シチュエーション
![]() 「あ、あの、姫様」 呼ばれた姫様はクッキーをはぐはぐ咀嚼しながら「ふん」と鼻を鳴らした。返事のつもりらしい。 昼間からずっと騎士のベッドを占領して気ままに寝て食べて、怠惰な猫そのものだ。 対する騎士は、妙に緊張した面持ちでベッドの側で直立不動。せわしなく視線を泳がせている。 その緊張は、姫様がベビードールにカーディガンを羽織っただけの姿で悩ましく横たわっているから…… だけではないようだ。 「あ、あのですね、そろそろクッキーの味に飽きられた頃ではないでしょうか?」 と、よくわからない質問をよこしてくる。 何だコイツ…。姫様は唇についたクッキーのかけらをぺろりと舐め取り、慎重に答えを選んだ。 「別に……。ま、他の物を出されれば食べなくもないけ「そうですよねっ!!別なお菓子を用意しております!」 うわ、食いついた。 騎士はウキウキと壁際の戸棚に向かう。姫様もさすがに身を起こし、大きな背中を目で追った。 「ちょっと、なんかあんの?」 「いえ、その、お口汚しですが……」 「私の口を汚すような物を出すな。…………………で、何これ?」 ベッドに戻った騎士の手には、可愛らしいナプキンとリボンでラッピングされた小さな包みが。 リボンの蝶々結びが不格好な縦結びになっているあたり、不器用な男の手作り感丸出しである。 「受け取っていただけますか?」 「はにかむな。いいか、これは何だって聞いているんだ。貴様はただ主君の質問に偽りなく答えろ」 「し、失礼しました!これは、じ……自分が作ったトリュフです」 「…………………………………………………」 途端に白けた姫様はバフッとシーツに倒れこんだ。アイロンで巻いたミルクティー色の髪を指で弄び、 「少女か、お前は」 「騎士です!」 「うるさい」 騎士の手から包みを奪い、代わりに食べかけのクッキーを押し付ける。 「食べていただけるんですね」 力余ってクッキーを握り潰している騎士を姫様が牽制する。 「最初に言っておくけど、こういう手作りの貢ぎ物で私が絆されると思ったら大間違いだ。見返りは期待するな」 「え!?」 何が「え!?」だ。多少は下心があったらしい騎士は目に見えて落胆したが、慌てて姿勢を正し、 「い、いえ!騎士の名に誓って、そのような打算はありません」 騎士道を重んじる武人が小娘宛にせこせことスイーツなど作るだろうか。 まあ、よかろう。それよりもトリュフの出来が気になる姫様は寝転がって包みを開いた。 ナプキンに包まれた小箱の中に茶色い塊が五つ並んでいる。 制作者の手の大きさに比例してトリュフの粒も微妙にでかいが、見た目はそこそこ。 一つ箱から摘んでみる。 「毒味した?」 「はい、ラッピングの前に。もう一度ここでいたしましょうか」 「ん」 騎士が身を屈めたので、その顔に向かって摘んだトリュフを突き付ける。 「いえ、姫様のお手から食べさせていただくわけには……」 「うるさい」 「ぶっ!!」 喋っている最中の無防備な口に素早くトリュフを突っ込んだ。――ら、 「ぎゃああああああああああぁあぁああああぁ!!!」 姫様の丸い目が一杯に開かれた。もちろん、騎士の目も。 姫様の小さな指は、驚いて口を閉じた騎士によってパックリ食べられた。 「――――いっやああぁあ!!!」 普段からは想像もできない敏捷な動きで姫様が指を引き抜く。 「わ、げ、あ、や、こっ、これは私のせいではありませんよっ!」 トリュフを頬張りながら騎士が顔面蒼白で弁明した。貴人の指を食った馬鹿従者として抹殺されるかもしれない。 「強く歯は立ててないですから大丈夫ですよ!姫様はこのくらいじゃ死なない!我慢!姫様は強いコ!」 もう見返り云々の話ではない。パニックだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |