島津組8/涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 後半
シチュエーション


タクシーも乗っけてくれないよ、と後藤に言ったほどずぶ濡れ状態の瀬里奈が乗った辻井の車は、どう見てもタクシーよりも高級なものだった。
シートも綺麗な革張りだ。ふと背中を見ると革が水分で変色している。
何も考えずに乗ってしまったし、辻井もそのことは何も気にしていないように見える。

「あの……。ごめんなさい。すごい濡れてるのに、革、しみができちゃうよね」

ああ、と辻井は首を振った。

「雨で濡れているだろうと思ってお迎えにあがったんですから、乗っていただかないと困ります。学校まで行けなくて申し訳ないと思っているくらいなんですから」
「でも、シート……」
「お嬢さんがあのまま雨の中を歩くことに比べれば、そんなものは大したことありませんよ」

一事が万事この調子で、いつも辻井は瀬里奈を優先してくれる。いつも優しく見つめてくれる目に映った、あの日の愕然とした表情が鮮明に瀬里奈の脳裏に蘇った。
謝らなきゃ。あんなにひどいことをしたのに、昔と変わらず接してくれた辻井さんに、謝らなくちゃ。

「ごめんなさい」

謝ると、辻井は不思議そうな顔をした。

「わたし、近寄らないでって言っちゃった。傷つけたよね。ごめんなさい。あんなこと、言うつもりなかったの。あれからずっと、謝ろうと思ってたの。ごめんなさい」
「いいんですよ」

必死で謝罪の言葉を探す瀬里奈を遮って、辻井は頭を横に振った。

「あれが、自分の本当の姿ですから。お嬢さんが怖いと思うのは当然です。気にしないでください。こちらこそ、お嬢さんの前であんなことをして、申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい。わたしこそ……」
「お嬢さんさえいいのなら、もういいんです」

車が止まった。自宅の前だった。


もう少し、一緒にいたかった。だって明後日には東京を離れちゃう。
言わなきゃ伝わらない。一緒にいたいって、声に出して言うのよ瀬里奈。自分を奮い立たせるように言い聞かせる。

「辻井さん」

声が震えるのが自分でもわかる。訝しげに辻井が瀬里奈を見る。

「お、おなかすいた」
「は?」
「走ったら、おなかすいた」

子供みたい。瀬里奈は自分で自分を罵った。なんでこんなこと言ってるのよ。わたしのバカ。
一瞬呆けた顔になった辻井だったが、やがてふっと笑みをもらす。

「今日は一日休みをもらってましてね。いつもなら組の者と食事をするんですが、今晩は誰もつきあってくれる人がいないんです。お嬢さんとご一緒できると、嬉しいんですがねえ」
「いいよ。わたしがつきあってあげる。一緒にご飯食べにいこ」
「助かりました。ひとりで食べるのも寂しいですから」

シャワーを浴びて、着替えてきてください。ここで待ってます。辻井のそんな言葉を聞いて、瀬里奈は車から飛び出した。


自分の部屋へ駆け上がる。詰めた荷物をひっくり返して、少しでも大人に見えるようなワンピースを選んだ。
黒のベアトップで腰の部分からはゆるいプリーツが入った柄スカートになっている。それに白いロングカーディガンを羽織ることにする。
万理と一緒に買ったライトブルーの下着も引っ張り出す。いつか辻井に脱がせてもらうことがあるかな、とぼんやり思った下着だ。

「でも別に、ご飯食べに行くだけだし、そんなことあるわけないよ……ね。期待してるわけじゃない……ない、ない。絶対ない。そんなのありえない」

自分に言い訳をしながら、着替えを持ってバスルームへ向かう。
ずぶ濡れになった制服を脱ぎ、シャワーを浴びる。いつもより丁寧に身体を洗っている自分がいた。

「胸、ちいちゃいのはしょうがないじゃん。後藤のバカ」

ともすれば瀬里奈の手の中にも収まりそうな程度の胸。大きな万理の胸の何分の一でもいいから分けて欲しい、と万理と笑い合っていた。
揉んでもらうと大きくなるらしいよ、と冗談めかして万理が言い、その度に辻井の手を想像しては赤くなったものだ。

