姫と兄の従僕
シチュエーション


自分で自分を慰めるなど恥ずべき行為であるのは承知していた。けれど、だからといって他にどうすればいいのかセレストにはわからない。
達しても達しても解放されない体の奥から湧き上がる飢えと渇き。以前も同じ渇望を覚え、酷く苦しんだことを思い出す。
あの時はどうやってこの苦しみから解放されたのか。記憶を辿り、セレストの脳裏にまざまざとその時の光景が浮かび上がる。

「そう、だ……ん、はぁ……あ、ああああッ」

セレストの体が大きく跳ね、彼女はまたしても達した。

(リュシアン。あの時はリュシアンが)

金色の髪と白い肌を思い出すとそれだけで体が彼を求めて震えだす。
セレストは意を決してベッドから降り、汗を流すためにバスルームへと向かった。


◇◆◇


「お前に客だぞ」

開けたままにしていた扉から声がかかり、リュシアンは緩慢な仕草で顔を上げた。

「女の客とは珍しいな」

男はにやにやと品のない笑みを浮かべていたが、リュシアンに睨みつけられてそそくさと立ち去った。
椅子に掛けて剣の手入れをしていたリュシアンは女の客と聞いて怪訝に眉を顰めた。今夜は来客の予定などなかったし、約束もなしに押しかけてくるような間柄の女も今はいない。
誰だろうと考え込むよりも先に戸口に人影が現れた。
まず目についたのは短く切りそろえられた月光に似た色の髪。そして、蜜色をした艶のある肌。薄手の生地は申し訳程度にしか肌を覆ってはいないが下品ではない。寧ろ品良く見えるのは彼女の生まれが卑しからぬおかげだろう。
上から下まで視線を走らせ、リュシアンは瞬きを一つ。幻ならそれで消えるはずだった。

「夜分遅くにすまない。あなたならまだ起きていると思ったから」

しかし、彼女は消えなかった。幻ではない証拠に声まで聞かせてくれる。

「呆れた人だ。なぜここに……離宮で静養中だと聞きましたが体はもう回復を?」

深い紫の瞳に動揺に似た色が浮かぶ。どうやら許可を得て訪れたわけではないらしい。
リュシアンは溜め息をこぼす。

「前にも言ったと思いますがもう少し自分の立場というものを考えるべきです。一人で出歩いていい体ではないはずだ。傷でもついたら」
「商品価値が下がるのか。あなたの言い分もわかる。……私だって自分の立場がどういうものか自覚はある。それに、野盗の類に負けないだけの腕はあるつもりだ」

「確かに弱くはないでしょう。だが、強くもない。素人相手なら分はあるかもしれないが本職相手では話にならない。何のために警護がついているのか考えたらどうです」

間違ったことは一つも言っていないはずなのに、彼女の表情が曇れば曇るほどに腹が立つ。そんな表情をさせてしまう自分に苛立つのだからどうしようもない。

「あなたの側なら」

紫の瞳が縋るようにリュシアンに向けられる。

「あなたの側なら警護はいらない。あなたより強い人間などこの国にはいないはずだ」

今度はリュシアンが黙り込む番だった。

「あなたの側が危ないというならこの国には安全な場所などない。それに……あなたは何かあれば必ず私を守ってくれる。そうしなければあなたはあなたの主を裏切ることになるのだから」

それは論点がずれていると思いはしても、これ以上の問答に意味はないと悟ったリュシアンは反論しなかった。
その代わり、手にした剣でベッドを叩く。

「扉を閉めて、とりあえず座ったらどうです」

リュシアンが追い返すことを諦めたのだと気づき、安堵したように胸を撫で下ろす。その姿を眺め、リュシアンは難しい顔で髪をかきあげた。腰まで伸びた髪が指をすり抜けてさらりと流れる。

「それで、夜分の訪問に対して納得のいく説明をしてもらえるんでしょうね、セレスト殿下」

ベッドにちょこんと腰を掛け、膝の上で拳を握り、彼女は黙って床を見つめている。返事はない。
リュシアンの仕える主はこの国の第二王子であり、彼はセレストの兄である。セレストはリュシアンの主ではない。だがしかし、主の身内であるのだから無視するわけにはいかない。
彼女と第二王子とは母を違えてはいるものの、第二王子はセレストを溺愛している。邪険に扱えば主への不敬にあたる。
そうしたリュシアンの事情を逆手にとって、セレストは今までに何度もリュシアンを護衛代わりに使って無茶をやらかしてきた。そのお転婆を主が許すものだからリュシアンは何度も苦い思いをしている。

「まだ体は本調子ではないでしょう。大人しく離宮で回復を待つべきだ。さすがの殿下も妹御の我儘と体調の回復を天秤にかければ回復をとるはず。叱られますよ、今回は」

反論するだろうと思って投げた言葉にも反応せず、ベッドに座り込んでからのセレストは大人しいものだ。やはり調子が悪いのかとよくよく観察すればセレストは何かを堪えているように見えた。

「用件は?」

早く離宮に帰して休ませた方がいいのかもしれない。リュシアンはそう考えてセレストを急かす。

「セレスト殿下?」

しかし、セレストは返事をしない。額に汗まで浮いているし、心なしか頬も上気して瞳も潤んで見える。明らかに調子を崩しているセレストを見て、リュシアンも落ち着かなくなってきた。

「我儘ならあとでいくらでもききます。今日は帰りなさい。迎えを待てないほどなら俺が馬を」
「だめだっ!」

縋るようにセレストが顔を上げて見つめてくる。

「だめだ、リュシアン。私は帰らない。私、私は、あなたに頼みがあってきた」

立ち上がりかけたリュシアンは再び椅子に掛け、セレストと向き合う。

「頼みとは?」

促せばセレストは黙り込む。リュシアンは舌打ちをして立ち上がった。
目に見えて調子の悪くなるセレストを遊ばせておくほど無関心ではいられない。認めたくはないが心配なのだ。

「話す気がないなら無理にでも連れて帰ります」

立ち上がらせようと二の腕を掴んで引き起こした瞬間、セレストはリュシアンを振り払って床に座り込んだ。

「きゃあっ!さ、触るな……はぁ、っ、んッ」

呼吸を乱し、セレストは自分の体を守るように抱きしめている。まるで情事の最中のように吐息には艶めいたものが混ざっていた。

「セレスト?お前……」

呆然として見下ろすリュシアンをセレストは涙を溜めた目で見上げた。

「……朝からずっとなんだ。何度もしてきたのに、止まらない。あの時みたいに体が変だ」

あの時と言われてリュシアンの脳裏に半年前の出来事が浮かぶ。セレストが離宮で静養せざるを得なくなったきっかけの日だ。

「あの時はどうしようもなくて、切羽詰まっていたから、あなたは協力してくれたけど、今回は、そうではないから、あなたに無理強いはできない」

さっきまでの沈黙が嘘のようにセレストは喋り出す。まるでリュシアンが拒絶を口にするのを恐れるように、口を開く隙を与えない。

「あの時はそれ以外方法がなかったからで、今はそうじゃないから、あなたは嫌かもしれないと思ったら、言い出せなかった。だいたい、私はこういうことの頼み方を知らない。誘い方もわからない」

調子が悪そうに見えたのは欲情を抑え込んでいたからだと気づき、リュシアンは安堵した。

「なんだ。俺はてっきり体がどうかしたのかと」

拍子抜けしてベッドに腰を下ろしたリュシアンをセレストは潤んだ目で睨みつけた。

「体がどうかしていると言っている。私が苦しんでいるのに、何だとは何だ。私は、私は……」

そこで初めてリュシアンは気づいた。つまり、セレストはリュシアンに抱いてほしいと頼みにきたのだ。

「男が欲しくてたまらないのか」
「そんなあからさまな言い方はっ」
「違うのか」
「……か、体が熱いんだ。よく、わからない」

いたたまれなくなったのかセレストは俯く。リュシアンはセレストにはわからないようににやりと笑った。

「さっき朝からしてたって言ってたけど、何をだ」

びくりとセレストは体を大きく震わせる。

「言えないのか?言えないなら……そうだな、見せてみろ。そこのベッドを使っていい」

のろのろと顔を上げ、リュシアンとベッドを交互に見る。

「リュシアン……」

撤回する気はないとばかりに目で促せば、セレストは立ち上がってベッドへ上がった。

「ちゃんと俺に見えるように」

服を脱ぎ、セレストはリュシアンに向かって足を開く。恥じらう気持ちはあるようだが、それよりも欲望の方が強いようだった。

「いやらしいな、セレスト。朝から何度慰めたんだ」

セレストの片手がたわわな乳房を形が変わるほどこね回し、もう片方の手は濡れそぼった秘裂を撫でる。

「こんな濡れた音をさせて、はしたないと思わないのか」
「ん、ああっ……リュシアン、い、やぁっ」
「気持ちいいんだろう?自分で自分を辱めて、気持ちよくなってるんだろ」

セレストの指が陰核を撫でる。すっかり行為に夢中になっているようで、ひっきりなしに声を上げて腰を揺らす。
目の前で痴態を見せつけられ、リュシアンは欲望が頭を擡げてくるのを感じた。

「ひ、あっ……やだ、くるっ!きちゃ、う!あ……ああ、ああああッ!!」

体を痙攣させ、セレストは悲鳴を上げる。汗と体液で体は濡れ、顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
胸を大きく上下させて呼吸し、ぐったり力なく横たわる姿を見ていると少し心配になってくる。リュシアンはセレストの両頬に手を当てて、顔を覗き込んだ。

「大丈夫か?」

虚ろな目でリュシアンを見上げ、セレストは弱々しい声で哀願する。

「リュシアン……お願いだ。あなたが、ほしい」

さすがに少し意地悪が過ぎたかもしれないと後ろめたさを感じつつ、リュシアンは頷いてから服を脱いだ。裸になってセレストの足の間に体を割り入れると彼女が期待に満ちた目で見つめてくる。

「リュシアン……」

堅く立ち上がった屹立を入り口に沿わせて滑らせる。ただ擦りつけているだけだというのにセレストは体をびくつかせて喘いだ。

「擦れただけでいいのか?まだ入れてないのに」

からかいをこめて言うとセレストは素直に頷いた。

「リュシアンのっ、かたくて、んッ……きもち、いっ」

わざと腰を引けば追うようにセレストの腰が浮く。本当に限界なんだなと半ば感心しながらリュシアンは一気に腰を進めた。

「あぁあああああっ!」

ぎゅうっと内部が締め付ける。挿入の衝撃だけでどうやら達したらしい。

「たっぷり可愛がってやるさ。どうせ満足するまでくわえ込んで離さないんだろう」

軽い口づけを頬に落とし、リュシアンは慣らしもせずに腰を激しく使いだす。何度も達したであろう内部は慣らす必要などないほどに柔らかく解れており、好き勝手に動いても狂ったように快楽を訴える。
がむしゃらに突いても返ってくるのは苦痛の呻きではなく歓喜の喘ぎ。とうに正気ではないのだろう。セレストは意味をなさない言葉を口にしながら自分で乳房を強く掴んだり、陰核を撫でたりしながら体に刺激を与え続けている。
それでも喘ぎの合間にリュシアンの名を呼ぶことがリュシアンの気をよくしていた。快楽に溺れ果てても、誰に抱かれているかをセレストは理解している。

「淫らな姫君、俺の前でだけと思えば可愛いものだな」

唇を重ねるとセレストは自分から舌を絡めてしがみついてくる。
リュシアンが唇を離せばその顔には不満の色が浮かぶ。しかし、深く突き上げてやればそれもすぐに愉悦へと変わる。
膝裏に手を当て、体が半分に曲がるほど押しやり、上から叩きつけるように責めてやる。セレストは涙をこぼして、きつくリュシアンを締め付けてきた。

「や、だめぇ、また、また、くるのぉっ!あっ、ああッ!やっ!ああっああああっ!!」

あまりの快楽に暴れ出しそうなセレストを押さえつけ、リュシアンは滾りのすべてを彼女の中に吐き出した。
余韻を味わう暇もなく、セレストの腰がリュシアンに押し付けられる。リュシアンは苦笑を浮かべてまだ萎えてはいない陰茎を抜き、セレストの体を反転させる。

「あっ……やだ、もっとぉ、リュシアン」

抜かれたことに不満を訴えるセレストの尻を掴み、リュシアンは白濁の滲み出てきた秘裂へ再度陰茎を突き入れた。

「心配しなくてももっとしてやるよ。もっと、ね」

ベッドに突っ伏して喘ぎだしたセレストの背に唇を寄せ、リュシアンは跡が残るように強く吸い付いた。普段は見えない場所にいくつも花を咲かせ、彼はその跡を指でなぞる。

「こんな時くらいしか……俺はお前をいたぶれないんだからな」

ぽつりと呟いた言葉に自嘲めいた笑みを乗せ、リュシアンはセレストを責めることに意識を集中させることにした。


◇◆◇


体はすっきりとして軽い。飢えも渇きもまったく感じられなかった。

(やっぱり、自分でするのと全然違う)

セレストは脱ぎ捨てた服を身に纏いながら、嬉しそうに微笑んだ。
ちらりと目を向ければベッドで眠るリュシアンが見える。日に焼けてはいるが肌はセレストより白く、髪は日の光を浴びてきらきらと輝いている。逞しい体を眺めていると昨夜の出来事を思い出しそうになり、セレストは慌てて目を反らした。
昨夜のことは朧気な記憶しかない。初めの方は覚えているが、夢中になってからの記憶は曖昧だ。

(でも、いっぱいしたはずだ)

何度も抱かれたであろうことは体に残る気だるい疲労感とベッドの有り様でわかる。それに、リュシアンも疲れ果てて寝ており、起きる気配がない。
身支度を終え、セレストはリュシアンの側へ近づき、身を屈めて頬に口づける。

「ありがとう、リュシアン。あなたのおかげで楽になれた」

起こさないようそっと囁き、セレストはリュシアンに背を向けて扉へ向かう。
リュシアンほどの武人ならもしかしたら目は覚めていたかもしれないなと思いながら扉を閉める。

(起きていたら気まずい思いをしたかもしれない。リュシアンなりの気遣いだろうか)

情を交わした翌朝にどんな顔をすればいいのかセレストはまだよくわからない。リュシアンが眠っていてくれてほっとしたのは事実だ。
どちらにせよリュシアンが何を考えているのかセレストにはわからない。その内わかるようになるだろうかと考えながら、セレストは離宮へ帰るために駆けだしていた。






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