シチュエーション
![]() 東の大国ヴァルカニア 先の戦にて滅亡したロウムと同盟関係にあった軍事国家である。 多くの人々がこの国の首都であるヴァルカンに訪れる、有るものは商業のため、 ある者は、この軍事国家の傭兵として、そしてまたある者は ―― この日この国の王城に、ボロを纏った一団が訪れた。 ―――― 「ルドルフ様、ノイエン子爵様の使いの者がお目道理を希望しております」 セバスチャンがルドルフの下にやってくる。 その手にはノイエン家の紋章が入った身分証明の書状が握られている。 「ま、た、か」 うんざりした顔で、ルドルフはその書状を一瞥すると、 「連れて来い」 嫌そうに手を振る。 「わかりました」 うやうやしく頭を下げると、彼は客間に待たせている使いの者を呼びに行った。 「いやいや、リヒティンシュタイン様ご機嫌麗しい――」 ルドルフの前にやってきた派手な服を着た使者はうやうやしく頭を下げた。 「大義である、して今日はいかなる用事があって、参られたのかな?」 「はい」 ルドルフに尋ねられ使者は一枚の書状をうやうやしく手渡した。 「わが主ノイエン・ベックフォード様が、先の戦にて大勝利を収めた 我が国の大英雄であるルドルフ・リヒティンシュタイン様を城にもてなして、 遅ればせながら祝賀会を開きたいと……」 笑顔を作りながら両の手をすり合わせる使者。 それに対しルドルフはにやりと笑う、 「ふむ、なるほど、では、わし一人が行けばよいのかな?」 ルドルフの笑みはひどく意地の悪いものであった。 「あ、いえ、……その」 「冗談だ、わが娘にも声をかけておく、アーデル殿にもそう伝えてくれ」 「は、はい」 使者はうやうやしく頭を下げてそそくさとその場を後にした。 「まったく、ベックフォード家のアーデル坊やもまだうちの娘を諦めて無かったのか」 苦々しい顔をして、ルドルフは溜息をついた。 「まったくですな」 横でセバスチャンもやれやれと云った顔で同じく溜息を吐く。 「またマリーは怒り出すのだろうな……セバスチャン、申し訳ないが行ってきてくれ」 「……わかりました」 そう言うと、老執事は情けない顔をしてマリアンヌの部屋へと向かった。 「どうしたの、セバスチャン、そんなに驚いた顔をして」 不思議そうに首を傾げるマリアンヌ、その目の前で忠実なる老執事は、 聞きなれない者を聞いた顔をして、固まっていた。 「いま、なんと?」 「だ、か、ら! 行くっていったの、これで三回目よ、セバスチャン!」 驚くのも無理はない、今まで同じことを伝えて、 「なんで私――――−!!」 怒号だか罵声だか全く分からない声をあげ、 枕で殴りかかってくるのが、いつものパターンであるのに 今日は、一言。 「うん、いいわよ」 とだけしか言わないのである。 「ベックフォード家のパーティの御呼ばれですぞ?」 「うん」 「アーデル殿も恐らく見えられますぞ」 「うん」 「ホン ――」 「しつこい!!」 「は! はは」 マリーに怒鳴られ、慌ててセバスチャンは部屋を後にする。 「もう、セバスチャンたら」 ぶつぶつ文句を言いながら、 勢いよくベットに飛び込むマリー。 「まあ、父上が困惑されるのも無理ありません、アーデル殿と言えば 以前は名前を口にするのも嫌がられていたではないですか」 洗い終わった洗濯物をクローゼットの中に仕舞い込みながら、 レヴィは苦笑する。 「え? 今も、嫌だけど? 」 何を言っているのか分からない。 そんな顔でマリアンヌは首をかしげた。 今度はレヴィが養父と同じ顔をした。 「言ってる意味がわかりません」 「だ、か、ら! 