「……。だから、ないって」

自分の胸を包んでいた手を離して、もう一度熱い湯を浴びてから、瀬里奈は浴室を出た。
選んだ服を着込み、髪を乾かしてからもう一度部屋へ戻る。
軽く化粧をして、小さなバックの中に荷物を詰めていって、ふと智也に持たされた箱に目が留まった。
コンビニから出てきた智也に渡されたコンドームの箱だ。紙袋から箱を取り出す。パッケージを開けて中から一束取り出してそれもバックに入れた。

「きっと、辻井さんは大きいサイズじゃないといけないから、これじゃダメかも。しっ、知らないけど」

だからないってば、と赤くなる一方の顔を抑えながら、部屋を出た。

「瀬里奈、どっか行くのか?」

玄関でサンダルを引っ掛けていると、尚が声をかけてきた。

「今日、ご飯いらないからってママに言っといて」

コサージュがついたバックストラップサンダルを鳴らして、瀬里奈は門までの数段の階段を下りる。門扉のところに傘を差した辻井がいて、門を開けて出てきた瀬里奈を傘に入れてくれた。
いつかの雨の日に彩にしていたように、辻井は瀬里奈を助手席に乗せ、傘を後部座席に置いて、運転席へ乗り込んだ。
エンジンがかかると、今までは気づかなかったが、カーステレオから微かにアコースティックギターの音色が流れてくる。柔らかで物悲しくも暖かい音色で、なんだか辻井さんみたいだ、と瀬里奈は運転席の男に視線を投げかけながら思った。

「どこに食べにいくの?」
「まだ時間も早いですから、少し遠くへ行きましょうか。せっかく綺麗な格好もしてきてくださったことですし」

後部座席のひざ掛けを辻井は瀬里奈に手渡してくれ、それを膝に広げて雨とギターの音を聴いた。あまり会話はなかったが、同じ空間に一緒にいられるというだけで、幸せな気分だった。


車はどんどん山の中へ入っていく。一体ここはどこなんだろうと瀬里奈がきょろきょろした頃、和風の隠れ家のような建物の前で辻井は車を止めた。駐車場には他に一台の車がある。
建物の中へ入ると、ホテルのロビーのようなフロアになっていて、支配人が辻井に挨拶に出てきた。
温泉もあるので是非泊まっていってください、という支配人の言葉に瀬里奈は目を輝かせたが、明日学校があるでしょう、と一蹴されてしまった。
山を眺めながら食事ができるレストランは絶壁の上にあり、白く降る雨が彩る深い緑が広がっていた。

「紅葉の時期には真っ赤に染まるんですよ」

給仕にやってきたウェイターが、瀬里奈に向かって微笑みながら言った。季節ごとに山は違う顔を見せるんですよ。
また来たい、と言うと、辻井がいいですよと頷いた。
食事は本格的なフランス料理で、最後のデザートまでが美味しかった。食事を終えると辻井が帰ろうとするので、頑強に反対した。

「温泉入りたい。せっかくなんだもん」
「帰るのが遅くなります」
「いつもだって寝るの夜中だから、平気だよ」

ため息をついた辻井がウェイターに、支配人を呼ぶように言う。すべるようにやってきた支配人が、部屋のカギをテーブルに置いた。

「今日は、離れが空いてますからお使いください」

やった、と言った瀬里奈に、支配人の男がウィンクを返した。


渡り廊下を通った先にある離れは、和風な母屋と一転して洋館の趣がある建物だった。
入り口のドアを開けると、アンティークでまとめられたテーブルセットとソファがある部屋があり、その奥にベッドルームと内風呂へのドアが並んでいる。露店風呂はベッドルームからも行けるのだという。
支配人の後ろから従業員が飲み物や軽食などを揃えたワゴンを押してくる。

「では、ごゆっくりお過ごしください」
「後は帰るまで来なくていいぞ」

辻井の言葉でドアが閉まり、とうとうふたりきりになったのだと瀬里奈は急に落ち着かなくなる。

「えっと、その。また連れてきてくれるって本当?」
「ええ。お望みなら、またお連れしましょう」
「それなら、今度は泊まりがいいなあ。ほ、ほら、わたしもう引っ越しちゃうから、どこかに泊まらないと……」

言い訳しながら辻井に背中を向けた。その瀬里奈を後ろから辻井が急に抱きしめた。

「ど、どうしたの、辻井さん。あのっ……わたし、お風呂入るから、離して」
「一緒に入りますか?」
「なっ、何言ってるのっ?」

自分が言おうとしていた科白を辻井に言われるとは思っていなかった。瀬里奈の頭の中では、一緒に入る?と瀬里奈が言い、それを辻井は冗談でしょう、と笑い飛ばすはずだった。
辻井の腕が瀬里奈の胸に触れている。揉んでもらうと大きくなるらしいよ。万理の言葉が頭をよぎる。身体は緊張して硬くなり、頭は混乱して真っ白だ。すると、辻井の腕の力がゆるくなった。

「あまり男を誘うようなことを言うもんじゃありませんよ」

髪にキスされた感覚がする。ごめんなさい。小さな声で謝った。

「……わたし、ほんと、子供だよね」

辻井に似合うような、大人の女性になりたかった。少しでも背伸びをして、大人びたフリをして、辻井と対等に笑えるような、そんな大人になりたかった。
子供のままじゃ、つりあわない。
大人になれば、もしかしたらわたしが辻井さんに選ばれる日がくるかもしれないから。
それは言葉にしなかった。

「辻井さんは、わたしがお父さんの娘だから大切にしてくれてるだけでしょ……?」

言ってはいけないことだったと、口にしてから瀬里奈は思った。
辻井にとってそれは真実だとしても、瀬里奈を前にして「そうです」とは言えないだろう。とはいえ、「違います」と言ったら嘘になる。
瀬里奈を抱きしめていた腕が離れ、辻井は瀬里奈の前へ行き、すっと跪いた。
ヤクザである辻井が膝をついて頭を垂れる相手は、親分である島津隆尚だけだ。彼らの間には親子という厳然たる主従の関係がある。辻井は島津のために生き、島津のために死ぬ。それが、ヤクザの親子関係だ。
そしてその関係はそれ以外の人間には適用されない。他の人間に対して辻井が膝をつく時は、屈服した時だ。
なのに、辻井が自分の前で膝をついている。驚きのあまり瀬里奈は口を手で押さえた。


「お嬢さん。オヤジ――あなたのお父さんは、自分に数え切れない大切なものをくれました。
その中でも、お嬢さんは、本当に大切な人です。生まれた時からずっと、ずっと大切に、宝物のように思ってきました。お嬢さんは暴力の世界に生きてる自分に、そうじゃない世界を思い出させてくれる、かけがえのない存在です」

手が取られ、その手の甲に軽い口づけが落とされる。

「お嬢さんは、オヤジのお嬢さんだからこそ、自分にとって大切な存在なんです。他の女をどれだけ愛したとしても、こんなに大切だと思うことはありません。本当ですよ」

辻井は瀬里奈の手を自分の頬に当てた。辻井の体温が伝わってくる。

「大人になんか、そのうち黙っててもなってしまうんです。今だってもう既に、自分の知っているお嬢さんに比べて随分と大人になっていて、驚いてますよ。
大学へ行って、就職して、恋愛して――大人になったお嬢さんを愛して守るのは、一体どんな男なのか楽しみにしています。けどそれは寂しくもあるんです。
だからもう少し、子供のままのお嬢さんでいてくれませんか。お嬢さんを見守る特権を、こんなに早く自分から奪わないでください」
「大人になったら、わたしを守ってくれないの?それなら、わたし大人になんかなりたくないよ」
「いいえ。もちろん命がある限り、いつだってお嬢さんを見守っています」
「本当?」

瀬里奈のその問いに、辻井はしっかりと頷いた。

「ええ。約束しましょう。お嬢さんが愛する男を見つけるまで、あなたのことは自分がお守りします。その代わり、必ず自分以外の男を見つけてください。こんなヤクザもんじゃなく、カタギの、お嬢さんだけを愛してくれる男を」
「見つけられないかもよ」
「大丈夫。きっと見つかります。お嬢さんが、周りの男をちゃんと見ていれば」

見つからなくてもいいよ、とは言えなかった。わたしが好きなのは辻井さんだよ、とも言えなかった。もう引っ越しちゃうから、守れないくせに。とはもっと言えなかった。それを承知で、そしてあえて無視をして、こんな無理な約束を言い出しているのだから。
多分この気持ちは「憧れ」だ。世の中の女の子が最初に父親に抱く擬似恋愛感情の延長のようなものだ。それがたまたま、父親ではなく辻井に向いてしまっただけだ。
それに、辻井にとって瀬里奈は「親分の娘」。むしろ自分の子供といってもいいような感情しかない。
だけど、もういいのだ。誰よりも大切に思われているのなら、父の付属品でも、女として見てもらえなくても。
それがわたしの特権なのなら、それでかまわない。


約束よ、絶対よ、ずっとよ、と言いながら瀬里奈は辻井に自分の身体を預けた。辻井の首に手を回す。
今度は自分から辻井の唇を塞ぐ。夜になり少し伸びてきているヒゲが微かに瀬里奈の頬を刺激する。舌を差し入れると、辻井がぎゅっと瀬里奈の身体を強く抱いた。

「あなたは、俺にとってはあくまでも大切なお嬢さんだ。女性として愛することはできませんよ。いいんですか」
「いいの。辻井さんにとって女の人はたくさんいても、お父さんの娘はわたしだけでしょ。だから、いいの。でも、でも……」


一度でいいから、女として抱きしめて。


ようやく、瀬里奈は自分の願いを思い人に告げた。最後なら寂しくない。そうだよね、ママ。

瀬里奈はそのまま横向きに抱きかかえられた。耳たぶに軽く辻井の唇が触れる。

「露天風呂、入りますか?」
「一緒?」
「ええ、いいですよ」

パッと満面の笑顔を瀬里奈は浮かべた。
ベッドルームへ連れてこられ、ベッドにそっと下ろされる。瀬里奈に覆いかぶさり、辻井はスーツの上着、ベスト、ネクタイ、靴下と順に脱いでいく。
ワイシャツのボタンは、瀬里奈が外してあげた。自分のものではない服の、小さなボタンを外すのは元々不器用な瀬里奈には難しかった。その上じっと辻井が自分を見つめるので、更に手が震えてしまう。
ようやく全てのボタンを外すと、その下の辻井の肌が見えた。そっと身体に触れる。とくん、と瀬里奈の胸がときめいた。
辻井はカフスを取ってワイシャツを放り投げ、瀬里奈のカーディガンの袖を抜いた。ワンピース一枚になった瀬里奈の肩に、口づけが落とされていく。
ぴくんと瀬里奈は跳ね上がり、空いた背中の隙間に辻井の手が滑り込んで、ベアトップ部分ごと、引き下げられる。辻井は瀬里奈の足を持ち上げて、ワンピースを足から抜き取った。
瀬里奈の上に、辻井の大きな身体がある。何度こんなシーンを想像して自ら達しただろう。

「ああ……」

どちらの声だったのか、とろけるような吐息をもらして、ふたりは唇を合わせた。


辻井の唇と、舌と、手が瀬里奈の身体を探っている。
唇が触れたところは熱く燃え上がり、舌が舐める度に瀬里奈の身体はびくりと反応する。
辻井の指先がふんわりと柔らかく肌を刺激していく。くすぐったいような僅かな感触に耐え切れず、何度も何度も瀬里奈は声を上げる。

「随分気の利いた蝶がとまってますね。ここに触れて欲しいっていう印ですか」

胸の谷間にある蝶の刺繍に唇をつけて、辻井が言った。指は同じようにとまっているショーツの刺繍を触っていた。

「万理と一緒に買い物に行って買ったの。いつか、辻井さんが脱がしてくれるかもしれないって想像しながら……」
「すっかり糸に絡め取られたってところですかね」
「やだ、それじゃ蜘蛛だよぉ。蝶々なの、ちょうちょ!」

