騎士×姫
シチュエーション


透き通るような瞳を月光から隠すように、長い睫が伏せられた。
小柄なせいで、大抵の人間は彼女に俯かれてしまうと、
顔色をうかがい知ることすら不可能になってしまう。
だが、彼女に跪く男は例外だった。
ずっとずっと彼女と一緒に居続けたせいで、声色ひとつで些細な感情の起伏を読み取ってしまえる。

「アデレードさま」

騎士は囁くように、主の名を呼んだ。
その声があんまりに優しい響きをしているので、アデレードは沈黙を貫こうとする。
ただ、すでに微かな嗚咽が洩れ出てしまっていた。
もうどこもかしこも弛みすぎて、この期に及んでアデレードが自分の騎士に泣きつかないのは、
もはや意地でしかなかい。
自分の目の前に跪いている少女の騎士は、たぶん、また困ったような顔をしているのだろう。
浅い呼吸。

「しっかりなさいませ、アデレードさま」
「……イーニアス」

イーニアスは、重い鎧を身に着けたまま、アデレードを抱き寄せる。
まるで兄妹のような抱擁。
イーニアスは彼女の背中をなだめるように撫でた。
騎士の、主人を護る重い剣を取り扱うときには必須である厚い手袋に遮られ、体温は通じない。
だが、その奥の“自分のために”鍛えられた硬い指は、分かる。
余計なことは何も言わず、ただ背中を撫で続けながら、
イーニアスは自分のマントを掴む白い指を見つけた。
マントの端を、ほんの少しだけ、でも強く握り締めるその様に、彼女の痛々しげな内情が窺い知れる。
少なくとも、イーニアスには分かった。
抱きしめてやる力を強めてやり、背中と頭とを優しく優しく撫で続ける。

「アデレードさまがそのような顔をなさっていては、私は近衛騎士を辞することができません」
「イーニアス…」

嫁に行くことは、次女としてこの家に生まれたアデレードの定めだった。
長女ではなく、長男でもなく、次女としてアデレードは生を受け、
少々口数の少ない子に育ったが、何の問題もなく十六の年まで成長してきた。
母親の美しい金髪を譲り受け、父親の透き通る碧眼をもらったアデレードは、
繊細な美しさと、触れるのを躊躇わせるような脆さをもってその人格を生成させてきたのだった。
高貴な家に生まれた美しい次女は家の中で立場をもてあまし気味で、
部屋の中に閉じこもりがち。
周りは名誉や金に目がくらんだ怖い大人たちばかりで、
その中で唯一少女が迷わず手を握ることができるのが、彼女の騎士だった。

「わたし」

アデレードが唇を震わせる。

「――イーニアスのおよめさんに、なりたかった…」

それは、とうとう零してしまった本心だった。
アデレードに伝える意思があったかといえば、なかったとは言い切れない。
だがもしかしたら一生心の中に留めておくべきことだったかもわからない。
でも、勝手に唇を伝って落ちていった言葉は、二度となかったことにはできないのだ。
イーニアスは口を噤んだまま動かない。

「…ありがたき幸せでございます」
「……」

あまりにたどたどしく、幼く、愛の言葉にもなりきらない。
だがそれがアデレードの身の丈にあった言葉なのだ。
言葉にできた喜びよりも、言葉にしてしまった後悔が勝り、
少女は深い色の瞳から大粒の涙を落とした。

――結婚、など。イーニアスは思う。
こんな小柄な少女の薬指に、銀色の指輪がはまる日も、そう遠くない。
約束された期限まで刻一刻と近づいているのだ。
この家から彼女に付き従っていけるのは、ただ、食器と衣類と、二人のメイドだけ。
アデレードの婚約者は、彼女付きの騎士として、彼の同行を許さなかった。
あと二日の間に全てを切り捨て、少女はこの部屋を出る。
そうして見知らぬ男のもとへと嫁いでいく運命の途中に立っている。


その隣に、自分は居ない。

「ならば、お命じください」

思わず駆け出した声に、待ったをかける暇もなく。
イーニアスは、抱きしめていた腕を解いて、アデレードを自由にしてやる。
それから二歩離れ、自分の手を目いっぱい伸ばしてもアデレードに触れられぬ場所まで引いた。
精一杯の譲歩だ、これ以上は、譲れそうにない。

イーニアスは微笑んだ。

「私に、あなたの声で。あなたの、心のままに」

このまま離れてくれれば、イーニアスの心にも鍵を掛けることができる。

「なんでも叶えてごらんにいれます」
「イーニアスぅっ!」

だが、それを裏切って、アデレードはイーニアスに飛びつくように縋りついた。
冷たいであろう鎧に涙で濡らした頬を擦りつけ、彼の背中に回した手は力強くマントを握る。
しゃくりあげながら、アデレードは自分の持っている全部と比べて、イーニアスを選んだのだった。
ずっと一緒に居てくれた、兄のような存在だからと自分を誤魔化し続けてきた大事な人。
何度も自分を庇って怪我をした人、自分が笑うと嬉しそうにしてくれる人。
一番傍に、居て欲しい人。

「アデレードさま…」
「おねがい。イーニアス、わたしを…」

止める暇もなく、アデレードは自分のドレスのホックを躊躇いなく外した。
重量のあるそれは留まっていた部分がなくなればすぐに床に落ち、
中身は、滑らかな白い肢体。
痩せ気味の白い体は、くびれた腰を強調するようなコルセットひとつで護られていた。
そして、それすら、今目の前で紐を引かれる。
あっけなくごとりと音をたて、アデレードの裸体が月光に晒されてしまった。
あらわれた白い肌は、薄闇の中でぼんやりと、濡れた真珠のように光った。

「…おねがい」
「…。仰せのままに、アデレードさま…」

跪く騎士の視線に合わせるよう、裸のアデレードが膝をつく。
男はその小さな顔に、恐る恐る指で触れる。
すべり、撫でて、親指で彼女の淡い唇を、なぞった。
その唇がゆっくりと、だけれど熱を持って自分の名を呼ぶものだから。
イーニアスは押し留めるべき情動に突き動かされ、自分の主の唇を奪った。
貞潔を重んじる騎士が主人に手を出すなど、許されないことだ。
ましてや、彼女には婚約者まで居るというのに。
いくつもいくつも、自分を抑えるために、悪いことばかりを考えようとする。

「…イーニアス、…うれしい…」

だが、そう言って微笑むアデレードの頬がばら色に薄く染まるから。
それも結局、彼女に押し付けてしまっているだけなのだと気づいてはいた。
なのに、これ以上、何も考えることができない。
思考を放棄して、イーニアスは胸当ての止め具に手をかける。
肩当てを取るとマントも落ち、中に着ている質素な黒い服が現れた。
それもすぐに脱ぎ捨てられ、だが床に投げ捨てるのではなく
ふわりと、優しくアデレードにかぶせられる。
一瞬不安そうに碧眼が揺らめいたが、
そっと横抱きをしてベッドまで連れて行くだけだと気づくと、
アデレードは嬉しそうに鼻先を胸板に押し付けた。
清潔なシーツに、薄い肢体が放り込まれる。
白いシーツに金の髪がばらまかれ、それを照らす月明かりがまた美しい。
少女のようなあどけなさを残したまま、きっと美しく成長するであろう主。
その若い華を散らすようなまねをするのだと思うと、イーニアスの鼓動が跳ねた。

「ん…ふ、う」

鎖骨に噛み付く。
甘噛みだったが、アデレードにはびりびりと電流の走るような感覚がしていた。
薄く目を開いて、ちらりとイーニアスを盗み見る。
いま、自分の上に跨っている男は、ずっと自分が恋をしていた騎士だ。
いつだってアデレードの涙を拭ってくれた力強い手が、
常に着けられていた手袋すらないままに自分の体を滑っている。
まだ素手で手を握り合ったこともないのに。
そんなところにも彼と自分の差を感じてしまって、なんともいえない気持ちになる。

「ひあっ!」
「…アデレードさま、やはり」
「やめないでっ…」

すぐさま引きとめ、アデレードは自ら慣れぬ口付けをした。
触れるだけの一度目、相手の唇を舐めた二度目。
三度目はとうとうイーニアスにヘゲモニーを取り返され、
アデレードは鼻から抜けるような吐息を漏らすことしかできなくなる。
自分の騎士は、こうも女を翻弄させられるキスができたのかと、新しいことを知った。

「は…ぁ、ん…っ!」

控えめな膨らみに手をかけられ、アデレードは横を向く。
枕とシーツにうずもれるようにして顔を隠したが、すぐにイーニアスはそれを掻き分け、
金糸を乱れさせながらこちらを見る彼女を逃がしてやらない。
どうしたのですか、と視線に問いを込めると、観念したように少女は呟いた。

「お、おおきくないから…」
「…。気にすることはありません、アデレードさまはアデレードさまです」
「ふ…あ、…イーニアスはっ、おっきいほうが、すき…?」
「さあ、私には…アデレードさまお一人ですから」

ふにふにとイーニアスの掌の中で形を変えるそれは、
触れた瞬間から立ち上がった桃色の突起を揺らしながら少女の体を熱くさせる。
薄く色づいたそれに舌を這わせると、アデレードが甲高い声を上げた。
構うことなくイーニアスは舌先で乳首を転がして、
大きさだなんてつまらないことを気にさせないように思考を濁らせてやる。

「あ、あ、イーニアスっ、あぁ…ふ、う!」
「…アデレードさま、失礼…」

つぷ。

元々薄い茂みをかいくぐり、既に濡れそぼったそこへと人差し指を侵入させた。
さすがに指一本でも狭く、先が思いやられる。
だが、もっと痛がるかと思っていたイーニアスの予想を覆し、
アデレードは微かに喘いだだけだった。
驚いてはいるらしいが、ちょうどよく愛撫が頭の回転を遅くさせているようだ。
人差し指を狭いナカへと押し進め、滲む愛液を潤滑油に、彼女を押し広げる作業を続ける。
焦り、指が二本に増え、水音が鈍くなった。
腕の中でアデレードの苦しげな喘ぎ。

「ふ、あ…っ!イーニアス、…イーニアスぅ…」
「ここに居ります、いつも、お傍に…」

白く細い体躯が自分に絡みつき、
まだ発達途上の胸が自分に押し付けられていることを意識する。
柔らかなそれと、熱い鼓動と、自分の汗が交じり合い、アデレードを汚しているのだ。
ぎゅうと抱きついてくる彼女の体を同じように抱きしめ返してやり、
それから、さきほど探り当てた彼女の反応がいいところを指の腹で擦り上げた。

「ひっ!?ひあ、あああぁっ!はあ、あ……っ…」
「…きもちいい、ですか…アデレードさま」
「うん、…でも…っ」

「イーニアス、も、きもちよくなきゃ…やだぁ…!」

――どうして、こうも。
弱いところを抉っているのはこちらなのに、
弱いところを知りきっているのかのように、
アデレードはイーニアスの一番よわいところを、容赦なく踏みしだいてしまう。

「ひ、ぐうっ!あ、あああぁっ!いー、にあすぅ!」
「くっ…」

突き立てた屹立は狭く熱いアデレードの中で激しくもがいた。
膣内はきゅうきゅうと初めて受け入れる男根を締め付け、逃すまいと、
息もつけぬままに進みも戻りもできない。
イーニアスは体を揺さぶりながら彼女を引き裂く。
痛みに胸を張り、白い喉を無防備にさらしながら、
つま先をぴんと伸ばしたまま、アデレードはイーニアスを受け入れようと必死に耐えた。

ぶつ、ぶつり。

先端が薄い何かを突き破り、
未だに終わらぬ侵攻は真っ白だったアデレードの肌を、薄い赤に染め上げていた。

「ふ、あ、あぁ…は、はいった?はいった…っ?」
「ええ、…よく耐えられました」
「イーニアス、の…あついぃ…」

ベッドの上で男のものを飲み込み、
ようやく痛みのほかに自分の中の他人の体温を感じることができた。
だが、そんな安らぎも一瞬で、アデレードは目の前に星が散ったような錯覚をした。

「ひ、ああ、いた、痛いぃ!ん、ふっ、いーにあすぅ!」
「は、あっ…アデレードさま、お許し、ください…!」

体全体を揺すぶられ、少女は双眸に涙を浮かべながら、自分の上にいる男を見た。
なんとも痛々しげなその顔に、体中の痛みよりも強く胸が張り裂けそうだった。
イーニアスの頭が少女の首元に埋められると、アデレードはためらいなくその頭を優しく包み込む。
イーニアスの声は、震えていた。

「どこにも、いかせたくない!…お慕いしております、アデレードさま…!」
「あっ、あっ!おっおねがい、イーニアス!聞いてくれ、るっ?」
「なんなりと、…あなたのためなら…っ」

二人とも絶頂が近いことに気づいていた。
先ほどよりも強く腰を打ちつけながら、イーニアスは情けない顔をして、
腕の中の少女のおねがいとやらを聞き届けようとする。
頭を抱えられている状態からアデレードを見ると、
至近距離で視線が絡まり、次の刹那には二人の唇は重なり合う。

果てる直前、少女は囁くような声量で言ったが、男はしっかりと聞いていた。
聞いていたからこそ、最後の理性を根こそぎもっていかれてしまい、
彼女のなかへ熱い熱い白濁を吐き出してしまったのだった。

「わたしと――にげて」

寒々しく、粉雪の舞い散る、広場にて。
小さな体がひとつ。雪避けのローブを目深に被っているが、
それからこぼれる金髪に雪が降りかかる。
それをそっと払いのけてやる、背の高い影。
アンバランスな二人は、見知らぬ街に入ったばかり。
見知らぬ土地の見知らぬ人たちとの、あたらしいであいの一歩前。

「…ねえ、聞いてもいい?」
「どうぞ」
「ほんとは、おっきいほうがすきなの?」
「………」
「冗談よ」

相棒の無言の答えを嬉しそうに受け止め、小さな影が荷物を手に広場を滑り出ていく。
溜息をひとつ空中で濁らせ、それから大きなトランクを手に、もう一人もそれを追いかけた。
広場に散らばる二つの足跡が、そっと朝日に溶けていく。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