島津組5/涙雨恋歌 第3章 知身雨
シチュエーション


どうしよう、あんなこと言っちゃった。あんなことが言いたかったんじゃないのに。
本当は、キスしてたあの女の人誰?って訊きたかったのに。しかもわたしを愛せばいいなんて、そんなこと言うつもりなかったのに。
瀬里奈はリビングの厚いカーテンの陰からそっと門を覗く。
辻井が瀬里奈の渡した傘を差して立っている。大きな辻井の身体に比べてビニール傘は小さすぎて、窮屈そうだった。

「おかえりなさい。誰かいるの?」

キッチンから都の声がして、慌てて瀬里奈はカーテンを閉めて母に振り向いた。

「な、なんでもない。誰もいないよ」

言いながらもう一度カーテンの隙間から門を見る。もう、激しく降る雨筋しか見えなかった。

「瀬里奈と一緒にご飯食べられるのも、もうあとちょっとだけね」

都は食卓に箸を並べ始めた。

「やっぱり行くの?」
「ええ。ごめんなさいね」
「どうしてなの。お父さんのこと、嫌いになっちゃったの?」
「違うわ。あなたたちのお父さんのこと、嫌いになるわけないでしょう」

食器棚に向かい、食器を取り出しながら、都はそう言った。

「……疲れちゃったの。救急車やパトカーの音に怯えるのにも、もう来てくれないかもしれないって不安なのにも。ママ、もう疲れちゃったのよ。ごめんね、瀬里奈」

弱々しい疲れた笑顔の母がやけに小さく見えた。

「お正月に会って、その時にはもう決心してたのよ。でも、隆尚さんの顔を見るたびにその決心が揺らいで……」

静かに食事の用意をしながら、都はぽつぽつと話している。瀬里奈に話をしているというよりは、独り語りのようだった。

「だから、隆尚さんが結婚するって聞いた時には、ほっとしたの。これでもう迷わずに京都へ行って、山上さんと結婚できるって」

京都の人は山上さんっていうんだね、と瀬里奈は心の中で母に話しかけた。


母はその後も話し続けた。
島津を愛していたのは本当だ。愛人だと人は言うけれど、島津はお金だけでなく愛情も注いでくれた。都にだけは、子供を作ることも許してくれた。
だが心の奥底は見せなかった。悩みを打ち明けたり愚痴をこぼしたりすることは一切なく、何かを都に要求することは一度もなかった。
そして決して、都の気持ちを受け取ることだけは、絶対にしなかった。物であれ、心であれ。

「多分、それが彼なりの割り切り方なんだと思うけど。寂しいものよ、一方通行なんて」

そんな一方通行の思いをずっと抱えているのは、寂しくて不安で疲れてしまったと自嘲した。

「京都に電話して、結婚しますって言ったら、山上さんは喜んでくれた。自分を選んでくれてありがとう、って。ママの気持ちを受け取って喜んでくれた。だから、心底嬉しかった」

だから京都へ行くんだと、都は瀬里奈に言った。もう島津の背中を追うのは、やめにするの、と。

「瀬里奈。あなたを大切にしてくれる人を、あなただけを一番に愛してくれる人を選びなさい」
「辻井さんと同じこと言うね、ママ」

あははと笑いながら瀬里奈が言うと、都は急に厳しい顔で瀬里奈に向かった。

「あの人はやめなさい。辻井さんは、暴力やお金であなたを傷つけることはしない。だけど、あなたを一番には思ってくれない。『ヤクザ』であることを第一にして、あなたを傷つける」

尚を呼んできて、と都は言った。

「あの人が命より大切にしているのは、島津隆尚――あなたのお父さん。辻井さんがあなたに優しいのは、あなたが大切な親分の娘だから。あなたを長浜瀬里奈として見てくれているんじゃないのよ」

ドアに手をかけて、瀬里奈は振り向いた。

「その前に、辻井さんがわたしを選ばないよ、ママ。心配いらない」
「ママと同じ苦しみを味わいたくないなら、辻井さんはやめなさい」

ドアを閉めて尚を呼ぶために階段を上る。
わたしを長浜瀬里奈個人として見てくれているわけじゃない。そんなことはわかってる。
あくまでわたしは島津隆尚の娘、付属品。そんなことはわかってる。
そもそも辻井さんと付き合うなんて、あの綺麗な女の人に勝てるなんて、そんなことありえないし。
ママにとっての山上さんと同じ人を見つけなきゃいけないってことも、そんなこともわかってる。
わかってる。わかってるけど――じゃあわたしはどうすればいいの。
瀬里奈は兄の部屋のドアをノックした。

母と兄、そして自分の3人での食事。
都が休みの日は必ず行われている儀式。平日はほとんどすれ違いで顔をあわせることのない母子が、家族であることを再確認するための儀式だった。
その儀式を終えて、瀬里奈は自分の部屋に戻った。携帯電話を見ると智也から来週の返事を待っているというメールが届いていた。
自分を大切にしてくれる人を選べ。
母と辻井が同じことを言った。

「あなたはわたしを大切にしてくれる?」

携帯電話のメール画面を見ながら、その向こうにいる青年を思い出して瀬里奈は呟いた。


返事遅くなってごめんなさい。来週の土曜日、楽しみにしています。
瀬里奈がそんなメールを送信してすぐ、携帯電話が鳴った。

『瀬里奈ちゃん、返事ありがとう。催促して悪かったね。休憩してたらメールがきたから、嬉しくて電話しちゃったよ』

智也の明るい声が電話から聞こえてくる。

『ねえ、もしよければ、もうすぐバイト終わりなんだけど、これから会わない?』

思わず時計を見た。食事を終えたとはいえ、まだ8時前だ。普段ならこの時間は万理と遊んでいることも多い。

『ダメかな?』
「ううん、行く。お店へ行けばいいですか?」
『店の隣に、チェーンのコーヒーショップがあるからそこで待ってて。9時には行けるから』

じゃあ後でね、と智也は電話を切った。
瀬里奈は電話をベッドに放り投げ、立ち上がりバスルームへ向かう。
バスタブの中で瀬里奈は自分の小さな胸に触った。以前辻井を思って触れた茂みにも触れた。
智也の顔を思い出す。さっきの電話の声を。金曜日の熱いキスと吐息と強い抱擁を。茂みからそっと奥へ指を動かした。
辻井のことを思うだけでとろとろ蕩けてきたそこは、なんの反応もなかった。
きっと、これから少しずつ好きになっていくにつれて、彼のことを思うだけで濡れてくるに違いない。
瀬里奈は自分にそう言い聞かせて、バスルームから出た。
胸の真ん中に大きな飾りリボンがついているチュニックワンピースとデニムに着替える。化粧をするために部屋の鏡に向かう。
肩につくくらいの黒い髪。ふんわりと顔にそってカールさせた毛先にワックスを塗りこむ。
都譲りの大きな目。瞳の色が薄いので、ハーフと勘違いされたこともある。マスカラをつけアイラインを引いて瞳を強調する。豊かな唇にグロスを軽くつける。
頬骨が出ているのと、鼻が万理よりも低いのが、瀬里奈の悩みだ。ノーズシャドウも少しいれる。
鏡に向かってにっこりと笑う。大丈夫、きっと可愛いよ、わたし。独り言ちてから、瀬里奈は慌しく階段を下りる。
リビングの向かいの部屋が、都の部屋兼寝室だ。そのドアをノックして、万理と遊んでくる、と都に嘘をついた。

「気をつけなさい」

都はただそれだけ言った。その言葉の裏に、何百、何千の気持ちを込めていたことに、瀬里奈は気づいていなかった。


待ち合わせのコーヒーショップを見つけ、窓際のカウンターに座る。時間は9時ちょっと前。もう智也が来ているかもと店の中を見回したが、まだ来ていないようでほっとした。
カップを持った時、隣に女が座った。ふっといい香りが仄かに漂ってきた。どんな人がつけているのかと、その人を見た。
辻井と一緒に車に乗っていったあの女性だった。ただ細いだけではない、鍛えられたしなやかな細い身体。
黒いワイドパンツとノースリーブのカシュクールブラウス。その身体にはアンバランスなほどの豊かな胸がブラウスを突き上げている。
自分の格好がとたんに子供っぽく感じて、恥ずかしくなる。
思わずあッと声を出してしまった瀬里奈を、不思議そうに彼女は見て、微笑んだ。

「誰かを待ってるの?」

その外見と同じような凛とした涼やかな声だった。

こんな大人の女になりたい、綺麗になりたい、今すぐに。そうすれば、いろんな悩みが解決するかもしれない。瀬里奈は思い切って彼女に声をかけた。

「あ……あの。あなたみたいに、綺麗に、大人の女性になるにはどうしたらいいんですか」
「あなたの年頃には、あなたの年頃の魅力があるものよ。大人になんかそのうち嫌でもなってしまうから、急いでならなくてもいいと思うけど」

突然の瀬里奈の質問に、一瞬驚いた表情をしたがすぐに微笑みを浮かべてその人は言った。

「好きな人に好きだって言ってもらって、可愛いねって誉めてもらって、大切にしてもらって、抱いてもらった数だけ、綺麗になれるのよ」

座っているだけで、前の道を通る男も女も彼女を見ていく。
この間は黒のストレートヘアだった髪が、今日は濃いブラウンの髪色で髪全体にゆるいウェーブがかかっている。
大きな目は二重まぶたと黒く大きな瞳で神秘的にすら見えるアーモンドアイだ。すっと通った鼻筋と薄めの唇。
エキゾチックな美女にも見える彼女は、一体どれだけの人にどれだけの数の言葉や愛情をもらったのだろう。

「好きな人に?」
「そう。女は、男に誉めてもらった数だけ綺麗になってく。彼にたくさん愛してもらって、大切にしてもらいなさい」

彼女は辻井に一体どれだけ愛してもらっているのだろう。辻井は一体どれだけ彼女を大切にしているのだろう。そう思うと、胸が疼いた。
その時、智也が窓を叩いた。辻井のことは忘れよう、この人に大切にしてもらおう。智也の笑顔を見て、瀬里奈はそう思った。
彼女がちらりと智也を見て、瀬里奈に向かってもう一度微笑んだ。応援されているような気がした。
食器を片付け、彼女にぺこりと頭を下げ店を出る。智也が店を出た瀬里奈の横に立った。

「久しぶり――でもないか。おれがずっと君のこと考えてたから、随分会ってないように思うだけだね」

にっこりと笑い、瀬里奈の手を取って歩き出した。その感触は家を出る前にバスタブの中でしていたことを思い出させ、瀬里奈は赤面した。
食事まだだから軽く食べるところでもいい?と訊かれ、うん、と俯いたまま答える。

「どうしたの、具合悪い?」

俯いた瀬里奈の顔を覗き込むように智也が身体を近づけてきて、瀬里奈の頬はますます赤くなっていった。智也の唇にばかり視線がいってしまう。

「ううん、なんでもない」

精一杯普通を装ってそう言った瀬里奈の頬に、なら良かった、と軽く口づけて智也は歩き出した。


雨ではあるが、連休の中日の夜ともあって、どの店も空席を待っている客が並んでいる。その中を智也はすいと扉を開けて入っていく。

「電話あってすぐに予約しておいたんだ」

智也が連れてきたのは、多国籍風カフェレストランだった。食事が済んでるならデザートでも頼むといい、とメニューを開いてくれる。
生ハムとチーズのオープンサンドイッチにカプレーゼ、生ビールを智也は頼み、瀬里奈はコーヒーとチョコレートケーキを頼んだ。

「ごめんね、急に会いたいなんて言って。正直、オーケーしてくれると思わなかったから、嬉しいよ」

それぞれの頼んだものが届いてから智也が微笑んだ。
瀬里奈は両親のことを話そうかと思った。母の告白を聞いてからも、まだなんとなく釈然としない気持ちが残っている。
父と母はそれでいいかもしれない。お互いの道を見つけて、それに向かっていこうとしているのだから。
だけど、じゃあわたしは?お兄ちゃんは?新しいお父さんにしろお母さんにしろ、今更お父さんお母さんって呼べっていうの?
ふたりとも、わたしたちのことどうでもいいと思ってるのかと、納得がいかなかった。
だが結局、瀬里奈はその話はしなかった。利己的に聞こえてしまうかもしれない。智也に、そんな面を見せたくなかった。
子供っぽい悩みだと、笑われそうだった。


いつの間にか智也は前の彼女に振られた話をしていた。振られて落ち込んでいた時にちょうど瀬里奈が現れた、と。

「瀬里奈ちゃんはどう?ずっと憧れてた人に彼女がいるってわかって、その恋は終わったわけでしょ?」

急に自分の話になり、瀬里奈は驚いて飲んでいたコーヒーにむせた。辻井の背中を思い出し、それを忘れようとした。

「そんな時にさ、違う人が現れたら、その人のこと好きになったりしない?」

智也が微笑んでいた。その視線に瀬里奈が気づき、智也の目を見る。瀬里奈の手に智也の手が重なった。智也の印象と同じ、さらりとした感触の掌だった。

「今日は帰らなくていいよね」

思わず瀬里奈は頷いた。智也の瞳の熱さと、掌の涼しさが瀬里奈の素肌を伝っていった。

傘を差したふたりは無言で歩いた。しばらく歩いてたどり着いた5階建てマンションの4階の角が、智也の部屋だった。
ドアを開けると機械の音がした。大きな一部屋を天井までのパーティションで区切ってあり、そのうちの一部屋は、ぎっしり様々な機材で埋め尽くされていた。
それぞれが動いているらしく、真っ暗の部屋の中でモニターの光が青く光り、機械の動作音が途切れなく聞こえた。
エアコンが効いていて、帰ったばかりだというのに涼しい空気が漂っている。
もう一部屋はクローゼットに大きなテレビとベッド、低いテーブルがあるだけの部屋だった。テレビの横には姿見、テーブルの上にはお酒の瓶とグラス。
智也は機械がある部屋へ入り、ロールカーテンを下ろす。しばらくしてからダイニングに戻ってきて冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「あ、瀬里奈ちゃんは未成年か」

言いながらミネラルウォーターのボトルも出して瀬里奈に渡す。缶ビールを飲みながらテーブルの前に胡坐をかいて座り、瀬里奈を呼んだ。
「おいでよ」

瀬里奈はためらいながら智也の横に座る。持ったままだったペットボトルを智也が奪い取る。そのまま瀬里奈を抱きしめた。
地下道で抱きしめられた時よりも、智也を近くに感じる。智也が腕を動かすたびに筋肉も動き、その動きに瀬里奈は吸い込まれていく。