眉を吊り上げ、もう、と頬を膨らませると、辻井が何故か急に黙りこくった。

「まいったな」

辻井が吐き捨てるように言った。いつもの辻井の口調ではない。あの日智也を殴っていた時のような、ヤクザの声だった。

「子供の頃のお嬢さんみたいだ。あの頃は、確かに俺だけの人だった」

どくり。心臓が波打ち、かぁっと身体全体が火照った。

「風呂は、後でもいいですか」
「え……?」
「ちょいと我慢が、利きませんや」

素の声なのだ、と思った。この声と口調が、この男の本来の姿なのだ。


いつの間にか下着は全て剥ぎ取られ、辻井の服も全て脱ぎ捨てられていた。
智也よりも二周りは大きな赤黒く怒張したものが、そこにはあった。智也のものでさえあんなに痛かったのに、これが入ったら果たしてどうなるのかと、瀬里奈は思わず息を呑んだ。

「どうしました」
「前、い、痛かったから……」
「痛かったらすぐにやめます。ちゃんと言ってください」

言いながら、辻井の愛撫は止まらない。唇は瀬里奈の足の間へと到達していた。すでに上半身への愛撫だけでとろとろと蜜を滴らせている瀬里奈の秘所が、辻井の舌の先でねぶられる。

「ん……ぁ……あっ」

叫びとも喘ぎともつかぬ声を上げて、瀬里奈は仰け反った。辻井の舌は、決して中へ入ってこようとはしない。襞の一枚一枚を丁寧に唾液を含ませて舐めていく。
智也が教えてくれたクリトリス部分には、辻井は触れなかった。焦らすようにその周りへ口づけを落とされる。
早く。早く触って。もう、だめ。
淫らに瀬里奈は腰を振り、辻井の舌を自らの花芯へ導こうとする。襞の内側からは、まるで泉のように蜜が溢れ出る。ふっと辻井が息を吹きかけるだけで、びくびくと瀬里奈は感じていく。

「指は、平気ですか」

秘裂を丹念に舐め上げていた辻井が、瀬里奈の内腿を大きく吸って身体を上に持ってきた。言葉も出ない瀬里奈は、ただ首を縦に振るだけだった。

「綺麗ですよ。あそこも、とても綺麗だ」
「あっ、そこ……だ、け……?」

腹に力が入らず、言葉も途切れ途切れになる。

「いいえ」

辻井が笑みを浮かべ、瀬里奈の背中を抱く。

「唇も、耳も、胸も、足も、手も、髪も、目も、声も何もかも、全て」

言い様、唇を吸われ、それまで触ってくれなかった胸の頂に指が触れ、そして瀬里奈の中に辻井の太い指が侵入してきた。

壊れちゃう。身体が熱い。身体の内側も燃えたぎって、溶けていきそう。
シーツを掴む瀬里奈の腕に、更に力がこもった。

「俺の背中を掴んでください、お嬢さん」

言われるまま、辻井の首に手を回す。二本の指で中を責められられ、それまで決して触らなかった花芯を剥き上げて指先で転がされている。
思わず瀬里奈は涙を浮かべる。気持ちよさに仰け反ろうにも、もうその力さえ湧いてこなかった。
腰が動かない。身体が言うことをきかない。汗が瀬里奈の額を伝った。

「……もぉ……だめ……ぇ」
「やめておきますか?」

ずぷり、と辻井が瀬里奈の中から指を抜く。
今まで責められて苦しかったそこが、指がなくなると途端に物足りなくてふわふわした。
ぎゅっと目をつぶって瀬里奈は首を横に振る。何かが欲しい。ここを埋めて欲しい。辻井さんが欲しい。

