Othello-ゆうすけとゆうせい-(非エロ)
シチュエーション


俺の名前は春名優介という。優しい人になってほしいのと、父の名前から一文字とって両親が付けた名前だという。今年十六だ。
母さんは病気で二年前に亡くなり、後を追うように親父も昨年病気で亡くなった。
息子の俺が言うのもなんだが母さんはすごく綺麗で優しくて、俺は母さんが大好きだった。身体が弱くて、そのくせ頑張り屋だった。
またまた息子の俺がいうのもなんだが、親父は優しい上にかっこよくて、俺は親父も大好きだった。休みの日はよくキャッチボールをしてくれた。
もういないけど、今でも俺の自慢の親だ。
母は料理が上手かった。父と俺も手伝って、三人でよく料理やお菓子を作った。どれも全部うまくてよくおかわりをした。父も料理がうまかった。母に教えられたのだとよく
言っていた。
中学の入学式に撮った写真が、俺と父と母、三人で写った最後の写真だ。俺の宝物だ。
写真の二人は、まだぶかぶかの制服を着た俺の肩を抱いて幸せそうに笑っている。


誰も身寄りがいなくなり施設にでも行くのかと思っていた俺は、しかし祖父に引き取られた。俺は驚いた。今までじいさんがいるなんてちっとも教えられていなかったからだ。
俺にじいさんのことを教えてくれたのは母さんの知り合いの弁護士のおっちゃんだった。おっちゃんの家族と母さんは親しかったらしい。

「雪さん、綺麗だったなぁ。私の憧れだった」

六歳年上の陽子ねえちゃんは時々そう言って、少し悲しそうな顔をする。
最近は俺もおっちゃん達と仲良くなった。この前、町で偶然おっちゃんを見かけて声を掛けたらすごく驚いていた。どうやらおっちゃんは自分が物凄く地味で目立たない人間
だと思っているらしい。
俺にはそんなだとは思わないんだけど。田中一ってそんなに存在感のない名前だろうか?


初めてじいさんに会いに行った時もそれは驚いた。両親と暮らしてた3LDKのアパートと天と地の差がある豪邸だったんだから当然だ。でも本当は白いはずの壁はなんだか
薄汚れていて、あまり手入れをされていないようだった。
じいさんはおっちゃんと同い年だと聞いていたけど白髪も皺もおっちゃんよりずっと多くて、ひどく老けていた。

「優介といいます」

挨拶をしてもじいさんは返事をしてくれなかった。ただ背を丸めて自分の部屋に帰っていった。


どうやら何年か前に俺の知らないばあさんがなくなってから、じいさんは使用人数人だけと暮らしているらしい。普通の暮らししか知らない俺からすれば使用人がいるだけでも
驚きだったのだけど、おっちゃんによれば昔は今の四倍はいたというからさらに驚きだ。じいさんは母さんの親父らしい。一体どうやって親父が母さんと出会ったのか知りたかった
けど、おっちゃんはよく知らないと誤魔化すし、じいさんはとても聞ける雰囲気じゃない。俺は何となく、二人がじいさんの望まない形で結ばれたんだと悟った。
じっとしていても暇なので、じいさんの家に引っ越してからは使われていない部屋を探索して楽しんだ。お気に入ったのは、じいさんの部屋の上にあるベランダ付きの部屋だった。
晴れた日にこの部屋の窓辺で昼寝をするとすごく落ち着く。
ふと、苦しげな咳が聞こえた。下の階、じいさんの部屋からだ。防音が甘いみたいで、咳以外にも小さな物音が丸聞こえだった。
だがそれ以外、じいさんの声は聞こえない。俺はこの屋敷に来てから一ヶ月経っても、じいさんの声を知らなかった。


「あの、おじいさん……俺とオセロでもしませんか?」

じいさんはいつものむすっとした顔じゃない、何となく間の抜けたような顔をした。
俺はあの部屋のクローゼットにオセロゲーム一式がしまってあるのを見つけた。この家で初めて見つけた娯楽らしいものだった。
流石に何も話さないままなのは嫌だった。じいさんがゲームで心を開いてくれるとは思えなかったけど、他にいい考えもなかったのでやけっぱちで言ってみたのだ。だけど意外にも
じいさんはのってきた。相変わらず何も言わないで、ボードの向かいの席についただけだったけど。
見た目に似合わずじいさんは強かった。毎日最低でも一、二回はやったけど、俺は一回も勝てなかった。
一ヶ月ぐらい経って、気のせいかじいさんの丸まった背筋が伸びた気がした。盤面を見ている時はすごく真剣で、オセロをしている時はじいさんは若返って見えた。

「……懐かしいな」

ある日、ぽつりとじいさんが呟いた。

「?懐かしい、んですか?昔よくやってたとか?」
「ああ……流行っているからと付き合わされた。いつも私が勝っていた」

遠い遠い昔の事でも言うようにじいさんは呟く。じいさんが若い頃の話なのだろう。

「……一回ぐらい、勝たせてやればよかったのかもしれんな……」

いつの間にか、じいさんは背中の曲がった老人になっていた。

「懐かしいな……」


普通に会話をすることはできるようになったけど、結局母さんと親父の事は一言も喋らずじいさんは逝った。
じいさんの書斎で遺品を整理している時、俺は一冊のアルバムを見つけた。
中の写真に写っていたのは若い頃のじいさんと俺の知らないばあさん、そして幼い女の子。すぐに俺はそれが母さんだと分かった。
俺の宝物の写真と同じく、もう誰もこの世にいない三人家族は幸せそうに笑っている。


母さんは若かったし俺と親父の身を案じていたけど、安らかに旅立った。
父さんは俺にすまないと謝ったけど、幸せだったと言って息を引き取った。

だけどじいさんは、生きている時も死んだ時も、ずっと寂しそうだった。


じいさんは悪い人間ではなかったと、俺は思う。
なのに何で母さんは親父と俺だけを選んだのだろう。
今はもう、それを知る術はない。






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