仕組まれた優しさ
シチュエーション


「可哀想なお嬢様……」

一糸纏わぬ姿で腕の中に納まり、時折擦り寄る仕種を見せる少女を見つめる青年の口から憐れむ言葉が零れた。
にもかかわらず、その響きは憐れんだものではなかった。

「貴女は私を愛してはいけなかったのに。ましてや、身体を許すなど」

くすくすとおかしそうに笑う青年は少女の髪を梳き、優しく撫でた。
その仕草こそ恋人に対するようなものであるが、その秀麗な面に表れるものはそれではない。
つ、と滑らかな背に指を這わせると眠る少女から、ん…と鼻にかかった甘い声が零れる。
くつりと薄く笑い、青年はその耳朶を甘噛みした。
腕の中の少女がひくりと震えるのを感じ、まだ熱が抜けきっていないのかと青年はまた小さく笑う。
今夜男を知ったばかりの少女の性感帯をくまなく暴き、幾度も絶頂に押し上げたのだ。
手加減など微塵もせずに教え込んだのだから、少女の無垢な身体はひとたまりもなかったろう。
何も知らずに、ふにゃりと嬉しそうにする少女を青年はしっかりと抱き寄せてやる。
今は、何の憂いもなく眠る少女の望みどおり目覚めるまでいてやらねばなるまい。
面倒なこと、と思わなくもないが。

少女には両親と弟が一人いる。
少女に見向きもしない父と義母と、お世辞にも仲が良いとは言えない腹違いの弟。
使用人達も弟の方に重きを措いており、少女に好んで係わろうというような者は多くない。
主人の命であり、生活を考えると理不尽であろうと従わざるを得なかったということも含まれるが。
自らが必要とされていないとひしひしと感じながら過ごす少女の心は飢え凍えていた。
そんななか、たった一人大切にしてくれる青年が見せる気遣いと優しさは少女を虜にした。

二人の出会いは今から遡ること、幾年。
父親が保護したのだという少年―かつての青年―が、他の使用人たちよりも歳が近いということで少女に付けられた。
その時すでに必要ではないという判断を下されてはいた娘だが、仮にも名家の娘。
側に控える者が一人もいないのは不自然であり、世間体にも係わる。
また、『娘』であることの利用価値がないわけでもない。
両親を亡くし身寄りがないという少年のことは当然調べられたが、その通りであったためさして問題にされなかった。
というよりも、彼にとって少年一人闇に葬るなど造作もなかったからだ。
また、娘の身に何か起こっても、少年に責を全て負わせてしまえばいいと考えたためだった。
仮に娘と少年に何か間違いが起こったとしても、いい厄介払いができる、そう考えていた。
ならず者たちに追われていた少年がたまたま居合わせた自分に助けを求めたのも、ただ身なりが一番良かったからだ、と少女の父親は思っていた。

しかし真実は違う。

少年を追っていたのは少年の友人の手下であり、少年にとって知らぬ者たちではなかった。
主の命を受けて、少年を追う振りをしていたに過ぎない。
少女の父親に助けを求めてその懐に潜り込んだのも、全ては演技であり少年の策謀だったのだ。
少女の父親の考えを少年が全て看過しているなど、思いもしなかった。
自分の思うとおりにことが運び、少年が内心ほくそえんでいたことも、当然のことながら気付いていなかった。

初めて少年と少女が引き合わされたとき、少年は自分の主となる少女をまっすぐ見つめた。
しかし緊張しているのか、少年はにこりともしなかった。
その時、もったいないな、笑ったらきっと綺麗だろうな、と少女は思ったものだ。
少年と少女はすぐに仲良くなった、というよりも、少年が甲斐甲斐しく少女の面倒を見た。
少年は少女と過ごすうちに微笑むようになった。少女が思った通りの綺麗な笑みだった。
笑ってくれたことが嬉しくて、少女は更に少年によく懐いた。
他の家族や使用人たちと違っていやな顔一つせず相手をしてくれるのだから、当然ともいえる。
大した教養もないだろうと思われていた少年は、良家の子息かと思えるほどに礼儀作法を心得ていた。
両親のどちらかが良家の出だったのかもしれない。少年の両親亡き今、辿る手立てはもうないが。
加えて、少年は賢かった。
家庭教師を付けること躊躇っていた少女の父親にとって好都合。
少女の父親は、これ幸いと少年に娘の教育を任せた。
懐いていることもあって、少女は素直に少年の教育を受けた。
大人顔負けの知識を披露することもあった少年に、少女は尊敬の念を抱いた。

やがて、尊敬は恋になった。
愚かにも少女は、その肌を許すほどに愛してしまった。
少女は青年を信じきっていたし、その優しさがどんな意図からであったか知る由もなかったのだ。


それが、そうなるように仕向けられ、仕組まれたものであると気付きもせずに。






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