ジルとアドリアン(非エロ)
シチュエーション


「退屈だ」

赤い布張りのソファに深々と腰をかけ、行儀悪く足をぶらぶらとさせる少女を、アドリアンは無言で見下ろした。
金色の巻き毛は蜂蜜色に輝き、太陽を知らぬ白い肌は陶磁器のようにすべらかだ。
夢のように完璧な桃色の頬と、紅をさしたわけでもなく紅く光るくちびる。
白いブラウスに黒いふわりとしたワンピース、細部にわたるふんだんなレースが、
少女の可憐さを最大限に引き出している。
まるで御伽噺のように美しい小さな主人は、その柳眉を小さく逆立てて苛立ちを従者にぶつける。

「何か面白いことはないのか」
「――ございません」

冷静に答えるアドリアンを、少女は不満たっぷりに仰いだ。

「何か提案をするのが、お前の仕事ではないのか?」
「では、紅茶などいかがですか」
「いらん。どうせなら血が欲しい」

そうか、と嬉しそうに少女が顔を輝かせた。

「出かける」
「いけません」
「……お前は、私を空腹で殺す気か?」
「あなたは空腹でなど死ねないでしょう。それに、20日前にたっぷりとお吸いになったはずです」
「ふん、あんなぶさいく」
「ジル」

とがめるようなアドリアンの言葉に、ジル・ジリッドは一瞬だけバツの悪そうな顔をして
すぐに尊大な態度に戻る。

「美しいヒトの血でなくては、私の腹は満たされん」
「十分に美しい女だと、私は思いましたが?」
「なんだ、ああいうのが好みなのか」
「…………個人的嗜好は持ち込んでおりません」
「ふむ。……ここへ座れ、アドリアン」

ジルがぽんと自分の隣を叩く。
不機嫌な彼女に逆らうとろくなことにならない。
室内の調度や食器が壊されないうちに、大人しくそこへ腰を下ろす。

「言っておくがな、あんな頭の悪そうな女はよくない。子宮でものを考えるタイプだぞ。
清楚なナリをして、処女じゃないどころか色んな男の血が混じった味がした」
「ジル、お言葉にご注意を。ラインハルト様がお聞きになったら悲しまれます」
「…………ラインハルトじゃなくて、お前の話をしているんだ」

いつかろくでもない女に捕まるぞ、と幼い外見に不似合いな物言いで、
ジルはアドリアンに鬱屈をぶつける。
もうすでに捕まっている、と小さな主人に伝えようか逡巡している間に、
よいしょと声がして腰の上に軽い身体がよじ登ってきていた。
アドリアンの足にまたがるようにのしかかり、向かい合わせになった。
ジルの身体が、落ちてしまわないように背に手を回す。

「ジル?」
「大体な、どうして女ばかりなんだ。たまには少年をつれて来い」
「おや、女の柔らかな皮膚にその牙をつきたてる瞬間が悦楽であると、ラインハルト様はおっしゃっていましたが」
「だとしてもだ。いちいちお前の好みを見せ付けられているようで不愉快だ。
いつも胸の大きな女ばかりだと、私が気が付いていないとでも思っていたか。
この姿から成長ができぬ私へのあてつけか?」

人形のように無表情な美貌が、恐ろしく近くにある。
紅い双眸が怒りとも悲しみともつかぬ光をうかべ、じっとアドリアンの瞳を覗く。

「あぁなるほど。嫉妬していらしたのですね」
「……馬鹿かお前は」
「大丈夫、あなたがこの世で一番お美しい。ジル以上の美貌など、有り得ない」
「おべんちゃらは結構だ」

暴れて飛び降りようとしたジルの小さな身体を、更に強く抱きとめた。

「離せ馬鹿者」
「……あなたが、私以外の男の口や首元にその美しいくちびるを寄せ、
この輝く巻き毛が私以外の身体に落ちる一部始終を拝見しなくてはならぬ従者の気持ちを、
汲み取ってはくださらないのですか?」
「……………………お前はいちいち回りくどい」
「いいじゃありませんか、なにせ時間は無限にあるのですから。
空腹を、満たされますか?」
「……お前で我慢してやる」

さぁくちづけを、と促すより前に、細い両腕が首にからみつき、紅いくちびるがそっと触れた。
義父ラインハルトに間違った知識を植え付けられたジルは、血を吸う前にその者のくちびるを奪う。
百歩譲って女性とのくちづけは目を瞑ろう。
絵に描いたような美少年(でないとジルは見向きもしない)とジルの口付けなど、想像しただけで腹立たしい。
ふわりとした巻き毛ごとくびすじを固定し、ジルのあまいくちびるをそっと噛んでぺろりと舐めた。
小さな身体が腕の中でびくりと震える。
舌を浚って呼吸を奪うように吸い上げた。

さぁもう少し、と角度を変えたところで、もういいだろうと言わんばかりに身をよじってジルは口付けから逃れる。
ふうと息を整えて、何も言わずに彼のタイをゆるめ、シャツのボタンがぷちんと外された。
主人と生活を共にするため、こちらも真っ白な鎖骨が外気にさらされる。
少女はふっと笑って、ふわりと可憐なくちびるをアドリアンのくびすじに落とした。
細い牙が肉と血管に食い込む。
通常の人間なら苦痛でしかないその行為は、ヴァンパイアとの血の契約を結んだアドリアンに一種の快感を与える。
背に回した両腕に知らず知らず力がこもる。
快感に飲み込まれたためか、愛しさからか。どちらにしろ本能だ。
幾度かごくりと音を立てながら、ジルはアドリアンの血液を飲み込んだ。
強すぎる刺激から開放され、ほうと息をついたアドリアンをジルのしかめっ面が覗き込む。
彼の血に濡れたあかいくちびるが不愉快そうに動いた。

「神聖な食事だぞ。興奮するなどけしからん」

ちょうど膨れ上がった自身が、ジルの秘部に触れている。
アドリアンは悪びれず微笑んだ。

「まぁせっかくなので、長い夜を有意義に過ごしましょう」

真っ赤に濡れたくちびるをぺろりと舐める。
ジルはふるりと身を震わせたが、嫌がるそぶりは見せない。

「……………………お前で、我慢してやる」

それはどうも、と言いかけたくちびるを、今度はジルのほうから塞ぎにかかった。






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