしに自宅マンションへ戻る。
見事な夕焼けが部屋を茜色に染めていた。
男の旅など持ち物は大してない。まして今回はそのほとんどが喪服一枚で済んでしまう旅だ。
今年の猛暑は自堕落な生活を送ってきた老人たちには堪えたらしい。全国あちこちで大幹部と呼ばれるような大御所が死の旅路についていた。

「行き先は極楽か、地獄か。どっちなんだろうな」

部屋の片隅の仏壇に手を合わせて、辻井は部屋を出た。

事務所へ向かう途中、辻井の足は何故か瀬里奈を抱きしめた公園に向かっていた。
薄暗くなって子供ももういない。周りの家の窓から明るい光がカーテンから漏れてきて道を照らしていた。
ベンチに座り煙草を一本吸っていると、パラパラと雨が降り出した。にわか雨ならいいが、と辻井は空を見た。
公園の外から瀬里奈が辻井を見ていた。昼間会ったひな子と似た格好をしている。思わずひな子の嬌声と快感に酔った顔が浮かび、チッと舌打ちしてその映像を消す。
そのまま立ち去ろうとしたが、瀬里奈が傘を差し出してきた。煙草を靴の裏で消し、パッケージのビニールに入れる。

「傘、ないの?うちまで送ってくれればこの傘、あげるよ」
「事務所までですから、濡れていきますよ」
「なんでここにいるの」
「お嬢さんがもう泣いてないかどうか見にきたんですよ」
「泣いてる。あれからずうっと泣いてる。心配でしょ?だから一緒に来て」
「その割には涙の痕が見えませんねえ」

親指の腹でそっと瀬里奈の目の下をなぞった。

「心で泣いてるのよ。いいから一緒に来るの」

珍しく強い調子の瀬里奈に負け、辻井は瀬里奈から傘を受け取り肩を並べて歩き始めた。


「辻井さんは、初めて会った女の子にキスとかできる?」

いきなり瀬里奈が辻井に訊いた。キスして欲しいという謎掛けじゃあないよな、と思いながら、辻井は考える。

「若い頃ならそんなこともあったかもしれませんね」
「その人のこと、好きだった?」
「本当に好きな人ならね、キスなんかしなくても、一緒にいられるだけでもいいもんですよ」
「じゃあ、初めて会った時にキスするのは好きじゃない証拠なの?」

そうとも言い切れないですね、と辻井が言い、瀬里奈がわっかんない!と肩を落とした頃、ちょうど瀬里奈の自宅に到着した。

「お嬢さん。お嬢さんを一番大切にしてくれる男を選んでくださいよ。それが一番、いい男なんですから」

島津は辻井に数え切れない大切なものをくれたが、その中でも特別に大切なものが尚と瀬里奈だった。
大切に見守り慈しむ存在。それは辻井を暴力とは違う日常を思い出させてくれる存在でもあった。
そんな、ずっと見守ってきた大切な宝物も、いつか他の男の手に渡る日がくる。瀬里奈を少女から女へ変える男と出会う日がくる。
その日を祝福するためにも、瀬里奈を大切にしてくれる男を選んで欲しかった。
門扉に手を掛けた瀬里奈が、辻井を振り返った。

「辻井さんはわたしのこと大切?」
「もちろん大切ですよ。大切なお嬢さんです」
「じゃあ辻井さんがわたしを愛してくれればいい。そうすればわたしこんなに悩まない。辻井さんのバカ」

ガチャン、と門がしまる音がした。呆然としている辻井を残して、瀬里奈は家の中に消えていた。
ちょっと見ていない間に、瀬里奈はどんどん大人に、そして女になっていく。
小さな子供だった瀬里奈の成長が嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちを抱えて辻井は歩き出した。
瀬里奈と歩いていた時に傘に入りきらずに濡れた半身が、妙に熱かった。


(3章に続く)






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