「昨日、家にいる時も、バイトしてる時も、誰かと話してる時も、ずっと瀬里奈ちゃんのことが頭に浮かんでた」

智也の息が瀬里奈の耳をくすぐる。胸が熱くなってきている。

「どうしようもなくなって今日、メールした。その時はさ、メールの返事がくればいいと思ってた。なのに、返事が来たら今度は声が聞きたくなった」

智也の掌が瀬里奈の肩にあった。さらっとした掌。男にしては細くて白い綺麗な指。それが肩から背中へ移動する。

「電話して、声を聞けたら、次は会いたくなった」

耳元で囁いていた智也が身体を起こし、瀬里奈を見つめた。

とくん。

瀬里奈の下半身が反応した。

「会えたら、抱きしめたくなった。抱きしめたら……」

瀬里奈を見つめていた目がぎゅっと閉じられた。何かを言いたいが、言葉にできないといった風に、智也は軽く首を振って息を吐いた。

「ああ――君が好きだ、瀬里奈」

コーヒーショップを出た時にそれしか見えなかった、智也の形のいい唇が、瀬里奈の唇に重なる。
智也の長い舌が瀬里奈の口を割って滑り込む。背中を撫でていた手は頭と腰をしっかりと抱え、指がうごめく感触でぞくぞくと背中が震える。
瀬里奈の舌をじっくりと舐め上げた後、智也は瀬里奈の舌を絡め取り、唾液を流し込んだ。
ゆっくりと智也が唇を離す。それまで口の中を動いていた舌が唇を舐めている。智也の唇の感触を直に感じて、瀬里奈の身体はぴりぴりと反応していった。


「初めてだよね」

頷いて瀬里奈は目を開ける。

「嬉しいよ、瀬里奈の最初の男になれて」

カーペットの上に押し倒される。洋服の上から智也が瀬里奈の身体に触れていった。瀬里奈の体の線をなぞるように、首筋から肩、腕、腰とその手は動いていく。
やがて瀬里奈に覆いかぶさって、智也は瀬里奈の身体に口づけを落とす。胸元に唇を這わせ、口でブラジャーを押し下げる。
身体をなぞっていた手を背中にやり、ブラジャーのホックを外した。ふるん、と小ぶりの胸が洋服の下で震えた。
我慢できなかったかのように智也は瀬里奈のチュニックを脱がした。手を上にあげて袖を抜くついでに、ブラジャーも取り去った。
胸、隠さないで、と言って智也は瀬里奈の下半身に手を伸ばす。ジーンズのボタンを外してファスナーを下ろしそこに手を差し入れる。

「濡れてるよ、もう、下着もぐしょぐしょだよ」

恥ずかしくて瀬里奈は智也から顔を背けた。やわやわと智也の指が瀬里奈の恥丘を撫でる。親指がすっと下着の中へ滑り込んできた。

「立って。そう、おれに見せるようにして、脱いで」

ベッドに背を向けて座ったままの智也の前に立ち、困惑しながら瀬里奈はジーンズを脱いだ。小さなブルーの布地だけが、瀬里奈を覆っていた。

「それも脱いで。おれも脱ぐから」

智也は座ったまま自分の服を脱いだ。智也のボクサーパンツの上からは既に濡れて光っているものが顔を覗かせていた。
初めて見る、男性器だった。視線が、避けようとしてもそこに注がれてしまう。
それに気づいた智也が、にやと笑って己の先端部分を撫でた。

「瀬里奈の裸を見ただけで、もうこんなになってるよ。ねえ、全部見せて」

瀬里奈の太腿にに口をつけながら、智也がそう囁いた。

ゆっくりと、震える手で下着を下ろしていく。手で身体を隠そうとするのを阻止され、瀬里奈は恥ずかしさで身をよじった。
足をぎゅうとくっつけ、顔は背けて横を向く。蛍光灯の白い光の下で、瀬里奈の白い肌がだんだん赤みを増していった。
じっと上から下までを観察するように眺めた智也がようやく立ち上がった。

「お尻にほくろがあるんだね、瀬里奈」
「なんで知ってるの……」

ほら、ここに、と智也が瀬里奈のなめらかな尻に指で触れた。

「後ろみてごらん」

振り向くと、瀬里奈の身体がちょうど姿見に映っていた。自分の裸の身体を鏡に映して見たことはある。自宅の部屋で鏡の前に立つことは何度もある。
だが今はその後ろに、同じく裸身を晒す智也がいた。
瀬里奈よりも一回り大きな智也が、後ろから瀬里奈を抱きしめた。
智也の華奢な手が瀬里奈の胸を掴んでいる。指が乳首をそっとこね回す。黒い茂みを梳くように撫でる。
それを全部、瀬里奈は鏡で見ていた。


突然首筋を智也が吸い、驚いた瀬里奈の足を膝で割った。瀬里奈が足を閉じる前に、智也の手が奥へと進んでいた。

「あ……あぁぁ……っ」

思わず上ずった声をあげてしまう。

「初めてなら、ここも慣らしておかなくちゃ、後が痛いから」

瀬里奈のそこはすでにくちゅ、ぐちゅ、という粘着質な音を立てるほど、濡れていた。

「こんなに濡れてる。いやらしいね……でもそんな瀬里奈が好きだ。もっと、もっと、濡れてよ」

耳元に口をつけながら智也は瀬里奈に囁き続ける。胸をまさぐる指も止まることはない。後ろにいる智也の肩に、瀬里奈は頭を預けるようにして快楽を味わっていた。

「乳首も硬くなってるじゃないか。ああ……こっちの、瀬里奈の芯も尖ってきてる」
「あんっ、はぅっ……ああ……あああああぁ」

割れ目をなぞっていた指が、包皮をめくって芯に触れた。その瞬間、瀬里奈の身体が震えてきて声を上げた。

「ここ、気持ちいい?」

親指で陰核をねっとりとねぶっていた智也の手が、急にそこを離れて瀬里奈の顔の前に現れた。中指と人差し指で瀬里奈の唇を撫でる。撫でているうちに開いた口へ、その指が入ってくる。


「この指。瀬里奈、見て」

すぽんと口から指を抜き、ついた唾液を頬にまぶした。瀬里奈に自分の指を見るように要求して、智也の手は再び瀬里奈の秘所へ向かう。
鏡に映るその手の動きを追ってしまう自分が嫌だった。嫌だと思っていても、見てしまう自分はもっと嫌だった。
さっき自分がしゃぶった指が、首から徐々に下へ向かって進み、黒い茂みをかき分けてもうひとつの自分の口に入っていく。
智也の指が秘裂をさする。襞の一枚一枚を丁寧に撫で、蜜を滴らす泉の中へゆるゆると侵入する。その指先の動きひとつひとつや智也の息遣いで、ますます泉は蜜で溢れてくる。

「自分でやるのとは違うだろ?」

智也の指が身体の中でうごめいている。自分で入れた自分の指とは全く違う動き。全く違う感覚。瀬里奈は背中を反らせて感じていく。

「いや……ぁっ、い……あ……ッ」
「いやじゃないだろ。気持ちいいって、こっちの口は言ってるよ」

いつの間にか2本の指が中に入っていて、瀬里奈の肉襞をしゃくるように責めていた。理性はすでに飛び、ただ快感を求めて瀬里奈の身体も動いていた。

ふいに、自分の身体をしっかりと抱いていた瀬里奈の手を智也は握った。後ろからの抱擁を解き、指を抜いて瀬里奈を正面から見る。
握られていた手を、智也の下着の上にあてられる。そこには既に硬く立ち上がった智也のモノがあった。

「脱がせてくれる?」

頷いて、両手を添えて脱がせる。開放された男根は反り返り、智也の下腹部に音を立てて当たった。
智也は自分の男根を瀬里奈に触らせた。手を添えて扱くように動かせる。瀬里奈の手の中で、更にそれは大きくなる。

「キスして」

瀬里奈は不安気に智也を見て、そして跪いた。手で持っている赤黒い怒張した肉の棒の先端に、口をつける。

「ああ、瀬里奈。気持ちいいよ。口に入れて、しゃぶって」

ちゅ、と口をつけた先端部分を、口に咥える。

「そう、上下に動かして……そう、もっと奥まで……」

智也の言う通りに必死で口を動かす。

「鏡見て」

ちらりと鏡を横目で見る。立っている智也の足元にうずくまり、智也の前に跪き、股間に口を寄せて顔を高揚させている自分が見えた。
ひどく卑猥で、すぐに瀬里奈は目をそらした。恥ずかしくてたまらなかった。


気持ちいいよ、と智也は瀬里奈の頭を撫でる。
ようやく智也が瀬里奈を立たせ、そして抱きしめた。腰を押さえてベッドへ押し倒し、不安に揺れる瀬里奈の瞳を閉じるようにキスをして、膝を割った。

「痛かったら、言ってね」

智也は瀬里奈の足を抱えて自分の肩へ乗せる。
ぬるぬるとしている亀頭を瀬里奈の秘裂にあててゆっくりと腰を埋めていく。たっぷりと濡れていたからか、それとも過去に自分でしていたからか、挿入はスムーズだった。

「あぁ……ああ」

目をぎゅっとつぶり、瀬里奈は自身の中へ異物が入ってくる圧迫感に耐えた。そこだけが、熱く燃えるように感覚を持ち、ぐちゅりという粘液の音がやけに大きく耳に響く。
最後に智也が根元まで押し込んだ時に、瀬里奈は目を開けて息を呑み悲鳴を上げた。
その後はほとんど覚えていない。智也がひたすら腰を振っているのをうっすらとした意識の中で見ていた。
身体の痛みと突き上げられる衝撃に耐えながら、瀬里奈の頭にあったのは何故か父の顔だった。

「避妊だけはしとけよ」

冗談めかして言っていたが、あれは父なりのメッセージだ。ちゃんとそういうことをしてくれる男を選べよ、という。

「お嬢さんを大切にしてくれる人を選んでください」

辻井の言葉も思い出す。この人はわたしを大切にしてくれると言った。それを信じちゃいけないかな。
最後に会った時の公園に座っていた辻井の姿を思い出した瞬間、智也が何もつけずにそのまま自分の中にいることに気づいた。
妊娠の恐怖に怯えて瀬里奈の頭が急に目覚める。その時、感極まって呻いた智也が瀬里奈の中から自身を引き抜き、瀬里奈の腹の上に射精していた。
撒き散らされた白い濁った液体の熱さと対極に、瀬里奈の心は冷えていた。


智也が瀬里奈の身体と自分自身をタオルで拭き、瀬里奈の横に寝そべった。
ちゅ、と音をたてて瀬里奈の額に口づける。

「あの……智也さん……その、直接……」

口ごもりながら瀬里奈が避妊の話をすると、智也がごめん、と謝った。

「あんまり瀬里奈が可愛いから、夢中だったんだ。ごめん。次からはちゃんとつけるよ」
「うん……」
「でも、もし、今ので何かあったとしたら、おれ、ちゃんと瀬里奈のご両親に挨拶いく覚悟はあるから」

そんなことしたらお兄ちゃんとお父さんに殴られてひどいことになるんじゃないかしら……と思いながら、ひとまず瀬里奈は安心した。

「瀬里奈。もう、離さない。大切にする、好きだよ……」

ほらね、と瀬里奈は父と辻井に向かって言う。この人はわたしを大切にしてくれるって言ってるよ。安心でしょ?
隣の部屋でうなっている機械の音に混ざって、ますます強く降る雨の音が聞こえた。智也を信じようとする瀬里奈の心を揺さぶるような、そんな雨の音だった。

次の日の火曜日、校門で尚と別れ急ぎ足で教室へ行く。万理に話がしたかった。智也の話ができるのは、万理だけだったからだ。

「万理、おはよう――どうしたの?元気ないね」

おはよう、と返す声に力がない。いつも元気で明るい万理が上の空だ。なんとなく、智也とのことを話すきっかけを失って、瀬里奈はそのまま自分の席についた。
お昼を一緒に食べていても、休み時間に話しかけても、ずっと万理は上の空だった。授業が終わり、いつもの通り万理と帰ろうとすると、万理が今日は一緒に帰らない、と言った。

「今日は、ちょっと佐倉と一緒に帰る。ごめんね瀬里奈」

佐倉ひとみという同級生を、瀬里奈はあまり好きではなかった。学校の中でもトップクラスの容姿を持つ彼女は、教室にいる時間よりも夜の街にいる時間のほうが長い。
あちこちで男をとっかえひっかえ遊んでいると噂され、クスリやウリもやっているともっぱらの評判だ。
万理が何故ひとみと一緒にいるのか、途端に不安に襲われる。

「万理、宏太さんと何かあったの?」
「えっ。なんでそんなこと訊くの、瀬里奈。何にもないよ、何にも。瀬里奈こそ、智也さんとどうなのよ」

智也と過ごした昨夜のことを話した。喜んでくれると思った万理が、何故か暗い顔になった。

「そ、よかったね瀬里奈。気をつけなよ。じゃあ」

ひとみが万理を呼ぶ声がして、万理は鞄を持ち駆け出した。
瀬里奈は久しぶりにひとりで帰宅の途についた。ひとりで乗る電車はつまらなくて、瀬里奈は時間をもてあました。


次の日は朝から万理はひとみと行動を共にしていた。瀬里奈が声をかけても、曖昧に返事をしてそっぽを向いてしまう。
そしてその次の日、瀬里奈が教室へ入ると、クラスの女の子が瀬里奈を呼んだ。

「ちょっと瀬里奈!万理が停学だって!エンコーしてたってマジ!?」
「嘘でしょ?援助交際って、万理が?なんで?」
「なんか、昨日の夜、オッサンとホテルから出てきたのを見つかったらしいよ。佐倉も一緒に停学だよ。あいつはとうとうって感じだけど、まさか万理がねえ」

そこまで話したところで、担任教師が教室に入ってきた。授業は全て頭の上で通り過ぎていった。
何度も万理に連絡をしようと携帯電話を取り出した。だが、なんと切り出していいのか言葉が思い浮かばず、その都度瀬里奈は携帯電話を鞄にしまった。


早々に帰宅してから、ようやく決心して瀬里奈は電話をかけた。長い間呼び出し音が鳴り、やっと万理が電話に出た。

『何よ、瀬里奈。あんたもわたしを笑ってるわけ?』
「そんなつもりじゃ……」
『そうよ!お金もらってオジサンと寝たわよ、あんたが憧れてたあの人くらいの年のオジサンと。なんで?宏太さんが好きだから、好きだからやったのよ、後悔してないわよ!』
「宏太さんが好きだからって、どういうこと?身体売るなんてどうして?」
『お金貸して欲しいって言われたのよ。何よいい子ぶっちゃって。あんたのお父さんなんか、売春してるお店からお金もらってるんでしょ。大元締めじゃない。
お母さんだって愛人じゃない。愛人なんて援助交際とおんなじよ。お金もらって男と寝て、それで暮らしてるんだもん』

今まで、瀬里奈の両親のことを悪く言ったことがなかった親友が、あしざまに罵っている。

『売春してる両親の子供のくせに、綺麗事言わないでよ。じゃあ何、お金がないって言ったらあんたが貸してくれたの?違うでしょッ!?
好きな人が困ってたら、なんとかしてあげたいって思って何がいけないのよ。あんたは違うの?智也さんに助けてって言われたらそう思わないの?
ああそうか、智也さんはそんなこと言わないのね。よかったわね、お幸せに。もうあんたの顔なんか見たくない!』

ブツリと切れた携帯電話を、瀬里奈はベッドに放り投げた。悲しくて、涙が零れた。


宏太に話が聞こうと思いたち、家を出る。なんで万理にお金を貸してと言ったのか、知りたかった。
瀬里奈は初めて会ったレストランへ行った。宏太も智也も今日はシフトに入っていないと言われた。
店を出てしばらく歩き、携帯電話を取り出す。智也のメモリーを呼び出し、電話をかける。
電源が入っていないか、電波の届かないところに……というメッセージが聞こえ、苛立ちまぎれに瀬里奈は携帯電話をそばの壁に叩きつけた。

「瀬里奈?」

智也の声がした。思わず、智也の胸に飛び込んだ。一瞬驚いた智也が、優しく抱きしめてくれた。


(4章に続く)






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