今でもあのにやけたつらが、大っ嫌いって言ってるの! 」 「ではなぜパーティに行くと?」 「決まってるじゃない! 」 そう言うとマリアンヌは目をキラキラさせて言った。 「レヴィ、あなたも一緒に行くからよ」 彼はふたたび、養父と同じ顔で動きを止めた。 「止まれ、何者か?」 城門の番兵がぼろを着た妖しげな一団を止める。 だが先頭のものが何かを見せると、 「し、失礼しました、少々お待ち下さい」 驚きで目を見開き、慌てて自分の上官のもとへと走った。 「素敵よ、レヴィ」 一緒に腕を組みながら、マリアンヌは笑顔でそう告げる。 上流貴族が身に纏う上質な着衣に身を包みレヴィは居心地の悪さで一杯であった。 「本当によろしいんですか? ルドルフ様」 少年はまた改めて聞き返す。 「よい、と言っておる、心配せずともお主の名はともかく、 顔まで知っておる者はおらんよ」 はぁ、ルドルフは溜息を吐く。 「かりに知っていたところで、別段臆することもあるまい? かつては敵国に身を置いていたとはいえ、今はわしの家で正式に働いておる」 「はぁ、どうなっても知りませんよ」 レヴィは溜息をつく、もうどうにでもなれという感じであった。 ( そもそも敗戦国の人間の僕が戦勝パーティに出るとか、 あり得ないだろ、普通に) 「ねえレヴィ見て、ルイーゼ様とカスター様が並んでる素敵よね」 そんなレヴィの気持ちもよそにマリーは話しかけてくる。 ちらりとそちらに目を移すと、 カスター伯爵とその夫人ルイーゼが仲良く並んで誰かと話をしている。 二人は気品漂ういかにも上流階級の貴族と言う雰囲気を醸し出していた。 「すてきよね〜立ってるだけで芸術品見たい」 「はあ、そうですね」 何とも気のない返事をしてしまう。 ここにいる多くの貴族達は戦争など、遠い絵空事でしかないのだろう、 民から税を徴収し、配下の騎士を戦いに赴かせ自分達は着飾る事しかしない。 圧倒的な兵力を誇っても、兵力で劣るロウムを何年も攻めあぐね、 ルドルフがいなければ逆に攻め滅ぼされていたのは、 (この者達だったんだろうな) そんな気持ちで自国の勝利に酔いしれる人々をレヴィは眺めていた。 と、 「もう、レヴィ、見とれすぎよ!!」 グイッと、袖を急にマリーに引っ張られた。 「いえ、僕は、別に」 ( そう言えばマリーも戦争とは無関係か) 渦中の人ルドルフの一人娘とはいえ、彼女は戦争の話をほとんど知らない、 時折レヴィが、ぽつぽつと語る話や、遠い異国の話を聞くばかりで、 戦争などと言う物からは遠い存在であった。 ルドルフ自身もあまりそう言った事を人に話すのが嫌いな人物である。 必然的にマリーは、 「お父様は時折危ない所に行って、凄い事をして帰ってくる」 ぐらいの認識でしか、戦争という物を考えて無い。 「ほら、レヴィ、私だって今日は特別な衣装なんだからね」 そう言って水色のスカートの裾を軽く持ち上げてみせる。 日焼けしてない白い肌に色鮮やかな金色の髪をした少女は、 金と銀の刺繍が施された艶やかなドレスを身にまとっている。 「ほらほら、感想は?」 「はい、『マゴニモ、イショウ』ですよ」 「?、そ、そうでしょ、えへへ」 ニコリと笑顔を向けるレヴィを見て、 言葉の意味は全然わからないが褒められたと思ったマリーは、 少し照れたような顔をする。 「おお、美しきわがマリアンヌ様!」 と、突然、マリーは背後から声をかけられた。 マリーは朝起きがけに背中にナメクジを入れられたような顔で驚くと、 ゆっくりとそちらを振り向いた。 「おお、マリアンヌ様、相変わらずお美しい」 大げさに両腕を広げて、一人の男が近づいて来る。 「あ、あら、こんばんは、ノイエン・ベックフォード様のご子息 アーデル・ベックフォード様」 ぎこちない言葉遣いでそれでも一応頭を下げるマリアンヌ。 「そんな他人行儀な、気軽に、アーデルとお呼び下さい」 「有難う御座います、ベックフォード様、 さ、レヴィ、お父様のところに戻りましょう」 マリーはレヴィの手を引きルドルフの元に戻ろうとする。 「ははは、マリアンヌ様相変わらず照れ屋さんですね、だがそこが又可愛い」 ―― 誰が照れ屋だ!! ―― そう言って殴りかからなかったのは一応人目を気にしてか、 それともドレスを気にしてか、 いずれにしろ幾らか賢い選択を取ったマリアンヌはぴたりと足を止めた。 「あらベックフォード様、レディに『可愛い』とはどう言う事ですの?」 アーデルへと向き直ったマリアンヌは、ツカツカと歩み寄る。 その顔にははっきりと怒りの表情が見て取れる。 予想外のリアクションなのだろう、アーデルは思わぬ彼女の剣幕に狼狽した。 「あ、いえ、あ、あの」 「人を子ども扱いするとは、侮辱ですわ!」 そう言って怒鳴ると、 「アーデル・ベックフォード卿あなたに決闘を申し込みます!」 びしりと指を突き付けて、アーデルを睨みつけるマリアンヌ。 「け、ケットウ!?」 あまりの成り行きに唖然とするアーデル。 そしてマリーの後ろのレヴィもまた、唖然とした顔で、眺めていた。 「ですが」 コホン マリアンヌは咳払いをする。 「私は女の身ゆえこの者を代理に立てます」 そう言うとレヴィを指さすマリアンヌ。 後ろで呆気に取られていたレヴィは、さらに驚いた。 (おいおい!) ―― こんな人前で何をさせる気だ ―― 「な、なるほど、よし、誰か剣を持ってこい」 レヴィを見て勝てると思ったのだろう、アーデルは強気な態度を取り始める。 「君、名前は」 「彼はレヴィよ、私の恋人」 「な!?」 突然の物言いに二人は同時に声を上げる。 「な、なるほ、ど、そ、そうすると、君は僕の恋敵で、勝った方が、 マリアンヌ様と交際できる、それでよいのかな」 「えっ!? なぜ……」 「そうよ、勝った方とお付き合いします」 (おい!!!) 心の中でレヴィは大声をあげる。 ―― なんでそんな話になるんだ!! ―― ( とほほ ) だが困った表情は表には出さずに、家来が運んできたレイピアを手に取る。 「なるほど」 それを片手で軽く振ってみるレヴィ。 (こんな貴族用のお飾り剣つかったことないんだよな) 「いくぞレヴィとやら、先の戦いで『地をかける稲妻』が名を聞いただけで、 逃げ出した、ベックフォード家の妙技その身をもって知るが好い」 逃げ出したい。 レヴィの偽らざる本音である。 そんなレヴィの目の前で優雅にポーズを決めてみせるアーデル。 見惚れている女性たちが何人もいる。 ポーズを決めながら、いちいち目線をマリアンヌへと運ぶアーデル。 マリアンヌはレヴィに対して、 『さっさと殺っちゃって』 の目線を送る。 (やれやれ) レヴィがため息をついた途端、 「いくぞ!」 掛け声勇ましくアーデルはレヴィに襲い掛かる。 確かによく訓練された剣さばきだ、言うだけの事はある。 宮廷の婦人たちより歓声が上がる中、レヴィに対しての声援も上がる。 皆は降ってわいたこの決闘を見世物として楽しんでいた。 宮中でプレイボーイとして鳴らすアーデルと、 マリアンヌの連れて来た美少年との決闘は貴族達を楽しませるのには、 十分すぎるほどの余興である。 鋭いアーデルの剣が徐々にレヴィを追い詰めてゆく。 