「い、やぁ……や、めない……で」

辻井が耳たぶを口に含み、耳の中を舌でなぞっていた。


瀬里奈が息を整えていると、辻井は片手でナイトテーブルに置いてある小さな袋を口で千切り、中からコンドームを取り出していた。
ラブホテルでもないのになんでそんなものが置いてあるのか疑問が湧いたが、それを訊くことも億劫なほど、ぐったりとしていた。虚ろな目で辻井を見上げる。胸を大きく上下させて、口も半分開いた状態だ。それでも残った力を振り絞って、瀬里奈は辻井に微笑みかけた。

「痛かったら、言ってくださいよ」

こくりと頷く。

「いい子だ……」

息を吐きながらの辻井の科白に、臀部から背筋までがぞくぞくと震える。
瀬里奈の秘裂に、辻井の男根の先端が触れる。ぬめぬめと瀬里奈の入り口の襞を擦り、くちゅ、と音を立てて中へ入ってきた。
それは少しずつ、少しずつ、ゆっくりと進んでくる。
先端が全て入り、ああ、と瀬里奈は息を吐いた。知らず、もっと、と辻井に求めている。求めに応じて更にゆっくりと辻井の身体が奥へ進んでくる。

「大丈夫ですか」

頬に軽くキスをして、辻井が訊いた。瀬里奈は頷く。

「もっと、もっと欲しい」
「いくらでも。欲しいだけ」

少し進むとそこを慣らすように辻井は腰を回して、瀬里奈の肉襞を刺激した。
たったひとりだけ過去に経験した智也のものに比べ、辻井の男根は圧迫感が段違いだった。ぎりぎりと責めてくる太く硬いそれが動くたびに、下半身が弾けそうになる。
熱に浮された瀬里奈の思考の中で、煮えたぎりどろりと溶け出す寸前の何かのように熱い下腹部と、辻井の男根の感覚が、段々存在感を増していった。


もっと、もっと、もっと。
もっと奥まできて。

無意識のうちに瀬里奈は辻井にねだる。自らも腰を動かし、快楽のポイントを探そうとしていた。

「お嬢さん。いいですか」

もう一度頷く。

「もっ、と、お、くまで……きて」

すっと辻井は腰を引き、一気に奥までを貫いた。瀬里奈の最奥と辻井の先端がぶつかり、瀬里奈は喉を見せて仰け反った。頭のてっぺんまで衝撃が走り、身体の芯が砕けそうになる。

「…………は……ぁッ」

何かを言おうと思ったが、今度こそ本当に声が出ない。頭が快感だけに支配されて、何もまともなことは考えられない。
瀬里奈に見えるものは、愛しそうに自分を見つめる辻井の姿。感じられるものは、自分を埋め尽くしている辻井の身体。聞こえるのは、混ざり合うふたりの水音とベッドの軋む音だけだった。

浅く動き、深く突き上げ、腰を回し、胸を吸い、背中をまさぐる。
辻井の動きひとつひとつに瀬里奈は全身で反応していく。本能のままに、瀬里奈も腰を動かし辻井の唇を吸った。
智也とは、何度目かのセックスであっても痛くてたまらなかった。どこか冷めた頭が、汗をかいて腰を振っている智也を冷静に見ていた。自分から腰を振るなど、考えられなかった。
だけど、今は違う。
身体は溶けていきそうに熱く燃え上がり、辻井の動きに合わせてぐちゅぐちゅと音を立てるほど蜜壷は蜜を滴らせ、数え切れない絶頂感に理性など吹き飛んでいた。
このままずっと一緒にいて。ずっと中にいて。わたしの中にいて。抱きしめていて。どこにもいかないで。もっと愛して。
わけも分からず、瀬里奈は泣いて叫んだ。その度に辻井は瀬里奈を抱きしめて返してくれる。
やがて、辻井の動きが早くなる。瀬里奈を抱く腕に力がこもる。辻井の限界が近いのだと瀬里奈は悟り、辻井の頭をぎゅっと抱きしめた。耳元に呼吸が速くなっている辻井の息がかかる。

