シチュエーション
![]() 足元で小さな花が風に揺れている。 どこにでも咲いている、めずらしくもない白い花。 ミヴェールはこの花が好きだった。小さな存在が必死に地面にしがみつこうとしているようで微笑ましい。 その姿はミヴェールの保護欲をそそるが、実際は部屋に飾られている華麗な花々よりずっと逞しいのだ。だから眺めるだけ。摘むことも水をやることもない。 ここはミヴェールが暮らす屋敷の小さな庭だ。穏やかな気持ちになりたいとき、ミヴェールはよく庭に出る。 ただ、最近はあまりその効果がない。 ミヴェールは後ろで結んだ髪を揺らして振り返り、その原因に視線を向けた。 そこでは供を言いつけたウィバルが一本の樹の根元に寄りかかり瞳を閉じていた。木陰でも明るい茶色の髪が風に揺れている。ミヴェールの想像通りであり、そして期待したものではなかった。 紅茶を入れさせよう、せめてそのくらいさせなければ。 ミヴェールは毅然とした足取りでウィバルのもとへ向かう。 ところが、なんと言ってやろうかと考えながら眉の角度も険しく歩み寄ったときには、閉じていたはずのウィバルの瞳がミヴェールを見上げていた。 「紅茶でも入れますか?」 ミヴェールは咽喉元まで出掛かっていた男の名前を慌てて飲み込んだ。 これだ。 気の抜けた顔をしながら、なぜか時々ミヴェールの思いや考えを先回りするかのような反応をする。しかも、自分が礼を失しているとか、そんなことはまったく思っていないだろう柔らかな声と、屈託のない笑顔。 「……ああ」 ミヴェールは何とかそれだけを絞り出し、ウィバルの隣に腰を下ろした。 ──気に入らない。 そんなミヴェールの心中を知ってか知らずか、ウィバルは器用な手つきで紅茶を入れ始める。 「しかし、ほんとにお好きなんですね」 「なにがだ?」 ウィバルが視線で指し示す。 「あの花ですよ」 「……寝ていたのではないのか?」 「まさか」 ミヴェールの脳裏を、花を見ているとき自分はどんな顔をしていたのだろうかという思いが過ぎり、それを慌てて頭から追い出す。 咳払いをしそうになるのをこらえてカップを受け取ると、芳ばしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。 「白い花を足元にして立つお嬢さまは女神のようです。あの姿を見せれば世の男どもは皆ひれ伏しますよ」 「なんのつもりだ?」 それこそ世の男どもが縮み上がりそうな冷たい視線を浴びせるが、ウィバルは呑気な顔で湯気をくゆらせている。 「思ったままを申し上げたのですが」 「ならばまずおまえがひれ伏してみせろ」 ウィバルは聞いているのかいないのか、わざとらしくカップを掲げて見せる。その態度にミヴェールはさらに一言言わずにいられない。 「おまえは、わたしが男の視線を集めて喜ぶような女だと思っていたのだな。覚えておこう」 「剣で男を打ち負かして喜ぶのもどうかと思いますが」 「喜んでなどいない!」 ミヴェールは思わず声を荒げた。顔が熱くなる。さらにその様子をウィバルに見られていると思うと頭が沸騰しそうだった。 ウィバルに背を向け、気付かれないように深呼吸をする。 「そういえば、お嬢さま」 「なんだ」 ミヴェールが向き直って乱暴にカップを突き出すが、ウィバルは相変わらず慌てる様子もなく紅茶を注ぎ、続けた。 「あの花の花言葉、ご存知ですか?」 「男のくせにそんなことを知っているのか」 「妹が好きでして。よく色々聞かされたんですよ」 ミヴェールは一瞬不思議なものを見たと思った。ウィバルの表情にわずかに影が下りたような気がしたからだ。気のせいだろうか……。 「それで、なんなのだ?その花言葉とやらは」 「私のことを見て、だそうです」 ウィバルはそ知らぬ顔でカップを口元に運んでいる。 ミヴェールは改めて思った。 この男は──やはり気に入らない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |