アリスのハロウィン(非エロ)
シチュエーション


板型のチョコレートのような扉を、家庭教師の白い手袋が硬い音を立ててノックする。

「アリス様、授業を始めます」

エドガーが勉強部屋の内開きのドアを開けた時、机の前に居るはずの少女が消えていた。
エドガーは眼鏡の奥の瞳だけを巡らせざっと部屋を見渡した。
温かみのあるヘイゼルを基調としたこの部屋は屋敷の中では珍しくちんまりとしている。
目立つ家具はアンティークの横長の机と二脚の椅子、壁際の本棚と小さなチェストが一つずつ。
部屋で身を隠せる場所はただ一つだけ…
ドアの影からふいに可憐な声が弾けた。

「トリックオアトリート!」

声と共に戸板裏の死角から白い人影がぴょこんと飛び出す。
真っ白なコットンのシーツをすっぽり被ったゴーストは、両手を突き出しわさわさと動かした。

「昨日の生物の復習から始めますから、教本の170ページを開いて下さい」

エドガーは欠片程の動揺もなく無表情のままドアを閉め机へ向かった。

「トリックオアトリート」

そう明るく歌い上げながらわさわさとゴーストが後を追う。

「教本を開くように」

テーブルに幾つかの資料を広げると、エドガーは肘掛け付きのチェアに腰を降ろした。

「トリックオアトリート」

わさわさ

エドガーは真横でうごめくシーツに水平に手刀を放った。

「トリックオうぎぇっ!!」

喉元の位置に一閃を受け、中の人から潰れたような悲鳴が上がる。

「教本の170ページを」

エドガーは鉄面皮のまま再度警告をした。

「ケホゲホッ…痛い〜先生ひどい…」

シーツが内側からずるずると捲り上げられ、金髪のショートカットが露になった。

「ああ、アリス様でしたか。てっきり不審者かと」

興味無さそうに嫌味を言うエドガーにアリスの頬がぷくっとむくれる。

(前はもうちょっと手加減してくれたのにー!)

不満気に尖らせた唇はほんのりとストロベリーに色付き、まだ初々しいが十分に女の子としての魅力を持っている。
大きな瞳と小さな鼻口が絶妙に配置された顔はかなりキュートで、それなりに美少女に成長したアリスである。
しかし、アリスがすくすくと大きくなるにつれ、エドガーの折檻から手加減が消えてきた。
壮年のエドガー、健康体の若者には容赦無し。

(だけど…大きくなった今だからこそできる事があるんだもん)

シーツにくるまりムフフと含み笑いし、アリスはエドガーの椅子に擦り寄った。

「ねえ先生、ハロウィンなんだし今日はお勉強お休みしようよ」
「却下します」

「えー、季節の行事を楽しむことも立派な教育だと思うなぁ」

エドガーの神経質そうな細い眉がピクンと跳ねる。
アリスがこういう胡散臭い言い回しをする時は、大抵エドガーを貶めるために何か作戦を練っているのだ。
ハロウィンにかこつけて何かやらかす気か。エドガーはやれやれと軽く天井を仰いだ。
アリスはそんなエドガーの様子に気付かずに、シーツ内で何かをゴソゴソ漁る。
取り出した黒いカチューシャを頭にチョイッと付け、体を覆うシーツをパラリと落とした。

「ハロウィンだから仮装しました!」

じゃーん!

隠されていたアリスの体がお披露目された。
セクシーな黒いビスチェに、紫色のフリルのミニミニスカート。
頭のカチューシャには牛の角に似た小さな突起が二つ生えている。
えっへん。アリスはビスチェから覗く胸を寄せポーズを取った。
可愛いけどちょっぴり扇情的なセクシーさ…。そう、この装いは―

「なるほど、カリカチュア的に擬人化したバイ菌の仮装ですね」

エドガーは冷たい目のまま言った。

「違う違う!!小悪魔!小悪魔ちゃんなの!」

アリスは慌てて訂正する。
恥ずかしいなと思いつつもお色気コスチュームに挑戦したのに、バイ菌!?

(嘘…?先生、このスタイルを見てもコーフンしないの?)

ガーン

頭上にホーローの鍋を落とされたようなショックがアリスを襲った。
小さな頃から数年間、ただこのムカつく家庭教師をなびかせるためだけに磨いてきたボディなのに。
キュッとした細い腰にすらりと伸びた手足。ビスチェの胸元からはみ出そうな丸い胸。
苦手だったバレエのお稽古も、将来良いスタイルを手に入れるために頑張った。
毎日綺麗なお水をたくさん飲んでストレッチした。胸も大きくなるようにお風呂でモミモミした。
やっとその成果が今日試されると張り切って準備して…それなのに、なのに…

そんな馬鹿な!

アリスの目にボッと炎が灯る。

「先生、ほら!私成長したでしょ?」

アリスはムキになってエドガーの前に進み出た。椅子の肘掛けに両手を着いてどうだ!と身を屈ませる。
エドガーは鼻先で揺れる胸を鬱陶しそうに教本で叩いた。

スパン!

「きゃっ」

鋭く叩かれビスチェからこぼれそうに胸が揺れる。アリスはたまらずに引っ込んだ。

「邪魔です」

我れ関せずなエドガー。
アリスは両手でヒリヒリする胸を庇い、悔しさ一杯にエドガーを睨む。

ムッキー!

「歌う」

その脅迫は、二人きりの勉強部屋に強かに響いた。
テーブルの上を静かに見ていたエドガーは数秒その姿勢のまま沈黙すると、やがて凍り付いた顔をアリスへと向ける。
窓を背に、逆光の中で仁王立ちする肌も露な小悪魔一人。
エドガーを見据える眼差しはメラメラと怒りに燃えていた。

「今度のコンサートで、二番を歌ってやる」

ズキン!とエドガーの胃に太い針が刺さったような痛みが走った。
名の知れたソプラノとして何度もコンサートを成功させているアリスは、今年の12月に単独のクリスマスコンサートを控えている。
その舞台で例のアレを暴露してやると。そう仰る。
この二人の間に数年間眠っていた絶対のタブーに、彼女は満を持して踏み入ったのだ。
エドガーは表情を険しくした。

「…あの歌は」
「歌は自由!子供の自由な感性を奪うな!」

エドガーを遮ってアリスは何かのスローガンのように声を張る。
さらに音頭に合わせ片手をブンブンと振るい出し、目にも煩い。
こういう時だけ達者に回る口がプロの声量と合わさって、流石のエドガーをも黙らせる強烈な波状攻撃となる。

「歌うぞ!繰り返す、我々は本気である。歌うぞ!」

一人デモ隊と化したアリスはジワジワとエドガーに向け進行を始めた。
こっち来るなとエドガーは椅子ごと身を引く。
しかし残念な事に、この圧力に対しエドガー側から正論で返せる要素が無い。
近付くアリスの白い太ももがエドガーの膝にぶつかった瞬間、エドガーは一度目を閉じ、腹を括った。

「何が望みです」
「むっ」

アリスはピタッと歩を止める。

「そちらの要望を聞きましょう」

エドガーは肘掛けに肘を付け、両手の指を組んでこちらを見ている。
わー、悪人ヅラだなぁ。まるでギャングの商談みたいな雰囲気だとアリスは内心盛り上がった。
コホンと咳払いを一つ。

「じゃあ、私の要望です」

アリスは腕を腰に当て、ふっくらした胸をプリッと張った。

「抱っこをして下さい」

ばーん

何言ってんだ。
エドガーの呆れかえる視線にもアリスは怯まない。むしろ勝ち誇って余裕の笑みを浮かべている。

(多分先生はもう老眼なんだ。だから視覚だけじゃ女の子の体にコーフンしないんだ!)

だから触らせればいい。
実に短絡的な思考によって出された仮説を、躊躇なく試せるのがアリスの悪い所。
エドガーは眼鏡を外し目頭を揉み出した。

(おおー、先生動揺してるよ!えへへ)

「頭痛が…」

眼鏡を掛け直しそうぼやくエドガーには気付かずに、アリスは意気揚々とエドガーの腕を引いた。

「こっちに引越しして下さい。先生の椅子だと肘掛けが邪魔なのです」

勉強部屋の二つの椅子は各々デザインが違うのだ。
アリス用の椅子はエドガーの物より少し華奢で肘掛けがない。
スーツの袖を引っ張り、後ろに回って広い背中を押し、もう一つの椅子に向けて無抵抗のエドガーの体を移動させる。
身長差があるのでなかなか力仕事だが、アリスは抱っこの為にフルパワーで頑張った。

「よいしょ…てい!」

エドガーをアリスの椅子に座らせ、アリスは嬉しそうにエドガーに向き直った。
ぴょんっと飛び付く。

ドムッ!