「も……もぅ、だ……め、辻井さん……」

無意識のうちに喘いだ。それを合図に、強く、奥まで、何度も辻井が自分の腰を瀬里奈に叩きつけた。

「ああ……いい、ですよ、お嬢さん。イッてください」
「ああっ!ぁんッ――はぁッぅ!ん、あ、あああッ!」

小刻みに震える声を上げると、瀬里奈の全身を絶頂の痺れが駆け巡った。胸が押しつぶされたかのように苦しく、腰が爆発しそうに熱くたぎる。
言葉にならない言葉を息と共に吐きながら、涙の粒を目に浮かべ、髪を振り乱し、辻井の身体を抱きしめた。

「もう、俺もいいですか」

辻井の掠れた声が瀬里奈の耳元に聞こえてきた。途切れ途切れで、切羽詰った声だ。

「ああ。ん、ぁ……きて、きてぇ」

会話をしながらも辻井は動きを止めず、感じやすくなっている瀬里奈をなおも責めたてている。瀬里奈が放心状態の中で答えると、それまでよりも強く、激しく、辻井の腰が瀬里奈の身体に打ち付けられた。部屋の中に、肌と肌、肉と肉が激しくぶつかる音が鳴り響く。
中に感じる辻井の肉棒はすでに弾けんばかりに張り詰めて、瀬里奈の中を隙間なく埋めている。最奥にぶつかる亀頭の感覚に、さっきと同じわななきが続け様に瀬里奈を襲った。

「い……ゃあぁっ。ん……ん、ああぁっ!」
「お嬢さん……ッ」

瀬里奈の耳元で、辻井が小さく呻いた。辻井が達してゴムの中に吐き出している感触が、鮮明に伝わってくる。他の感覚は薄れているというのに、辻井を包む膣の中の感覚は、いつまでも敏感だった。
膣は感覚がないなんて誰かが言っていたけど、そんなの嘘だ。だってこんなに感じてる。こんなにいとおしい。
どくり、どくりと瀬里奈の中でうごめいている辻井の男根の動きで、瀬里奈はまた軽く達してしまう。
自分がこの人を気持ちよくさせたのだ、この人は自分の中で達してくれたのだ、という悦びと満足感が瀬里奈を包む。
肩で息をして自分を抱きしめている男への愛しさがこみ上げてくる。汗で濡れた辻井の背中を、ゆっくりと撫でた。
ふと見つめあう。瀬里奈の目に浮かんでいた涙をいつものように辻井は拭い、ふたりはお互いの肌を求め、しっかりと抱き合った。
大好き。
辻井の胸で、小さく小さく呟いた。早く強く打つ心臓の音に紛れてしまうほど小さな声で。


自分のものを拭きとってから、辻井はタオルで瀬里奈の身体を丁寧に拭った。

「寒くないですか」

自分の身体も軽く拭き、瀬里奈の横に横たわる。腕を回して、瀬里奈を胸に抱いた。何度も瀬里奈の髪を撫で、額や髪に口づけをする。
シーツを肩まで引っ張り上げてかけてくれる。

「大丈夫。腕の中、あったかいよ」
「そうですか」

抱かれている腕にきゅっと力がこめられた。辻井の唇が瀬里奈の額にくっついている。
瀬里奈の顔は辻井の喉を見ていた。話す度に動く喉仏を。時折その出っ張りに唇を寄せる。くすぐったそうに、辻井は呻く。それが嬉しくて、喉仏を撫でながら言う。

「痛くなかったし、その。すごく、気持ちよかった。まだ、ドキドキしてる」
「それは、よかった」
「お風呂、入る?」
「もう少し、こうしていてもいいですかね」
「――うん。いいよ。ずっとこうしてよっか」
「そういうわけにはいかないでしょう」
「もー。ムードないなあ」

どんと辻井の胸を叩いて言う。

「性分でして」
「もうっ」

見上げて笑みを浮かべた瀬里奈の額に、辻井はそっと口づけた。

露天風呂は、岩を配置した岩風呂になっていた。木の屋根がひさしのように出っ張っていて、そこだけは雨を避けられるようになっている。
「滑りやすいですから、気をつけてください」