「どうした、レヴィとやら、その程度か」 (なるほどこの程度か) ―― 訓練された犬では野生の獅子には勝てない ―― (ではそろそろ終わらすか) レヴィはアーデルの攻めの間隙を縫い反撃に転ずる、 あっという間の攻守は入れ替わり、今度はアーデルが追い詰められていく。 と、 キン。 金属音と共にレヴィの剣は真ん中から二つに折れ、 一方アーデルの剣は持ち主の手を離れて、床へと転がった。 「勝負無しですね、アーデル様」 折れた剣を見つめてレヴィはつぶやく。 「あ? あ、ああ」 力なくうなずくアーデル。 「さすがです、地を這う稲妻を退けた剣技お見事でした」 深々と頭を下げるレヴィ。 「あ、ああ、そうであろう! 貴公は傍に居なかったので解らないだろうが、 やつめ私に恐れを抱き、我が愛しきマリーの父上である、 ルドルフ様に挑んだのだ、卑劣な男め、私がルドルフ様の傍にいたならば、 危険な目にあわせずに済んだ者を」 ―― よくもまあ ―― どこかで練習でもしたのだろうか、すらすらとよくセリフが出てくるものだ。 レヴィは、大仰な身振りで話すアーデルに頭を下げ そそくさと皆の輪の中から退散する。 ちらり後ろを向くとアーデルの武勇伝は延々と続いていた。 輪から出てきたレヴィの手を引っ張るとマリーは皆から外れたところへと、 レヴィを連れてゆく。 やがて二人は人気のいない、バルコニーへとやってきた。 「ねえ、レヴィ、あいつそんなに強かったの?」 「え? いや、実際僕はあいつとは戦ってないですし……」 「は? 何言ってるのレヴィ? あいつと今闘ってたでしょ?」 「あ! ああ、失礼、そうですね、はは、ああそうです、闘ってないですよ、 手を抜きましたから」 事も無げにサラッと答えるレヴィ。 そう言えば彼女には自分の氏素性は話してないのだ、 「え!? そうなの?」 「はい、僕が本気を出して勝ったら後々災いの元になるでしょうし、まあ、と言って、 負けるわけにもいかないですからね」 何か釈然としないものを感じ、ふてくされた顔をするマリアンヌ。 「それに彼は用意周到な男ですよ、 わざわざ僕の剣に分らないように細工していたのですから」 「え!? 卑怯じゃないそれ! あいつに言わないと!!」 「いいじゃないですか別に、しかし驚きましたよ、突然、この人は恋人です、 とか言いだされるので」 「あら、それは本気よ」 今度はマリーがサラッと答える。 「私ね、考えたの」 にっこりと笑ってマリーは言う。 「お父様に頼んで、あなたに爵位を授けてもらうの、そうすれば あなたと結婚できるでしょ?」 そう言うとマリーはレヴィに抱きつき顔を胸へと埋めた。 急に吹いた冷たい夜風が、レヴィの頬を撫でる。 今のこの早鐘の様な心臓の鼓動がすべてマリーに聞かれてるのだろうか? レヴィは、マリーを見つめながら思うのだった。 三人の男女がヴァルカン城の客間に座っている。 皆、長旅でぼろぼろであった。 その時、客間の扉が開き一人の男が入ってきた。 「おお! これはこれは! いやいや、長旅お疲れ様でございましたな」 男がにこりと笑う。 ボロを纏った者の一人がフードを取り外すと、 そこからは、長旅で疲れ、やつれ、 ボロボロになりながらも、 なお気品を漂わす一人の少女がいた。 見るも無残に汚れた銀色の長い髪は、 それでも尚、彼女がタイレルの血族だと言う立派な証であった。 「温かなお出迎え、嬉しく思います、国王陛下」 恭しく、 アンリエッタは頭を下げ、 物語は 終わる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |