理沙
シチュエーション


閑静な住宅街に構える邸宅。不動産業で設けた者の家としては質素だが、暮らすには充分以上に大きな家。
築七年経過しても眩しい白壁。庭には春・夏・秋とそれぞれの季節に花が咲くよう植えられた樹、夏待ち春の軽やかな彩り。
植えられた芝は、長さも青さも均等に緑をつけている。
庭先に置かれたテーブル。この家の令嬢が午後のお茶を楽しむための卓。
テーブルの上には、一対の茶器。陶器で出来た、欧州の貴族が自決前に投棄したという逸話つきのカップとポット。
茶請けには、つい先程焼かれたばかりのスコーン。取引先の農場で採ったものを煮詰めた苺ジャム――令嬢の好物。
陶器よりも繊細な白さの指先が、音もなくカップが持ち上げ、口に運ぶ。
椅子に腰掛けた、苺にクリームをかけたようなフリルワンピースを着た令嬢は、
傍に控える従者の青年や庭先にとまった小鳥すら魅了するかの如き動作で、カップに口を付ける。
その瞬間、空気が、変質する。
眼鏡の向こうにある令嬢の柳眉が、ぴくり、跳ね上がる。――それを見て、青年はごくりと唾を呑み、歯を食いしばった。
カップが置かれる、陶器と陶器が衝突する音。耳に突き刺さる。

「……これは、なに」

カップの底が透け見える琥珀色の液体が注がれたカップを指差し、呟く声が静かな庭に響く。
青年は、

「はい、お嬢様のお好きな――」
「誰もそんなこと聞いていないわ」

眼鏡越しに、鋭い視線が投げつけられた。
答える間もなく、答える権利を剥奪される――いつものこと。
令嬢/お嬢様――当年十七歳の弥生理沙は、蟻すら殺せぬ声で言う。

「この、泥水はなにか、と。私は訊いているのです」

――またか、

「どこの水溜りで汲み上げてきたかは、訊きたくもない。
ですが、お父様が、私のために買ってきてくれたこの茶器へ、そのような泥水を注ぎ入れ。
あまつさえ。この私へ。お前の主人である、この私へ。
そのような物を飲ませようとした、その魂胆を答えろといったのよ」

――また、駄目だったか。

理沙/仕える主人より二歳年上の風は、悔しさと後悔に駆られた。自分の無能さに対し、
苛立つ間もなく。
まだ熱い泥水――もとい、紅茶を浴びせられる。

「うわっ、……つぅぅ」

紅茶色に染め上げられるシャツ。
風は呻き声をあげたものの、堪え。頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。今、代わりの物をお持ちいたします」
「要らないわよ。いいから、その小汚い服でも着替えてきなさい」

そう言って、理沙は立ち上がり、去った。
風は、その背を見つめながら、タイを解き、首元を弛めた。

「……クッ」

黒木風は弥生家に勤める三人の使用人の内、最も年若い、昨年雇用されたばかり。
庭師と警備員、それと外出時の護衛が彼の仕事である。
そもそも彼は、唯の護衛として雇われたはずなのだが。
手の足りない弥生家の使用人たちにとって、使える手ならばどのような手でも使いたいのが実情で。
弥生家の主には、運転手と近護を果たす十年来の執事が控えており、風の仕事はそこにはなく。
ならば、何故風が雇われたかと言えば。
不動産業を取り扱っていると、その手を広く拡げれば拡げるほど、キナ臭い事柄が傍に這い寄ってくる。
自殺事件が起きた物件を手放すか、早急に立て壊すよう迫られたり。
胡散臭い団体へ貸し渋ると、嫌がらせされたり。
新規でマンションを建造しようと、建設会社を入札で決めようとすると。何故か、要求してもいない前金を手渡されたり。
投資家よりも読みを必要とせず、サラリーマンより汗を流さず、博打さえ打たなければ、手堅く稼げる仕事ではある。
だが、その周囲には、金を持つが故の危険が付き纏う。
肉体言語で妨害を行ってくる物も多く、それから娘と妻を護る為雇われたのが、風。
風の務めは、主とその近護が家を離れている間の、屋敷の守護である。
風と、主の近護の他に、もう一人の使用人――家政婦といった方が正確か――がいるのだが。
風の母親と同年輩の家政婦は、強かな図太さを持ってはいるが、やはり高齢の女性。腕力不足ということは、ままある。
故に、家政婦では辛い仕事や、防犯の関係上庭をよく見回ることから庭師の仕事を押し付けられ。
その上、

「大変でしょう、あの子の相手をするのは」

そのような仕事も、押し付けられていた。
両親でさえ手を焼く、自尊心の高すぎる少女の相手は、辛いことも多かったが。

「いえ、私が実力不足なだけです」

そう思うことの方が多かった。
この家に務めるまで、風は紅茶の淹れ方など知らず、礼儀作法も無いに等しかった。
今では、なんとか見られるようにはなってきたものの。
入った当時は、孫にも衣装ならぬ、チンピラに燕尾服だった。
その性で幾度も令嬢の不況を買い。叩かれ、蹴られ、そういったことを仕込まれていった。

「そう?」

くすりと、この家の奥様である麗奈は微笑むと。テーブルの上に残っていたポットから、手酌でカップに冷たくなった紅茶を注ぐと。軽く一飲み。

「うん、美味し。これに文句をつけるのは、あの子の我が侭なんだから、気にしないでいいのよ」

令嬢に二十三年の歳月を重ねた、といった風な容姿だが、その笑顔は未だに二十代の少女といっても通じるほど。
目尻に刻まれた皺も、温和な微笑の中にあっては、穏かさの象徴に他ならない。
風は眩しいものでも見るように、眼を細めると。

「妥協がお嫌いなんです、お嬢様は。誰よりも厳しく生きられてるからこそ、中途半端な者が赦せないのでしょう」

「厳しく、ねぇ……」

麗奈は唇に手をあて、ぼんやりと娘のことを考えたが。
風のイメージはどうにも幻想的、というよりも、理沙を妄信しているだけにしか思えなかった。
だが、風は、厳つい顔に、微笑みを浮かべると。

「ええ、容赦の無い方です」

少し満足そうにそういった。

「好きなのねぇ、あの子のことが」
「ええ、敬愛しています」

***

排ガスのくすんだ臭いとは縁遠い、爽やかな碧を運ぶ空気の流動に、緑の黒髪がそよぐのを、理沙は無言無明で受け入れた。
眼鏡をかけるようになって、早二年。
もう随分と慣れたものだと思ってはいたが、未だにふとした瞬間、眼孔の奥に鈍い痛みを感じることがある。
最近は、それが顕著なように思えた。
眼鏡の度があっていないのだろうか?
そんなことを考えていると、大気に乗り、マスカットフレーバーが運ばれてくる。
ゆっくりと、睫の重たそうな目蓋を上げた。

「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」

陶磁のカップに口をつけ、その琥珀色の液体が理沙の口腔に流れ込み――理沙はその性格を象るような眉を、動かした。
味と、香りが咥内に拡がっていく。
それだけの時間の経過、気づけば、期待と不安に満ちた顔で風が理沙を見つめていた。

――ああ、もう

その視線はまるで、飼い主に褒めて貰いたがっている子犬そのもの。

――なんで、そんな眼で見るのよっ。

理沙はその眼が嫌いだった。
正しく彼女の心情をいえば、そのような眼で見られていると、ザワザワとするのだ。
まるで背中を、見えない誰かに撫でられたかのように、泡立つ。
それが、その名状し難き、自分ですら正確に把握できない、その感情。
潔癖症の節がある彼女にとって、自分ですら理解できない感情など、苛立ちの対象でしかない。
だからこそ、拒否する。
そんな感情など、何一つ浮かんでいないとでもいうように、拒絶するのだ。
だから

「また、ね。貴方には学習能力というものは無いのかしら」

いつものように、悪辣な侮蔑を吐こうとした、その時。

「――あ」

理沙の手からカップが掠め取られた。
理沙はカップを視線で追い、そして

「母様?」

いつもならば、再放送されているサスペンスドラマを見ている時間だというのに、珍しくも理沙の母/麗奈が現れた。
麗奈は一瞬だけ、風に視線を向けると、ぱちりとウインクしてみせると、カップに口をつけた。
二人が見守る中、麗奈は紅茶を三分の一程まで飲むと。

「うん、美味しいわね」

そういって、麗奈へ顔を向けると。

「理沙、貴女、何時から味音痴になったの?」
「それは――っ」

思わず声を上げたものの、言葉は続かなかった。
麗奈は嗜虐的な淡い笑みを浮かべると、

「それとも、美味しいと思ってるのに、意地悪いってるだけ、なのかなぁ?」

カップを卓に戻した手で、プニプニと娘の頬に触れる。
理沙は子供扱い全開な、その扱いに不満気に口を尖らせ。

「仰る意味が理解できません。その歳で耄碌されても、面倒はみてさしあげられませんよ」
「フフン、そうなっても風くんが面倒見てくれるものねぇ」
「はぁ、それはまあ……」

それが仕事だというのなら、弥生家に雇われている限り、風に拒否権はない。
何故だか、理沙の顔が更に不機嫌そうに歪められる。
娘の横顔を見て、麗奈は一層笑みを深めたが。そのことに理沙も風も気づかなかった。
麗奈はくるり、あっさり表情を変え。優しい母親そのものな表情を浮かべ、娘の肩に手を置くと。

「そうだ」
「え?」「?」

二人の視線が集まるのを待って、麗奈は言った。

「なら、理沙が紅茶を淹れなさい」

その言葉へ、先に反応したのは、言うまでも無く理沙だった。

「なんで、私がこんな男の為に紅茶を淹れなければならないのです」
「あら?何時、風くんの為に淹れなさいといったかしら?
私が貴女に言ったのは、私の為に淹れてといったのよ。それとも、風くんの為に淹れたいの?紅茶」
「なっ――!?」

理沙は絶句。
しかし直ぐに立ち直り。
母の手を払うと、腕で顔を隠すようにしながら、母を怒鳴った。

「だ、誰もそんなこと言っていませんっ!」
「んー?照れてるのかなぁ?」
「照れていませんっ!!」

麗奈はまったく表情を変えずに、自然な口調で。

「なら、淹れてくれるわよね。こ・う・ち・ゃ」
「……ぅぅ」

愉しげな麗名、嵌められた理沙を他所に。
風は一人、流れに付いていけず、ぽかんとしていた。

***


「……どうしよう」

実を言えば、理沙は紅茶を淹れたことが無かった。
それもそのはず。
家に居れば、使用人の誰かが淹れてくれるし。
外では、ジュースがメインで。紅茶なんて缶か、ティーパックのみ。
ポットで紅茶を淹れることなど、全くといっていいほど無かった。
確かに、入れる器具は理解できる。
けれど手順が分からないし、茶葉や、それに対する湯の量も分からない。
台所を取り仕切る由子さんが居れば、訊けたのだが、出かけているらしく、見当たらない。

「どうしよう……」

先ほどと同じ言葉を呟いていた。
降参しても、やりようによっては格好がつきそうな気がする。

――だが

そんなことは彼女の自尊心が許さないし。なにより、紅茶を淹れるくらいなら出きると思ったのだが。
結果は……

「……こんなに色、濃かったかしら?」

そこには、まるで泥水のような色の、臭覚を陵辱する液体があった。
お湯でも足せばいいのだろうか?そう思い、カップに淹れた半分ほどを捨てると、やかんのお湯を注ぎ、薄めた。
けれど、それでもまだ濃いような気がする。
もう一度、茶を捨て、お湯を注ぐ。

「……むぅ」

今度は薄くなりすぎたような。
ポットに残っていたのを足そうとしたが、そもそも数滴しか残っておらず。状況は変わらない。
一から淹れなおした方がいいような気がするが、時計を見ると――

