シチュエーション
![]() 「我が…君」 感極まったようにそう呟き、彼は跪いた。 玉座の君主に対するようなそれに、彼女は驚きに目を見開く。 彼女は女王でもなければ姫でもない。 上質の衣を身に纏う美丈夫に、こんな風に跪かれるような身分ではない。 むしろ、跪かなければいけない身分にあるのだ。 どうしたらよいかわからず、彼女は跪いて項垂れる彼を見つめた。 「永い、永い間…お探ししました。ようやく、見えること叶いました…」 彼はゆっくりと顔を上げ、彼女を見つめる。 その面に浮かべられるのは、花ですらも恥らってしまうかのような微笑。 嬉しそうな、幸せそうな、恍惚すら伺える微笑に、彼女は息を呑む。 今までそんな微笑を向けられたことは、覚えている限りでは、ただの一度もない。 「貴方、は…」 呆然とした問いかけが彼女の口から漏れる。 「私は貴女様の僕。ただただ、貴女様のためだけに生きる者です」 「わ、私…」 言いかける彼女の言葉を遮るように彼は言う。 「私が貴女様の敵になることはありません。信じて欲しいとも、信用して欲しいとも言いません」 けれど、と彼は続ける。 「私と共に来て頂きたいのです。貴女様の、あるべき場所へ」 「あるべき、場所?」 「はい」 「でも、私……ここから、出られない。私には、なにも決めることができない」 「いいえ、望んでいいのです。…何を望まれますか?」 「……もう、こんなのは嫌!嫌なの!」 ぽろぽろと涙を零し、彼女は顔を覆った。 「わかりました。貴女様を縛る全てを薙ぎ払いましょう」 至極当然、とでも言うように彼は微笑み、優雅にゆっくりと立ち上がる。 「我が君にこのような辱めを与えた者を、生かしておくつもりはありません」 その声は冷たい熱を孕み、思わず顔を上げた彼女は震える。 それに気付き、彼は甘く蕩けるような柔らかな微笑を彼女に向ける。 「暫しお待ちください、我が君」 くるりと踵を返し、彼は部屋を出て行く。 その彼の背を見送った彼女は、呆然と立ち竦む。 そして同時に、既視感を覚える。 何故だかわからない。 だが、初めて見る彼の後姿を、知っている気がする。 「私…………知って、る?」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |