唯一4
シチュエーション


「んっ、んんぅ」

激しく突き上げながらアルスレートは唇を離した。

「いい、ですよ?」

うねり締め付ける壁に絶頂の兆しを感じ、そう告げる。
背に腕を回し、しがみつきながらファリナは首を振った。

「強情な方、ですね」

苦笑を口元に上らせながら胸を揉みしだく。
それは少々手荒だが、すでに快楽に蕩ける身体には甘い刺激にしかならない。

「ああ、そうでしたね」

納得したようにアルスレートはファリナの背に腕を回し、繋がったまま抱き起こした。

「あぁっ!」

自重によって更に奥深くまでアルスレートを受け入れる形となり、ファリナは嬌声を上げて仰け反った。

「貴女は、こちらのほうが好きでしたね」

くすり、と、笑みを零しながら耳朶を甘噛みする。
耳を舌で弄り、肉芽を押し潰しながら数度突き上げると、限界だったファリナは容易く絶頂を迎えた。
ぎゅぅ、と、締め付ける壁に達してしまいそうになるが、アルスレートはそれを押さえ込んだ。

「…っ、ま……また……」
「……これに懲りたら迂闊なことは言わないことですね。私のような、餓えたケダモノには」

その言葉に、ファリナはぼんやりと快楽に蕩ける鈍った頭を何とか働かせようとした。
しかしなにも考えられない。目の前の愛しい男のこと以外は。
快楽に浸り潤むファリナの瞳に、あまり考えられないのだと思い、アルスレートは笑う。

「私にあわせたら、貴女は持ちません。それにそんな心配しなくても、ちゃんと満足していますよ」

満足しないはずがない。
幾度となく身体を重ね、ファリナの身体に快楽を教え込んだ。
今では、その意図を持って触れるだけで容易く悦楽を感じるようになっている。
自分の望む通りの反応を返す、素直で従順な身体に満足しないわけがない。
さすがに思うがまま抱くわけにはいかないので、多少なりとは控えているが。
それがファリナにとっては不満らしい。これ以上、どう溺れろというのか。本当に困った方だ。

「そうですねぇ…少し、趣向を変えてみますか」

くたりと凭れかかるファリナの身体から昂ぶったままのものを引き抜く。
その際、いやだと、離したくないと抗議するように壁が震えた。
まったく淫らな身体になったものだと思いながら、ファリナの身体を横たえ、うつ伏せにする。
髪を除けて項に舌を這わせると、ファリナが不安がるように視線だけをアルスレートに向けた。

「大丈夫、怖いことではありませんよ」

宥めるように言いながら、腰を高く上げさせる。
力の入らない身体では逆らうこともできずにファリナは寝台に頬を寄せ、弱々しく敷布を掴んだ。
泡立ち濡れ光る蜜と、内腿を伝う、アルスレートの精。
羞恥に震え、揺らめく腰。
誘うようなそれに目を楽しませ、アルスレートはファリナの背に覆い被さった。
アルスレートの昂ぶりがあたり、ぴくりとファリナは震えた。
潤んだ瞳で見るファリナの唇をぺろりと舐め、アルスレートは嫣然と微笑んだ。

「こう、しましょう…ケダモノらしく、ね」
「ぁ、あぁッ!」

ぐっと無遠慮に押し入られ、ファリナは嬌声を上げて仰け反った。
幾度も咥え込み、絶頂を迎えて蕩けるそこは難なくアルスレートを迎え入れた。
しっかりとファリナの腰を支え、ケダモノらしく、という言葉通りに獣のように荒々しく突き入れる。
がくがくと揺さぶられるままに、ファリナの肩がシーツに擦れる。
ひっきりなしにファリナの口から嬌声が零れ、びくびくと壁が蠢いてアルスレートに甘い酩酊を与えた。
ファリナが髪を乱して快楽を貪る様を楽しみ、曝される項に、背に、いくつも口付けを落として鬱血を残す。
視線を落とすと、白く泡立った蜜を絡みつかせて激しく出入りする自らのものが目に入る。
それにどうしようもないほどの愉悦と征服感を覚える。
悦楽に嬌声を上げて身も世もなく悶えることを教え込んだのは自分なのだ、と。