ぽう、と揺れる灯りを頼りに危なっかしい足取りで浴槽代わりの岩場まで歩く。先に入っている辻井が、心配なのか湯の中で立ち上がった。
温泉の成分で岩がぬめっていて滑りやすい上、先ほどまでの交歓で腰がしゃんとしない。案の定、足を滑らせて辻井の腕が伸びてくる。
湯に身体を浸けると、弛緩した身体が引き締まるような気がした。辻井の腕の中で、寄り添うようにして身体を伸ばす。
後藤と走った夕方は豪雨といってもいいような激しい雨だったが、このホテルについてからは雨脚も弱まっていた。雨は湯の中にも落ちている。しょうとして降る雨が湯を叩く静かなリズムが、あたりを包んでいた。

「雨、止まないね。迎えに来てくれてなかったら、すごいことになってたかも」

何かの返事を待ったが、辻井は無言で何かを考えている。

「本当は、もうお会いするのはやめておこうと思っていたんです。京都へ越していけば、もう俺たちの世界からは遠く離れた人になる。それなら、この間のような暴力の現場を見ることもなくなるでしょう。
せっかく傷つかずに済む世界へ行くのに、何もお嬢さんを怯えさせた張本人が顔を出さなくてもいいんじゃないかって、ずっとそう思っていました。
だけど今日、所用を済ますのに車を運転していて、雷が鳴れば、お嬢さんがまた震えてるんじゃないか。雨が降れば、お嬢さんは傘持っているんだろうか。そんなことばかり考えてる自分がいましてね」

今度は瀬里奈が無言で聞いた。

「結局、最後にてめえの気持ちを優先してしまいました。すみません」
「来てくれて、嬉しかった。最後に会えて、嬉しかった。ありがとう。いつも、いつもありがとう」

ふるふると首を横に振り、瀬里奈は言った。

「――お嬢さん。この間のことは忘れて、綺麗な思い出だけ、持っていってください。お父さんの部下のおせっかいなおやじがいたっていう、そこの記憶だけ、持っていってください」

ちゃぷりと瀬里奈の肩にお湯をかけながら言う。

「もうこうやって、お迎えに上がれないのが、残念です。これ以上、傍でお守りできず、約束を果たせなくて申し訳ありません」
「何かあったら、京都から連絡していい?」

自分を抱く辻井の手を撫でて瀬里奈は言った。その手ごと抱きしめて、辻井が返した。

「何もないことを、祈っています」

行きたくない。でもそれは、我が儘の上に我が儘だ。突然京都へ行きたいと言った自分を、何も訊かずに受け入れてくれる都の結婚相手にも、送り出してくれる父にも、これ以上迷惑をかけられない。
子供だけど、自分で言い出したことなんだから。行かなくちゃ、京都へ。そして京都で、新しい生活をしなくっちゃ。

でもそこには、あなたはいないよね。

堪えるためにくるりと向き直り、正面から辻井の首に腕を回した。崩れるように辻井の肩に寄りかかり、その短い髪の頭を抱きしめて言った。

「帰りたくない」
「明日、学校でしょう」
「雨がもっと降ったら、帰らなくて済む?」
「それは、遣らずの雨とは言いませんよ」

瀬里奈の腕をそっと撫でながら言った。
辻井の立場も気持ちも全て痛いほど分かり、そんな自分たちの関係が悔しくて、瀬里奈は目を閉じて口づけをねだった。
今くらい、今だけくらい、せめて、せめて、恋人同士みたいにいさせて。
目を閉じた瀬里奈の唇に、辻井の薄い唇が覆った。初めて口づけを交わした時のように、長く、深かった。だけど今回は、これで最後という思いがお互いにあってなのか、切なくて、そして胸が痛かった。
この痛みは、決して忘れないだろうと、瀬里奈は思っていた。唇の感触と共に、忘れられない思い出として、胸の奥に無理やりしまいこもうと、もう一度口づけをねだった。
何度でも、ねだればねだっただけ、辻井は口づけをくれた。

「温まったら、帰りましょう」

しぶしぶ頷いた瀬里奈の首筋にキスをして、そのうち京都へ会いにいきます、と言ってくれた。
瀬里奈が聞く、最初で最後の辻井の嘘だった。


(6章に続く)






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