「まだ出来ないの?」

そこに母が立っていた。
理沙は、慌ててカップを後ろでに隠そうとしたが。腕を掴まれ、瞬く間にカップを奪われていた。

「これまた、薄いわねぇ。それに、冷めてるみたいだし。こんなのを飲ませる気?」
「い、今淹れ直しますから。返してください」

麗奈は頷くと。

「そうね。じゃあ、風くんに飲ませてみましょう」
「そうで――え?」
「失敗は成功のお母さんなの。だからね、失敗する時は後悔するくらい失敗しないといけないのよ」

***

一人、中庭で待機させられていた風へ、麗奈はカップを差し出して言った。

「――というわけで、飲んでくれる」
「なにがというわけなのかは分かりませんが。分かりました」

風は手渡されたカップを持つと、「頂きます」と一言いってから、口を付けた。

理沙が淹れたという紅茶は味こそ薄いが、美味しいとは決して言えないが、まあ飲めなくもない味で。
今にも泣きそうな顔で理沙が睨みつけてきていることを考えれば、美味しいというべきだろう。
しかし、と、風は想った。
茶葉の屑だろうか?
紅茶の中に、なにやらザラザラとした舌触りがあった。
気にしなければ気にならない程度ではあるため、風は気にしないことにして、一気に嚥下した。
そして、理沙の方を向き直ると。

「美味しいです、お嬢様」

陰気な顔ににっこり微笑みを浮かべていうと、理沙の顔がぱぁっと明るくなり。

「そうでしょ。そうでしょ」

まるで子供のようにハシャグ理沙は、しかし、風と麗奈の視線に気づくと。

「こほん」

と小さく咳真似をして、自らの浮かれを消そうとしたが。どうにも、口端は緩んだままで、締りがない。
それでも本人は、内心の浮かれなど、顔に出ていないかのように。

「これくらい出来て当然。それとも、私に出来ないとでも思っていたの?貴方は」

何時も通りの口調で言ってのけた。
そんな様子が微笑ましいやら、いじらしいやらで、苦笑したくもなったが。
笑えば、笑ったで、反響を買うことになる。いい気分になってる、彼女の気分を落とさないように、風は笑いを堪えながら。

「そうですね。失礼しました」

そう言って、頭を下げた。
理沙は風を見下ろしながら、小さく鼻を鳴らすと。

「分かればいいのよ。それじゃあ、私は勉強があるから、失礼するわ」

そう言って、家の中へ戻った。

***

三十分ほど経過して、勉強にも勢いがついてきた頃。

コンコン

所々にフリルの散りばめられた理沙の部屋へ、

「私よ、入るわね」

麗奈が訪れた。
理沙はくるりと椅子を回転させて振り返ると、軽く背中伸ばしたりしながら、母親を迎えた。

「なんです?」
「んー、大したことじゃないんだけどね。理沙ちゃん、紅茶淹れるとき、どの茶葉使った?」
「え?……一番手前にあった奴を使いましたが、それが?」

麗奈は、あからさまに困った顔をした。

「問題でも?」
「うん、実を言うとね。私も飲もうと思って、淹れようとしたら。茶葉の中に、ええと、カビたのが混ざっててね」

「カビ、ですか?」
「そうよ。それで捨てたんだけど。そういえば、風くん飲んだのって、まさか――と思って。でもそっかぁ、どうしようかな」

頭を掻きながら麗奈は、娘の様子を伺った。
理沙は、麗奈の言葉に色を失った顔で、

「冗談でしょ?」

と、聞き返してきた。
乗ってきた。麗奈は内心ほくそえみながらも、顔は平静なまま。

「ううん、本当のことなの。でも、困ったわねぇ。そうか、あれ淹れちゃってたのかぁ」
「……」

母の言葉の一つ一つで、ドンドン追い詰められていく理沙。今では口を手で覆い、白い顔で宙を見つめている。
麗奈は、そこへ止めを刺すことを言った。

「お腹壊して大変ねぇ、きっと。ああ、そうだ。胃薬あったから、あれを渡しましょう。そうすれば大丈夫ね」

その言葉に、

「私が行きます」
「――え?」
「風が、お腹を壊したとしたら。それは私のせいです。ですから、私が渡してきます」
「あら?そう?」

麗奈は手の中に隠し持っていた、パッケージされた錠剤を理沙に手渡すと。

「じゃあ、お願いね。母さん、由子さんと一緒にお友達の所へ行ってくるから。二時間は帰ってこないから。その間、お家にいるのよ」
「分かりました」

理沙は錠剤を受け取ると、力強く、頷いた。

***

理沙はすぐさま、一階にある風の部屋へと向かった。
裏口に近く、階段から遠い場所にある風の部屋へは、三階にある理沙の部屋から二分かかる程の位置にあり。
運動不足気味の理沙は、それだけで息を切らしていた。
眼鏡を外して、額の汗を拭い、再び眼鏡をかけながら、廊下を歩き風の部屋の前まで来る。
特にノックもせず、扉を開けると。

「あっ!」
「――っ!?」

ズボンとトランクスを下ろした風が、横になって、オナニーしていた。
理沙は、無言で扉を閉めると。深呼吸。
まるで、なにも無かったかのように、ノックした。

「は、はいっ」

裏返った声が扉の向こうから返ってきた。

「開けるからね」
「はい大丈夫ですっ」

理沙は、まるで異教徒の儀式に迷い込んだ一神教の信者の如き面持ちで、扉を開け、風の部屋へと入った。

風は自分の部屋だというのに、部屋の隅、ゴミ箱の傍に正座して。羞恥からか真っ赤な顔で、理沙を出迎えた。

「な、なんの御用でしょうか」

理沙は、一瞬だけ、ある一点へ視線を送った後。何事も無かったかのように、風を見ないようにして言った。

「お薬を持ってきてあげたのよ」
「薬、ですか?」
「ええ、そうよ。先程貴方が飲んだ紅茶の茶葉が、カビていたの。だから、腹痛にならないようにお薬持ってきてあげたの。ほら」

そういって、開かれた手には、何も握られていなかった。

「はい?」
「あれ?――ああ、こっちよ」

そう言って反対の――今まできつく握り締めていた手を開くと、そこには握りつぶされた錠剤があった。
風はそれを受け取ると。

「心配をかけて、申し訳ありません。ありがたく、頂戴します」

嬉しそうにそういった。
理沙はフンとばかりに鼻を鳴らすと。

「使用人に倒れられたら迷惑だから、それだけなのだから。勘違いしてつけあがらないように」
「はい、承知しております」
「それなら、いいのよ。それなら」

怒ったような口調でいう理沙に、風は妹をみる兄のような微笑を浮かべたのも束の間。
顔を引き締めると。

「そういえば、先程は、汚いものをお見せして、申し訳ありませんでした」

頭を畳に擦り付けて謝った。
理沙は、一瞬だけなんことか分からなかったが、理解すると、顔に火が付いた。

「そっ、そうね。大体、勤務時間になにやってるのよ」
「すみません」
「それに、その服も、この部屋も貸し与えてるんであって。貴方のものじゃないのよ。それを貴方の……で、汚さないでよ」
「はい」

と、素直に答える風だが。

「ですが、お嬢様」
「なによ」

風は頭を上げないまま。

「なんでか、分からないんですが。お嬢様に淹れてもらった紅茶を飲んだら、身体が熱くなって、その……」

言った。
理沙は顔を真っ赤にしたまま、使用人の頭をねめつけると。

「どういう意味よっ」

と怒鳴ったが。
風は身を小さくするばかり。
その様子が、なんだか可哀想で、情けなくて。理沙は、励ます積もりで言った。

「でも、もう、その……は出して、スッキリしたんでしょう?

なら、早く仕事へ戻りなさい。まさか、……ぃのためだけに、休みたいとか言うわけじゃないのでしょう?」

「それは勿論」

顔を上げ、即答した風だが。しかし――

「……ん?」

顔を上げ、身体を上げたことにより、見えるようになった風の下腹部は、まだこんもりと盛り上がっていた。
理沙は

「……まだ、ということね」

呆れたように言い、ため息をついた。
風は身体を小さくして、情けなさ全開で小さく頭を下げた。

「……言葉もありません」
「まあ、良いわ。脹らませた状態で歩き回られても、迷惑ですから、さっさと出してしまいなさい」
「あ、はい」

恐縮しきりで、風は頷く。
理沙は全く、と呆れたようにした。

「……」
「……」

風は、チラリと理沙を見上げた。
理沙は、条件反射的に睨み返した。

「…………」
「……ねぇ、しないの?」

理沙は苛立ったように言った。
頷いたから、ささっとして、仕事へ戻るものかと思えば。風は座ったまま動かない。

「いい?貴方にお給料をあげて面倒を見ているのは、お父様なのよ。それに恩義を感じているのなら、早くなさい」

怒る理沙に、風は困ったように頬を掻き。言いにくそうにしながらも、言うしかないんだろうなぁと、諦めた様子で。

「……それはその、お嬢様の前ではしにくいので、出て行ってくださらないでしょうか」

当然の要求だった。
理沙に仕えているから、とか、関係なしに。年頃の少女相手だから、という以前に。
人に見られながら、オナニーする度胸や趣味の人間は余りいない。
理沙も、ようやく風の当惑の理由を理解したのか。顔を先程以上に赤らめると。――しかし、予想外のことを口走っていた。
それは、理沙の自尊心から来たものかも知れないし、使用人に指摘され命令されるのが不快だったからかも知れない。
とにかく、混乱していたというのもある。
理沙は

「わ、私がここにいるのは、貴方がサボらないように見張るためよっ。
オナニーする時間を与えられたからって、どうせサボるきでしょう。そうしないように、私が見張るわ。だから、さっさとしなさい」

口が滑るままに、言っているのすら自覚できないまま、口が滑り続ける。

「それとも、私の前ではできないとでもいうの?貴方、私に使われてる分際の癖に、そんなこと言えるの?いいからさっさとなさい」

腕を組み、見下す。その様は堂に入っていたが、状況が状況だけに褒められたものではないし。
今は、理沙に部屋にいて欲しくない風としては

「ですが、」

言い含めようとしたのだが。

「黙りなさいっ」
「いいえ、聞いて下さい。お嬢様に心配されなくても、もう収まりました、心配なさらないでください」

理沙は、全てを聞く前に、一歩前に踏み出すと、更に足を伸ばし。

「――っ!!」

風の股間を踏みつけた。
その衝撃に、風は一瞬目が眩むような錯覚を覚えた。

「な、なにを……」

理沙は、足の裏に感じる、堅さに更に我を見失っていく。

「ほうら、こんな硬くしているじゃない。こんな状態で、収まった、ですって?
ふふ、格好つけるんじゃないわよ。それとも、こんなに腫らしていても、平常だと。自慢したいわけ?」

口を付く言葉は尊大で、理沙自身なにを言っているのか理解できていなかった。
しかし――

「や、やめてください」

顔を赤くし、動転する二歳年上の使用人を見ていると――とても、愉しかった。背中にゾクゾクとくる、よろこびのようなものが。

「やめてくださいぃ?へぇ、どの口でいうのかしら、この人は。ふふっ、使用人の分際で、ご主人様に命令する気?」
「そんなことは――」
「言ってるじゃないっ」

グイッと、強く踵を踏み込ませる。風の瞳孔が開き、言葉が途中で尻切れた。
理沙は強く、強く、風の股間を踏みつけながら。怒っているような表情で、風を見下し。前髪を掴んで、顔をあげさせると。

「何様の積りよ。卑しく汚らしい使用人の癖に、この私に命令して」

頬を平手打ちした。

「貴方が言うのは『やめてくださいぃ』じゃなくて、『ありがとうございます』よ。
足で踏みつけられて硬くしているような変態の分際で、何を恥ずかしがっているのよ。気持ち悪い」

もう一度、頬を叩いた。
風はされるがまま、抵抗もせず、受け入れ。

「申し訳ありません」

小声で謝罪した。
理沙は、鼻で笑うと。

「分かったのなら、とっとと汚らしいおちんちんを出しなさい。
出して、とっとと汚い物を吐き出して、仕事へ戻るの。ソレくらいできるでしょう。早くなさいっ」

強い口調で命じた。
今度は風も反論せず、その命令を素直に受け入れ、ズボンの前をあけ引っ張りだした。
黒々とした陰茎は、既に先端から透明な先走りを溢れさせ、てらてらと濡れていた。
理沙は緊張を隠すように、こんな物に怯えてなるものかと、先程以上に気合を入れると。