「あ、ぁ、あぁ…は…っあ!」
「言葉を、忘れてしまった、んですか?」

くすりと笑んで、肌がぶつかる音が響くほどに更に激しく律動を繰り返す。

「あ、はぁ………ん、あぁぁ!!」

再び絶頂を迎えたファリナの内壁の強烈な締め付けにアルスレートは小さく呻き、今度は抑えることなく欲を放った。

ばさばさと羽音を立てて、窓辺に鳥が止まった。
眠るファリナの髪を梳き、その寝顔を楽しんでいたアルスレートは身を起こす。
窓辺に歩み寄り、鳥を指先に止まらせて撫でると一枚の紙に変化する。その紙に目を通した。

「!!」

ひどく簡潔に、三行で書かれていた内容に驚き、次いで顔を険しくする。

「……少々、急ぐ必要がありますか……」

なるべく手は出したくなかったが、こうなっては致し方あるまい。
急がせて、どうしても手筈が整わないとなれば、こちらで城内を混乱させてやるしかないか。
手を出して混乱させると言っても、城門を開けて招き入れ、王の退避路を塞ぐ程度だが。
取れる手を考えながら、ファリナの眠る寝台に歩み寄った。
きしり、と、小さく寝台を軋ませて腰を下ろす。髪を梳いて一房持ち上げ、口付けた。
覆い被さるようにファリナの顔の両側に肘を付く。額の髪を除けて口付ける。

「ん…」

微かに瞼が震え、ゆっくりと露わになる、アルスレートの気に入りの色。
柔らかく口元を笑ませ、アルスレートはファリナの唇を覆った。
アルスレートが何度も触れるだけの口付けをすると、ファリナは腕を首に回してねだるように薄く唇を開いた。
その誘いに応じることなく、アルスレートはファリナの唇を甘噛みして離れた。

「アルスレート?」

寝起きのせいでもあり、散々啼かせたせいでもある掠れた声に怪訝そうな色が混じる。
常ならば、アルスレートはファリナのねだる通りに口付けをくれるのだ。
なのに、今はそうではなかった。アルスレートの表情も、違う。疑念を持つのは当然だった。
訝しげな表情のまま、ファリナはアルスレートの言葉を待つ。

「知らせが、ありました」
「知らせ?……何があったのだ?」
「陛下が崩御なさいました」
「父王が…そうか。では兄上が…」
「…兄君様は、ご重体です」
「何故だ!?」

父王のことはわかる。民には隠されているが、ずいぶん前から患っており、そう長くもないだろう、と典医が言っていた。
だからこそ、父王崩御にはさほど驚きはしなかった。
だが、世継ぎの君である兄は健康であったはずだ。

「そこまでは…。ただ、貴女にお戻り頂けるよう、請願がありました」
「……それほどに、悪いのか…。だが、私でなくともあれがいるであろう?」
「おそらく、弟君様はかねての態度を崩しておられないのでしょう」
「順に、というあれか」
「はい」
「あれも可笑しなところで律儀なものよ。嫁した者を順に入れる必要もなかろうに」

ファリナが苦笑と共に言えば、アルスレートが当然とばかりに答える。

「兄君様も弟君様も…そんなこと、認めておられませんよ」
「………認めておらんのか?」

それは初耳だ、と、そういわんばかりの表情。その表情を見ながら、彼らの言葉を伝える。

「ええ。必ず取り戻す、奪われたままにしておくものか、と」
「奪われた、わけではないのだが…?」
「同じことです。……我々にとっては」
「そう、なのか?」
「そうです。貴女が何もするなと、そう仰ったから、何もしなかっただけです」

そう。ファリナが、何もするな、と、我が国の安寧だけを考えよ、と、そう言ったから、皆それに従っただけだ。
臣下も国民も、どれほどの者が現状に納得しているだろうか。いないだろう、とアルスレートは思う。

「そうなのか…」

ファリナは嬉しそうにうっすらと笑みを零した。

「貴女が思う以上に、貴女は皆から愛されているんですよ」

私を含めて、と、ファリナの耳元に囁き、抱き起こす。
縋り付くようにアルスレートの首に腕を回し、ファリナはしがみついた。
擦り寄り甘えるような仕種をするファリナに薄く笑み、その身を抱き上げて膝に乗せる。
しっかりと抱き合いながら、言葉を交わすでもなく寄り添う。
求め合って身体を重ねることも勿論好きだが、こうして存在を確かめるように抱き合うのも愛おしい、と、アルスレートは思った。


「姫様」

ゆったりとした時間に身を委ねていると、どこか焦ったような声が寝所の外から聞こえた。
人を訪うには少し早い時間であることに、アルスレートは眉を寄せた。
夜毎、と、いえるほどにアルスレートがファリナを抱いていることを侍女たちは知っている。
国元であったなら隠す必要もないが、ここではまずい、と、ファリナの部屋に近づく者を悉く排除していた。
身支度が整うまで、寝所に、室内に、足を踏み入れることはないのだ。
なのに今、こうして訪いを告げるとは――。

「寵姫セラフィナ様、お越しでございます」

その言葉に、アルスレートは慄然とした。

「……セラフィナに違いないな?」
「は、はい…」

ファリナが念を押すと、扉の向こうから戸惑いを含んだ答えが返ってくる。
それに一つ頷いて、ファリナは口を開いた。

「ならば入れよ。構わぬ」

すぐ傍と扉の向こうで絶句するのを感じたが、ファリナがもう一度促すと、侍女が扉から離れる音が聞こえた。

「よい、のですか?」

おそるおそるといった態でアルスレートは問いかけた。

「構わぬと申したであろう」
「ですが」
「セラフィナならばよい。あれが私の敵になることなど有り得ぬ」

きっぱりと断言され、アルスレートは口をつぐんだ。
ファリナがこうもきっぱりと断言するということは、確信を持っているということに他ならない。
ならば、アルスレートに言うべき言葉はないのだ。


室内に足を踏み入れたセラフィナは寝台の傍らに歩を進めると、優雅な仕種で跪き頭を垂れた。
何があったか容易に悟ることが出来る、雰囲気と名残を気にすることなく。
その、玉座の君主に対するようなそれに、アルスレートは内心驚いていた。
アルスレートの内心の驚きに気付くこともなく、セラフィナは声がかかるのを待った。

「久しいな、セラ」
「はい。お久しゅうございます」

セラフィナは顔を上げ、ふんわりと微笑む。それはさながら、春の日差しのよう。

「そなたが寵姫になっているなど、驚きであったわ」
「ふふ。わたくしも驚きましたわ、我が君がおいでになるなど…」
「我が君と申すなと言うたであろう」
「では、お姉様」

くすくす、と鈴を転がすような笑い声が零れた。

「ふむ…まぁ、それならよいわ」

くつりと笑みながらアルスレートに寄りかかり、ファリナはすっと手を伸ばす。
セラフィナはそっとファリナの手を取り、その指先に口付けて押頂いた。
さらり、と肩口からセラフィナの髪が零れる。
ファリナがそれを払い、頬を撫でてやると、セラフィナはうっとりと瞳を閉じた。
触れられ嬉しくて堪らない、と、如実に告げるセラフィナの表情。
その表情を見た瞬間、アルスレートの脳裏に浮かんだ、友の呆れ切った顔と声音。
『撫でてもらったくらいで蕩け切りやがって…そのツラどうにかしろ、この姫馬鹿』
そのときは馬鹿とはなんだと思ったが、セラフィナの顔を見て納得する。

――ああ、確かにそうですね

そう思ったときには、くすりと笑んでいた。

「どうなさいましたの?」
「いいえ。…ただ、貴女も姫馬鹿なのかと思いまして」

初対面の貴婦人に対する言葉ではないと思う。
しかし、言われたセラフィナは気分を害することなく、まぁ、と、目を丸くした。
そうして、やんわりと微笑む。

「そうかもしれませんわね。…も、とおっしゃるからには、貴方様もですの?」
「ええ。撫でられただけで嬉しくなるような馬鹿です」
「あらあら…同じですわね」

ころころと可笑しそうに笑いながら、セラフィナは同意を示した。
きょとんと首を傾げるファリナに揃って笑みを零す。
ファリナにはわからなくともいい。アルスレートとセラフィナにわかっていれば。
アルスレートとセラフィナは、すでに互いを絶対の味方に据えた。
ファリナの敵に回ることなど有り得ない、と、互いに感じたのだ。

わたくしは、かの愚王を許すつもりなどありませんわ、そう言ったセラフィナの瞳は凍て付く怒りを湛えていた。

「……力持たざる弱き者の、我が身苛む戦い方、というものですわ」

さらり、とファリナの手がセラフィナの髪を滑った。
その優しい手つきはセラフィナの心を落ち着ける。

「わたくしは復讐のために身を鬻いでおりますの。反乱軍に属する方々のような力は持ちませんもの。
ならば、使えるものを使うしかありませんでしょう?…わたくしの場合、わたくし自身であったというだけですわ。
触れられたくもありませんけれど、確実に復讐を遂げるためには必要ですもの、いくらでも我慢しますわ。
それに、寵姫、という地位は何かと便利ですの。……こうして我が君…お姉様にお会いすることが叶うように。
…もっともそう長時間とはいきませんのですけれど」

にこり、と、セラフィナは柔らかく甘く微笑む。
確かにそうだ。王の気に入りであるから、一時であろうと後宮を出るなどということが叶っているのだ。

「それで?どうなのだ?」

どう、とは何のことだ、そうアルスレートが思う間もなくセラフィナは答えた。

「あの娘の一派以外は、すでにわたくしの手の内。御下命あらば、いつでも従いますわ」
「上出来だ」

あの娘、とはファリナとほぼ同時期に後宮に上がったもう一人の寵姫のことだろうか。
それは、ほぼ後宮を掌握しているということか。
アルスレートの心情を見透かしたかのようにセラフィナは口を開いた。

「不思議そうな顔をしておいでですわね。それも仕方ありませんわ。……きっと、殿方には理解できませんもの」
「仕方なかろう。それが性差というものであろうからな」
「ええ。わたくしは…いえ、わたくしたちはわたくしたちが生きている間に復讐を終えることがなくともよいのです。
……ゆっくりと誰の目にもわからぬように王家の血を薄め、いずれ一滴たりともその血を引かぬ子を玉座に――
そうして王家の血統がまったく違うものになれば、それが表向きにわからなくとも、血統は滅んだと同義ですもの、それで満足なのですわ」

それは気の遠くなるような歳月がいるのではなかろうか。それすら構わないというのか。
どれほど時間がかかろうとも、と思うものがあっても、それは生きている間に成すつもりのものだ。
事が成るとき生きていなくともいい、とは到底思えない。
そんな思いでアルスレートがセラフィナを見れば、にこりと微笑んだ。

「ですが、ここにきて反乱軍の動きが活発になってきましたでしょう?ですから、わたくしたちも乗ることにいたしましたの。
そのほうが、確かに手っ取り早いのですもの。確実に血を絶やしてくださるでしょうから」
「反乱が成った後は案ずるな。望む者がおるならば、末端ではあるが女神神殿にて受け入れるよう通達しておる」
「それは…我が国の、ですか?」
「そうだ。この国にいては辛かろう」

いつの間にと思わなくもないが、そこを問うても意味はないか、とアルスレートは思い直す。
傍を離れることは多々あったのだ、そのときだろう。やり取りをする時間は十分あった。

「それは有り難きことですわ。寄る辺のない者ほど辛い者はありませんもの」
「末端とはいえ神殿ゆえ、贅沢は出来ぬがな」
「それは構いませんわ。わたくしたちの大半は、静かに穏やかに暮らすことが望みですもの」

それさえ叶うなら、どこでも構わない……それが切実な願いだ。
もしもそれを叶えてくれる人がいたら、迷うことなく従うだろう。
ゆえにファリナの申し出は、願ってもないことだった。
もっとも、セラフィナには予想できていた。優しく聡明なこの方がそう言わないはずもない、と。

「人数を把握しておきたい。聞いておいてくれぬか?」
「はい、承知いたしましたわ。人数は鳥に伝えさせてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。セラもそうそう出歩けるものでもなかろうし、疑われてはかなわぬ」
「はい。それではそういたしますわ。……そろそろ、お暇させていただきたく存じます」
「そうか。…まぁ、長居をして疑われるのもかなわぬし、仕方なかろう」

返答代わりににこりと微笑み、セラフィナはゆっくりと優雅に立ち上がった。
しゅすりと衣擦れの音をさせて扉に歩み寄ると、振り向いた。

「今しばらく睦んでいる時間はありますわ」

うふふ、と、楽しげに微笑むと、セラフィナは出て行った。

「驚き、ました」

ぱたん、と閉じられた扉を見つめ、アルスレートは呟いた。

「そうか?」
「ええ。私はあの方を存じませんので」

不思議そうにするファリナにそう答える。
しばらく考え、ああ、とファリナは頷いた。そういえばそうだった。
アルスレートが遠征に出ているときに使節の一人としてやって来たセラフィナと出会い、膝を折られたのだった。

「そうであったな。……セラは…セラフィナは私の傍に控えることのない者だからな。
セラの一族は特殊でな。たった一人、と己が生涯仕える主を決めるそうなのだ。しかしその主の傍に控えるとは限らぬ。
……あれは人を癒すことを使命とする、治癒師の一族ゆえ」

主を持ってもその主のためだけではなく、すべての人のために世界を巡る治癒師の一族。
武力こそ特筆すべきものではないが、その一族の治癒の力は多くある治癒師の一族の中でも一、二を争うほどだ。
ゆえにその一族であると証明できれば、どんな国であっても無条件で迎え入れられる。
国によっては衣食のみならず、薬や薬草、治療のための器具を無償で差し出す―主には呪によってなされることが大半だが―ところもある。
「その治癒師の一族の一人が、何故?」
「母代わりであった姉とその夫と幼い甥、そして夫を無残な形で殺されたから、だ。
いかに優れた治癒師とはいえ、恨みを持たぬはずもなかろう?」
「そうですね。ひと、なのですから…恨みを持たぬはずもありませんね」

納得して頷きかけ、あれ?、と、アルスレートは思った。

「……王はあの方が治癒師だと、ご存じないのですか?」
「知らぬのだろう。セラフィナは夫の姓を名乗ったままであるからな」

愚かなものよ、と、ファリナは呟いた。アルスレートは頷いてそれに同意する。
それほど高名な治癒師一族なら、少し調べればすぐに知れるはずなのだ。
それすら調べもせず――いかに王の興味が美しい女を侍らせることだけにあるかが伺える。

「あの方は身籠って…」
「おらぬ。もう一人のほうだ。……あの時セラフィナは男を受け入れられる状態ではなかった」

あの時、それを聞いて苦い思いがアルスレートの胸を満たす。
つまり、愛でていた新しい寵姫が身籠り、セラフィナが折り悪く月の障りであったためか――
大切な大切な主にあんなことをしなければならなかったのは……。
後宮の他の女のところに行けば良かったものを、そう思うが過ぎたことはどうにもならない。

しかしそれよりも、と、アルスレートは思う。

「貴女は本当に…」
「うん?」
「本当に様々な人に膝を折られるものですねぇ…。あれも、貴女が王となるなら宰相になってもいいぞ、と言っていましたし」

アルスレートは感嘆の息を漏らしながら言った。
あれ、と言われた自国の宰相の首席補佐官を務める男がそう嘯く光景が簡単に想像でき、ファリナは笑った。

「相変わらず尊大なやつだ、そなたの友は」
「そうは思いますが…能力は確かですし、根は良いのでよいのではないでしょうか。宮廷では猫も被ってますし」
「あの激変振りには驚いたが…私に素を表すということはそれだけ信用されているのであろうから、悪い気はせぬ」
「貴女のそういうところが、臣民に愛され、忠誠を捧げられるんですよ」

そう言いながら、アルスレートはファリナを抱いたまま背後に倒れこむ。
ファリナの月色の青銀と、アルスレートの豊穣の麦色が混ざった。
二人分の重みを受けても、倒れこんだ程度で最上級の寝台が軋みをあげることはない。
そんなものか、と、不思議そうに首を傾げながら、ファリナはアルスレートに擦り寄った。


ひくり、と、腕の中のファリナが震えているのを感じ、アルスレートは意識を浮上させた。
ファリナを抱きしめたまま、いつの間にか眠っていてしまったらしい。
それをいささか恥じはするが、まずはファリナだ、と声をかける。

「どうしました?」
「……いや、なんでもない。案ずるな」

口元に手を当てているが、顔色まではファリナの背後から差し込む光でわからない。
訝しみ、確かめるようにアルスレートはもう一度問いかけた。

「まこと、ですか?」
「うむ、大事無い。……そろそろ起きねばなるまい?」
「………ええ、そうですね」

気にはかかるが、大事無いとファリナが言い張るなら、それ以上はアルスレートには言えない。
アルスレートが腕の力を抜いてやると、ファリナは髪に光を散らしながらゆっくりと起き上がった。






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