「ぐっ」
「あ、ごめんなさい」

いくら標準体重より相当軽いとはいえ、女の子一人の体重投下は辛い。可哀想なエドガーから呻き声が漏れた。
アリスはエドガーの両腿の上に跨りぴったりと腰を付けている。
紫のフリルの短いスカートから真っ白な足が大きく伸び、かなりはしたない格好だ。
しかしアリスにしてみれば、小さい頃はよく登っていた勝手知ったるエドガーの膝の上。
子供が木馬に乗るような無邪気さで足をぷらぷら揺らしている。

(ふぅーい…あったかい…)

胸に顔をうずめれば、清潔なスーツの生地やシャツの香りの向こうに、微かにエドガーのにおいがした。
幸せぇ。

…ん?大嫌いな先生に抱っこされて幸せって訳はないな。それは気のせいか。
アリスは一人納得する。

「さあ先生。腕をちゃんと回して下さい。これは取引きですよー。不祥事をバラされたくなきゃ抱っこするんですよー」

アリスはエドガーの顎の下に頭を滑り込ませゴツゴツ頭突きした。
カチューシャの角と金髪が喉に擦れてくすぐったい。
エドガーは顎でそのうるさい頭を押さえ込み、眉間に皺を寄せる。

「この行為が貴方にどのような利益をもたらすのか理解不能です」
「うっふっふっふ」
「不気味な」

そう言いつつも従う他ないエドガーはアリスの背中に腕を回した。
大きく背中の開いたビスチェから覗く白い肌は手袋越しにもみずみずしく、ツルリとすべらかな感触だ。
よしよし。早速アリスはエドガーの胸に耳を押し当てる。

トクントクン

脈打つ心臓の音が聞こえるが、特に興奮や緊張で動悸が早まったりはしていない。
んん!?アリスは体を離し、エドガーと顔を突き合わせた。

(せ、せんせーい…反応してよーぅ…)

心の中で呼び掛けるが、エドガーは冷たい目のまま見返してくるだけだ。

(あれ?…あれ?)

アリスは途端に堪らなく心細くなった。
はしゃいでヨットに乗っていたら、急に床板に穴が開いて浸水したように。
晴れた日にピクニックに出かけたら、不意にゴロゴロと空に雷鳴が響いたように。
目の前がスーッと暗くなる嫌な感覚。
アリスは今まで、喧嘩しようが叱られようが、先生は自分を女の子として見てくれると漠然と信じていた。
しかし、その自信は勘違いだったのだろうか。自分はエドガーに嫌われているだけなのだろうか。
不安と寂しさが一遍に胸に押し寄せ、目の奥からお湯が涌き出る。
アリスはクシュッと泣きそうに顔を歪めた。
すると、ずくんとアリスのお尻の下で何かが動く。

「あっ」

アリスは驚いて声を立てるが、自分の声の大きさに慌てて口をつぐむ。

…あれ。反応が。

開いた足の間、下敷きになったエドガーの股間をきょとんと見下ろした後、アリスはエドガーの顔を見上げた。
エドガーは無表情のまま、そっぽを向いている。

「…先生」
「さて、もう取引の条件に足りる時間が経過したと思いますが。降りて下さい」
「先生」
「降りなさい。生温かくて不快です」

「先生って私の泣き顔に反応する!」

凛々しい顔でアリスは仮説を発表した。

「有り得ませんね」

しらを切るエドガーを無視し、アリスは顎に手を当ててブツブツと考え込む。

「そうだ…白いのかけられた日もそうだった…。私が泣きそうになったら先生はいきなり…」

さすがは男を惑わす知的な小悪魔。今日の自分は冴えているとアリスは目を光らせた。

「よーし!実験によってこの仮説を証明して見せましょう!はははは…きゃー!!」

いきなり両足を抱え上げられ、膝の上から引き剥がされる。
アリスはズデンと背中から床にひっくり返った。

「ふぎゅっ!」
「授業を再開します」

涼しい顔でエドガーが椅子から立ち上がりかけた瞬間、何か鋭い音が部屋に走った。

バキッ

「…っ」
「いった…背中打った…。…何?今のバキッて音?」

コロンと起き上がるアリスの前には、椅子から腰を浮かせた格好のまま石のように固まったエドガーが居る。

「先生どうしたの?」
「……腰が」
「ええ!ギックリ!?」
「…いえ、…何とか」

ギギギ、とゆっくり体を起こし腰に手をやるエドガーに、アリスは慌てて駆け寄った。
エドガーの背後に回りさすさすと腰を擦る。

「痛い?」
「大丈夫です」

一応ギックリ腰未経験のエドガーだが冷や汗をかいた。アリスももちろん肝を冷やした。
だって、エドガーが腰を痛めたらアリスだってとっても困る。
先生なんて大っっ嫌いだけど、それはやっぱり、何というか、困るのだ。
アリスはエドガーの腰に頑張れ頑張れと念を入れながら擦った。


―お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ。
アリスは年中トリックオアトリートな思考回路だ。
―言うこと聞かなきゃ悪戯しちゃうぞ。
そんな小悪魔を制するには、自らが大魔王と化して力ずくで抑えるべきだろうか。
ただ、それでまた泣かれると色々余計な何かが生まれてしまう気がする。
いや、いきなり笑顔になられても、結局は面倒な何かが生じるのだけれども。
エドガーは背中から抱き付いてきた腕を抓りつつ、お菓子はやれないが、今日は課題を少し減らそうかと思案した。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