「まあ、なにかしら、これは」

ストッキングを履いた親指で、亀頭の先端、鈴のように割れた場所に触れる。

「――っ!」

そこを押さえるようにして、グリグリとこねくり回す。ストッキングに、先走り汁が染み込んで、理沙は不快そうな顔をした。

「や、やめてください」
「それしかいえないの?これだから、低学歴の人間は嫌ぁねぇ。大体、さっき自分で、収まったとかいっておきながら、なによこれ」

爪先で弾くように、陰茎を蹴りつける。

「もう濡れてるじゃない、気持ち悪い、サル並みね、イヤラシイ。ほら、擦ってごらんなさいよ、好きなんでしょう、オナニーしているのが。ほら、早く」

もう一度、亀頭粘膜の敏感な部分を強く蹴りつける。

「ほら、しないの?」

更に、

「ほらほら、早くしなさいよ。それとも、蹴られていきたいのかしら。ああ、嫌だ。私に貴方のオナニーの手伝いさせないでよ」

風は言われるがままに、自らの陰茎を掴むと、上下に擦り始めた。
持ち上げられた顔は、理沙を直視できず、逸らして。
理沙は風の様子を見て、嫌そうに顔を歪めて。

「気持ち悪いわねぇ。なぁにが気持ちいいのかしら、そんなことして。ああ、嫌だわ。
こんな奴に、お茶を淹れられていたのかと思うと、寒気がする。私のお茶に、何か混ぜなかったでしょうねぇ」

風は小さく、首を横に振った。
理沙はふんと鼻を鳴らし。

「本当だか」

丸きり信用していない口調で言った。
理沙に踏みつけられていた陰茎は、先程自慰の途中で止められていたこともあり。割と直ぐに、

「――くっ」
「どうしたのよ?」
「出ます」

風は、寸での所で先端を両手で押さえると、その手の中で射精した。
びくっ、びくっと、痙攣する風の身体。射精する瞬間、歪められた顔に。理沙は口端を歪めた。
射精して、気の弛んだ風の腕を掴むと、顔の前に持ってきて。

「臭い」

手についた精液の臭いを嗅いだ。

「臭いのよ。この部屋来てから、臭い臭いと思ってたら、この臭いなのね。
部屋に染み込むくらいオナニーしないでよ、ここは貴方の部屋じゃあないのよ。ここは、貴方に貸し与えているだけであって、貴方のものではないの」
「……わ、わかっています」

言いながらも、風は幾度も痙攣を繰り返し――ようやく収まった。
だが、手を開いて後始末しようにも、ティッシュ箱はお嬢様の足元にあった。

「あの、お嬢様」
「なによ、終わったのなら、さっさと後始末なさい、このウスノロ」
「あ、はい。ですが、その、失礼します」
「へ?」

風が一言断って手を伸ばすと、理沙は驚いたのか身体を跳ねさせ、そして風の手を踏みつけた。

「ななな、何をする気だったのよ、手なんか伸ばして」
「あの、それは」

「汚くて臭い、人間の屑の癖に、私に触ろうとしたわねっ」
「あの、いえ、そこにあるティッシュ箱を取ろうとしただけなんですが……」
「え?ティッシュ?」

理沙は視線を自らの足元に向け、自分の足の傍、風の手が向かっていた先にある、
ティッシュ箱に気づいて、しまったというような顔をした。
いかな、理沙といえ今のが勘違いで、自分に非があるのは解っていた。
けれど、素直に謝ることが苦手な彼女は。なにより自らの勘違いを指摘されたことに動転してしまい。

「はあ?なにを言っているのか解らないわ」
「……あの」

理沙は風の手を更に強く踏みつけると、嗜虐的な笑みを浮かべ。

「この家にあるのは全て弥生家の物、貴方のご立派な趣味に勝手に使われては困るわ。
貴方なんかの汚らしい体液なんて、自分で舐め取ればいじゃない
――そうよ、手についてるんだから、舐めればいいじゃない。変態は変態らしく」

突き放すようにそういうと、もう一度踏みつけてから、足を離した。

「ほら、見ていてあげるから、早くなさいっ。私は忙しいの、貴方なんかに付き合ってる暇なんかないのよっ。ほら、早くっ」

風は、拒否すると、理沙は思った。
幾らなんでも、そんなことはしないだろうと。
風が拒否して、優しい自分がそれを赦して大団円、ハッピーエンドでスパシーバだ、と。
しかし、

「……分かりました」

風はそういうと、自らの手に付いた精液を舌で舐め取り始めた。
唖然とする理沙の前で、風は白濁としたのを舐め取り、太い喉で嚥下していく。
その姿は気色悪くもあり――理沙の目には、何故か色っぽく映った。とても、いやらしいものに。
風は丁寧に精液を舐め取ると、ご主人様を前にした犬の如く好意の眼差しで理沙を見上げ。

「次は」
「――え?」
「次はなにをすればいいのでしょうか」

熱っぽい視線を向けられ、理沙は思わず視線を逸らしてしまい。
それは悔しかったが、今の彼女にはそれ以外の抵抗手段などなく、視線を逸らした先に。
理沙の足に付いた精液を見つけ。
つっと風の前に差し出すと

「舐めなさい。これも貴方のでしょう?」
「はい、お嬢様」

風は素直に従った。
土下座するように床に身体を這わせ、片手で理沙がバランスを逸しない程度に持ち上げ、咥えた。

「――――っ」

理沙は風の唇が以外に柔らかいことに驚き、その口腔の熱さに言葉を失った。
ストッキング越しだと言うのに、風は容赦なく自らの舌を這わせ、精液を絡め取っていく。
その舌使いに、キスをすればどれほど気持ち良いかと空想したが――それは、彼女のプライドが拒絶した。

こんな年下の少女の足を舐めるような男に、自らのファーストキスを捧げてなるか、と。
だが、ここまでの忠誠を尽くす風に、何か答えてやりたい気もした。
風の熱い舌は、指に絡まり――けれどストッキングの壁に防がれ、もどかしく動く。どうやら、ストッキング内に入ってしまった涎が気になるようだ。
舌が離れると、今度は唇の抱擁が強くなり、

「――――ッ!?」

ストローでジュースを吸うように、まとまりつく涎を吸い取ろうとする。その淫靡な水音に、風の必死さに、理沙は身体が上気するのを感じた。
だが、これからというところで

「終わりました」
「あ……」

風は理沙から口を離してしまった。
まさかもっとやってとも言えず、理沙はできるだけ平静を装って、興味なさげに

「そう」

とだけ呟くと。
先程思いついた、あることをすることに決めた。
それは、理沙からは決して口には出さないが、風の奉仕へのお礼だ。

「次は何を」

訊く風へ

「座って、そう。動かないで」

正座させると、ティッシュを一枚だけ掴むと、三つ折にして厚くすると。
まだ精液の滴る風の陰茎にあてがい、そっと撫でるように、精液をふき取り始めた。

「お、お嬢様」

流石に狼狽する風に、理沙は密かな歓びを感じながらも、それは決して顔には出さず。

「ペットの始末をするのも、また飼い主の役目よ」

そう言って拭き終えると。

「いい?この家にあるものは全て弥生家のもの。つまり、貴方も我が家の者なのよ。
だから、これからはこういうことをする場合、まず私に許可を取るように。解った?」

風は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、直ぐに頷き。

「はい」

短く、しかししっかりと答えた。

「宜しい」

理沙はそういうと、部屋を後にした。


部屋へ戻る道すがら、理沙は手の中に在る感触に疑問を覚え、開くと。

「あ」

精液で汚れたティッシュが一枚。
捨てるのを忘れたそれを、理沙は傍に誰もいないことを確認して鼻の傍に持ってきて、臭いを嗅いだ。
その臭いは下腹部が疼くような臭いで。
舐めてみると、ちょっぴり塩辛かった。

「これなら、アイツの淹れた紅茶の方がマシね」






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